にげうまメモ

障害競馬の個人用備忘録 ご意見等はtwitter(@_virgos2g)まで

16/02/19 中山グランドジャンプ (J.G1) 予備登録馬

*2016 Nakayama Grand Jump (J.G1) Nominated Horses from Overseas (IRE, AUS)

2016年中山グランドジャンプの予備登録馬(及び選出馬)が発表された。中山グランドジャンプの外国馬といえば、2013年のアイルランドのブラックステアマウンテン、古くではオーストラリアのセントスティーヴンや3連覇を達成したカラジ、まさかの落馬からの再騎乗を行い完走を果たしたニュージーランドのランドを覚えている競馬ファンは多いだろう。外国障害競馬については殆どの競馬ファンにとっては馴染みがないと思うが、ここでは海外障害競馬について簡単な注釈を入れつつ2016年中山GJに予備登録してきた外国馬について概説する。馬名のカタカナ表記は一応JRA発表のものに準拠するが、個人的に慣れ親しんでいるという理由で基本はアルファベット表記するのでご容赦。

ちなみに過去の外国からの参戦馬に関する短評というかメモ書きを第一回からまとめてみたのが下の記事。参考までにどうぞ。外国からの参戦馬の好走条件の抽出など馬券検討のお役に立てれば幸いである。ついでに海外障害競馬に関してもご興味を持っていただいたらこれほど嬉しいことはない。

なお基本的に文章には中の人の主観及び偏見が入り混じっているので、あくまで一個人の意見であることに注意。

 

アイルランド

アイルランドからは3頭。泣く子も黙るアイルランドの名伯楽、W. Mullins師の管理馬である。W. Mullins師はアイルランド障害競馬における数多くの有力馬を抱えており、今年の英国障害競馬の祭典Cheltenham Festivalでもどれくらい勝ち星を独占するかというbettingが行われているくらいの調教師である。英愛の中でも積極的に海外遠征を行っており、例えば2013年にBlackstairmountainで中山グランドジャンプを制したことを覚えている競馬ファンは多いだろう。

・Arctic Fire (GER) (アークティックファイアー)セン7

Arctic Fire Horse Pedigree

わりと意外なところから。英愛障害競馬において、短距離(=2miles)から中距離(=2m5f)Hurdle路線の有力馬である。この馬の立ち位置としては、短距離HurdleではFaugheenという絶対的王者が君臨しており、その二番手候補の筆頭として挙げられるといったところだろうか。昨シーズン(2014/15)から頭角を現し、長らくG1で惜敗を繰り返すなど中々勝ち星を挙げられずにいたが、ついに2015の秋にFairyhouse競馬場で行われたHatton's Grace Hurdle (G1)でG1を初制覇(ただし相手はかなりの格下)。その後は極端な重馬場に泣かされたり、さすがにIrish Champion Hurdle (G1)ではFaugheenには完敗したりと勝ち星こそ挙げていないが、短距離Hurdleにおける一流馬と言って差し支えないだろう。

課題としては、何よりもHurdleしか使っていないことが挙げられる。英愛のChaseにおける障害は日本のそれよりもはるかに高く、卓越した飛越能力が求められることで知られるが、その一方でHurdleは非常に低く、飛越としても「跨ぐ」という動作に近い。また、レース映像をご覧になればわかると思うが、搔き分けて飛越することが必要な日本の障害とはタイプが異なる。さすがの名伯楽だけにある程度の事前準備はしてくるだろうし、平地のスピードや日本の良馬場にも問題はないと思われるが、障害への適応力が課題だろう。また、後方からレースを進めるスタイルの馬であるため、現状ハイペースで引っ張る馬が多い日本障害競馬においては仕掛け遅れの可能性が大いに考えられる。

来日可能性としては、先日前述のFaugheenが故障で今シーズンは全休することが発表された。Arctic Fire自身Faugheenには太刀打ちできないことがはっきりしており、今シーズンは長距離(=3miles)Hurdleにチャレンジするなど、別路線に活路を見出そうとしていたところが大きい。Faugheen不在の今、元々は2番手候補であったArctic Fireにも大レース制覇のチャンスが出てくる。FaugheenもW. Mullins調教師の管理馬だけに、師はArctic Fireをこれから来る英愛障害競馬の大レース(3月:Cheltenham Festival、4月:Grand National Meeting、5月:Punchestown Festival)に使ってくる可能性が高い。前哨戦のペガサスジャンプステークスに登録していないことを鑑みても、来日可能性としてはかなり低いと言わざるを得ないだろう。

【追記 2/26】

残念ながら関節内骨折が判明し今シーズンは全休することが発表された。

 

2015 Hatton's Grace Hurdle (G1) 1着 - Arctic Fire

www.youtube.com

 

2015 Champion Hurdle (G1) 2着 - Arctic Fire

 

・Dicosimo (FR)(ディコシモ)セン5

Dicosimo Horse Pedigree

これもまた意外なところ。アイルランドHurdle路線の若駒である。昨シーズンにデビューすると、2戦目でいきなりCheltenham Festivalの4歳Hurdle路線の最高峰、Triumph Hurdle (G1)にぶつけてくるという使い方。さすがにそこでは荷が重かったようだが、今シーズン初戦はListedを勝利。続くBetfair Hurdle (G3)では前走のListed勝ちが評価されてか、11st9lbという比較的重い斤量を背負うも、残念ながら第4障害で早々に落馬という結果に終わっている。

確かに素質を評価されている馬のようだが、立ち位置としては現状では残念ながらかなり格下と言わざるを得ない。現5歳世代のチャンピオンPeace And Coが今シーズンは不甲斐ないレースを繰り返していることを鑑みても、この世代の水準及びPeace And Coに完敗している同馬の実力にはやや疑問符が付く。Listed勝ちといってもかなりメンバー的には手薄であり、また馬場はHeavyと日本ではまず考えられないほどの重馬場であったことは注意した方がいいだろう。また、Arctic Fireと同様にHurdleしか使っていない点は課題であり、加えて16f戦までしか経験がないというのも距離には不安がある。アイルランドの競馬場は日本のそれとは異なり、自然の地形を利用したものが多いため高低差もかなりのものがある。そのためバンケットが連続する中山競馬場への対応は可能だとは思うが、やはり大レースにおける厳しいペースの経験が少ないことはマイナス材料だろう。特に英愛障害競馬は大レースとなると殺す気満々のハイペースで引っ張ることが多く、平場戦とはレースの性質がまるで異なることが多い。さらに、ペガサスジャンプステークスには登録がないことを考えても、来日可能性も低いと考えざるを得ない。来日が実現したとしてもせいぜい後述のFelix Yongerの帯同馬と言ったところだろうか。

 

2015 Triumph Hurdle (G1) 8着 - Dicosimmo

 

・Felix Yonger (IRE) (フェリックスヨンガー)セン10

Felix Yonger Horse Pedigree

おそらくアイルランド参戦馬の主力となるのがこの馬である。元々前走のBoylesports Tied Cottage Chase (G2)を勝利した際の調教師のインタビューで中山グランドジャンプを目指す可能性が明言されていた馬であり、情報どおりの登録と言ったところだろう。平地ではNational Hunt Flat Race(障害馬専用の平地競走)の最高峰Champion Bumper (G1)に参戦するなど素質を高く評価されていた馬であり、2011/12シーズンはHurdleを走ってPaddypower.com Novice Hurdle (G2)を勝利、中距離Novice Hurdleの最高峰Neptune Investment Management Novices' Hurdle (G1)にて葦毛の怪物Simonsigの2着に入るなどなかなかの成績を残す。2013/14シーズンからはChaseに転向し、中距離Novice Chaseの最高峰JLT Novices' Chase (G1)にてTaquin Du Seuilの4着のほか、重賞を何勝かと安定したパフォーマンスを続け、ついに2014/15シーズンの最終戦となったPunchestown競馬場のBoylesports Champion Chase (G1)にて念願のG1制覇を成し遂げた。2015/16シーズンは初戦こそ中~長距離路線の一流馬Road To Richesの3着に敗れたが、その後はG2を2連勝と現在でも調子の良い馬である。

立ち位置としてはアイルランド短~中距離Chase重賞における常連と言ったところだろう。一流馬との対戦や一流どころのレースへの参戦は避け、どちらかというと手薄な重賞を安定して勝ってきているというイメージが強い。パフォーマンスとしても圧倒的なものというよりは常に僅差だが手堅く安定して勝つという馬。事実、勝ちタイトルであるBoylesports Champion Chase (G1)もメンバーとしては愛国のG2~G3レベルの相手であり、着差も2着のBaily Greenとは僅差とさほど目立ったところではないことは注意した方がいいだろう。

しかし、元々Novice G1勝ち程度の実績しかなかったアイルランドのBlackstairmountainでも日本障害競馬には適性次第で通用してしまうことを考えると、この馬も当然脅威である。Felix Yongerとコンビを組むことが多いRuby Walshは決して馬に無理をさせる騎手ではなく、勝つための最低限のパフォーマンスを引き出すスタイルである。そのため、僅差でありながら安定して勝利をもぎ取ってきた同馬の実力はその着差以上に評価しなければいけない。また、Hurdle時代に2着のあるSimonsigは故障さえなければ短距離Chase路線の主役を張っているだろうと目されるくらいに能力の高い馬であり、Felix Yonger自身の平地のスピードも決して軽視できたものでもない。また、相手関係としても比較的楽でこそあるが、Mullins師はアイルランド障害競馬における超一流馬を数多く抱えるため、それらとの使い分けを行っている可能性もあり、Felix Yongerが実績以上の能力を持っていることも考えられる。さらに、Cheltenham Festivalは毎年関係者の気合の入った良馬場になるが、Festivalでも好走しているように良馬場への適性も十分である。加えて、キャリアを通じて落馬が一度もない飛越能力の高さは特筆すべきものがある。英愛の障害は日本の障害と異なり、搔き分けて飛越することが出来ないようになっているが、そこは海外遠征にも慣れたW. Mullins師、さすがに事前準備を整えてくるだろう。このように、馬場、平地のスピード、障害への適応能力などを考えても、決して軽視してよい馬ではないことは間違いない。

ただし、歴史的にBlackstairmountainが勝った年は2011年の事故を受けて日本障害競馬がスローで安全運転の傾向にあった時代であり、またメンバー的にも相次ぐチャンピオンホースの離脱もあり比較的小粒であった感は否めない。近年日本障害競馬は再度ハイペースで飛ばす馬が現れてきたこと、また有力馬がある程度コンスタントに活躍するようになってきたことから、当時とはレースの性質が異なっている可能性は注意した方が良いだろう。

鞍上について。これが大いなる脅威であることは英愛障害競馬を知っている人にとっては周知の事実だろう。愛国障害競馬のトップジョッキー、Ruby Walshである。その技術はもはや世界トップクラス。行きたがる馬を抑える、高齢になって頑固になった馬やバテた馬を叱咤激励し走らせる、馬上でバランスを取る、馬と息を合わせて難易度の高い障害を飛越する、障害競馬に必要とされるどの技術を取っても卓越している。また、中山競馬場の特性を見抜き、Blackstairmountainを全く無駄のない騎乗で勝利に導いた賢さと勝負勘はもはや天才の域に達しているだろう。Felix Yongerとしては最高のパートナーを得たと言っても過言ではない。Ruby Walshの騎乗が中山で見られるとしたら中の人は咽び泣くと思われる。

下に張りつけた記事はRuby Walshの技術の高さを物語るもの。動画つき。興味があればどぞ。


2012 Neptune Investment Management Novices' Hurdle (G1) 2着 - Felix Yonger

 

2015 Boylesports Champion Chase (G1) 1着 - Felix Yonger

www.youtube.com

 

とりあえずアイルランドからの参戦馬に関して概説した。英愛障害競馬に関する簡単な解説記事は過去に書いているので興味があればどうぞ。これを基に英愛障害競馬について追いかけてみるのも良いと思う。3月のCheltenham Festival、4月のGrand National Meetingとビッグイベントも続くので、良いタイミングではないだろうか。

 

*オーストラリア

オーストラリアからは2頭。かつて3連覇を達成したカラジを送り込んできたEric Musgrove師の管理馬である。オーストラリア障害競馬は近年縮小傾向にあり、障害の難易度の低下やレース自体の廃止が相次ぎ、ややその水準には疑問符が付く。しかし少なくともこの2頭はオーストラリアを代表する障害馬であり、またペガサスジャンプステークスから登録していることを考えても勝負気配としてはそれなりに高いものと考えてよいだろう。特にThubiaanは昨年の段階から中山GJを目指すと明言されていた点は好感が持てる。懸念されるのは、カラジ遠征時は国際招待競争であり遠征費用をJRAが負担していた一方で、現在は国際競争に格下げされた影響で遠征費用が陣営持ちになり、費用を陣営が出し渋る可能性があるといった点だろうか。2頭とも母国で走っていれば確実に大レースで勝負になる馬であり、中山GJはちょうどオーストラリア障害競馬シーズン中という背景もある。

・Urban Explorer (NZ) (アーバンエクスプローラー) セン9

Urban Explorer Horse Pedigree

平地では条件戦を何勝かとさほど芽が出なかったが、2013年辺りからHurdleを使い始め、2014年に初勝利。2014年の夏に力をつけ、Kevern Kleich Memorial Grand National Hudlesを勝利。2015年復帰後はやや冴えないレースを続けていたが、Somerled Wines HurdlesでThubiaanを下すと、続くSomerled Hurdlesも連勝。ただしその後のAustralian Hurdleでは連戦の疲れもあったのか大敗。そこから勝ち星を挙げることは叶わず、7月にSteeplechaseに挑戦し勝利。休養明けのEcycle JJ Houlahan Hurdleでは上位とは離れた3着に敗れるも、続くGrand National Steeplechaseでは72kgを背負って勝利を挙げるなど流石の実力を見せる。2016年は平地を3戦してここに臨んできた。

Grand National Steeplechaseで下したZataglioは同じくEric Musgrove師の管理馬であり、Steepleではかなり安定して走っている。8kgのハンデ差がありながらこれを寄せ付けなかったUrban Explorerはここでは力が抜けているといって良いだろう。オーストラリアSteeplechaseの一流馬である。Steeplechase、Hurdle双方の経験がある点、また中山GJ遠征を知り尽くしているEric Musgrove師の下、平地戦を叩いてここに備えてくるローテーションは非常に好感が持てる。懸念材料としてはややHurdleでの成績が下降気味になってからのSteeplechase参戦であり、日本障害競馬のスピードへの対応と言ったところだろうか。

 

・Thubiaan (USA) (チュビアーン)セン8

Thubiaan Horse Pedigree

普通スビアーンとかズビアーンとか読まない? 平地ではListedで3着などそれなりの活躍を見せた馬。2014年からHurdleに転向すると、2戦目で未勝利を脱出。直後にThe Australian Hurdleに挑むほど素質は評価されていたようだ。さすがにいきなりは荷が重かったようだが、その後はHurdleの平場戦を2勝、JJ Hulahan Hurdleを4着など活躍。2015年からSteeplechaseに挑戦し、いきなりVon Doussa Steeplechaseを勝利。その後もEcycle Solutions Australian Steeplechaseを69kgのトップハンデを背負って勝利、その後2戦はやや精彩を欠くも、シーズン最終戦となったGrand National Steeplechaseでは三連覇を狙って世界的名手Ruby Walshを背に挑んできたBashboyの2着と、こちらもオーストラリアSteeplechaseを代表する一頭と言っていいだろう。

Urban Explorerと同様に、Steeplechase、Hurdle双方の経験がある点、また中山GJ遠征を知り尽くしているEric Musgrove師の下、平地戦を叩いてここに備えてくるローテーションは非常に好感が持てる。Hurdleでこそさほど結果は出せなかったが、平地ではそれなりに活躍した馬でありスピードの面でも問題はないだろう。ただし、オーストラリアの比較的平易なSteeplechaseにおいてもやや飛越に難が認められる点は懸念材料か。

懸念材料としては、Urban Explorerにもいえることだが、オーストラリアのSteeplechaseは比較的高さは抑え目に搔き分けて飛ぶことが可能なものであり(イタリアのSteeplechaseと比べてみよう!)、すなわち日本の障害に類似したものではあるものの、やや障害に多様性を欠き、中山に存在する複数種類の障害への対応力という点では疑問が残る。オーストラリアのSteepleは英愛や仏のSteepleのように飛越能力と持久力に特化した競馬というよりは、どちらかというと飛越能力はそこそこにスピードで押し切るという、日本障害競馬に類似した性質を持つ。(実はオセアニアといってもニュージーランドのSteepleはオーストラリアよりも飛越能力が重要なのだが)歴史的にオセアニアからの馬が中山GJで好走し、英愛の馬は適性が大いに問われる面があるのはそのせいだろう。加えて、オーストラリアやニュージーランドの障害競馬はスタート直後こそポジション争いもあり流れるものの、道中はペースが緩み、後半からのロングスパート合戦になりやすく、前半から淀みの無い厳しいペースで引っ張る馬が存在する日本障害競馬への適性は不明であることは注意した方がいいかもしれない。

 

Australian Grand National 2着 - Thubiaan