にげうまメモ

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16/02/24 中山グランドジャンプ(J.G1) 歴代外国参戦馬

*Nakayama Grand Jump (J.G1) Summary of Nominated Horse from Overseas

中山GJにおける外国参戦馬を第一回からまとめてみた。個人用メモなので悪文失礼。いつもくっそ読みにくい拙文だろうという突っ込みはなしで。馬名、調教国、騎手、調教師という順に並べている。間違いなどはtwitter(@_virgos2g)まで。

 

*第1回 1999年 優勝馬:メジロファラオ JPN

もともと中山大障害(春)として行われていたものが、現行名称に変更された年。当時は国際競争ではなく、外国馬の参戦もなし。JRAの資料を当たるとそれ以前から外国馬の登録はあったようだ。(ただし全て取り消し)

 

*第2回 2000年 優勝馬:ゴーカイ JPN

この年から国際招待競争に変更され、記念すべき国際招待競争としての初年度は早速7頭もの外国馬を迎える非常に豪華なレースとなった。

・2着 Boca Boca FR T. Doumen M. Rolland 

愛国生産馬でフランス調教馬。元々は英国(or愛国)調教馬だったのか、Cheltenham Champion Bumper (G1)に参戦し、結果として4着に入るほど平地のスピードがある馬。残念ながら障害馬としての実績はさほどのものではなく、Steeple-Chaseの平場戦を4勝、Haiesでは2着が3回ある程度のもの。唯一挑んだPrix Robert de Clermont-Tonnerre (G3)ではPUという結果に終わっているが、平場戦では比較的安定した成績を残している。

・3着 The Outback Way GB Norman Williamson Venetia Williams

愛国生産馬。参戦当時は11歳と日本の常識から見れば比較的高齢である。4歳限定Hurdle戦からデビューし、長く活躍するもHurdleではBisquit Cognac Handicap Hurdle (G2)の5着が精一杯。Chaseに転向後は徐々に力をつけ、C3からC2あたりをウロウロするも、1999年にMurphy's Gold Cup Chase Showcase Handicap (G3)を勝利。中山GJには2000年のQuenn Mother Champion Chase (G1)を4着からの参戦となった。その後は目立った成績を残せずに引退しており、ちょうどキャリアハイの状態での参戦だったのだろう。

・5着 Maybe Rough NZ B. Scott John Wheeler

ニュージーランド生産馬。後にカラジの風車鞭で有名になるScott騎手を背に参戦した馬である。ニュージーランドではPremier Meetingである平地のUbix Copiers 1600 (C3)を勝利。その後オーストラリアのHurdleにて何勝か、さらに後にSt Stebenが連覇することになるA.V. Hiskens Steeplechase勝ちなどを挙げてからの参戦となる。NZではOakbank/Warranambool Hurdle (OPN HDL)を2着くらいの実績。実はこのレースの3着にSt Stevenがいたりするのだが。

・6着 Sydney Opera FR Cyrille Gombeau J-P Delaporte

米国生産馬。どうやらフランスにて平地とHaiesを兼用で走ってきた馬らしい。Flatでは1勝、Haiesでは1勝とさほど目立った実績は挙げていない。

・9着 Ninepins GB A Kingsley Jr Jonathan E Sheppard

英国生産馬。14歳というかなりの高齢での参戦である。英愛ではHurdleを走り、Swinton Handicap Hurdle (G3)にて5着がある程度の実績。その後は米国に渡り、1999 Breeders Cup Grand National Hurdle Stakes (G1)を勝利するなどの結果を残している。長く米国で活躍した馬であり、1990年台後半において米国を代表する障害馬の一頭と言っていいだろう。

・10着 Hill Society IRE Paul Carberry Noel Meade

愛国調教馬。愛国において代表的な調教師の一人Noel Meade師の管理馬である。2歳限定平地戦からデビューすると、その後Hurdleに転向。Champion Hurdle Challenge Trophy (G1)にて5着に入るなどの実績を残す。その後はChaseに転向、重賞を何勝かに加え、Arkle Challenge Trophy (G1)にて2着に入るなどのなかなかの結果を残す。生涯においてFlatを22戦、Hurdleを18戦、Chaseを26戦もした古豪である。

・BD Celibate GB Carl Llewellyn Charlie Mann

残念ながら落馬で終わった馬。ただし実績はなかなかのものである。3歳戦からデビューすると、Hurdleでは最高でG3で4着程度の実績を残した後、Chaseに転向。いきなりNovember Novices' Chase (G2)を含むNovice戦を4連勝、その後も、B.M.W. Chase (G1)を勝利、Tingle Creek Trophy (G1)を4着など重賞戦線で活躍。中山GJでは日本障害競馬のスピードに戸惑ったのか、後方からのレースとなり落馬という結果に終わったが、その後もDesert Orchid Chase (G2)を勝利など長きに渡って活躍した馬である。

 

*第3回 2001年 優勝馬:ゴーカイ JPN

ゴーカイが2連覇を達成した年。外国からは2頭の参戦があった。

・5着 Campanile USA S. Miller F.Leahy

アメリカからの参戦馬。どうやら中山GJ国際招待競争への変更当時の記事を漁ると、アメリカ障害界においては比較的中山GJへの関心が高かったようだ。1999 New York Turf Winters Cup Steeplechase (G1)勝ちのほか、Royal Chase for the Sport of Kings Hurdle Stakes (G1)2着といった実績のある米国障害における一流馬である。

・7着 Rand NZ E D Lamb M. Ouragan

ペガサスジャンプステークスを勝って挑んだため圧倒的な人気になっていた馬。デビューからしばらくは平地を走っていたが、2000年にHurdleデビュー。Morgan Furniture Hurdles (PJR)を勝利すると、Wellington Hudles (PJR)、Grand National Hurdles (PJR)とニュージーランドHurdle路線における大レースを次々と勝利。障害では無敗と勢いに乗っての参戦となったが、残念ながら落馬・再騎乗からの7着という結果に終わった。同馬は2002年も参戦を予定していたが、直前で鼻出血を発症、取り消しという結果となった。

 

*第4回 2002年 優勝馬:セントスティーヴン AUS

実に7頭もの外国馬の参戦があった年。優勝はAUSのSt Stevenと歴史的な年となった。2着には3連覇を狙った日本のゴーカイが入っている。

・1着 St Steven AUS C W Thornton John Weeler

ニュージーランド生産馬。日本語のWikiもあるので特に詳しく書く必要はないだろう。A.V. Hiskens Steeplecahse、Great Eastern Steeplechase勝ちなどを挙げ、オーストラリア最優秀障害馬に二年連続で選出された名馬である。ちなみにこの功績を称えSt Stven Steeplechaseなるレースが行われるようになったが、ちゃっかりSt Steven自身が同レースを勝っていたりもする。

・5着 Cenkos UK Timmy Murphy Paul Nichols

フランス生産馬。泣く子も黙る英国の名伯楽Paul Nichols師が送り込んできた刺客。元々はフランスにてHurdleを走ってきた馬だが、1998年から英国に移籍。Novice時代にはMughul Novices' Chase (G1)勝ちを挙げるなかなかの結果。Novice卒業後はやや一流どころとは足りないレースを繰り返していたようだが、中山GJ参戦後のシーズンにはTingle Creek Trophy (G1)を制覇。英国短距離Chaseにおける一流馬といっていいだろう。

・7着 Ty Benjam FR Fabrice Barrao G Le Paysan

フランス生産馬。前走のペガサスジャンプステークスでは大敗を喫し人気を落としていた。母国ではGrande Course de Haies D'Auteuil (G1)5着がある馬。重賞としてはGrand Steeplechase D'Enghien (G2)を勝利している。比較的若い馬であり、Auteuil競馬場程度しか経験がなかったためやや中山に戸惑ったのか。その後も2005年まで現役を続け、Prix Des Drags (G2)を勝利するなどの活躍を見せている。

・8着 Dom Lyphard FR David Berra Y Fertillet

フランス生産馬。こちらもペガサスジャンプステークスで大敗を喫していた。イタリアでPremio del Prato (G3)勝ちがある程度の馬である。

・9着 Banker Count GB Norman Williamson Venetia Williams

1996年にデビューするも、HurdleはNovice C3勝ち程度でChaseに転向。Ascot Chase (G1)2着があるが、特に重賞勝ちはなく、どちらかというと短~中距離Chaseハンデ戦の常連といった成績。日本障害競馬の早いペースにも戸惑ったのだろう。

・11着 All Gong GB Blythe Miler Bruce F Miller

英国生産馬。母国では特に目立った勝ち星はなく、Novice Hurdleの下級条件勝ちがある程度。Challow Hurdle (G1)にも挑戦しているが大敗している。米国に遠征し3戦するも勝ち星を挙げることは叶わず、そこからの日本遠征となった。

・15着 Exit Swinger GB Rodi Greene Richard Ford

日本のデータベースを漁ると調教師はDavid Pipe師になっているので、中山GJ参戦後に転厩した可能性がある。元々はフランスで長く走っていた馬だが、1999年に英国移籍。Hurdleを数戦し下級条件を勝利した後、Chaseに転向。Thomas Pink Gold Cup Chase Showcase Handicap (G3)2着といきなり結果を残すも、勝ち星としてはC3ハンデ戦のみの状態での中山GJ挑戦となった。その後も勝ち星としてはListedのみとさほど恵まれずの引退となった。

・NR Rand NZ Wayne Hillis M. Ouragan

昨年は残念ながら落馬、今年こそはと再度の日本遠征であったが、無念の除外となったRand。2001年に7着に入った後はアメリカに遠征し、Iroquois Hurdle (G1)勝利とさすがの実力を見せ付ける。2002年の中山遠征の後は愛国に移籍するも、平場戦を1勝のみとさほど目立った成績は上げていないようだ。英愛型のChaseが合わなかったのかもしれない。比較的NZに似ているHurdleを使っていればとは思うのだが。

 

*第5回 2003年 優勝馬:ビッグテースト JPN

この年も昨年の勝ち馬St Steven含む6頭もの外国馬を含むレースとなった。しかし好走したのはSt Stevenのみとやや残念な結果となってしまった年である。

・3着 St Steven AUS B. Scott John Weeler

・10着 Escort Boy FR Frabrice Barrao P Chevillard

米国生産馬。5歳という障害馬としては異例の若さである。2001年から障害に転向し、Prix Duc d'Anjou (G2)、Grand Prix de Pau - Biraben Foies Grad (G3)などを勝ってここに挑んできた。ただし良績はChaseのみであり、英愛に比べればスピードが要求されるフランスのSteeplechaseとはいえ日本のスピード競馬は合わなかったのかもしれない。

・13着 Armaturk GB Joe Tizzard Paul Nichols

元々はフランスでデビューし、その後英国に移籍してきた馬。Hurdleでのキャリアはそこそこに、早々にChaseに転向し、Michael Page International Kingmaker Novices' Chase (G2)、Martell Mughull Novices' Chase (G1)勝ちなどNovice短距離路線にて活躍。Novice卒業後となった2012/13シーズンはやや精彩を欠いており、中山GJ参戦時は本調子になかったのかもしれない。

・14着 Tiutchev GB Rodi Greene M C Pipe

英国生産馬。Hurdleでの実績はさほどなく、Chaseに転向してからArkle Trophy (G1)、Swordlestown Cup Novice Chase (G1)、Ascot Chase (G1)勝ちなど頭角を現してきた馬である。英国短~中距離Chaseにおける一流馬と言っていいだろう。中山GJ大敗後は長距離に活路を見出し、King George VI Chase (G1)を2着、Martell Cognac Cup Chase (G2)勝ちなどの実績を残している。中山GJ参戦時には既に10歳とそれなりに年齢は重ねており、スピードの衰えと飛越能力の向上という英国障害馬において加齢によって多く生じる変化があったのかもしれない。

・15着 Tiger Groom FR Thierry Majorcryk Robert Collet

なんと! 牡馬である。まぁそれもそのはず、Haiesと平地を兼用で走っていた馬である。2000年の終わりから頭角を現し、4yo限定HaiesであるPrix Jacques D'Indy (G3)、Prix de Pepinvast (G3)と連勝。Prix Renaud du Vivier (G1)でも2着に入るなど、4歳限定路線で活躍。その後もGrand Prix d'Automne (G1)で2着に入るなど、それなりの活躍を見せての参戦だったが、残念な結果に終わった。どうやら重馬場が得意な馬のようで、日本の良馬場は合わなかったのかもしれない。

・16着 Silver Archer NZ F. Leahy C. Amrey

New Zealand Insurance Koral Steeplechase (PJR)、Haagen - Golddiggers Inter - Island Steeplechase (PJR)などのあるニュージーランドSteeplechase路線の一流馬である。ただしすでに12歳とベテランの域に達していたこと、またHurdleでの実績はさほどないことから、この馬も日本への適性という点で苦しかったのかもしれない。

 

*第6回 2004年 優勝馬:ブランディス JPN

この年も5頭の外国馬を集めるも、全馬が大敗もしくは落馬という結果に終わってしまった。

・8着 Oway FR Fabrice Barrao J Ortet

フランスからの参戦馬。母国ではHaies1勝、Chase3勝を挙げているが、いずれも平場戦でありさほど目立った成績の持ち主ではない。

・9着 Oliverdance AUS B. Scott

ニュージーランド平地ではBeacon Whakatane Cup (Listed)勝ちなど活躍した馬。Hurdle転向後はLindauer Fraise Hurdles (PJR)勝ちなどの実績を収める。オーストラリアでのキャリアは2戦と短いが、そこでも勝利を挙げていたようだ。レースでは果敢に先行集団に取り付くも、最後はバテて大敗という内容。障害経験としてはHurdleのみであり、やや苦しかったか。

・10着 Neriette FR Thierry Majorcryk

英国生産馬。Prix Alain et Gilles de Goulaine (Listed Hurdle)を勝利した程度の馬であり、目だった実績はない。

・F Nicobury AUS R Lockett G Barlow

調教師が何度か代わっているので中山GJ当時のものを。2003年からHurdleに転向すると、LA-Z-Boy Chair Hurdles (OPN HDL)、Auckland International Airport LTD Hurdles (OPN HDL)などを勝利。ペガサスジャンプステークスでは5着に入るも、残念ながら本番では落馬という結果に終わった。Steepleでは結果を残していないあたり、中山の障害に戸惑ったのかもしれない。

・F Misty Weather AUS A Trinder R Pike

ペガサスジャンプステークスでは2番人気に押されるも大敗、本番でも落馬と残念な結果になった。Hurdleではさほど芽が出なかったが、2003の春からSteepleに移り3連勝。Dominant Hiskens Steeplechaseを勝利などの結果を残す。ハンデ戦で72kgという圧倒的な斤量を背負っての日本参戦となったが、結果は残せなかった。オーストラリアのSteeplechaseに適応した馬であり、日本の障害は合わなかったのだろう。

 

*第7回 2005年 優勝馬:カラジ AUS

前年における外国馬の全滅を受けてか、外国からの参戦馬が3頭と減ってしまった年。しかし勝利したのはオーストラリアのカラジ。ここから中山GJ3連覇を達成する名馬である。

・1着 Karasi AUS B. Scott Eric Musgrove

元々はイギリスでデビューし、その後オーストラリアに移籍した馬。平地では50kgという軽ハンデながらMelbourne Cup (G1)にて4着に好走するなど、なかなかの良積を残す。2003年からHurdleに転向し、2連勝を飾るも平地と織り交ぜながらレースを使い、Yalumba Classc Hurdle、Grand National Hurdleなどを勝利。初のSteeplechaseとなったHiskens Steeplechaseでも3着と好走(この時の4着にMisty Weatherがいる)。その後は殆どの人がご存知の通り、障害競走への出走は日本のペガサスジャンプステークス、中山GJだけであり、母国では平地のみを使うというローテーションで中山GJを3連覇した名馬である。狙おうと思えばオーストラリア障害競馬の頂点に立つことも出来ただろう。そこに一抹の寂しさを感じると共に、再びこのように中山GJを本気で目指してくる馬が外国からやってくることを願ってやまない。

・6着 Sphinx Du Berlais FR Fabrice Barrao Robert Collet

フランス生産馬。3歳限定Haies戦からデビューし、母国ではPrix General de Saint-Didier (Hurdle G3)を2着、Prix Cse de Haies Cagnes (Listed)勝ちなどの実績を収める。Chase、Hurdleともに良積があり、比較的日本の障害への適応能力には優れていたといえよう。ただし大レースでは結果が残せず、やや格下感は否めない。

・F Fontera NZ I Lupton Kevin Myers

2年連続中山GJに参戦も、2年連続落馬競争中止となってしまった残念な馬。直前のペガサスジャンプステークスでは2着に入っていたのだが。いちおう母国ではArgonaut Racing & Breeding Hurdle (OPN HDL)、Dunstan Feeds Waikato Hurdles (OPN HDL)勝ちのある馬である。OPN HDLの常連といったところだろう。戦績を調べると、中山GJ挑戦当時はSteeplechaseの経験がなく、やや障害に戸惑った部分があるのかもしれない。

 

*第8回 2006年 優勝馬:カラジ AUS

AUSのカラジが連覇を達成した年。2着に4歳のテイエムドラゴンが入っていたりと歴史を感じるところである。外国馬に関しては欧州や米国からの参戦はなく、Eric Musgrove師の二頭、昨年落馬に終わったNZのFonteraだけである。

・1着 Karasi AUS B. Scott Eric Musgrove

・9着 Merlos AUS C. Durden Eric Musgrove

2003年からHurdleデビューした馬。2004から調子を上げ、同年だけでHurdleを3勝。Yalumba Classic Hurdleで67kgを背負って2着に入るなど結果を残し、2005年からはSteepleにも参戦。Cleanevent Grand National Steeplechaseでも2着に入るなど、オーストラリアSteeple路線でも一躍有力馬へと躍り出る。その後は中山GJに照準を合わせて平地を使い、ここに挑んできたが結果は出ず。日本遠征後は結果を残せていないように、2005年がキャリアのピークだったのだろう。

・F Fontera NZ I Lupton Kevin Myers

 

*第9回 2007年 優勝馬:カラジ AUS

3連覇を狙うKarasiを含め、Eric Musgrove師がまたもや2頭も送り込んできた年。外国からの参戦馬はあわせて4頭となった。

・1着 Karasi AUS B. Scott Eric Musgrove

・6着 Personal Drum AUS C. Durden Eric Musgrove

頻繁に調教師が変わっているが、中山GJ当時のものを。Hiskens Steeplechase、Cleanevent Grand National Steeplechase勝利、The Australian Steeplechase2着などがある当時のオーストラリアを代表する障害馬である。ただし平地、Hurdleではさほど実績がなく、さすがEric Musgrove師、事前に平地を使ってここに照準を合わせてきたが、残念ながら6着という結果に終わった。

・9着 Real Tonic NZ J K B Riddell John Weeler

かつてSt Stevenを送り込んできたJohn Weeler師の刺客である。Hurdleではさほど実績はないが、2006年の夏から3連勝、その中にはニュージーランドSteeplechaseの最高峰Great Northern Steeplecahse (PJR)を含むという当時のニュージーランドSteeplechaseの最強馬である。ただし日本の障害は合わなかったのか大敗。連覇を狙った翌年のGreat Northern Steeplechaseでも遠征の疲れが残っていたのか、5着という結果に終わっている。

・12着 No Hero NZ I Lupton C Nelson

2005 Grand National Steeplechaseの勝ち馬である。Hurdleでは芽が出なかったが、Chaseに転向後2005年の段階では破竹の勢いでSteeplechaseの大舞台を勝利している。2006 Great Western Steeplechaseも勝利。ハンデがきつくなったその後も活躍を続け、連覇を狙ったGrand National Steeplechaseでも68kgを背負いながら3着と頑張っている。この馬も中山が合わなかったということだろう。

 

*第10回 2008年 優勝馬:マルカラスカル JPN

4連覇を狙って来日してたカラジが直前で故障を発症し回避。外国からの参戦馬は2頭となった。

・6着 Alarm Call FR Christophe Rieux J Ortet

フランスからの参戦馬で、結果は残せなかったが中々の実績馬である。Prix Montgomery (G3 Handicap Steeple-Chase)、Prix Robert de Clermont-Tonnerre (G3)を勝利しての参戦。Haiesに関してもGrande Course de Haies de Printemps (Grade 3 Handicap Hurdle)を制している。重馬場で結果を残している馬だけに、日本の馬場が合わなかったのかもしれない。2008年の中山GJは重馬場発表だが、こちらの重馬場と欧州の重馬場は質がまるで異なることは周知の事実だろう。

・9着 Gliding USA Paddy Young Paul Douglas Fout

NZ生産馬だがUSA調教馬である。Temple Gwathmey Hurdle Stakes (G2)、Foxbrook Supreme Hurdle Stakes (G1)勝ちの実績があり、New York Winters Cup Steeplechase Handicap (G1)でも4着に入っているくらいのアメリカの一流馬なのだが、いまいち日本の軽い斤量とスピード決着が合わなかったのだろうか。

 

*第11回 2009年 優勝馬:スプリングゲント JPN

古豪スプリングゲントが頑張った年。ただし外国馬の参戦という意味ではジノラッド一頭とやや寂しい顔ぶれになってしまった。今考えれば来てくれるだけでもありがたいのだが。

・6着 Ginolad AUS C Durden A J Purcell

平地ではCL1を走っていた馬だが、Purcell厩舎への転厩を期にHurdleデビュー。Grand National Hurdle2着などなかなかの成績を残し、Steepleへも参戦。こちらでもいきなりGrand National Steeplechaseにて3着に入るなど、素質の高さを見せる。その後は中々勝ち星に恵まれずにいたが、Dominant Grand Anuual Steeplechaseを勝利。さらに2008 Grand National Steeplechaseを勝利するなど、ややムラ駆けの面を見せつつも大レースを制覇。当時のオーストラリア障害競馬における一流馬といって差し支えないだろう。中山GJはやや残念な結果に終わってしまったが、やや後方に構えすぎた感もあり。残念ながら再挑戦は叶わなかったが、面白い一頭であったことは間違いないだろう。

 

*第12回 2010年 優勝馬:メルシーモンサン JPN

残念ながら、国際招待競争になってから初の外国馬の参戦なしという寂しいレースとなってしまった。

 

*第13回 2011年 優勝馬:マイネルネオス JPN

近年の外国馬の参戦の減少を受けてか、国際招待競争から国際競争への変更が実施された年。外国馬の参戦はなし。柴田大知騎手のインタビューは素晴らしかったが、非常に後味の悪いレースとなってしまった。

 

*第14回 2012年 優勝馬:マジェスティバイオ JPN

同様に外国馬の参戦はなし。

 

*第15回 2013年 優勝馬:ブラックステアマウンテン IRE

国際競争に格下げされてから初の外国馬が参戦した年。とはいえこれまでにさほど実績のないアイルランドからの参戦馬、ペガサスジャンプステークスでもやる気の感じられない後方からの競馬で大敗と、直前までは全く人気がなかったブラックステアマウンテン。しかしいざレースを始めてみると、桁違いに正確無比な飛越と鞍上の卓越した騎乗技術、無駄のないコース取り、そして鬼の様に追いまくるRuby Walsh騎手の豪腕に応え、アイルランドからの無名の挑戦者が勝利した歴史的な年である。

・1着 Blackstairmountain IRE Ruby Walsh W Mullins

考えてみれば馬主は英愛で(一部には嫌われるほど)有力馬を多数抱えているRich Ricci氏、愛国でお前勝ちすぎだよって言われるくらいの名伯楽W. Mullins師、そして勝率3割を超えるという恐るべき世界的障害騎手Ruby Walshというアイルランドの黄金トリオである。Hurdle時代にはChampion Novice Hurdle (G1)を勝つなどそれなりの実績があり、Chaseに転向してからはRacing Post Novice Chase (G1)を勝つという実力馬である。ただしNovice卒業後は短距離Chaseの一線級には太刀打ちが出来なかったのか不甲斐ない競馬を続け、また重馬場を苦にするタイプであったため、冬にかけて重馬場になりやすいアイルランドではなかなか思い通りのレースが出来ないという状態であった。そういう観点から新天地を探すという意味での中山GJ参戦だったのだろう。ちなみに同馬はその後レースを使うことなく引退したとのこと。

 

*第16回 2014年 優勝馬:アポロマーベリック JPN

英国のRajdhani Expressが予備登録していたが同馬は回避。のちにNational Courseで行われるTopham Chase (G3)を勝利する馬。外国馬の参戦はなし。

 

*第17回 2015年 優勝馬:アップトゥデイト JPN

外国馬の参戦はなし。

 

*第18回 2016年 優勝馬:オジュウチョウサン JPN

AUSのEric Musgrove師が管理するThubiaanやUrban Explorer、IREのWillie Mullins師のFelix Yongerを含めかなり有力な5頭の外国馬が予備登録していたが全馬が辞退。日本の有力馬にも故障と離脱が相次ぎ、当初想定されたものよりも遥かに寂しいメンバーとなってしまった年。