にげうまメモ

障害競馬と艦隊これくしょんの個人用メモ ご意見等はtwitter(@_virgos2g)まで

16/07/14 Jump Legend - Blackstairmountain -

*Jump Legend - Blackstairmountain -

あまり馴染みがないだろう海外障害競馬における名馬を紹介してみよう企画第一弾。これを機に海外障害競馬にも興味を持って頂ければ幸いである。もっとも、中の人の気力がどこまで続くかわからないが。

 

初回は2013年の中山グランドジャンプ(J. G1)を制したBlackstairmountain (ブラックステアマウンテン)。ヨーロッパ調教馬として初めて同レースを制した馬であり、かつ同レースが国際招待競走から国際競争に【格下げ】されてから来日した唯一の海外調教馬である。なおこの変更は世紀の大改悪だと中の人は勝手に思っているのでしつこく主張していく。これのせいで外国からの参戦馬がいなくなって中山グランドジャンプがしょんぼりな結果になったのだ。だいたい今年のThubiaanとかFelix Yongerとか(以下略

同馬に関して、愛国障害G1を制している実績から愛国障害競馬における一流馬という見方が強いが、実際のところは全くと言っていいほど異なる。中山グランドジャンプには海外障害競馬における数々の一流馬が参戦してきているが、同馬に関してはその中でもかなり格下であり、むしろ自らの適正に合った新天地を求めて日本へとはるばるやってきた挑戦者と言った方が適切である。そんな同馬の経歴を見ていこう。

 

・Blackstairmountain (IRE)

Blackstairmountain Horse Pedigree

(上は血統データベースへのリンク。血統に詳しい方にはお馴染みのサイトだろう)

Owner:Mrs J M Mullins, Susannah Ricci

Trainer:Willie Mullins

 

アイルランド生産馬。諸外国において障害競馬を使う牡馬は早々に去勢するのが一般的であり、同馬においても例外ではない。2009年に愛国デビュー、障害競馬を目指す馬が障害競馬のペースや斤量、距離などに慣れるための平地レースであるNational Hunt Flat Raceを3勝ほどした後、2010年の1月からHurdleに転向。未勝利戦はさすがに地力の違いで快勝するも、果敢にも挑んでみた英国障害競馬の祭典Cheltenham FestivalのSupreme Novices' Hurdle (G1)は勝ち馬Menorahからかなり離された10着と大敗。同レースにはのちにAintree Hurdle (G1)を連覇する名馬Oscar Whiskyが居たり、勝ち馬は春先になって調子を上げてくることで有名なMenorahであったりする。

同レースは短距離Novice Hurdleの最高峰のレース。Noviceとは昨シーズンまで同カテゴリー(Hurdle / Chase)にて未勝利であった馬が所属するクラスであり、すなわち同レースは同シーズンにおいてHurdleデビューした馬、または昨シーズンまでHurdleで勝ち星を挙げられなかった馬が目指してくる最高峰のレースである。未勝利戦を一発勝っただけの馬は常識的には勝負にすらならないのが普通である。同馬の素質が高く評価されていたと言えば聞こえは良いが。さて、同レースにおいて、Blackstairmountainは最終コーナーまでは好位置で見せ場を作るも、最後はスピードの違いで大敗するという内容。しかし、この内容に陣営は気をよくしてか、Rathbarry & Glenview Studs Novice Hurdle (Grade 2) に挑戦、Luska Ladの2着と好走。その直後にアイルランド障害競馬の祭典、Punchestown FestivalにおけるChampion Novice Hurdle (G1)に挑戦、見事勝利を収める。レースはATRのサイトから見ることができる。ただしメンバー的にはかなりの手薄であったことは注意した方が良いだろう。

 

同馬は翌2010-11シーズンは、めでたくNovice卒業と言うことで短距離Hurdle戦線に参戦。しかしながら、かなり手薄なメンバーであったKeelings Irish Strawberry Hurdle (G2)の2着が最高、Punchestown FestivalのChampion Hurdle (G1)では勝ち馬Hurricane Flyから大きく離された最下位と全くいいところを見せられず2010-2011シーズンを終える。

勝ち馬Hurrinace Flyは生涯にしてG1を22勝もした名馬中の名馬である(そのうちここでも書く予定)。また、葦毛のThousand StarsはフランスHurdleにおいても実績を残したアイルランドの名馬である。このような短距離Hurdleの一流馬に対して、Blackstairmountainは全くスピードについていけず大敗。比較的綺麗な飛越を見せる馬だけに、後半での飛越のミスは決定的なスピード能力の違いを物語っている。

なお英愛障害競馬のシーズンは11月から5月頭までの期間であり(英愛国間で微妙な期間のズレがある)、この間英・愛国の競馬の大半が障害競馬となる。従って英愛障害競馬の主要レースはほぼ全てこの期間に行われる。よく英愛では平地のシーズンオフに障害競馬を行っている、という認識を持つ人がいるが、実際のところは季節ごとに平地と障害を交代で行っている、と言った方が適切である。障害競馬ファンの中にはむしろ障害のシーズンオフに平地競馬を行っている、という認識を持つ人も少なくない。ついでに言えば、英愛では平地より障害競馬の方が人気が高い。

 

陣営は翌2011-12シーズンはChaseへの転向を決定する。初戦はさすがの力の違いを見せつけ完勝。2戦目に挑んだRacing Post Novice Chase (G1)も勝利と素質の高さとスピード能力の違いを見せつける。

ただし、内容としては後半の上がり勝負になりやすいLeopardsdown競馬場、さらにスローからの上がり勝負というNoviceらしいレース、メンバーとしてもさほど強力な相手はおらず、あくまで平地のスピード勝負で辛勝したといったイメージが強いことは注意した方がいいだろう。事実、2着のNotus De La Tourはその後一勝も挙げられずにアイルランド草競馬(障害競馬)であるPTP(Irish Point to Point Racing)に移行している。

この直後に挑んだのがArkle Novice Chase (G1)。しかしここでは苦手な重馬場、かつ相手も2013年の秋からの長期休養に入るまではアイルランド短距離Chaseにてその高い実力を見せつけてきた強豪Flemenstarと非常に強力な相手に苦しみ、勝ち馬から大きく離された5着と大敗を喫する。

一見スローに見えるが、実際はSoft to Heavyというかなり厳しい馬場で行われたレースである。一般にSoftというと重馬場、不良馬場といったイメージが強いが、SoftとHeavyとでは日本でいう良馬場と不良馬場くらいの差がある。アイルランドの馬場は水はけが悪く、かつそもそもが非常にタフで重い馬場であるため、それが水を含んで重くなった場合はどれくらいのものかはお察しいただけるだろう。ロジユニヴァースの勝った日本ダービー以上に重い馬場だと思ってもらった方がいい。もっとも、梅雨に対応して異様に水はけのよい日本の馬場が特殊という説もあるのだが。

ここらでBlackstairmountainの馬主と調教師についても触れておこう。馬主はSusannah Ricci (正確にはRich Ricci氏のご婦人)、現在ではVautour、Faugheen、Annie Power、Djakadam、Douvanなどをはじめとするアイルランドの超一流馬を多数有する一大馬主であり、一部からは嫌われるほど大レースを勝ちまくっている人である。加えて、調教師のWillie Mullinsはアイルランド障害競馬における超一流馬を大量に抱えている人であり、リーディング争いには必ず顔を出してくる。この厩舎の馬にはアイルランドの一流ジョッキー、勝率3割超えというもはや恐ろしいほどの世界的障害騎手Ruby Walshが騎乗することが多い。このような恵まれた(?)環境にいるBlackstairmountainだが、その中では決して一流の馬ではなかったことは注意しておくべきだろう。

そんなBlackstairmountainだが、次走は英愛障害競馬の祭典、Cheltenham Festivalにおける短距離Novice Chaseの最高峰、Arkle Challenge Trophy (G1)に駒を進めることになる。前走が極端に重い馬場ということもあり、良馬場になりやすいCheltenham Festivalということで前進が期待されたが、そこに立ちふさがったのは巨大すぎる壁。もはや一介のNovice Championを超えた英国障害競馬短距離Chaseにおける歴史的名馬、その全盛期はこの馬に敵う馬が歴史上存在するのかとまで問われたほどの怪物、Sprinter Sacreであった。

レースはChampion Bumper (G1)の勝ち馬、のちに骨盤骨折を乗り越え、長距離Chaseの一大レースであるKing George VI Chase (G1)を制する一流馬Cue Cardが引っ張る展開。Sprinter Sacreは例のごとく好位から。Blackstairmountainは後方から。葦毛のAl Ferofが早々に絡んでいくが途中の障害で踏切をミスして後退。Cue Cardの必死の逃げをまったく意に介さず軽々と上がってきたSprinter Sacreに対して、Cue Cardが必死に食らいつく。しかしSprinter Sacreはこれを楽々と振り切り、Sprinter Sacreが楽勝。Blackstairmountainはいつもの綺麗な飛越を見せるが、飛越の毎に先頭とは離されていき、結局勝ち馬からは大きく離された大敗に終わる。

この大敗の後は、例のごとくPunchestown Festivalの適レース、Ryanair Novice Chase (G1)に出走するも、Heavyな馬場に苦しみLucky Williamの2着に惜敗。ちなみに同馬はその後全く良績を残すことなくPTPに移行していることからも、同レースの水準は推し量れるであろう。なおこのレースの3着にはG1でひたすら入着を繰り返す愛すべきFirst Lieutenantが居たりする。この馬は相手なりに走る馬であり、相手が強かろうと弱かろうとなぜか惜敗することが多い。かわいい。

 

ここまで短距離Hurdle、短距離Novice Chaseとともに一流どころに対しては全く歯が立たないという挫折を味わってきたBlackstairmountainだが、本当の挫折はここから始まる。英愛障害競馬は5月のPunchestown Festivalを最後に11月までシーズンオフに入るが、同馬は2012年は積極果敢にシーズンオフもレースに参加。障害馬を対象とした平地戦は快勝するも、Chase平場戦ですらHeavyな馬場に苦しみ勝ち馬とは大きく離された大敗。その後Tipperary Hurdle (G2)を使うもChaptain Cee Beeから大きく離された5着。重馬場を苦にするタイプであったため、秋から春にかけて雨で重馬場になりやすいアイルランド障害競馬では適鞍が存在せず、かつようやく良馬場になってくる春の一流レースではChase、Hurdleいずれにおいても能力の違いで全く歯が立たないという悩みを抱えていた。また、シーズンオフでは確かに良馬場になりやすいが、殆どと言っていいほど重賞は開催されず、またNovice G1を勝ってしまった同馬はハンデ戦では斤量を背負わされるというジレンマに陥っていた。

そこで目を向けたのが、馬場が良いこと、賞金が高いことで有名な日本障害競馬である。これまでヨーロッパからは数多くの遠征馬が存在したが、いずれも格下か、適正という面での不安があった。同馬は仮にもHurdleをこなすスピード能力があり、Chase G1まで参戦するほどの飛越能力もある。特にコースに細かい起伏が多いPunchestown競馬場での勝ち鞍は、その高い飛越能力を証明するものである(慣れない馬は起伏のせいで踏切位置を安定させることが出来ない。高さ・幅ともに非常に巨大な英愛Chaseにおいて踏切位置の安定は障害飛越における必須条件である。他の競馬場で実績を残してきた馬がPunchestown競馬場の起伏に戸惑い大敗することは稀ではない)。日本障害競馬の障害は英愛障害競馬のChaseをこなせていれば簡単に飛越できるものであり、かつ平地のスピード能力が大きく問われるため、Hurdleでそれなりの実績を残している同馬にとっては格好の標的となる。そこで2012-13シーズンはスピード競馬に慣れるため、Hurdleを3戦しての日本遠征となった。

 

そんなわけで日本初お披露目となったペガサスジャンプステークス。

http://web-cache.stream.ne.jp/web/jra/onetag/subwindow.html?movie=rtmp://fms-jra.stream.co.jp/jra-fms/_definst_/mp4:jra_seiseki/2013/0323/201303060108&ua=4&type=2&thum=

514kgもあったのかこいつ! でかいな!

それはともかく。なぜか3番人気に押されるも、後方から全くやる気のないレース振り。飛越は綺麗であったが日本障害競馬において重要な能力である平地のスピードと言う点で疑問が残るレースであった。もっとも、今から考えれば日本の障害に慣れるための試走といった面が強いだろう。後方から大事に、他の馬の飛越を見せながら一つ一つの障害を飛んでいるのはその証左である。わざわざアイルランド障害競馬のトップジョッキーRuby Walshがこんなくっそ大事な時期に向こうから見れば重要性の低いプレップレースにまで乗りにきている時点で我々は疑うべきであった(馬券を外したやつの言い訳)。

一部にはスピード負けという見方もあったのか、本番では大きく人気を落とす結果となる。それもそのはず、これまで中山グランドジャンプにて実績を残しているのは主にオセアニア勢。ヨーロッパ勢、特にアイルランドからの参戦馬はほとんど良績を残すことができず敗れ去っている。しかし、その低評価は本番でのレース振りにて完全に覆されることになる。

12の障害って少なくね? 20くらい跳ぼうぜ。あと池の中泳いだりしようぜ。ついでにAintreeのCanal TurnのレプリカとかPardubiceのTaxis Ditchのレプリカとか飛んだりしようぜ(適当)。

シゲルジュウヤクが淡々としたペースを刻む中、前走とは打って変わって中団からのレース。大竹柵、大生垣といった中山競馬場、いや日本障害競馬における最難関障害も軽々と飛越。そこからRuby Walshの剛腕に応え、Hurdleでの飛越はやや丁寧さを見せながらも、最終障害はRuby Walshが馬を押しながらスピードを殺さずに飛ぶという、最終障害をスピードを落として丁寧に飛んだ他の騎手との技量の違いを見せつける。そのままRuby Walshの叱咤激励に応え、リキアイクロフネの猛追を抑えて勝利。

着差はわずかだが、この勝利には英愛障害競馬の鍵を紐解く大きなヒントが潜んでいる。まずは無駄のないコース取り。馬は決して鞍上に逆らうことなく、道中は内々を立ち回り、大生垣を利用して外に出す。馬群を割りながらも決してブレーキをかけることなく、即座にペースアップできない障害馬の欠点を最大限にカバーしている。中山という競馬場の特性を完全に見抜いたRuby Walshの勝利である。そして鬼神のように追いまくるRuby Walsh。障害飛越に際しても身体の柔らかさ、下半身と体躯の強靭さ、上半身の強さを生かして全く重心がブレることなく、馬の動作を邪魔せずにひたすら前へ、前へと叱咤激励する。その技量はこの中で見ても一枚も二枚も図抜けている。それに応える馬も馬である。障害飛越は決してスピードに任せた蛮勇ではなく、完歩、高さ、飛越の幅、着地、全ての動作が完璧に、かつ丁寧に行われている。やや後半のHurdle障害は飛越が高すぎる嫌いはあるが、その飛越は障害の特性を完全に見抜いたものであろう。これらは全て、愛国における超一流障害騎手の技量であり、愛国における超一流障害調教師が育てた馬の技術である。

 

連覇を期待された同馬であるが、残念ながら翌年の中山グランドジャンプには登録すらなく。2015年の段階でオーナーサイドから引退が発表された。中山グランドジャンプの賞金額は世界的に見ても非常に高いことで有名であり、同馬が幸せな余生を過ごしてくれることを祈るばかりである。

いずれにせよ、母国で可能性の片鱗を見せながら、そこに存在した巨大すぎる壁、自身の適正とのミスマッチという挫折を味わいながら、日本という遠い異国まで目を向けることで日本最高の栄誉をつかみ取ったBlackstairmountain。それは決してチャンピオンによる日本征服の物語ではない。むしろ挫折を味わった馬の、新たな挑戦と成功の物語である。ガラパゴス化が進む日本障害競馬であるが、その発展可能性は未だに大きく残されている。Blackstairmountainの勝利、それは決して日本障害競馬の凋落を示すものではない。むしろその新たな領域としての可能性を、大きく世界に示すものであるとわたしは考える。これを熟慮の上、日本障害競馬の将来と未来像、国際交流の可能性と発展性への寄与を考え直すきっかけになれば幸いである。

 

以下参考資料。

・障害廃止論に関する諸々。海外障害競馬との比較など。

中山グランドジャンプ歴代外国参戦馬とその短評。

・英愛障害競馬入門