にげうまメモ

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15/7/18 Journal Club

*Journal Club

1人でやる論文抄読会。繰り返し断っておくがわたしの専門分野とは関係が無い。

 

[Paper]

The Effect of conformation on orthopaedic health and performance in a cohort of Nationa Hunt racehorses: preliminary results

R. Weller, et al. Equine Veterinary Journal 2006

(論文へのリンクはこちら→The effect of conformation on orthopaedic health and performance in a cohort of National Hunt racehorses: preliminary results - WELLER - 2010 - Equine Veterinary Journal - Wiley Online Library)

 

[Summary]

競走馬を見るとき、我々は様々な点に着目する。その中でも競走馬の骨格は、馬が運動する際において働く複雑かつ全体として調和の取れた数多くの力の作用点として働き、かつその力のモーメントを決定する重要な因子である。例えば「飛節の角度と馬の瞬発力との相関」はそのわかりやすい一例であろう。本論文は、英国障害馬において、競走馬の骨格と、整形外科的な故障リスクと競争成績との相関を調べたコホート研究である。なお、解剖学用語を多用するので、その点は悪しからず。専門家でなくても、競馬ファンで熱心な方ならば馬の主要な骨や筋肉については知っておいても損はしないと思う。ちなみに詳しい統計処理方法や結果については論文参照のこと。

 

[Introduction]

競走馬産業におけるスピードを重視した選択的交配により、競走馬においてはより高速な動きが可能な解剖学的適応が起きている。しかしこの変化は骨格筋系に対してより大きな負荷を与え、故障のリスクを高めているとも言える。

骨格的特長と、競争成績・故障リスクに関する研究はこれまでも行なわれてきた。例えば2歳馬において下顎骨間長と管骨長の増大は競争成績と相関することがわかっている。本研究の目的は英国障害馬において骨格的特徴と、競争成績・故障リスクの関係調べることである。

 

[Materials and Methods]

108頭の英国障害馬を対象とした。(内訳:セン馬106頭・牝馬2頭、平均年齢6.4±1.6yo)これを2003年10月1日から2005年4月30日まで追跡した。3次元骨格分析は追跡を始める前に行い、これはProReflex MCU 500, Qualysisを用いた。これについての詳細は論文本文参照のこと。ここから各評価ポイントの角度と長さを算出した(関節角は側面方向及び頭側方向の2つの面に対して算出した)。

下顎間長、膝の寸法、及び首付け根・橈骨・中手骨・繋・頸骨・中足骨・蹄の周囲長を測定した。また馬体重も追跡の最初に測定した。多重共線性を避けるため、独立した評価ポイント同士に相関があった場合はそのいずれかを除去した。そのため、例えばほぼ全てのパラメーターは左側のもののみを使用した(右側のそれと強い相関があったため)。全ての馬は追跡開始前に骨格筋系の異常が無いか触診した。獣医学的記録は獣医師の診断及び厩舎記録により入手した。また、競争成績はRacingpostより入手し、maximum British Horseracing Board Official Rating (ORmax)、muximum Racing Post Rating (RPRmax)、maximum top speed rating (TSmax)及び着順を記録した。(これらの数値の詳細に関してはBHA及びRacingPost参照のこと)

骨格的特長と競争成績との相関を調べるために、多重線形回帰分析を行った(life-time earnings、着順、ORmax、RPRmax、TSmax)。「故障」というパラメーターについても独立したものとしてモデルに組み込んだ。

さらに、骨格的特長と故障リスクとを調べるために、段階的重回帰分析を行った。5つ以上の診断と触診時所見が認められるもののみ統計学的分析に掛けた。各パラメータに対して独立した回帰モデルを構築し、ここからオッズ比を算出した。

 

[Result]

以下論文本文の表を見ながら進める。重要な部分は記載するが詳細は論文参照のこと。

・競争成績

追跡期間中、4頭の馬が出走なし、10頭が5走未満、24頭が5-9走、36頭が10-20走、34頭がそれ以上の出走回数であった。出走があった馬のみ統計学的分析に組み込んだ。各競争成績における平均値は以下の通り。

平均ORmax = 106 (± 43, max 173)

平均RPRmax = 96 (± 29, max 177)

平均TSmax = 116 (± 29, max 177)

Life-time earning £0 - 646,240 (median £25,721) (うち6頭の馬が >£200,000, 大部分の馬が <£10,000)

出走回数 0 - 39 (median 9) (Life-time earningと出走回数は対数変換して用いた)

全ての競争成績に関するパラメーター(着順、Life-time earning、TSmax、ORmax、RPRmax)は出走回数・年齢と相関があった(table.1)。

では骨格的特長と競争成績との相関を見ていこう。全ての競争成績に関するパラメーターは出走回数が増えるに従って増加していた。IM width (下顎間長)の増加はLife-time earningと着順と相関しており、また背側寛骨角(腸骨と坐骨の間の角)の増加とORmaxの増加と相関していた。競争成績と何らかの負の相関のあるその他のパラメータとしては、肩関節角(伸筋側)及び中手指節関節(MCP)角(頭側から見た場合)、後指の長さと胴回りである(table.1)。

着順については、下顎間長は正の相関があった一方、胴回り、吻側中手指節関節角、伸筋側肩関節角は負の相関があった(table.1)。またLife-time earningに関しては、 下顎間長は正の相関があった一方で、後指の長さと、吻側肩関節角、吻側中手指節関節角に関しては負の相関が認められた。各Ratingに関しては、いずれも出走回数とは正の相関が認めらた。また、寛骨角と後指長の増加はTSmaxの増加と有意に相関していた(本文にはそう記載があるが、tableを見る限り後指長は負の相関では?)。寛骨角と吻側中手指節関節角の増大はORmaxと関連があり、前者は正の、後者は負の相関が認められた。RPRmaxと関連のあるパラメータは存在しなかった。

以上をまとめると、下顎間長、屈筋側(尾側)肩関節角( = 360° - (伸筋側肩関節角))と背側寛骨角の増大は競争成績に正の相関を持つといえる。逆に後指の長さや胴回り、吻側中手指節関節角の増大(外反)は競争成績に負の相関を持つことが分かる。

・故障リスク

追跡開始時における触診による所見を以下に羅列する。

後肢指における腱鞘滲出液(26頭:両足17頭、右足3頭、左足6頭)。前脚指においては2頭(右足1頭、左足1頭)。第三中足骨背側における外骨腫(7頭:両足2頭、左足3頭、右足1頭)、第二中手骨における外骨腫(1頭、両足)。中手指節関節における滲出液(4頭:両足1頭、左足2頭、右足1頭)。中足指節関節における滲出液(2頭、左脚)。橈骨足根関節における滲出液(6頭:左3頭、右3頭)。遠位足根関節と足根中指骨関節における浮腫(3頭、両脚)。近位指節関節周囲の浮腫(後肢4頭:両3頭、左1頭。前脚4頭:両4頭)。中手骨における凸状の腱(4頭:左3頭、右1頭)。 

追跡期間における競走馬の予後を下記に記す。

引退:14頭

死亡:7頭

休養:4頭

現役:83頭

死亡7頭中、3頭が突然死(おそらくHeart Attackだろう。英国障害競馬には比較的多い。)、3頭が何かしらの骨折事故による安楽死、1頭が腱に関する故障による安楽死

骨格筋系の故障の詳細は、

浅指屈腱炎(superficial digital flexor tedonitis = SDF):n=16

骨盤骨折(pelvis fracture):n=7

第三中足骨骨折(third metatarsal bone stress fracture):n=2

膝蓋骨上方変位(upward fixation of the petella):n=2

胸腰椎骨骨折(thoracolumbar spine fratucure):n=2

手根骨骨折(carpal fracture):n=1

上腕骨骨折(humeral fracture):n=1

蹄に関する問題:n=1

浅指屈腱炎を発症した16頭は7頭が最初のシーズンに、9頭が次のシーズンに発症した。その7頭のうち3頭は次のシーズンに再度調教を始めるも浅指屈腱炎を再発した。16頭中6頭はレースに復帰するも、再発3頭を含む6頭は引退し、3頭は追跡調査の終わりで治療中、1頭は安楽死処分となった。2頭は両脚に、8頭は左脚に、6頭は右脚に発症した。

骨盤骨折を発症した7頭のうち、3頭は引退し3頭は復帰し、残り1頭は追跡調査の終了時点で治療中であった。

では実際に、骨格上の特徴が骨格筋系の故障に及ぼすリスクはどれくらいのものであろうか。まとめたのがtable.2である。浅屈腱炎を起こすリスクは年齢と共に増大する(オッズ比 = 1.63)。また吻側中手指節関節角の増大と手根関節の外反(要するに前脚が「立っている」状態である)と共に増大する(オッズ比 = 1.60, 1.93)。骨盤骨折に関しては、寛骨角の増大はリスクを減少させる(オッズ比 = 0.92) のに大して、足根角の増大はリスクを増大する(オッズ比 = 1.25)。後足の遠位腱鞘炎(Effusionという書き方をしているが)については、足根角の増大によりリスクが増大する(オッズ比 = 1.15)。

橈骨足根関節炎、第三中足骨背側における外骨腫について有意にリスクを増大させる因子は無かった。また競争成績と各故障について有意に関連のあるものは存在しなかった。

特殊な事例として、膝蓋骨の上方変位を認めた2頭については他の馬と比べて非常に切り立った後膝関節を構成していることがわかった。また、第三中足骨骨折を起こした2頭に関しては、 他の馬と比較して非常に短い指長を持つこと、及びコホート研究の最初で第三中足骨に外骨腫があることがわかっていた。

 

[Discussion]

下顎骨間長、屈筋側肩関節角、及び寛骨角の増大は英国障害競走における競争成績の向上と相関があった。下顎骨間長の増大という結果は平地競争にて勝ち馬とそれ以外の出走馬を比べた過去の文献と一致する。これは下顎骨間長と遺伝的咽喉頭神経症(喉鳴りのことを指すのか?)との負の相関があることを示唆する。他の文献によると、"elite horse"はよりsloping shoulderを持ち、これは完歩の増大に寄与することが知られている。これは今回の調査の結果と一致する。最も、当論文のパラメーター設定や測定方法が他の文献と異なるので一概には比べることは出来ないが。また、側方寛骨角の増大は殿筋の稼働域の増大に寄与しており、これは後肢の蹴りだしの強さを決定する。側方寛骨角は競争成績と故障リスクの両方に寄与している唯一のパラメータであり、この側方寛骨角の増大は骨盤骨折の減少に関連している。これは腸骨を曲げるモーメントの減少に関与している可能性が考えられる。

これに対して、大きな胴回り、中手指節関節角の増大、また長い後指は競争成績に負の影響を与えた。大きな胴回りは即ち馬体重の増加と関連し、これはより大きなエネルギーのロスに繋がる。中手指節関節角の増大(外反)と指長の伸長は、前肢の筋肉による馬場を蹴りだす水平方向の力のロスに繋がる。いずれにせよ、これらの因子は競走馬の運動を解析する力学的な研究においても有用であろう。

本研究においては、出走回数は故障頻度とは相関が無かった。日本の平地競争においては出走頻度と故障率は相関するという文献もあるが、本研究ではあくまで全体の出走回数のみ考慮していることからこのような違いが生じたのであろう。あくまでレースとは競走馬活動の一環としてであり、そのデータには調教頻度は含まれていないことを考慮すべきである。

さて、浅屈腱炎のリスクは年齢と共に増大した。これは過去の疫学的調査とも一致し、かつ年齢による腱の微小構造の変化によるものとも考えられる。また、中手指節関節角の増大と手根関節の外反も浅屈腱炎のリスクを増大させた。これはよく巷で言われること、すなわち"sloping pattern" (acute metacarpophalangeal joint angle)はより屈腱炎のリスクを増大させている、ということとは相反する結果であった。さらに、外側方向への手首・足首の関節の偏移は吻側・尾側方向へのそれと同様に、屈腱炎と骨盤骨折のリスクを増大させる。これは競走馬の運動時に骨格筋系に掛かる力は直接内外方向へ指を伝わって分散されていないという事実によるものかもしれない。また、足首における外反は(足根角の増大)腱鞘炎とも関連した。これは腱鞘への非対称的な力の係り具合によるものであることが推測される。

なお、競争成績が故障リスクに影響しているという結果は得られなかった。これは調教に耐える馬のみが出走しており、そうでない馬は出走していないという明白な事実からも推測できる。実際に、6.2%の調教馬が、能力の欠如や体質の弱さといった理由からレースに出走することなく競走馬生活を終えているということも知られている。

この研究には難点も存在する。それは骨格測定の再現性の低さである。これは測定方法によっても変わるし、例えば馬が少し動いただけで各々の角度は変わってしまう。さらに、本研究で用いたサンプルは単一の厩舎から得られたものである。これは調教師の技量の影響を最小限にできるという利点もある一方、英国調教馬全体に適応できるかというとおそらく否である。さらに、サンプル数も十分ではない。しかしながら、多くの調教師が競走馬を購入する際のバロメーターとして馬格を重視しており、さらにこの研究がより大きなコホート研究を行う際に重要な情報を与えてくれることは間違いない。

 

[Discussion2]

以下例によって徒然なる駄文。例の如く読み飛ばし推奨。

ここまで解読した、ある程度馬を見ている人なら誰もが思うだろう。「当たり前じゃない?」。しかし、研究とは、理論的に推測される仮説、一見当たり前に見えるかもしれない理屈を、論理立てられた実験によって検証し、考察する作業である。理論的に推測された理屈は仮説に過ぎない。研究の世界ではそれが簡単に覆されることがあるということ、またただの仮説や空想、経験談ではなく、学術的データを基にした主張こそ始めて説得力を持つということは分かっていて貰いたい。

さて、では「当たり前?」と思うことについて少し考えてみよう。この論文によると、尾側肩関節角と背側寛骨角の増大は競争成績と正の相関があることがわかる。まず肩関節に関して。肩関節角は即ち前脚の前方への「蹴りだし」に寄与する。即ち尾側肩関節角が大きい馬ほど肩関節が「立って」いる状態になる。従って、より尾側肩関節角が大きい馬ほど前肢の筋肉を用いた前方への蹴りだしが大きくなり、すなわち完歩が大きくなる。また、英国障害競馬は日本のそれと比べて非常に高い障害を越える必要がある。従って、障害着地時は日本のそれと比べると前脚で「踏ん張る」動作の重要性が大きくなる。Grand NationalのBeacher's Brookなどはその典型だろう。尾側肩関節角が大きい馬ほどこの着地時の支点が前に来ることができ、どうしても前方に流れがちな重心を支えることが出来る。逆に尾側肩関節角が小さい馬ほど着地時の支点が後方に来るため、前に流れていく重心を支えるのに余計なエネルギーを使うことになる。競争成績と尾側肩関節角に正の相関があるのはそのためだろう。また、背側寛骨角の増大も競争成績と正の相関がある。これは殿筋の稼働域を広める作用がある。英国障害競馬の障害は日本のそれと比べるとはるかに高く、かつ搔き分けて飛越することは出来ないためスピードを持って突破することが出来ない。従って、飛越時には上半身を下半身の筋肉(主に殿筋をはじめとする背筋群)を用いて強力に持ち上げる必要がある。従って、背側寛骨角の増大はこの動作をよりスムーズに行うことを助けるだろう。

なお、このように英国障害馬は日本の平地競走馬と比べて発達する筋肉がまるで異なる。一流馬といわれる馬の体型を比べれば一目瞭然であろう。(適当にKauto StarとかMany Cloudsとかで検索かけるべし)。また、そのような違いは平地での走法の違いをも生じ、英国障害馬が平地でスパートを掛けた際の走法は、日本の平地競走馬と異なり重心が激しく上下するようなものになる。どちらかというとピッチを上げるスパートよりも一完歩を上げるようなスパートを掛ける馬が多いこともこの違いの原因となっているだろう。従って、これをバテていると見るのはやや見方として間違ったものである。

腸骨翼は仙腸関節を形成し、すなわち英国障害馬が障害飛越時に上半身を持ち上げる際に、後肢の骨格と脊椎を結ぶ支点となる重要な部分である。側方寛骨角の増大は骨盤骨折の減少に関連しており、これは腸骨を曲げるモーメントの減少に関与している可能性が考えられる。腸骨翼は英国障害馬において多く認められる骨盤骨折の中でも非常に頻度が高いことが知られており、すなわち側方寛骨角の増大は腸骨翼に対する負荷を減少させ、骨盤骨折を予防している可能性が考えられる。

いわゆる「相馬眼」というのは熟練の技である。まさに「達人」の域である。しかし、今回の論文は科学的に競走馬の骨格が与える競争成績と故障リスクについて、サンプル数は少ないながらも立証した。例えばセレクトセールなどにおいて、全身X線撮影装置によって馬の骨格をスキャンし、そこから関節の稼働域や一完歩の大きさ、故障リスクといったものをシミュレートできないものか。そうすれば購買者はより馬を選びやすくなるはずだ。達人の技とはすなわち、悪く言えば再現性の少ない「分かる人には分かる」という、ある意味非科学的な世界である。10年後、20年後の「相馬眼」にはより科学的なアプローチが進出し、客観的なデータをもって競走馬を選択できる時代が来ることを願ってやまない。