にげうまメモ

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21/04/10 National Hunt Racing - Grand National Result -

Aintree (UK) Good to Soft

〇 Randox Grand National Handicap Chase (G3) 4m2f74y (National)

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昨年は新型コロナウイルス感染症の影響で中止となったGrand National Meeting。イギリスでは相変わらずの新型コロナウイルス感染症の流行の影響で、今年は原則(一部の)関係者のみの入場となりった。そのため例年Aintree競馬場のスタンドを埋め尽くす勢いで詰めかけるたくさんの競馬ファンは入場することはできず、さらに毎年競馬ファンの前に元気な姿を現す過去のGrand Nationalの勝ち馬たちも今年は来場できずと、例年(酔っ払って騒いでいる迷惑な人たちや、気張ってハイヒールを履いてきたのの疲労して他人の足を踏んづけてくるおばはんマダムも含め)大変な賑わいを見せる様相から比べるとかなり寂しい場内とはなった。とはいえ昨今の状況を考えると、ひとまずなんとか開催は行われる運びとなったことを喜ぶべきだろう。幸い天候には恵まれており、開催3日間ともに特段の雨はなく、馬場はGood to Softと春らしい良馬場で行われることとなった。ここまでにはGrand National3勝目を目指すアイルランドTiger RollやフランスCross Country SpecialistのEasysland、Svenskt Grand Nationalにも挑戦したフランスのAjasが早々に回避を発表するという残念なニュースもあったのだが、Blaklionを40番目とするレーティング上位40頭の中から回避馬は現れず、結果的に補欠馬の繰り上がりはなくフルゲート(?)40頭立てのレースとなった。

前評判としては、今シーズンのLadbrokes Trophy (G3)の勝ち馬で、その後もKelsoのPremier Chase (Listed)を快勝して挑んできた、目下絶不調のイギリス勢期待の上り馬Cloth Capが一番人気に推されていた。そのほか、前走16fのWebster Cup (G2)を圧勝したアイルランドのAny Second Nowを始め、一昨年のIrish Grand National (Grade A)の勝ち馬Burrows Saint、最近絶好調のRachael Blackmoreとコンビを組むアイルランドのMinella Times、2019年の同レースで2着に入った10歳牝馬Magic of Light、昨年12月のAscotのSilver Cup (Listed)でしぶとい競馬を見せたMister Malarkyなどが比較的上位人気となっていた。

全出走馬に関する簡単な紹介及び短評は以下の記事で。

 

Grand National Meetingを含むそれ以外のレースの回顧は以下の記事で。

 

1. Minella Times J: Rachael Blackmore T: Henry de Bromhead

2. Balko Des Flos J: Aidan Coleman T: Henry de Bromhead

3. Any Second Now J: Mark Walsh T: Ted Walsh

今年は一部のpuntersには期待されたFalse Startはなく、順調にレースはスタート。外から例によってYala Enki、Jett、さらにCabaret Queen、Lord Du Mesnil、Cloth Capといった先行馬が元気よく出てくる。第1障害で後方の内にいた葦毛のLake View Ladが落馬。第2、3障害は無事全馬クリアするも、第4障害において着地で躓いた牝馬Magic of Lightが落馬。ここからBecher’s Brook、Fainavon、Canal Turnといった有名な難関障害は全馬見事クリアすると、ここから大きなシャドーロールが目立つJettがやや抜け出して先頭に立ち、レースを引っ張る格好となる。やや遅れてCloth Cap、Yala Enki、Double Shuffle。先頭集団の外にBurrows Saint、さらにLord Du Mesnil、Cabaret Queenなど。第10障害で好位の内にいたAny Second Nowがやや大きなミスをするも頑張って立て直す。第11障害で先頭集団からやや遅れた馬群の中にいたMinellacelebrationが落馬。第12障害で好位の内にいたDouble Shuffleが落馬し、Any Second Nowがこの落馬の影響で大きな不利を受ける。この辺りでは落馬したMagic of Lightを始めとする空馬が前を走っていたということもあるが、ややJettを先頭にCloth Cap、Lord Du Mesnilの3頭が馬群から抜け出す格好になる。第13障害の手前で、後方でだいぶ追走に苦労していたAnibale Flyが途中棄権。かつてCheltenham Gold Cup (G1)やGrand National (G3)でも惜しいレースを続けた偉大なベテラン11歳馬の挑戦はここで終わってしまった。The Chairにて後方にいたCaneloが落馬、これにぶつかったAmi Desboisも落馬。さらにBalko Des Flosもこの不利を受けるがなんとか立て直す。また、これらの少し前にいたPotters Cornerが大きなミスをするも、鞍上のJack Tudorが頑張って馬にしがみついて事なきを得る。この辺りからJettのリードは開いて行き、後続に5馬身ほどの差をつける単騎逃げの格好で2周目に向かう。2周目の入り口において、第1障害で早々に試合終了したLake View LadのBrian Hughes騎手が歩いており、馬群に気が付いて急いで内に退避している。

2周目の最初の障害となる第17障害の手前にて、後方でだいぶ追走に苦労していたTakingrisks、Mister Malarkyの2頭が途中棄権。この辺りからJettのSam Waley-Cohen騎手は馬を促して飛越をかけていく。第20障害において、現役馬屈指のNational SpecialistのView Lion Rougeがまさかの落馬。同じような位置にいたYala Enkiもこれに躓いたのか落馬。Sam Waley-Cohen騎手のJettは元気一杯引っ張り、Becher's Brook、Canal Turnと続々とクリア。2番手のBurrows Saintらに対するJettのリードは10馬身ほどになる。この辺りで後方に遅れていたBristol De Maiを始め、Ballyopticは飛越拒否、さらにOk Corral、Lord Du Mesnil、Potters Cornerなど後方にいた馬が続々と途中棄権。さらに故障でThe Long Mileも途中棄権。Jettが元気一杯引っ張る後ろで、第26障害で躓いて遅れ始めたCloth Capを除き、この辺りからじわじわとBurrows Saint、Minella Timesなどが進出を開始する。残り4障害のOpen Ditchにて好位にいたChris's Dreamが落馬。まだJettのリードは5馬身ほどあるが、Burrows Saint、Minella Timesが順調に差を詰めてくる。やや遅れてBlaklion、Discorama、Cabaret Queen、Farclas、Any Second Nowなどが追走。Melling Roadを越えたあたりで必死で逃げるJettのリードはなくなり、代わってMinella Timesが先頭に。これを追いかけてBurrows Saint、Balko Des Flosが続く。残り2障害地点では真ん中にBurrows Saintを挟んで、内にMinella Times、外にBalko Des Flosの3頭が横並びの状態となる。しかし残り2障害を越えてBurrows Saintは脱落。代わって内からAny Second Nowが接近するも、前にはなかなか肉薄できず。最終障害をBalko Des Flosと比べてスムーズに越えたMinella Timesが前に出ると、そのままRachael Blackmoreの渾身の激励に応え、Minella Timesが先頭でゴールした。6馬身離れた2着にはBalko Des Flos、続いてAny Second Now。はるか離れてBurrows Saint、Farclas。遅れてBlaklion、Discorama、大逃げを打って見せ場を作ったJett、Cabaret Queen、Shattered Love、Alpha Des Obeax、Hogan's Height、Acapella Bourgeois、Sub Lieutenant、そしてClass Conti。以上15頭が完走を果たした馬である。

 

Rachael Blackmoreは女性騎手としては初めてとなるGrand National制覇を成し遂げた。Cheltenham FestivalでもChampion Hurdle (G1)やRyanair Chase (G1)を始めとする多数の勝利を上げ、同開催におけるリーディングジョッキーに輝いた同騎手は目下絶好調で、アイルランドリーディング争いにおいてもPaul Townend騎手の95勝に対して、現時点で86勝とこれを猛追している。統計的な数値を考えてもアイルランド障害競走におけるトップジョッキーと考えて間違いない。この驚異的な統計的数値は同騎手の技量に裏打ちされており、このGrand Nationalにおいてはその見事なまでの騎乗技術の高さを観察することができる。Grand Nationalは40頭というたくさんの馬が難易度の高い障害を飛越し、かつ多数の落馬が発生するという、なにかとクリーンな日本競馬と比較すると一見異次元にカオスなレースだが、実際は通常のChase競走を遥かに凌ぐ、Cross Country的な要素と多頭数のHandicap競走的な要素を含む超高水準の飛越技術、そして人馬の高い精神力と持久力を要求する総合的な障害競走であり、人馬に求められる各要素の要求水準は世界のどの競馬にも類を見ない別格の存在である。「スポーツ」という観点において、これこそがAintree競馬場のGrand Nationalが"Grand National"たる所以である。一方でこのような超長距離走においては、飛越のミスや瞬間的な加速・減速といった余計な動作を可能な限り排しつつ、飛越のミスが生じても直ちに立て直し、馬のペースを保ってリズムよく走り続けることこそが極めて重要であり、Grand NationalにおけるRachael Blackmore騎手の騎乗はこの点において高いレベルでの成功を収めていた。好位集団から少し遅れた内側という、比較的不利を受けやすい位置につけながらも、重複落馬のリスクの高いCanal Turnを始めとする障害飛越時を含めて常時馬の進路を確保し、バテて下がってきたLord Du MesnilやJettをスムーズに捌く手綱さばきはとにかく見事であった。Cheltenham Festivalの際も不利を受けずにリズムよくスムーズに周ってくる騎乗が目立っていたのだが、とにかくこの視野の広さと瞬間的な判断力の高さには恐れ入るばかりである。さらに、The Chair、Open Ditch、さらには終盤の障害といった随所において、しっかりとストライドを伸ばしての飛越を成功させており、レースの流れや障害の特性を踏まえた完璧なリズムを作りだす騎乗であった。歴史的な快挙ということでどうしても「女性騎手」というワードが先行しがちなのだが、それ以上にRachael Blackmore騎手の「障害騎手」としての技術の高さに着目するべきだろう。本人の勝利騎手インタビューにおいて“I don’t feel male, female or anything, I don’t feel human”との表現があったのだが、イギリス・アイルランド障害競馬という果てしなく層が厚い世界においてこれだけの卓越した技量を示したこと、もはやこの障害騎手として有する水準の高さは人間離れしている域に達しているといっても過言ではない。

8歳のMinella TimesもこのRachael Blackmore騎手渾身の騎乗に応える走りを見せた。これが初めてのNational Fenceであったのだが、さすがは現在絶好調のHenry de Bromhead厩舎、どうやらこれに向けてしっかりと準備をしてきたようで、終始この馬のペースでリズムよく飛越をすることに成功しており、最後まで目立ったミスは見られなかった。あまりNovice競走ではうまくいかなかった馬だが、その後のHandicap競走での活躍が示す通り瞬間的なスピード性能よりもスピードの持続性能に長けた馬で、最後は脚が上がったBurrows Saintを尻目に、最後まできっちりと脚を伸ばすことに成功している。20fでも戦えるスピードと良馬場への適性という意味では今回の条件はこの馬向きであったとも言えよう。最終障害で細かいミスのあった2着のBalko Des Flos、道中で何度も不利を受けたAny Second Nowと比較すると、レース運びのスムーズさが最後の6馬身差に繋がったと思われるが、やはりそれもこの馬自身の技術の高さがなくては実現できなかったものである。ここまで高いスピードの持続性能とNational Fenceへの適性を見せた馬、24f超のレース経験は比較的乏しく、課題は距離とNational Fenceとか書いているどこぞのクソブログの管理人は腹を切ってお詫びすべきである。いずれにせよ、今回は10st3lbとかなりの軽ハンデであり、おそらく来年はもう少し斤量が増えることが想定されるのだが、ここまで終始綺麗な飛越を見せた馬、新たな"National Specialist"として、なんとか来年もまたこの舞台で見てみたい。

Oscarの産駒はこれがGrand National初勝利となるのだが、早々に試合終了したLake View Ladを除けば、この馬とAny Second Nowで1、3着と好成績を残した。Oscarの産駒はCheltenham Gold Cup (G1)を勝利したLord Windermereがいる一方で、Big Zeb、Peddlers Cross、Rock On RubyPaisley ParkなどHurdleに活躍馬が多いのだが、Tiger Rollを輩出したAuthorizedも併せて、案外このような小回りの利く飛越が可能なタイプがNational Fenceへの適性はあるのかもしれない。Lord WindermereはCheltenham Gold Cupでは高いスピードの持続性能を見せた一方でGrand Nationalでは結果を残せなかったのだが、いずれもきつい斤量や障害馬としての全盛期を過ぎていた等、どうにもGrand Nationalに参戦するタイミングとしては不幸なもので、タイミングさえ合えばもしかするとGrand Nationalを勝つ世界線もあったのかもしれない。

2着のBalko Des Flosは驚きのレースを見せた。単勝式100倍と前評判としては最低人気で、厩舎はHenry de Bromhead、鞍上はAidan Colemanとアイルランドの一流どころの陣営ではあったのだが、それ以上に近走成績が残念過ぎた。いくら2018年のRyanair Chase (G1)の勝ち馬とはいえ、近走は勝ち馬からはるか後方に離された大敗か落馬、20fから24fに距離を延長して一切良いところなし、しかも比較的National Fenceに外挿性のあるCheltenhamのGlenfarclas Crossで落馬という成績は、幾ら何でもここに向けての強調材料は無しに等しいと言ってよいだろう。さらに、Gigginstown House Studはそもそも勝負見込みの低い馬を手放す傾向があり、このGrand Nationalのタイミングでわざわざ手放したということ、常識的に考えれば「Grand Nationalにとりあえず持ち馬を出したい人」の需要を見込んでのことと考えるのが妥当だろう。そんな低評価であった同馬であるが、一方でGrand Nationalにおけるパフォーマンスとしては素晴らしいもので、The Chairで不利を受けたとはいえそれ以外に目立ったミスはなく、最終障害の飛越を含めMinella Timesに後れを取ったものの、Minella Timesの10st3lbに対して10st9lbを背負ってのこの2着は十二分に賞賛に値するものである。Aidan Coleman騎手のコメント、"He did everything right but just didn’t win."とは、この馬にとってのこのレースの全てを示す一言である。かつてG1戦線で活躍した高齢馬の捲土重来、ほんの僅かに届かなかった。Gigginstown House StudはTiger Rollなど数多くの活躍馬を所有しているが、終生馬を大切にするイギリス・アイルランド障害競馬ファンから見るとこのような高齢馬を競売にかける行為はあまり好意的に取られないようで、10歳とまだまだ障害馬としての活躍が可能な同馬、ここからこの馬を諦めたGigginstown House Studを見返すほどの活躍を期待したい。

3着にはAny Second Nowが入ったが、おそらくこの馬はこのGrand Nationalにおいてこの馬は最も不幸な馬の一頭であろう。好位で頑張って進めるも、第10障害で大きなミス、続く第11障害でもミス、第12障害では落馬したDouble Shuffleの煽りを食らって落馬寸前の不利を受け、この地点で大きく位置を下げている。結局この不利が原因で中段の内に入り、そこから頑張って押し上げてきたものの前に迫ることはできなかった。全体的に飛越に不安があった感もあり、結果的にどうにも勝ったMinella Timesと比較すると進路取りの難易度が上がっていた感もあるのだが、それ以上に前半のこの不利が大きすぎた。Melling Roadの辺りまでは絶望的な位置におり、そこからの進路取りも難しいものがあったのだが、それでもそこから3着まで頑張って押し上げてきたのは大したものである。16fにも対応できるスピード能力と、あれだけの不利とミスがありながらも最後まで頑張って伸びてくる強靭な持久力、障害馬の能力は相当なものを感じさせる。National Fenceへの適性さえあれば次は大仕事をやってのける可能性もあるだろう。

このレースにおいて完璧な騎乗を見せたもう一人の騎手として、4着のBurrows SaintのPatrick Mullins騎手も挙げられる。アマチュア騎手の騎乗が不可となった今年のCheltenham Festivalではその姿を見ることはできなかったものの、このGrand Nationalにおいてはその高い騎乗技術を見ることができた。残り2障害までのレース運びは完璧で特段の飛越ミスもなく、最後脚が上がったのは距離的な問題だろう。どうやらPatrick Mullins騎手とRachael Blackmoreはレースの1周目が終わった時点で順調だねという話をしていたようだ。ちなみにPatrick Mullins騎手のGrand Nationalを振り返る記事は超面白いのでお勧めである。いかに同騎手が道中完璧なレース運びを実現し、最後の最後でその夢が霧散したかが描写されている。Jack Kennedy騎手のFarclasも5着に頑張った。一部に飛越が低く危なっかしいところもあるのだが、そうは言っても大きなミスもなくきっちり障害に合わせた飛越を成功させており、Jack Kennedy騎手のレース運びも見事であった。残り4障害地点での細かいミスから先頭集団には肉薄できなかったが、Jack Kennedy騎手の勝ちに行く強い意志を感じさせる騎乗は誰が見ても納得できるものではないだろうか。まだ7歳と若く、来年もこの舞台に帰ってくることを期待したい。

絶好調のアイルランド勢と比較すると、Cheltenham Festivalから例によって全く振るわなかったのがイギリス勢で、そのイギリス勢で最先着を果たしたのが6着のBlaklionである。この馬自身、少し長くGrand Nationalを(きちんと)見ている人なら誰でも知っている馬で、2017年、2018年のGrand Nationalでは有力馬として挑んでいたのだが、その後は長期の休養もあって全く振るわず、12歳となった今年は2018年のトップハンデクラスの11st10lbから最軽量の10st2lbと大きくハンデを減らしての参戦であった。先行馬が多いのを嫌ったのか後方からじわじわと押し上げていくレース運びで、終いはさすがに脚が上がったものの、一時はあわやの結末すら感じさせる驚きのパフォーマンスで、特に飛越やレース運びの安定感は円熟のものを感じさせるものであった。レース後も馬は元気なようで、またこのNational Courseにて走る姿を見たい馬である。ただし、この馬の走りは素晴らしいものだったとはいえ、さすがにピークを過ぎた感のある12歳のこの馬がイギリス勢最先着というのは少々寂しいものがある。7着のDiscoramaも終始順調に運んだが、最後は脚が上がって後退。距離が長かった感もあるが、この馬の出来ることはやり切ったレースだろう。道中大いに見せ場を作ったのが8着のJett。Grand Nationalの大逃げといえばやはりRed Rumを追い詰めたCrispが挙げられるのだが、JettとSam Waley-Cohen騎手の大逃げは近年稀に見るものであった。Jett自身どうしても乗り難しいところが解消されない馬なのだが、この乗り難しい馬をあえてNational Fenceを前に押して出していき、飛越のリズムを作り出し、そして残り3障害まで保たせるという、Sam Waley-Cohenという人もまた卓越した技術と勇気を持った超人なのである。上記のPatrick Mullinsといい、これほどの技術を持った人がアマチュア騎手というのだから恐ろしい世界である。

その他完走した馬。Cabaret Queenは好位から進めるも、じわじわ後退して9着。Shattered Loveは後方から追走し、そのまま前に出てくることはなかったのだが、レース映像にも先頭集団の後ろに映っているように最後まで頑張って完走したようだ。Shattered Loveに関してはやはりもう少しゆったりとしたペースの方が向いている馬ということもあり、スピード面での対応が厳しかったようだが、この馬のやることはやり切っている。10歳という年齢を考えるとそろそろ引退でもいいような気もするが、どうだろうか。ベテランのAlpha Des Obeauxも何度もミスがあったものの完走はしたようだ。Hongan's Height、Class Conti、Acapella Bourgeoisは特に見せ場なし。11歳のベテランAcapella Bourgeoisは若干の飛越のミスはあったが、それ以上のやはり馬場が良すぎたように思う。この馬は不良馬場の超長距離戦で期待したい。女性騎手と言えば、母Georgie Howellと娘のTabitha Worsleyのコンビで挑んだSub Lieutenantは早々に先頭集団から大きく遅れるも、最後まで頑張って14着に完走したようだ。さすがに馬自身も本来競走馬としての目的を主眼にして購入されたわけではないように全盛期の能力からは程遠く、良馬場でのスピード勝負という条件も厳しかったようだ。それでも、Georgie Howellはここまで"under-rules"の競馬にて未勝利の調教師、鞍上もアマチュア騎手のTabitha Worsleyという陣営が、この世界一の大舞台に立ち、並居る有力馬に対して正々堂々と戦い、最後まで走り切ったことは注目に値すべきことだろう。家族一丸となって挑んだGrand National、イギリス・アイルランドにおいてこれほどまでに障害競馬が人気を集める理由の一つである。特に以下のSub Lieutenant陣営に注目した動画は全ての競馬ファンが見るべきである。

 

その他競争中止した馬。Bristol De Maiは好位から進めるも早々に遅れて途中棄権。レース後に馬主のSimon Munirがツイートしているように馬は元気なようだが、11st10lbというトップハンデにこの良馬場ではもはやどうしようもない。馬場が悪くなればもう少しチャンスもあったのかもしれないが、今回はこの不良馬場巧者のワンペース型の馬にとっては酷な条件であった。馬は例によって可愛いので次に期待したい。同様の負け方であったのがYala Enkiで、こちらもじわじわと遅れていき第20障害で落馬に終わった。女性騎手として初のGrand National制覇が期待された一人、Bryony Frostはその後病院に運ばれたそうだが、特段大きな怪我はなかったようだ。他にもPotters Corner、Lord Du Mesnilなど、重馬場巧者の馬たちはいずれも残念な結果に終わった。3頭出走していたOscarの産駒の内、唯一好成績を残せなかったのがLake View Ladで、第1障害で早々に落馬に終わった。調教師のNick Alexanderによれば馬は元気なようだ。期待されたCloth Capは好位置から進めるも、途中でミスをしてそこから立て直すことが出来ず途中棄権。特に故障があったわけではなく、Canal Turnの辺りから苦しくなったとは鞍上の弁で、今回はやや距離的に厳しかったのかもしれない。今シーズンのここまでのレースは素晴らしいものであり、ひとまずは次のシーズンに期待したいところ。いわゆるNational Fenceで結果を残してきたMagic Of Light、Veiux Lion Rougeはいずれも落馬に終わった。Magic of Lightに関しては前半第4障害のミスで、ややペースが早く戸惑った可能性もあるが、昨年もやや大きなミスをしていた馬だけに飛越に懸念が残る結果となってしまった。いずれも馬は元気らしく、またこのNational Fenceの舞台で見てみたい馬たちである。ベテランAnibale Flyは前半からさっぱり良いところなく途中棄権。この良馬場のスピード勝負は明らかにこの馬向きではなかったが、さすがに年齢的なものもあるだろう。レース前におそらく生産者と思われる人たちがほっこりする画像を上げていたAmi Desboisは不幸な落馬に終わったが、幸い馬は元気らしいレース前にBrian Ellison調教師と思われるハゲのおじさんと抱き合う写真twitterに上がっていたDefinitly Redも途中棄権に終わった。この良馬場のスピード勝負はそもそも合わなかったように思うが、やはり全盛期の能力と比較するとだいぶ年齢的な力落ちがあったように感じる。2017年のGrand Nationalはアブミを落として途中棄権、その後はGrand NationalではなくG1路線を主に使ってきたということもあり、なかなかGrand Nationalには縁がなかったのだが、全盛期に示した能力はGrand Nationalの夢を見せてくれるものであった。どうやらこれで引退らしい2周目の平地部分で途中棄権したThe Long Mileは助からなかったとのことで、2019年のUp For Reviewに続き残念な事故が起きてしまった。

出走はしていなかったが、Tiger Rollに関しても少しだけ触れておこう。Tiger Roll自身、日本のメディアを見ると斤量を嫌って回避した旨が記載されており、その表現自体は必ずしも完全に間違っているわけではない。しかし、オーナーであるMichael O'Learyのインタビューをよく読むと、Tiger Rollの斤量については"unfair"という表現をしており、フランスのEasyslandの斤量についてもTiger Rollと同様の評価を下している。単純に斤量が重いから取りやめたというわけではないことには留意されたい。Michael O'LearyのコメントはGlenfarclas Cross CountryのレーティングをいわゆるChaseのG1競走と同格に扱うことへの疑義を意味しており、Bowl Chaseの前にも勝てるわけがない旨のコメントを出していた通り、その認識が間違いではないことは先日のBowl Chaseの結果が示す通りである。Cross Countryではスピード能力よりも正確かつ器用な飛越技術が要求され、通常のChase競走とはレースで検出可能な能力のスペクトラムが大きく異なっている。いくらTiger Rollが全く勝負気配がなかったとはいえ、先頭集団のペースにさっぱりついていけないのでは、Chase競走においてG1競走のトップクラスと同格とは考えにくい。一方でNational CourseにおいてはCross Country的な要素への適性が武器になることはこれまでの結果が示す通りであり、個人的には"Chase"と"Cross Country"を同列に扱うことにはそろそろ若干無理があるようにも思う。Cross Country競走数が少ないイギリスにおいて、今後もGrand NationalにおけるCross Country Horseのレーティング付けはややハンデキャッパーたちの頭を悩ます問題になるかもしれない。いずれにせよ、Tiger Roll自身それなりに元気なようで、先日のBowl Chaseの結果を踏まえ、来年は陣営の納得のいく斤量でのGrand Nationalが実現することを願いたい。