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21/09/17 障害競馬入門④ - 出走馬 -

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障害競走において、出走馬における年齢、性別、血統、キャリアパス等の特色は平地競争とは異なります。障害競走の規模や平地競争との関係性等に基づき、障害競馬開催国間で若干の差異は存在しますが、ここでは障害馬の一般的な傾向について解説します。

 

*経歴

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イギリスやアイルランド、フランスといった障害競馬が盛んな国において、障害馬は幼少期から障害馬(もしくは乗馬用途)を目的として育成されることが多いようです。イギリスやアイルランドの場合、主に"Bumper"や"National Hunt Flat Race"と呼ばれる障害馬専用の平地競争でキャリアをスタートさせ、長距離競走及び障害競走のペースに慣れてから、Hurdle競走に挑戦します。飛越能力の向上と気性面での成長を通じて、ある程度Hurdle競走を経験した後はChase競走に挑戦することが多いようです。勿論、生涯Hurdle競走を使う馬や、もともとは平地競馬を目的として調教されていた馬が障害競馬に転向することもあります。また、"Point to Point Racing"と呼ばれる、一種の草競馬のような障害競馬(アマチュア騎手限定)でキャリアをスタートした馬が、その後BHAやHRI主催の”Under Rules"とも呼ばれる競馬へとステップアップすることが多数あり、Point to Point Racingは将来の有望な障害馬の発掘の場としても機能しています。Point to Point Racingにはかつて大レースで活躍した高齢馬が出走することも頻繁にあることから、Point to Point Racingは障害馬がキャリアをスタートさせる場のみならず、高齢の障害馬が活躍する場としても機能しており、障害競馬を支える重要な産業として存在しています。

一方で、フランスはイギリス・アイルランドと比較するとやや早期から障害競走に出走させる場合が多く、特にフランス障害競走は3~5歳限定競走がイギリス・アイルランドと比較して充実しています。また、フランスは障害馬の生産国として世界トップクラスのポテンシャルを誇っており、フランスでデビューした若駒がイギリス・アイルランドに移籍し、活躍した例は枚挙に暇がありません。一方でイギリス・アイルランド生産馬のフランス障害競走における割合はそこまで高くはなく、フランスの障害馬生産国としてのポテンシャルの高さを感じることが出来ます。

イギリス・アイルランドには平地競争及び障害競走兼用で走る馬も存在し、代表的な例では2013年のジャパンカップに来日したSimenon、Irish St. Leger (G1)の勝ち馬Wicklow Braveなどが挙げられます。なお、障害競馬でのキャリアを積んでから平地に挑戦するというキャリアも可能性としてはあり得るものですが、そのような例は比較的稀です。

イギリス・アイルランド・フランスはヨーロッパ障害競馬における重要な障害馬生産国として機能しており、イタリア、チェコポーランド等の比較的小規模なヨーロッパ障害競馬開催国において、自国生産馬と並んでこれらのイギリス・アイルランド・フランス生産馬や、イギリス・アイルランド・フランスからの移籍馬は大きな割合を占めています。これらの国の障害競馬においては、イギリス・アイルランド・フランスと異なり平地競争出身馬も比較的多く存在することから、これらの国の障害競走における出走馬の生産国やキャリアパスの多様性は非常に興味深いものがあります。

チェコでは障害競馬の中心となるのがCross Country競走であるため、Cross Country競走が比較的少数派である他国ではCross Country競走に出走する馬は限定的である一方で、チェコでは数多くの馬がCross Country競走を目指します。一方で、チェコ国内におけるHurdle競走及びSteeplechase競走は比較的レース数が少なく、周辺諸国と比べると賞金額も目立たないため、Hurdle競走及びSteeplechase競走を使うチェコ調教馬は、チェコ国外、すなわちイタリアやポーランド等に活躍の場を求めることが多いようです。特にイタリアはレース体系が整備されており、高い賞金額を誇ることから、数多くの有力なチェコ調教馬がむしろイタリア障害競馬を本拠地にするくらいの温度感で出走しており、イタリアSteeplechaseにおいてはイタリア調教馬を圧倒しています。チェコにおいては平地を走っていた馬の障害競馬への転向は多くあり、おそらく日本以上に平地競争における活躍馬が障害競走に参戦しています。実際にチェコダービー馬ですらその後障害競馬を走ることがあります。一方で、イギリスやアイルランド、フランスなどからの移籍馬が活躍することも数多く、 Velká Pardubická3連覇を達成したチェコの名牝Orphee Des BlinsももともとはフランスのCross Country競走で活躍した馬です。

オセアニア諸国では日本と同様に、元々平地競馬を使っていた馬が障害競馬に転向する例が殆どを占めるようです。特に、オーストラリアにはヨーロッパ等で活躍した競走馬を輸入する例が数多くあり、その影響でオセアニア障害競走においてヨーロッパ平地競争で活躍した競走馬が出走する例もあります。また、オセアニアの障害競馬シーズンは冬ですが、障害競馬のオフシーズンとなる夏には平地競馬に出走する例もあるようです。オセアニア内での馬の移動としてはニュージーランドからオーストラリアへの移籍が多く、オーストラリア障害競走においてニュージーランド障害競走からの移籍馬は重要なポジションを占めます。特に、ニュージーランド障害競馬における活躍馬、素質馬がオーストラリア障害競馬に出走する例は数多く認められます。

 

*年齢

平地競争と比べると、やはり障害競走において競走馬デビューする年齢は比較的高めですが、若い馬では3歳から障害競走を走ります。フランスでは3歳馬限定戦、4歳馬限定戦、5歳馬限定戦等の年齢指定競走が数多く整備されており、特にフランスにおいて種牡馬入りを目指す馬においては年齢指定競争で実績を残したのち、障害馬としてのキャリアはそこそこに種牡馬入りする例もあります。フランスと同様に、イタリア、チェコなどでも若馬限定戦が存在します。イギリスやアイルランドでも年齢指定競争として、いわゆる"Juvenile Hurdle"と呼ばれる3~4歳限定のHurdle競走が存在し、一つの路線として整備されています。とはいえ、早くから活躍する馬もいる一方で、年齢を重ねてから障害馬としてデビューすることも稀ではありません。

高齢馬としては、イギリスやアイルランドでは10歳を超えても活躍し続けることは少なくなく、実際に10歳を超えるような高齢になっても一線級で戦い続ける馬も数多く存在します。さらに、イギリスでは"Veterans' Chase"と呼ばれる10歳以上の高齢馬限定戦も整備されていること、比較的スピード面では衰えてきたものの、円熟した飛越技術を有する障害馬が活躍する場が多数用意されていることから、競争馬として非常に長いキャリアを形成することが可能であり、これが障害競馬が人気を集める要因の一つになっています。イギリス、アイルランドは他国と比べると障害馬として活躍可能な年齢層が高くなっています。一方でフランスでは9歳辺りまでがキャリアのピークのようで、10歳を超えて一線級で戦い続ける馬はイギリス・アイルランドと比べると少ないように思います。

上記のとおり、基本的に障害馬はHurdleからSteeplechaseへと活躍の場を移していくことが殆どであることから、Hurdle競走における出走馬の年齢はSteeplechaseと比べるとやや低い傾向があります。基本的に、飛越技術よりもスピードを要求されるレースであれば年齢層は低くなり、その逆であれば年齢層は高くなる傾向があると考えられます。アメリカのみに存在する木製の柵を使用するTimber競走は、スピードよりも高い飛越技術を求められるレースとなっていますが、このTimber競走における出走馬の年齢層は非常に高く、10歳を超えた馬が一流競走で活躍することは少なくありません。

 

*性別

障害競馬において、牡馬はほぼ去勢されてレースに出走します。若い馬ではわずかに牡馬が存在していますが、いずれは去勢される場合が殆どです。イギリス・アイルランドにおいてこの傾向は特に顕著であり、オセアニア諸国やアメリカでも同様の傾向が認められます。一方で、フランスでは障害馬として活躍した牡馬が複数種牡馬入りする例(最近ではTunis、Goliath Du Berlais等)がありますが、これはフランスにおいて特に盛んな試みと言えるでしょう。障害種牡馬として繋養されることは父系の存続という意味で血統ファンからはあまり好まれないようですが、このような例から障害系統として発展するラインが現れると面白いですね。一方で、イタリア、チェコ等でもわずかに未去勢の牡馬は存在しており、その後種牡馬となった例もあるようですが、基本的には平地競争で活躍した馬が障害競馬に参戦し、その後種牡馬入りを目指すというパターンのようで、そもそも障害馬として育成された馬を種牡馬入りさせるフランスとは若干ニュアンスが異なります。従って、未去勢の牡馬をほとんどそのまま障害競走に出走させる日本は世界的に非常に珍しいといえるでしょう。

障害競走では牝馬も活躍しており、イギリス、アイルランド、フランス、チェコ等では牝馬限定戦のレースも数多く整備されています。特に近年、イギリス・アイルランドにおける牝馬路線の充実ぶりは目覚ましいものがあります。牝馬は引退後は繁殖牝馬となるようです。