にげうまメモ

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21/12/18 第5回(2003)中山グランドジャンプ 海外からの参戦馬

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*第5回(2003)中山グランドジャンプ (Result)

〇 優勝馬:Big Taste / ビッグテースト (JPN) (Pedigree)

騎手:常石勝義 調教師:中尾正

 

〇 3着 St Steven / セントスティーヴン (NZ) (Pedigree) (Loveracing.nz) (Racing.com)

騎手:Brett Scott 調教師:John Wheeler

2002年の中山グランドジャンプの勝ち馬で、連覇を狙って再来日しました。詳細は2002年の記事をご覧ください。ただし、このときコンビを組んだのは2002年のCraig Thorntonではなく、のちにカラジとのコンビで有名になるBrett Scott騎手でした。

 

〇 10着 Escort Boy / エスコートボーイ (USA) (Pedigree) (France Galop)

騎手:Fabrice Barrao 調教師:Jacques Ortet

フランス調教馬。南フランスのPauに厩舎を構えるJacques Ortet調教師が送り込んできた馬です。2001年からSteeplechaseに転向すると、そこからPrix Duc D'Anjou (G3)を含む4連勝を挙げ、重賞勝ち馬の仲間入りを果たします。その年のPrix Ferdinand Dufaure (G1)は残念ながら落馬に終わりますが、その後もPrix Morgex (G3)、Gran Prix De Pau (G3)を制してここに挑んできました。ただしどちらかというと重馬場の方が得意な馬だったようです。来日後は1年半ほどの長い休養もあったようですが、引き続きPauやAuteuilのSteeeplechaseの重賞戦線を中心に活躍を続け、9歳となった2007年にもGrand Prix De Pau (G3)のタイトルを獲得しました。Jacques Ortet調教師はフランス時代のLong Runのよきライバルであり、2010年~2011年とPrix La Haye Jousselin (G1)を連覇したRubi Ballを管理した調教師として有名ですね。中山グランドジャンプには2003年の他、2004年にOway(8着)、2008年にAlarm Call(6着)を送り込んでいます。Fabrice Barrao騎手は2002年のTy Benjamに続き二度目の中山グランドジャンプ。詳細は2002年の記事をご覧ください。Escort Boyの父Dare And GoはAlydarの産駒で、日本ではEscort Boyの他にトーホウブレーヴという馬が走っていたようです(5戦未勝利)。Alydarはその系統を発展させた大種牡馬ですが、その系統の近年の障害競馬における存在感は小さいものの、Alyshebaの全弟で現在はポーランドで繋養されているEnjoy Planが比較的成功しており、2018年のPolish Champion SteeplechaserであるSztormや、2014年のポーランドWielka Wroclawskaの勝ち馬Jam Takiなどを送り出しています。

 

〇 13着 Armaturk / アーマーターク (FR) (Pedigree) (Racing Post)

騎手:Joe Tizzard 調教師:Paul Nicholls

2002年のCenkosに続いてPaul Nicholls調教師が送り込んできた馬です。もともとはフランスでデビューした馬ですが、2001年にイギリスに移籍。移籍直後のJuvenile Hurdleではいきなり連勝を飾ると、その後Chaseに転向。2001-2002シーズンでは、CheltenhamのArkle Challenge Trophy (G1)で現役通じてG1を13勝するアイルランドの伝説的名馬Moscaow Flyerの3着に入ると、その後のMaghull Novices' Chase (G1)を勝利し、16ハロンNovice Chase路線におけるトップクラスの存在であることをアピールしました。しかしNovice卒業となった2002-2003シーズンでの成績はどうにもぱっとせず、クラス2で1勝を挙げたのみに終わりました。中山遠征後も2009年まで現役を続けたようですが、結局Novice Chase卒業後はLingfield競馬場のListedを2勝したのみと、Novice Chase時代の戦績から考えると尻すぼみの成績に終わりました。Joe Tizzardは調教師であるColin Tizzardの息子で、障害騎手としてCue CardやFlagship Uberallesとのコンビで結果を残した騎手ですが、2014年に34歳の若さで引退を表明*1。その後はアシスタントトレーナーとして活動していたそうですが、Colin Tizzard調教師が2020-2021シーズンを最後に引退することを決定しているようで、その厩舎を引き継ぐことになっているようです*2。Armaturkの父Baby TurkはNorthern Babyの産駒で、その代表産駒は2003、2004年とQueen Mother Champion Chase (G1)を連覇したAzertyuiopでしょう。Northern Babyの系統の種牡馬としては日本にも導入された*スリルショーが有名ですが、2010年以降の障害競馬においては2018年のVirginia Gold Cupの勝ち馬Zanclus(父Xenodon)が活躍馬として挙げられる程度です。

 

〇 14着 Tiutchev / ティウチェフ (GB) (Pedigree) (Racing Post)

騎手:Rodi Greene 調教師:Martin Pipe

2002年のExit Swingerに続いてMartin Pipe調教師とRodi Greene騎手のコンビで挑んできた馬です。Martin Pipe調教師とRodi Greene騎手については2002年の記事をご覧ください。Tiutchev自身、HurdleではJuvenile Hurdleの時期から積極的にレースに出走すると、その後はじわじわと少しずつ力をつけ、1999年のChampion Hurdle (G1)に参戦し、アイルランドの名馬Istabraqの6着に入るなどの実績を残します。しかしその素質が開花したのはChaseで、1999-2000シーズンからChaseに転向すると、Novice Chaseでは2000年のArkle Challenge Trophy (G1)(2着は2002年に来日したCenkos)、PunchestownのSwordlestown Cup Novice Chase (G1)を勝利と、1999-2000シーズンの16ハロンNovice Chaseでは4戦無敗と圧倒的な成績を残します。その後もAscot Chase (G1)を2001年2003年と勝利(2001年の2着はCelibate)と結果を残して来日しました。Novice卒業後は16ハロンよりも20ハロンChase路線で結果を残していたようで、当時のイギリス20ハロンChase路線を代表する一頭と考えてよいでしょう。残念ながら中山では結果が出ませんでしたが、その後もMartell Cognac Cup Chase (G2)を勝利、John Durkan Memorial Punchestown Chase (G1)、King George VI Chase (G1)を2着と、長きにわたって活躍したイギリスの名馬です。父*ソヴィエトスターは日本でも繋養された種牡馬ですが、Tiutchev自身は*ソヴィエトスターが来日する前、イギリスで繋養されていた頃の産駒ですね。基本的に産駒には平地競争の活躍馬が多く、*ソヴィエトスターの障害競馬における活躍馬としてはTiutchevの他に2011年のGram Corsa Siepi Di Merano (G1)の勝ち馬Kandinskiyが挙げられるくらいですが、日本でもトウショウトリガーという馬が障害未勝利戦を勝ちあがっているようです。*ソヴィエトスターの後継種牡馬も障害競馬での活躍馬を送り出しており、近年存在感が大きいのはFreedom Cry産駒のCalifetで、フランスPauのCross Country SpecialistのSaying Again、2015年Prix Renaud Du Vivier (G1)を勝利した快速馬Blue Dragon、2016年のFuture Champion Final Juvenile Hurdle (G1)の勝ち馬Adrien Du Pontを送り出しています。

 

〇 15着 Tiger Groom / タイガーグルーム (GB) (Pedigree) (France Galop)

騎手:Thierry Majorcryk 調教師:Robert Collet

フランス調教馬。基本的に海外障害馬は去勢されることが多いのですが、この馬は珍しく牡馬です。元々比較的長く平地競争で走っていた馬のようで、2000年のSwiss Derby (Listed)の勝ち鞍もあるようです。2000年からHaiesを使い、いきなりPrix Jacques D'Indy (G3)、Prix de Pepinvast (G3)を含む6連勝。その年の秋にはSteeplechaseを試すもうまくいかなかったようですが、Prix Renaud Du Vivier (G1)でも僅差の2着に入り、4歳Haies路線では一線級の活躍を示しました。その後もHaiesの重賞戦線で活躍を続け、2002年の秋のフランスHaiesの大一番Grand Prix D'Autumne (G1)でも2着に入るなど、勝てないまでもフランスHaies路線においては上位の存在だったようです。中山遠征の前年にはフランス平地競争であるPrix Du Cadran (G1)(7着)にも参戦しており、平地実績という面でも期待できそうな馬ではあったのですが、重たい馬場の方がよかったのか、ここでは残念な結果に終わりました。1972年生まれのThierry Majorcryk騎手は2000年に短期免許で来日して1勝を挙げた騎手ですが、このTiger Groomのほか、2004年にNerietteでも中山グランドジャンプに参戦していますね。母国フランスでは2001年及び2004年にKiokijetとのコンビでフランスSteeplechaseの最高峰、Grand Steeplechase de Paris (G1)を制していますが、2015年に引退したそうです*3。Robert Collet調教師は1986年のBreeders' Cup Mile (G1)を制したLast Tycoon、1987年のジャパンカップ (G1)の勝ち馬Le Glorieuxなどを管理し、平地競争で卓越した実績を残した調教師として有名ですね。近年では2011年のマイルチャンピオンシップ (G1)にImmortal Verseを出走させました。障害競走での勝ち鞍としては、1981年及び1982年のPrix Ferdinand Dufaure (G1)をBruges及びSaluteで勝利しています。しかし、やはりTiger Groomについて特筆すべきはその引退後のキャリアで、現在はフランスにて種牡馬として繋養されているそうですが、障害種牡馬としてはなかなかに優秀なようで、その代表産駒としては2012年のPrix Ferdinand Dufaure (G1)の勝ち馬Teejay Flying、2015年Henry VIII Novices' Chase (G1)の勝ち馬Ar Mad、2021年のDan & Joan Moore Memorial Handicap Chase (Grade A)の勝ち馬Daly Tiger等が挙げられます。2021年現在も現役で種付けを行っているようで、しばらくはその産駒の活躍をヨーロッパ障害競馬で楽しめることが期待できそうです。

 

〇 16着 Silver Archer / シルヴァーアーチャー (NZ) (Pedigree) (Loveracing.nz)

騎手:Finbarr Leahy 調教師:Craig Amrein

ニュージーランド調教馬。Hurdleには1997年から参戦するも、惜敗続きで初勝利は1999年の7戦目と時間を要したようです。2000年からSteeplechaseに転向。ここでもやはり初勝利には時間がかかったようですが、2001年にようやく初勝利を挙げると、その勢いでWaikato Steeplechase (PJR)を勝利。その翌年にはHaagen - Golddiggers Inter - Island Steeplechase (PJR)も勝利し、ニュージーランドSteeplechaseにおける一流馬としての地位を不動のものとしました。ただし、良績としては不良馬場のSteeplechaseに偏っており、中山グランドジャンプではスタート直後から元気に好位から追走するも、徐々に脱落し離れた最下位に終わりました。中山への遠征を最後に引退したようです。Finbarr Leahy騎手はアイルランドCork出身の障害騎手で、Gold StoryとのコンビでGreat Northern Hurdle、CuchulainnとのコンビでのWellington Steeplechaseといったニュージーランド主要障害競走の勝利があるそうですが、2008年に引退しているそうです*4ニュージーランドWaikato地方のCambridgeに拠点を置くCraig Amrein調教師はSilver Archerの他、McGregor Grant Steeplechaseの勝ち馬Waitete Boyを管理した調教師です*5。父Random ChanceはPetition - Petingo - Three Legsと連なる父系の出身で、1998年のGreat Northern Steeplechase及びWaikato Steeplechaseを制し、1990年台終盤のニュージーランドSteeplechaseで一時代を築いた名馬Our Jontyがその代表産駒として挙げられます。なお、Petitionの系統として2000年のBoca Bocaの項で上げた活躍馬はいずれもPetition - PetingoからThree Legsではなく日本でも繋養された*ピットカーンを経る系統出身ですね。