*第15回(2013)中山グランドジャンプ (Result)
〇 優勝馬:Blackstairmountain / ブラックステアマウンテン (IRE) (Pedigree) (Racing Post)
騎手:Ruby Walsh 調教師:Willie Mullins
アイルランド調教馬。2009年のGinolad以来、4年ぶりの海外からの参戦馬となりました。また、アイルランド調教馬としては、2000年のHill Society以来実に13年ぶりの中山グランドジャンプへの参戦でした。さらに、中山グランドジャンプが国際招待競走から国際競争へと格下げされて以来、2021年現在、唯一の海外からの参戦馬となっています。このように、かつて中山グランドジャンプに外国からの参戦馬が頻繁に到来していた時代と異なり、今になってはかなり珍しい来客と言ったところなのですが、とはいえその陣営は強力で、馬主はアイルランドで多数の有力馬を所有するSusannah Ricci、調教師は2005年のGrand National (G3)勝ち馬HedgehunterやG1競走22勝という途方もない記録を有するHurricane Flyをはじめ*1、アイルランド障害競馬において数えきれないほどの名馬を管理し、アイルランド障害リーディングを独走するWillie Mullins調教師、さらに鞍上には当時の勝率は優に3割を超え、アイルランドリーディングを独走するRuby Walsh騎手と、世界随一の障害競馬大国であるアイルランドにおいて、当時考え得る限り最強の布陣が満を持して送り込んできた馬でもありました。
BlackstairmountainはLeinster南部に走る山脈に存在する標高735メートルのBlackstairs Mountainにちなんで名づけられたそうです*2。2010年にHurdleデビュー。どうやら本来出走を予定していたDunguibの代役だったそうですが*3、未勝利戦を勝ったばかりのHurdle2戦目でいきなりCheltenham FestivalのSupreme Novices' Hurdle (G1)にRuby Walshを背にぶつけてくるという気合の入りっぷりで、さすがに同レースでは10着と大敗したようですが、4月にはEvening Herald Champion Novice Hurdle (G1)を勝利し*4、陣営の期待に応える結果を残します。Novice卒業となった翌年は16~20ハロンHurdle路線を使いますが、Keelings Irish Strawberry Hurdle (G2)の2着が最高と結果を出せず。2011/2012シーズンからはNovice Chase路線へと転向し、12月のLeopardstown Christmas FestivalのRacing Post Novice Chase (G1)を勝利(レース映像)。とはいえその後のDublin FestivalのArkle Novice Chase (G1)はFlemenstarから29馬身離れた5着(レース映像)、続くCheltenham FestivalのArkle Challenge Trophy (G1)もSprinter Sacreから36馬身離れた5着(レース映像)、Punchestown FestivalのRyanair Novice Chase (G1)ではLucky Williamから僅差の2着に入りますが、やや16ハロンNovice Chaseの超一線級相手には敵わないというシーズンに終わりました。そして迎えたNovice卒業後の2012/2013シーズンですが、ここでは良馬場を期待したのかあえて夏場にレースを使っていたようで*5、8月のGalway Plate (Grade A)では3着に入る活躍を含む合計3勝を挙げ、その後のアイルランド障害競馬シーズンが本格化する秋~春における重賞競走には一切出走せず、3月のLeopardstown競馬場のHurdle競走を叩いて来日しました。直前のペガサスジャンプステークスではやる気なく後方から追走して惨敗し、ここでは大いに人気を落としていましたが、ここでは最終障害を越えて抜け出すと、追いこんできたリキアイクロフネを半馬身凌いで勝利しました。なお、鞍上のRuby Walshはペガサスジャンプステークスでは前半の飛越が悪く、着順は悪かったものの、後半は上手くいったと結果を前向きに受け止めていたとのことです*6。中山グランドジャンプはBlackstairmountain以前にSt Steven及びKarasiが海外調教馬として勝利していますが、ヨーロッパからの参戦馬として勝利したのはBlackstairmountainが初となりました。中山遠征後はレースに出走することなく引退したそうです。2020年のRacing Postに引退後の写真が掲載されており、元気で過ごしているとの記載がありました*7。アイルランドのG1勝ち馬という意味ではイギリス・アイルランドからの参戦馬としては比較的上位クラスの実績を持っていた馬ですが、その実Noviceクラスでの実績という意味で、過去中山グランドジャンプに参戦したBMW Chase (G1)の勝ち馬Celibate、Tingle Creek Chase (G1)の勝ち馬Cenkos等とは同格に扱うことは難しいでしょう。また、Novice Chaseの同期には通算で24戦18勝、うちG1は9勝、特に2013年のKempton競馬場のDesert Orchid Chase (G2)で心房細動を起こすまでは手が付けられない強さを誇っていたイギリスの歴史的名馬Sprinter Sacreや、通算でG1を4勝したアイルランドの名馬Flemenstarといった化け物クラスの馬が存在したことは確かですが、いずれにせよ、16ハロンChaseにおけるG1クラスの一線級相手だとやや苦しいというポジションだったようです。
Blackstairmountainの鞍上Ruby Walshは1979年生まれのアイルランドKildare出身の障害騎手で、2019年のPunchestown Gold Cup (G1)をKemboyで勝利した際に引退を表明するまで、現役生活において通算2756勝を上げました*8。この途方もない記録はSir Anthony Peter McCoy元騎手の通算4348勝、Richard Johnson元騎手の3818勝に次ぐ3位となっています。その中にはBig Buck's、Hurricane Fly、Kauto Star、Annie Power、Faugheenといった近年のイギリス・アイルランド障害競馬を彩る伝説的名馬とのコンビによる勝利が多数含まれているほか、アイルランド障害競馬リーディングジョッキーのタイトルを計12回、Cheltenham Festivalにおけるリーディングジョッキーのタイトルを計11回獲得するなど、数々の偉大な記録を打ち立てています。その活躍はイギリス・アイルランドだけに留まらず、フランスにおけるGrande Course De Haies D'Auteuil (G1)やGrand Prix D'Automne (G1)、オーストラリアビクトリア州Grand National Steeplechase、アメリカGrand National Hurdle Stakes (G1)等、世界各国の障害競馬における主要競走を制しています。ちなみにRuby Walshは引退後は競馬中継の解説者として活動していますが、2020年のPaddy Powerのコラムで中山グランドジャンプへの遠征のことを振り返っており、複数の観点から非常に興味深い指摘をしています*9。特に中山グランドジャンプが国際競争に格下げされた影響で遠征費用は陣営負担となっているため、陣営には多額の資金が要求されること、日本障害競馬と欧州障害競馬におけるレース中の騎手の戦術の違いに関する指摘は、日本障害競馬ファンにとっても非常に興味深い内容かもしれません。試しに幾つか要約してみましょう。中の人の英語力はクソザコナメクジなので、正確を期す場合は原文を当たってください。
- Willie Mullins調教師には1カ月間の調教ライセンスが与えられたが、自分には1日のみであった。日本には2度遠征したが、その度に面接を受ける必要があった。禁止事項に関するビデオはChristophe Soumillonのものであった。
- 日本の騎手はスタート直後こそポジションを取りに行くが、そこから一切動こうとしない。残り3ハロンの標識を過ぎてようやく動き始める。自分は道中積極的に前を追い詰めていったが、2着の馬ははるか後方から追いこんできた。
- JRAからの遠征費用の補助はなく、馬主(Rich Ricci)に多額の負担を強いることになった。元々は遠征費用をJRAが負担しており、Willie Mullins調教師ははレースを見に出かけて適切な馬を長年探していたが、その間にJRAは遠征費用の負担を止めてしまった。
Blackstairmountainを管理するWillie MullinsはアイルランドCarlowに拠点を置く調教師。アイルランド障害競馬リーディングトレーナーのタイトルをこれまでに計14回獲得しているアイルランドのトップトレーナーで、特に2006/2007シーズン以降は2021年現在13期連続でリーディングを獲得しております。その過程の中にはGigginstown House Studを始めとする大馬主と委託料の問題でごっそりと有力馬を引き上げられたりするトラブルも経ていることを考えると*10、このようなトラブルにも関わらずリーディングを独走していることは驚嘆すべき成績と言えるでしょう。近年はGordon Elliott厩舎とリーディング争いをするのがアイルランド障害競馬の恒例行事となりつつありますが、2021/2022シーズンも元気にアイルランド障害リーディングを独走しており、その勢いはしばらく止まりそうにありません。2000年に中山グランドジャンプが海外調教馬に解放されて以来、Willie Mullins調教師は中山グランドジャンプに挑戦するプランがあったようで、"Summer Horse"を中心に長年に渡り中山グランドジャンプに適性を持つ馬を探していたようです。日本からは通算でG1を9勝したアイルランドの名馬Florida Pearl、2002年のHennessy Cognac Gold Cup (G1)を始めG1を4勝した名馬Alexander Banquetへの招待もあったそうですが、いずれも適性を鑑みて断ったそうです*11*12。
Blackstairmountainの父Imperial BalletはSadler's Wellsの産駒で、当初はベネズエラで種牡馬入り、その後アメリカ、アイルランド、イタリアと転々としているようです*13。アイルランドには約10年ほどいたようですが、Blackstairmountainを除くとあまり目立った産駒は送り出せていないようです。Sadler's Wellsは現代障害競馬において最も成功した種牡馬の一頭で、Sadler's Wells自身は障害馬の父としても、通算でG1を14勝したアイルランドの伝説Istabraq、2006~2007年にかけてフランスHaiesのG1を3勝したZaiyad、2012年のCheltenham Gold Cup (G1)の勝ち馬Synchronisedといった活躍馬を多数送り出しています。しかしその偉大さはやはり後継種牡馬の活躍にあり、直接のSadler's Wellsの産駒としても、Accordion、Victory Dance、*オールドヴィック、King's Theatre、Poliglote、Song of Tara、Dr Massini、Cloudings、Antarctique、Kayf Tara、Oscar、Dream Well、Beat Hollow、Milan、Saddler Maker、Ballingarry、Black Sam Bellamy、High Chaparral、Sholokhov、Well Chosen、Brian Boru、Doyen、Look Honey、Policy Maker、Court Cave、Gold Well、Yeats、Linda's Lad、Saddexなど、障害馬の父として成功した種牡馬は数え切れません。Sadler's Wellsの小分枝として最も近代障害競馬において存在感があるのがMontjeuの系統で、Montjeu自身の産駒の活躍もさることながら、後継種牡馬としてはGalant Guru、Motivator、Scorpion、Walk In The Park、Authorized、Montmartre、Fame And Gloryなどの成功した種牡馬が名前を連ねています。それに次ぐ勢いがあるのがGalileoの系統で、ここにはMahler、Soldier of Fortune、Teofilo、New Approach、Nathaniel等が存在しています。Sadler's Wellsの小分枝としてアメリカで発展しているEl Pradoの系統も存在するようですが、やはりアメリカ系統ということもあり、上記MontjeuやGalileoの系統と比べると近代障害競馬における存在感はかなり小さいものとなっています。
Blackstairmountainの母Sixhillsは平地で1勝を上げた馬で、2021年現在Mt LeinsterというBeat Hollowの産駒が現役競走馬として存在しています。Mt Leinsterは2020年にはChanelle Pharma Novice Hurdle (G1)にて、その後色々とお騒がせなレース*14*15*16ばかりを繰り返しているAsterion Forlongeの3着に入るなど活躍しているようです*17。2021/2022シーズンからはChaseに挑戦しており、ここまで2戦してBeginners Chaseで3着、2着と好成績を収めているようで、ここから頑張って欲しいところですね。
微妙に写真が残っていたのでついでに。確か適当にコンデジか当時のケータイで撮ったものなので色々とクオリティはあれですが、どうかご容赦ください。
*2:Blackstairmountain arrives in Japan ahead of Pegasus Jump Stakes, Nakayama Grand Jump
*3:Blackstairmountain could upset Dunguib in Cheltenham opener
*4:Pat Healy twitter (@patchashhealy)
*5:Galway Plate next stop for Blackstairmountain
*6:Blackstairmountain wins Nakayama Jump
*7:Mt Leinster a fourth Galway festival hero for Jackie Mullins' mare Sixhills
*8:Before you start to go backwards, get off the pitch
*9:Ruby Walsh: Horse racing in Japan is so different – I had to interview twice to get a licence!
*10:Mullins stunned by Gigginstown exit but Walsh believes signs were there
*11:Blackstairmountain makes Mullins and Ruby big in Japan
*12:Blackstairmountain claims Nakayama Grand Jump
*14:2020 Sky Bet Supreme Novices' Hurdle - Racing TV
*15:ALLAHO battles to success in an eventful 2021 John Durkan Memorial Chase at Punchestown - Racing TV
*16:TORNADO FLYER blows them away at 28-1 in the 2021 Ladbrokes King George VI Chase at Kempton