にげうまメモ

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22/01/15 完走率に基づく各国主要障害競馬の性質 ② - Hurdle・日本・オセアニア -

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*完走率に基づく各国主要障害競馬の性質

まずは各国における主要競走の完走率と競争中止の内訳を比較してみましょう。以下は2008~2018年における完走率と競争中止の累計の内訳となります。青が完走率、薄いオレンジが落馬(FallとUnseated Rider)、緑が途中棄権、黄色はその他の理由で競争中止した割合です。画像はクリックで拡大します。競争中止の詳細はこちらで。

 

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Figure 1 各国主要競走の完走率・落馬率・途中棄権率

 

*Hurdle競走について

Figure 1には各国主要競走の完走率・落馬率・途中棄権率を示しています。それにしても、同じHurdle競争でも、イギリスのChampion Hurdleの完走率の高さは他国の主要Hurdle競争(Hurdle、Haies、Siepi)と比較しても頭一つ抜けていますね。そこで、まずはHurdle競走について考えてみましょう。各国の主要Hurdle競走と中山大障害中山グランドジャンプの完走率・落馬率・途中棄権率はFigure 2のようになります。

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Figure 2 各国主要Hurdle競走の完走率・落馬率・途中棄権率

やはり各国主要Hurdle競走の中でも特異に高い完走率を誇るのは、イギリスChampion HurdleとStayers' Hurdleであり、フランス、イタリア、オセアニアの主要Hurdle競走の完走率はこれに比べるとやや低く算出されています。これはChampion HurdleとStayers' Hurdleのいずれも16ハロン及び24ハロンと、イギリスHurdle競走の中ではごく一般的に使用される距離が設定されている一方で、フランスGrande Course de Haies D'Auteuil、オーストラリアGrand National Hurdle、ニュージーランドGreat Northern Hurdleでは、各国のHurdle競走の中でも最長距離が設定されているためにレースとしてはタフなものになりやすく、結果として疲労による途中棄権率がイギリスの2競走と比較して高く算出されているものと考えられます。これは、16ハロン、20ハロン、24ハロンと距離別の路線が明確に設定されているイギリス・アイルランドと異なり、フランス・オーストラリア・ニュージーランドでは主要競走ほど長距離が設定されており、距離別の路線が存在しない競走体系上によるものと考えられます。また、イタリアGran Corsa Siepi Di Meranoは4000メートルと、イタリアSiepiのG1競走としては一般的な条件が設定されていますが、このレースには例年フランスからの強力な参戦馬が多く集まることで道中のペースが大きく上昇し、通常の競争とは大きく異なる性質のレースが展開されることが多いため、イタリアGran Corsa Siepi Di Meranoも完走率・落馬率・途中棄権率としてイギリスよりもフランス・オセアニアの状況に近くなっているものと思われます。ただし、この調査では他のイタリアSiepiのG1競走(Gran Corsa Siepi D'Italia、Gran Corsa Siepi Di Milano等)の調査を行っていないため、この推測には限界があることに留意してください。

イギリスにおいて、落馬率はChampion Hurdleが3%、Stayers' Hurdleが1.6%と、若干Champion Hurdleの方が高くなっている一方で、途中棄権率はこの2競走で逆転しています。これはおそらくChampion HurdleではStayers' Hurdleと比べてハイペースでレースが展開され、飛越それ自体における落馬のリスクが上がっている一方で、Stayers' Hurdleでは疲労の蓄積による途中棄権が多く発生していることが推測されます。

イギリスStayers' Hurdle及びフランスGrande Course de Haies D'Auteuilにおける落馬率は1%台と、イタリア・オーストラリア・ニュージーランドの主要競走よりも低くなっています。この理由は不明ですが、平地馬を障害に転用し、比較的早くにこのような主要障害競走にも出走してくる可能性のあるオセアニア障害競走と、かなりレース経験を積んでから出走してくるイギリス・アイルランド・フランスにおける出走馬の飛越技術の違いによるものである可能性が一案として考えられます。また、イタリアMerano競馬場はかなり幅員が狭く馬群が極端に密集してレースが進行する場合が多く、これがHurdleにおいても飛越の難易度を相対的に上げている可能性も考えられます。

いずれにせよ、各国における微妙な差こそあれ、各国Hurdle競走における完走率はほぼ80~90%、落馬率は1~6%、途中棄権率は10~15%程度といった範囲に収まっています。

 

中山グランドジャンプ中山大障害について

中山グランドジャンプ中山大障害の完走率は90%以上、落馬率は5~8%程度と、Figure 1及び2に提示したデータを踏まえると、日本の中山大障害中山グランドジャンプの完走率・落馬率における数値上の性質としてはHurdle競争に比較的近いものであるといえるかもしれません。特に、障害としては比較的類似したものを用いるGran Corsa Siepi di Meranoと類似した落馬率を示しているのは興味深い内容です。ただし、日本の途中棄権率の低さは特筆すべきものがあり、これは疲労による途中棄権という概念がない日本特有のものでしょう。日本の障害競馬ファンが度々口にする、目指せ全馬完走というのは障害競馬として実に不思議な文化ですが、この日本特有のレース戦術に関しては、2013年にBlackstairmountainで来日したRuby Walshが興味深い指摘をしています*1。もし中山グランドジャンプ中山大障害においても、他国の障害競走と同様のレースが展開されるのであれば、ここに現れる数値は大きく変わる可能性があるでしょう。その場合、どこまで落馬率が現状から変化するかは個人的に非常に興味深いテーマです。

 

オセアニア障害競走について

さて、続いてオセアニア障害競走について掘り下げてみましょう。同じオセアニア障害競走でも、オーストラリア(ビクトリア州)とニュージーランドではHurdleとSteeplechaseの間でやや様相が違います。オーストラリアはSteeplechaseの方が完走率が低く、落馬率/途中棄権率と共に高くなるという他国と同様の傾向を示している一方で、ニュージーランドはHurdleとSteeplechaseの完走率・落馬/途中棄権率は同様の数値を示します。ニュージーランドのGreat Northern Steeplechaseは6400mとニュージーランド最長距離を誇ること、これに対してビクトリア州のGrand National Steeplechaseは4500mで、ビクトリア州最長距離を誇るGrand Annual Steeplechaseの5500mと比較すると短いことを考えれば、ニュージーランドGreat Northern Steeplechaseはニュージーランド障害馬にとっても非常にタフなレースが展開され、完走率が下がるようにも予測できるのですが、これが逆転した要因は何でしょうか。

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Figure 3 VIC Grand NationalとGreat Northern Steeple / Hurdleの馬場状態

オーストラリアGrand National Hurdle / Steeplechaseが行われた際の馬場状態と、ニュージーランドGreat Northern Hurdle / Steeplechaseが行われた際の馬場状態を比較してみましょう。オーストラリアGrand National Hurdle / Steeplechaseは別の日に開催されるためそれぞれ1回、ニュージーランドGreat Northern Hurdle / Steeplechaseは同日なのでまとめて1回としてカウントしています。いずれも南半球における冬季に行われるため馬場が悪化するのは仕方がないのですが、ニュージーランドの方がより重馬場に偏った開催となっており、特にHeavy11(Penetromater Bandにて5.6以上)の開催が目につきます。例えば、スコールが断続的に降り続くことによって歴史的な不良馬場で行われた2017年のGreat Northern Hurdleの勝ちタイムは6分12秒45(4190m)であり、同じような距離(4250m)の2017年の中山グランドジャンプの勝ちタイム(4分50秒8)と比較すると、その馬場の異様さがわかるでしょう。もっとも、日本の馬場が異様なまでに時計が早いというのもあるのですが。

 

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Figure 4 2015-2017年におけるニュージーランド障害競走の馬場状態

さらに、上のグラフは2015年から2017年にかけて、ニュージーランドにて障害競走が行われた全91開催における馬場状態の統計です。優に60%以上の開催が"Heavy"(すなわち、Penetrometer Band > 4.6)、さらに約40%の開催が11段階中最も重い馬場状態である"Heavy11"で行われたことがわかります。ニュージーランドGreat Northern Hurdle / SteeplechaseはEllerslie競馬場で実施されますが、全体の傾向ともそんなにズレはなさそうです。このようなニュージーランド障害競走における特性を考慮すると、レースの特性として、非常に重い馬場状態に脚を取られペースは上がらないため慎重な飛越が可能になるとともに、レースにおける勝利要件としてスピードを出して前にでることよりも、完走することの比率が高くなることが想定されます。これは落馬率の低下と、平均出走頭数と賞金が支給される着順に基づく途中棄権率の安定化に寄与することが考えられます。また、一般のレースにおいても慎重な飛越が行われるために、結果的に一般レースを通じた障害飛越技術の向上にも繋がるのかもしれません。加えて、ニュージーランドのHurdleとオーストラリアHurdleの形状は類似している一方で、オーストラリアSteeplechaseは近年易化が進み、よりスピードが出やすい形態へと変更されていることも、オーストラリアSteeplechaseにおいて落馬率が増加している一因と考えられます。このように、ニュージーランドSteeplechaseではより障害に慣れた馬が重馬場により慎重な飛越を行うことによって、Hurdleと同様の完走率・落馬/途中棄権率を生み出しているのかもしれません。実際に、Ellerslie競馬場のSteeplechase Courseには本格的な生垣障害が多数設置されていますが、それ自体はニュージーランドSteeplechaseとしては比較的一般的なものです。Great Northern Steeplechaseは道中で3回もElleslie Hillを昇り降りするタフなコースですが、その分慎重なレースが展開されると考えれば辻褄が合います。ただし、上記の推論を裏付けるには、オーストラリア・ニュージーランド障害競馬において、よりサンプル数を増やした調査が必要です。

 

さて、他とはやや違った傾向を示したオセアニア障害競馬について考えてみましたが、やはり上記のFigure 1で目につくのは英Grand Nationalの際立った落馬率ですね。次はこれを掘り下げてみましょう。