にげうまメモ

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22/02/26 中山グランドジャンプ 予備登録馬

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*2022 中山グランドジャンプ (G1) 予備登録馬

中山グランドジャンプ(J・GⅠ) 海外からの予備登録馬JRA

今年の4月16日(土)に予定されている中山グランドジャンプに、アイルランドのファンシーファンデーションズ(Fancy Foundations)及びゲブリイ(Gevrey)の予備登録があった。過去、同レースは国際招待競走として行われており、2000年代前半にはカラジ(Karasi)やセントスティーヴンSt Steven)を始めとする多数の海外調教馬を集めていたが、その後国際競争へと変更、2013年のアイルランドのブラックステアマウンテン(Blackstairmountain)を最後に海外調教馬の参戦はない。予備登録馬としては昨年のフランスのテネリフェシー(Tenerife Sea)に続き2年連続となる。

 

アイルランドからの参戦馬>

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中山グランドジャンプにおけるアイルランドからの参戦馬として、代表的なのはやはり2013年のBlackstairmountainである*1。同馬はアイルランド競馬リーディングトレーナーを独走するWillie Mullins調教師に、やはりアイルランド競馬リーディングジョッキーを独走するRuby Walsh騎手と、世界随一の障害競馬大国であるアイルランドにおいて、当時考え得る限りの最強の布陣が満を持して送り込んできた馬で、直前のペガサスジャンプステークスで惨敗していたことから人気を落としていたものの、蓋を開けてみればその飛越技術と騎乗技術はここ極東の障害競馬では群を抜いており、障害競馬大国であるアイルランド障害競馬の水準の高さを改めて感じさせるものであった。一方で、Blackstairmountainを除くと中山グランドジャンプにおけるアイルランド調教馬の参戦例は乏しく、2000年にNoel Meade厩舎のHill Societyが参戦するも10着に惨敗しているのみである。

なお、アイルランドと比較的形態が類似しているイギリスにおける調教馬は中山グランドジャンプが国際招待競走となった2000年当時は積極的に来日しており、2000年にVenetia Williams厩舎のThe Outback Wayが3着に入ったのが最高である。ただし、The Outback Wayを除くと中山グランドジャンプで良績を残した馬はおらず、当時のイギリス・アイルランド障害競馬におけるG1路線で結果を残していたCelibate、Cenkos、Banker Count、Armaturk、Tiutchevなども来日しているが、いずれも惨敗に終わっており、2003年を最後にイギリスからの参戦は途絶えている。

過去の中山グランドジャンプにおける海外からの参戦馬の詳細については、下記カテゴリーの記事を参照されたい。

日本競馬-中山グランドジャンプ(にげうまメモ)

 

<Fancy Foundations / ファンシーファンデーションズ>

FANCY FOUNDATIONS (GB) b. G, 2014 (Pedigree Online)

Horse Profile -  Fancy Foundations (GB) (Racing Post)

FANCY FOUNDATIONS - Profiles (Sporting Life)

イギリス生産馬。Fancy Foundationsの父Kayf Taraはイギリス・アイルランドにおいて大成功した障害種牡馬で、2016年King George VI Chase (G1)等を制したThistlecrackをはじめ、2017年Queen Mother Champion Chase (G1)の勝ち馬Special Tiara、2021年Liverpool Hurdle (G1)の勝ち馬Thyme Hillといった数々の活躍馬を多数送り出し、11回ものイギリス障害競馬リーディング種牡馬に輝いている偉大な種牡馬である。残念ながら2020年7月に出生率の低下により種牡馬を引退しているようだが*2、どうやら2022年現在も健在のようだ。産駒の傾向としては、ステイヤーらしい細身の馬体の持ち主で、どちらかというとパワーのある硬めの筋肉から生み出されるスピードで押すようなタイプが多い印象である。Special Tiara、Master Tommytuckerなど、障害馬としてはかなり前向きにスピードを生かして走るタイプも存在する。Kayf Tara自身は*オペラハウスの全弟としても有名だが、日本では2頭の産駒が出走したのみで、あまり日本競馬への馴染みはない。その中ではニシノマニッシュという馬が京都の3歳未勝利戦を勝利しているようだが、日本で出走した2頭の産駒の障害競馬への出走はない。Kayf Taraの後継種牡馬としてはRussian St Leger (RUS-Gr.1)を勝利したPetr VelikyとRusskij Kayfという馬がロシアで繋養されているようだが、残念ながらその後継種牡馬の産駒をイギリス・アイルランド障害競馬で見ることはなさそうだ。

Fancy Foundationsは2019年にアイルランドCork競馬場のNational Hunt Flatでデビュー。2020年1月のHurdleデビュー戦はHeavyな馬場もありうまくいかなかったようだが、続く2020年9月のDownpatrick競馬場のMaiden Hurdleで初勝利。イギリスに遠征した2020年末は、Hereford競馬場におけるClass4のNovice Hurdleを勝利、さらに1頭だけ1ストーン近く重い斤量を背負わされたAyr競馬場のClass4のNovice Hurdleでも僅差の3着に入る。2021年からはChaseに転向し、Down RoyalのBeginners Chaseでは8馬身差の快勝、続くSligoのTemplehouse Lake Chaseも勝利と、上々の滑り出しを見せる。特にSligoでの勝利は管理するGordon Elliott調教師にとって、処分明けでの初勝利として嬉しいものになったようだ*3。しかしながら同馬にとって初の重賞競走として挑んだO'Dwyer Steel Dundrum Novice Chase (G3)では残り3障害で落馬、Florida Pearl Novice Chase (G2)ではVanillierから26馬身離れた2着、Navan競馬場のRated Novice Chaseでも残り3障害地点でミスをし、そのまま後退して5着と、どうにも結果を残せていない。JRAのホームページにはこのFlorida Pearl Novice Chase (G2)の2着が主な成績として記載されているが、実際のところこのレースは4頭立てでうち2頭が落馬したもの、しかもFancy Foundationsの前を走っていた馬が終盤の障害で落馬し、結果的にこの馬が棚ぼたで勝ち馬から遥か離れた2着に入ったものであり、重賞で好勝負を演じたわけではないことに留意されたい。

イギリス・アイルランド調教馬としてNovice馬の中山グランドジャンプへの参戦は過去に例がなく、実現すれば興味深い試みとなる。日本障害競馬では産駒実績のある*オペラハウスの全弟で、イギリス・アイルランドにおいて大成功を収めたKayf Taraの残された産駒がついに日本の障害競馬を走るというのも興味深いことである。この馬自身、ここまでのレースを踏まえるとどちらかというと良馬場においてフラット又は小型障害におけるスピードを生かすタイプと考えられるといったところで、2022年時点で8歳、レースでも比較的前向きに追走しているように、障害馬としてはかなりフレッシュな馬であることが想定される。Chaseでの実績面ではさっぱりだが、直近のNavan競馬場でのRated Novice Chaseでも障害飛越でミスをしているように、大型障害における飛越面で不安があることを考えると、現時点でイギリス・アイルランドChase競走への適性があるようには思えない。日本の障害はイギリス・アイルランドChase障害と比較すると平易なものであることを踏まえると、日本の障害への適性があれば実績以上の結果を残しても不思議ではないだろう。しかしながら、やはり重賞クラス以上での活躍を上げていた過去のイギリス・アイルランドからの参戦馬と比較すると大きく実績面で見劣ることは否めず、Hurdleで良績を上げているとはいえ下級条件戦のみ、それもメンバー的には重賞競走でどうこうという水準には達していないことを考えると、純粋に能力面で足りない可能性も十分に考えられる。ここまでの出走歴も、ペースが比較的緩むことの多いNovice競走又は実質的にNoviceクラスに相当する競走のみ、それも2マイル戦ではなく2マイル5ハロン戦での実績が主となると、日本の高速馬場におけるスピード勝負への適性という観点でも未知数である。

 

<Gevrey / ゲブリイ>

GEVREY (FR) b. G, 2016 (Pedigree Online)

Horse Profile - Gevrey (FR) (Racing Post)

GEVREY - Profiles (Sporting Life)

フランス生産馬。AQPS(Autre Que Pur-Sang)と呼ばれる馬で、要するにサラブレッドではない。Gevreyの場合は父はサラブレッドであるSaddler Makerである一方、牝系が中間種であるSelle Français*4のようで、このようなタイプはフランス障害競馬においては数多く認められる。Sadler's Wells産駒のSaddler Makerはイギリス・アイルランドにおいて大成功した種牡馬で、その代表産駒としては2019年のIrish Champion Hurdle (G1)等を勝利し、現役生活を通じてG1を11勝という途轍もない記録を残した名牝Apple's Jadeや、Betfair Chase (G1)にて2着に57馬身差をつける歴史的な勝利をあげ、イギリスHaydock競馬場では無類の強さを誇ることから"King of Haydock"との異名を誇る葦毛のBristol De Maiが挙げられる。Saddler Makerはアイルランド産馬だが、フランスで種牡馬生活を送っていたようで、活躍馬はフランス産馬ばかりである。ただし、フランス障害競馬よりはイギリス・アイルランドで活躍する馬の方が多いようで、フランス生産馬らしいスピードの持続性能に支えられた航行能力の高さと重馬場を突き進むパワーを生かして他馬を圧倒するタイプの馬が多く認められる。Saddler Maker自身は2016年の5月に怪我で亡くなっており、2017年生まれの産駒が最後の世代となる。Gevreyは残された産駒の一頭である。

Gevreyは弱冠6歳の若馬で、2020年の2月にNaas競馬場のNational Hunt Flatでデビュー。2020年9月からHurdleに転向すると、3戦目となるLimerick競馬場のMaiden Hurdleで初勝利を挙げる。その後も主にNovice Hurdleの平場戦を使うも惜敗ばかりで勝利はあげられず、2021年の8月までにHurdleは9戦して1勝、2着3回という成績を残している。2021年の9月からはChaseに転向、初戦となったRated Novice Chaseでは最終障害でミスをして2着に終わると、その後はなかなか勝ち星を挙げられず、結局Novice ChaseではなくHandicap Chaseに挑戦し、ようやく2022年の2月のHandicap Chase(Rating:0-130)で初勝利を挙げている。

過去の中山グランドジャンプの海外からの参戦馬においてAQPSの出走はなく、この馬の中山グランドジャンプへの出走が実現すれば、欧州障害競走において重要な役割を担っているAQPSの日本障害競馬への挑戦ということで非常に興味深い試みであり、ある意味では歴史的な出走になる可能性がある。Fancy Foundationsと同様にこの馬もNovice馬であるが、Fancy Foundationsとはかなりタイプが異なるようだ。Chaseの飛越に不安が残るのはFancy Foundationsと同様だが、この馬の場合は瞬間的なスピード能力には乏しいもののパワーと航行性能の高さを生かして雪崩れ込むタイプで、走法を見ていてもどちらかというと重馬場巧者のそれである。ペースが緩みやすく、瞬間的なスピード能力が生きるNoviceクラスで勝ち切れずに惜敗を繰り返していたことがその証左であり、直近のFairyhouseのDiscover Meath Handicap Chaseでもゴール前では12歳馬と13歳馬に詰め寄られている。おそらく今後、アイルランドの重馬場におけるハンデ戦であれば現時点での実績以上の活躍は期待できそうだが、やはりFancy Foundationsと同様に、重賞クラス以上での活躍を上げていた過去のイギリス・アイルランドからの参戦馬と比較すると大きく実績面で見劣ることは否めない。ここまでNoviceクラスの出走しかなく、重賞クラスでは一切の実績がないこと、さらにここまでのレース振りから考えると、日本障害競馬のスピードについていけるかはかなり疑問と言わざるを得ないだろう。

 

<Gordon Elliott調教師>

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左端の丸い人。1978年3月2日生まれでアイルランドCounty Meathに拠点を置く調教師である。元々騎手として活躍していたが、2006年に調教師として開業すると翌2007年にSilver BirchでAintree競馬場のGrand National (G3)を勝利し、一躍有名となる。当時Gordon Elliott調教師は母国アイルランドでは未勝利であり、このSilver Birchによる勝利は大きな衝撃を与えた。Gordon Elliott調教師はこのSilver Birchの勝利による単なる一発屋で終わらず、その後はGrand National (G3)を連覇したTiger Rollを始め、Don Cossack、Apple's Jade、Samcro、Delta Work、Outlanderといった名馬を多数管理するアイルランドのトップトレーナーへとのし上がることになる。2010年台の前半こそアイルランド障害競馬はほぼWillie Mullins厩舎の一強状態であったが、Gordon Elliott厩舎はここからじわじわと勝ち星を伸ばしており、近年はWillie Mullins厩舎とGordon Elliott厩舎がリーディング争いをするのがいつもの光景となっている。ただし、2022年2月現在、Willie Mullins厩舎を制してGordon Elliott厩舎がアイルランド障害競馬リーディングを獲得したことはなく、2021/2022シーズンにおいて2022年2月の時点では、Willie Mullins厩舎が計152勝で総賞金額が€3,446,625である一方で、Gordon Elliott厩舎は計117勝で総賞金額€2,884,545と、やや水を空けられている状態である。しかしながら3位のHenry de Bromhead厩舎は計86勝で総賞金額€1,655,365であることを考えると、Gordon Elliott厩舎の活躍はやはり特筆すべきものと言えるだろう。

Gordon Elliott調教師自身は中山グランドジャンプに管理馬を出走させた実績はないものの、アイルランド国外には積極的に遠征をしており、近年ではイギリス障害競馬においても数多くの管理馬を出走させている。また、アメリカへの遠征も積極的に行っており、2018年にはJury DutyでGrand National Hurdle Stakes (G1)を制している。どうやらVelka Pardubickaへの関心もあるようで、2020年にはOut Samを予備登録させていたようだ*5中山グランドジャンプへの予備登録はGordon Elliott調教師としては初の試みである。今年の中山グランドジャンプはFairyhouseのIrish Grand Nationalを含むEaster Festivalに重なっており*6、昨今の状況を踏まえると騎手の確保も困難であることが想定され、今年のGordon Elliott調教師の管理馬の中山遠征が叶うかは微妙なところだが、アイルランドのトップトレーナーであるGordon Elliott調教師が中山グランドジャンプに関心を持ったことはやはり興味深い。師の動向には今後も注意しておいた方が良いだろう。

 

その他

'Anyone can get a horse fit - it's placing them that separates the good and bad' (Racing Post)

アイルランドEmmet Mullins調教師のインタビューによると、昨年のPaddy Power Plate (G3)等を勝利したThe Shunterで中山グランドジャンプに遠征するプランがあったようだが、その後所有者がJP McManusに代わった影響によるものなのか、特に予備登録はなかったようだ。