にげうまメモ

障害競馬の個人用備忘録 ご意見等はtwitter(@_virgos2g)まで

22/04/03 Grand National ③ - 障害 -

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Aintree競馬場のGrand National (G3)では、4m2f74y(4マイル2ハロン74ヤード)のコースに設置された障害を原則計30回飛越します。Aintree競馬場には、通常の競争で使用されるHurdle及びChaseコース(Hurdles' Course及びMildmay Steeplechase Course)とは別に、全体として概ね三角形状の"National Course"が存在します。年に5回のみしか使われないこのNational Courseには、通常のChase競走で使用される障害とは異なる障害である"National Fence"が設置されており、Grand NationalはこのNational Courseのうち、スタンド前に設置された"The Chair"及び"Water Jump"を各1回、それ以外の障害を計2回飛越するコースが設定されています。このNational Course自体はAintree競馬場全体と同様に平坦な、1周2m2fのコースですが、とにかくこの"National Fence"の難易度が桁違いに高いこと、さらに障害競走としては世界最長距離に近い超長距離、さらに40頭という多頭数による高い重複落馬のリスク等により、Grand National (G3)を世界一難易度の高い障害競走と言わしめる所以となっています。

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National Courseにおける障害(National Fence)は比較的柔軟な素材で出来たFenceに最低14インチ(約35cm)の高さでトウヒの枝が積み重なっており、馬はトウヒの枝の部分を搔き分けて飛越することが可能になっています。上の写真はAintree競馬場の場内にある障害のレプリカ。

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さらに寄ると写真の通り。触るとちくちくと刺さってちょっと痛いです。このトウヒの枝の山に踏み切ってジャンプしたくなるものではありません。

 

*参考映像


 

*コースマップ

Grand National Course Map (The Jockey Club)

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Grand National (G3)はNational Courseの中央を横切るように走るMelling Roadの手前からスタートします。ちょうどスタンドからはスタート地点に横に並んだ人馬の背中が見えるような格好ですね。この写真は通常のChase競走の直前ですので内側の柵が設置されていますが、本番は撤去され、左側の芝生が切れて土がむき出しになっているエリアまで馬が並びます。

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スタート直後のMelling Roadから第1障害方向を見たもの。

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手前の障害がWater Jump、その奥がThe Chair。"Randox"のロゴが見えるのが通常のChase障害。正面中央奥から向かって右側に走るChase Courseと、向かって右奥から正面中央に走るNational CourseはThe Chairの手前で交差します。スタンド側(向かって左側)に存在するのはHurdle Courseですね。

National Courseを1周して戻ってきた人馬はスタンド前に設置されたThe ChairとWater Jumpを飛越し、再度Melling Roadを横切ってNational Courseの2周目に入ります。

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上の写真をより引きで見た図。

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2周目では最終障害を飛越したのちはThe Chair及びWater Jumpを飛越せず、そのままHurdle Courseに入るような経路でゴール地点へと向かいます。ゴールポストはHurdle Courseと共通で、スタンドに隣接する位置に存在します。写真はGrand Nationalのゴール地点。赤と白の円形のポールがゴール板です。

 

*障害

・Fence 1st and 17th(高さ 4ft 6in = 137cm)

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スタート直後にある障害。1886年にWilliam Gladstoneによって導入され、その後何度かの変更を経て1924年から現在の高さとなっています*1。高さとしてはWaterを除き最低ですが、第一障害ともあってスピードも出ており、かつ馬群も密集しているため落馬を引き起こしやすいことで知られています。特にこの障害が最も猛威を振るったのは1951年のGrand Nationalで、実に36頭の出走馬のうち12頭もの落馬を引き起こしていますし*2、それ以外にもGolden Miller、Poethlyn、Russian Hero、AldanitiといったGrand National2勝目を目指した馬や、1999年のNorsk Grand National等を制した当時の北欧Steeplechaseの最強馬で、2000年のGrand Nationalに挑んだノルウェーのTrinitroもこの障害で落馬しています*3*4*5。1999年には第1障害の落馬を減らすべくコースが約2メートル程度広げられ、この工夫がある程度奏功したようですが*6、現在でも依然として高い落馬率を誇ります。なお、英国のブックメーカーでは全馬が第一障害を突破できるかというBettingも行っています。

 

・Fence 2nd and 18th(高さ 4ft 7in = 139.7cm) 

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かつては1868年から1870年にかけてこの障害を3年連続で飛越拒否した"The Fan"という牝馬に因み、"The Fan"とも呼ばれていた障害です。ただし当時とは設置場所が異なっており*7、すでにその名前は失われています。また、現在の障害の設置場所を踏まえると、The Fanが飛越拒否したのは現在の第1障害であるという説もあり、当時のコースが現在のものとは大きく異なっていたことを踏まえるとこの辺りの障害の変遷はどうにも通説よりも複雑なようで、歴史的な経緯は明らかではありません*8。1914年から現在の高さ(4フィート7インチ)に設定されています。

 

・Fence 3rd and 19th(高さ 5ft = 152cm、障害の前に 7ft = 213cmの空壕)

- Open Ditch / The Westhead

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Grand Nationalにおいて最初に対面するOpen Ditchです。この障害のように、障害の前に空壕が存在する障害は一般的に"Open Ditch"と呼ばれています。通常の障害に比べよりスピードを持って飛距離を伸ばして飛越する必要があり、難易度は高くなっています。障害全体の幅は10フィート6インチ(約3メートルちょっと)で、この障害の高さは1924年から5フィートと言われていますが、1930年に若干の変更が加わったという説もあるようです*9。1889年のGrand Nationalには前年のVelka Pardubicka勝ち馬で、障害競馬では一度も落馬したことがないという評判を引っ提げてきたEt Caeteraが参戦していますが*10、残念ながらこの障害で落馬しています*11。1981年にこの障害はAintree競馬場の障害設置を1960年台から70年台にかけて監督してきたSteve Westheadに因んで"The Westhead"と名前が付けられました*12。なお、通常のChase Courseにも同様に空壕が設置されている障害が存在し、そのようなタイプの障害も"Open Ditch"と呼ばれています。"Open Ditch"としては、フランスAuteuil競馬場に存在する高さ150センチ、幅370センチの"Gros Open Ditch"が難所として有名でしょうか*13

 

・Fence 4th and 20th(高さ 4ft 10in = 147cm) 

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第3障害と異なり障害直前の空壕は存在しません。第20障害は2011年にGrand Nationalの歴史上初めて迂回された障害として有名であり、2011年におけるこの障害及びBecher's Brookでの死亡事故(Ornais及びDooneys Gate)はGrand National全体の安全対策及び動物福祉の見直しと、2013年における新しい障害設計の導入に繋がりました*14。 また、2011年の事故を受けてGrand Nationalの各障害における落馬率が調査された結果、この障害における落馬率及び死亡事故の発生率が高いことが問題視され*15、もともと5フィートであったこの障害は2012年から4フィート10インチに変更されたそうです*16*17

 

・Fence 5th and 21st(高さ 5ft = 152cm) 

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第1障害及び第10障害と同様に1886年にWilliam Gladstoneにより導入された比較的新しい障害で*18、Becher's Brookの直前の障害としてアナウンスされます。どうしてもBecher's Brookの難易度が高いため直後の障害に関心が向くのですが、この障害自体も非常に高さのある難易度が高い障害です。ただし障害の流れの関係上、あまりこの障害での落馬は多くはないようで、ニュージーランド生産馬であるMoifaaが勝利した1904年にこの障害で5頭の落馬が発生したのが主なアクシデントと言われています*19。ちなみに、母国では1901年のGreat Northern Steeplechase等を勝利したニュージーランドの名馬で、ラクダのようなとも形容されるその独特の容姿がしばしば話題になるMoifaa*20には奇妙なストーリーがあり、この馬をイギリスに輸送していた船が難破する事故を生き延びたというものですが、どうやらこのストーリーに該当するのは同レースにも出走していた"Kiora"という異なる馬のようで、Moifaa自身は安全に英国に航海していたようです*21*22*231924年にこの障害は5フィートの高さに設定され、その後変更は行われていません*24

 

・Fence 6th and 22nd(高さ 4ft 10in = 147cm、着地側が 15~20cmほど飛越側よりも低い)

- Becher's Brook 

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Grand Nationalの数ある障害の中でも最も難易度が高いとされる障害です。着地側が飛越側よりも低くなっており、着地時に人馬がバランスをとるのが非常に難しく、毎年数多くの落馬を引き起こします*25。この障害は1839年にMartin Becher大佐の騎乗した馬(Conrad)がこの障害にて落馬し、大佐が怪我を防ぐために小川の中に避難したことから名づけられています。"Brook"とはすなわち小川のことで、1939年当時はこの障害の後ろに幅8フィートの小川が流れていたようです*26*27。ただし、当時の障害は現在よりも遥かに小型の木製の柵が使われており、その高さは3フィートであったと言われています*28。現在、障害の着地側は水路となっていますが、写真の通り蓋がされています。

この障害は古くから非常に多くの落馬事故を発生させており、著名なところでは1930年のVelka Pardubickaの勝ち馬Gyi Lovam!は1932年のVelka Pardubickaでの落馬で亡くなったRudolf Popler*29とともに1931年のGrand Nationalに挑んでいますが、2周目のBecher's Brookで落馬に終わっています。この障害が重大な事故を引き起こした例は稀ではなく、そのためその形態は頻繁に議論及び変更の対象となってきました。もともとこの障害の直後には深さのある小川が流れており、かつ着地地点も小川方向に向かって下るスロープ状になっていたようですが、1954年のGrand Nationalにおける4頭の死亡事故を受けて、落馬した人馬が小川から脱出することを容易にすることを目的として、障害直後の小川は18インチ埋め立てられました*30。特に大きな変更が加えられたのが1990年で、これは1989年のSeeandem及びBrown Trixの死亡事故を受けたものですが*31、馬が障害を真っ直ぐに飛越することが出来るようコースを広げ、着地側の小川に向かって下るスロープを平坦にし、さらに小川自体も30インチ埋め立てられました*32。加えて2004年における計9頭もの落馬を受け、レース中は小川部分がプラスチックマットに覆われることになり、過去の障害と比べてその外観を大きく変貌させることになりました*33。さらに2011年のDooneys Gateの死亡を受け、着地側が4~5インチほど高くなるよう変更された他、コース内外における飛越地点と着地地点の高低差が修正されました。特に後者の修正により、馬群がコース全体に広がるようになったと言われています*34。このような度重なる障害の修正を経た現在の障害は、1900年台のBecher's Brookを知る往年の競馬ファンからはあまり評判の良くないものですが*35、それでもやはりこの障害は過去の面影を残しつつ、今でもGrand Nationalにおける最難関障害として勇気ある挑戦者たちを待ち構えています。

 

・Fence 7th and 23rd(高さ 4ft 6in = 137cm)

- Foinavon 

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障害としてはWaterを除いてNational Course最低の高さであるものの、コーナーの途中に設置されていることで難易度は高さよりも上がっている障害です。この障害は元々"Beechtree fence"と呼ばれていましたが*36、1967年のGrand Nationalにおいて衝撃的な勝利を収めたFoinavonにちなんで現在の名称で呼ばれています。1967年のこの障害におけるアクシデントは想像を絶するもので、先頭を走っていた空馬(Popham Down)がこの障害の前で立ち往生し、先頭集団を含めほとんどの馬がこの障害の前で大渋滞とそれに続く多重落馬を起こしたというものです。その時点で競走を継続していた27頭の出走馬のうち26頭もがこの障害で落馬するという甚大なアクシデントで、これに対して集団のはるか後方を走っていた人気薄のFoinavonだけがこの渋滞を回避して飛越することができ、このアドバンテージを生かして見事勝利したという、歴史のあるGrand Nationalの中でも最も有名なエピソードの一つです*37*38

この障害は1900年時点では5フィートの高さを誇っていたようですが、1900~1910年頃に何度かの細かい高さの変更が発生しており、特に隻眼のGlensideという馬が勝利した1911年に多数の落馬を引き起こしたことを受け*39、一旦はNational Course中最も低い高さまで引き下げられたそうです*40。その後、再度4フィート11インチの高さまで引き上げられますが、1954年にGrand National全体で4頭の死亡が発生したことを受け、同年においてこの障害自体での死亡事故は発生していなかったものの、当時National Courseの中でも最高水準の高さを誇っていたこの障害は現在の高さまで引き下げられたようです*41

 

・Fence 8th and 24th(高さ 5ft = 152cm)

- Canal Turn 

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National Courseの中でも有名な障害の1つです。障害としての高さはもちろんのこと、障害の直後に直角のカーブが設置されていることが最大の特徴です。1836年にこのコースが設定された際の地形がこのような特殊なコース形態を作り出したそうですが*42、そのため馬群が内に密集しやすく、多重落馬のリスクが非常に高くなっています。近年でも2012年にはここで5頭の重複落馬が発生しました*43。なお、イギリスCheltenham競馬場のCross Country Courseにはこの障害のレプリカが存在しており、Aintree競馬場以外の競馬場に存在する唯一のNational Fenceとなっています。元々は飛越側に空壕を有していたようですが、1928年に人気を背負っていたEaster Heroがこの障害で立ち往生し*44、結果的に20頭以上の落馬を引き起こしたことを受けて*45、そのようなアクシデントで勝者が決まるのは宜しくないといったメディアからのバッシングがあり、結果的に飛越側の空壕が撤去されたそうです*46

 

・Fence 9th and 25th(高さ 5ft = 152cm、障害の後に 5ft 6in =167cm の空壕あり)

- Valentine's Brook 

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National Courseの中でも最も有名な障害の1つ。1840年のGrand Nationalで3着に入ったアイルランドのValentineに因んで名前が付けられているというのが通説ですが*47、どうにもBecher's Brookと異なり、この名前の所以には明確な出典がないようです*48。障害の後に水路が設けられており、飛越の高さはもちろんのこと、飛越の幅が求められる非常の難易度の高い障害となっています。Becher's Brookの水路は蓋がしてありますが、Valentine's Brookの水路はむき出しになっています。もっとも、写真の通り非常に幅の狭い水路ですが。 この障害はなにかと動物愛護運動の標的となってきたBecher's Brookとは異なり、あまり大きな事故を引き起こさなかったためか障害の変更に関する議論の対象となってこなかったようで、現在でも古い時代の面影を色濃く残すものとなっています。この障害は1927年に今の高さ(5フィート)及び障害の直後の5フィート6インチの水路という条件が設定され、それ以降変更は行われていません*49

 

・Fence 10th and 26th(高さ 5ft = 152cm)

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1886年にWilliam Gladstoneにより導入された比較的新しい障害で*50、高さとしては最高レベルであるものの特に空壕などは設けられていません。このように何も付属物のない障害はPlain Fenceと呼ばれています 。元々の高さは4フィート6インチだったようですが、そこから少しずつ引き上げられ、1919年以降は現在の高さ(5フィート)となっています*51。なお、この障害は2006年以降、Aintree競馬場で毎年12月にNational Courseを使用する名物レースとして行われるBecher Chase (G3)の第1障害として使用されています*52

 

・Fence 11th and 27th(高さ 5ft = 152cm、飛越側に6ft = 183cmの空壕)
- Open Ditch / The Booth
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飛越側に空壕が設けられた障害で、1924年以降高さは5フィート、全体の大きさは約10フィートのOpen Ditchとして設定されています。1981年にはAintree競馬場の障害設置を監督してきたJohn Boothに因んで"The Booth"と名前が付けられています*53*54。この障害で生じた主なアクシデントとしては、1935年の人気馬Golden Millerが飛越拒否した事件が挙げられますが*55、どうやらこれに諸説あるようで、この事件が起きたのは第10障害とする説もあるようです*56。Golden MillerはCheltenham Gold Cupを1932年から1936年に掛けて5連覇し、Grand Nationalを1934年に制した伝説的な障害馬で、Cheltenham競馬場にはその像が設置されています*57*58。また、1977年はGrand National史上初の女性騎手の参戦となった当時21歳のCharlotte BrewがBarony Fortに騎乗しましたが、2周目のこの障害で飛越拒否に終わっています*59*60
 
・Fence 12th and 28th(高さ 5ft = 152cm、着地側に5ft 6in =167cm の空壕)
- Ditch
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先ほどの障害とは逆に、着地側に空壕が設けられた障害です。この着地側の空壕はこの障害独自の特徴ですが、どうやらこの空壕自体は1880年台には既に存在していたようです*61。このように障害の直後に空壕が設置された障害として世界的に有名なのが、Pardubice競馬場のTaxis Ditchですね*62*63。この障害は1924年に5フィートの高さに設定され、それ以降変更は生じていません。なお、この障害は1935年に焼失し、その後再建されたという経緯もあります*64。ちなみに、写真がしょぼくなったのはCourse Walkがこの辺りで終了したせいですね。Aintree競馬場のNational Courseはこのように散歩することが出来るのですが、ここらあたりからNational Courseから離れ、ショートカットしてスタンドに戻ります。
なお、National Courseはこの障害を越えたのちにMelling Roadを横切るのですが、1830年台にはこのMelling Roadを挟むように元々の地形を生かす形で"Table Top Jump"と呼ばれる生垣障害が存在していたようです。ただしこの障害は1800年台には失われています*65

 ・Fence 13th and 29th(高さ 4ft 7in = 140cm)
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Plain Fence。Grand Nationalにおけるこの障害での落馬は比較的少ないといわれています。この障害はNational Courseの中では最も新しい障害で、1888年に導入されました。1919年の第一次世界大戦後初のGrand Nationalにおけるこの障害の高さは4フィート7インチで、この高さは今日まで変わっていません*66。なお、この障害はNational Courseを使用する5つの障害競走のうち3つ(Topham Chase、Foxhunters' Chase、Grand Sefton Chase)の第1障害として使用されています。

・Fence 14th and 30th(高さ 4ft 6in = 137cm)
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これもPlain Fenceです。高さもWaterを除き最低。直前の障害と同様にこの障害はNational Courseの中では最も新しい障害で、1888年に導入されました。2周目では最終障害となるため、疲労困憊した馬が完走を目指して飛越を試みた結果しばしば落馬しますが、死亡事故はここまで起きていないようです。2周目では次の2つの障害(The Chair、Water Jump)は迂回してゴールに向かいます。1936年のGrand Nationalでは、この障害の直前まで先頭を走っていたAnthony Mildmay騎乗するDavy Jonesが障害の直前で逃避し*67、結果的にFulke Walwyn騎乗するReynoldstownが棚ぼたの勝利を掴みました。当時アマチュア騎手として騎乗していたFulke Walwynはのちに調教師に転身、イギリスにおいて最も成功した障害調教師の一人となりました*68

・Fence 15th(高さ 5ft 2in = 157cm、飛越側に幅 6ft = 183cmの空壕)
- The Chair

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飛越側に巨大な空壕を持つ障害で、高さ・幅としてはNational Courseにおいて最大のものです。スタンド前に存在するためひときわ飛越時の盛り上がりも大きくなります。この障害の名前は障害脇にある金属製の柵が上部にある構造物に由来するもので*69、これはAintree競馬場で1800年台前半に行われていた平地競争において判定係が座っていたもののようです*70。この障害は1862年にGrand National史上唯一の騎手(O'Connellに騎乗したJames Wynne)の死亡事故を起こした障害として有名です*71。また、1870年にはGrand Sefton ChaseにてChippenhamに騎乗したGeorge Matthew Edeがこの障害での落馬事故が原因で亡くなっています*72*73。このような恐ろしい事故の結果、この障害はしばらくの間"the grave"と表現されたそうです。ただし、この時期の障害の形態は今日のものとは大きく異なっており、成書の記載では"Gorse Hurdle"と表現されているようです*74
その後、この障害は様々な論争を経て現在の形態に落ち着いています。National Course上最大の障害であり、かつコース幅としても最も狭い地点に設置されているにも関わらず、この障害はGrand NationalにおいてCanal Turnほどの大規模な重複落馬を引き起こしていません。大きなアクシデントとして知られるのは初のスコットランド調教馬としてGrand Nationalを制したRubsticが勝利した1979年のGrand Nationalで、計8頭の落馬を引き起こしています*75。また、National Courseを使用する5つの障害競走のうち、比較的距離が短い3つの競争(Topham Chase、Foxhunters' Chase、Grand Sefton Chase)においては、比較的レースの前半で飛越することになるため、この障害は比較的多数の落馬を引き起こす序盤の難所として待ち構えていることになります。特に、1900年台前半に行われていたNovice馬のためのStanley Steeplechaseでは第1障害として使用されており、この難度の高い障害を第1障害として使用することは問題視されていたようです*76
 
 ・Fence 16th(高さ 2ft 6in = 76cm、着地側に水壕あり)
- Water Jump
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高さとしては他と比べて非常に低いものの、着地側に巨大な水壕が存在する障害です。落馬事故はほとんどありませんが、スピードをもって飛越する必要があります。 もともとこの障害は1839年に石垣として設置されたもので、当時は約5フィート程の高さを誇っていたもののようですが、1841年には柵の直後に水壕を有する障害に変更されたようです*77。現在では障害全体として12フィート6インチ(381センチメートル)の幅を持つ障害となっています。水壕障害は日本やイギリス、フランス、イタリア、ニュージーランドなど、世界各地に存在するタイプの障害ですが、このタイプの障害として最も有名なのはフランスAuteuil競馬場のスタンド前に設置された"Rivière Des Tribunes"で、その水壕の幅は550cmとすら言われています*78*79
この障害の難易度は非常に低く、1968年に前年の勝ち馬Foinavonを含む計5頭の重複落馬を発生させたのが目立ったアクシデントで*80、1969年から2014年にかけてはたった2頭の落馬しか発生していないと言われています。なお、1955年には走路の湛水によりこの障害はオミットされ、これはGrand Nationalの歴史において計30回の全ての飛越が行われなかった最初の例となりました*81。また、元々Mildmay Courseが1953年に作られた際には、このWater JumpもChase Courseの一部として利用されていましたが、1990年以降この障害はNational Courseとしての使用に限定されています*82
 
*障害の迂回
Grand NationalはNational Courseを2周するため、1周目の障害で事故があり、故障馬又は騎手等がその場に留まり、再度の飛越が危険と判断された場合はフラッグが振られ、該当する障害を迂回することになっています。外ラチと障害の間にはある程度の間隙があり、障害を迂回することができるように配慮されています。そのほかにも、西日、障害地点の馬場の悪化、障害の損傷などが迂回する理由として挙げられます。 
 
*障害の落馬率
 

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上記データは2000年から2019年のGrand National (G3)における落馬率を集計したもの。当該障害に挑んだ頭数("Challengers")を母数、Racing Postのレース結果においてFall又はUnseated Riderと判定された馬を"Fallers"として、"Challengers"に対する"Fallers"の割合を算出しています。2周目のBechers' Brookが5.71%と最高の落馬率を示していますが、それに次ぐ高値を示しているのがなんと第1障害。なお、併せて中山グランドジャンプ及び中山大障害の大生垣及び大竹柵、並びにVelka PardubickaのTaxis Ditchも同様に集計しています。大多数の障害で大生垣及び大竹柵に匹敵するか、もしくはそれらを大きく凌駕する落馬率を誇るといえば、海外障害競馬に馴染みのない日本障害競馬ファンにもその難易度の高さは容易に想像がつくのではないでしょうか。上記の内容は以下のラジオでも触れていますので、適宜ご参照ください。

*1:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*2:1951 Grand National

*3:Trinitro (GB) (Engelsk fullblod)

*4:Norway raider aimed at Grand National.

*5:Øvrevoll Galoppbane 1932–2012 - Norsk Rikstoto (pdf)

*6:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*7:Grand National Fences and Course

*8:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*9:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*10:Dostihový spolek » 1888

*11:1889 Grand National

*12:Grand National fence names: The stories behind every Aintree jump

*13:48h de l’obstacle : du beau sport et de gros obstacles ! 

*14:2011 Grand National

*15:Jason Maguire unhappy with Grand National fence changes

*16:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*17:2012 Grand National

*18:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*19:1904 Grand National

*20:Dannevirke: Galloping into hall of fame

*21:Moifaa: Tall Tale Winner of the Grand National

*22:Featured Legends, Grand National History Moiffa

*23:Seachange has some hard acts to follow

*24:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*25:Becher's Brook

*26:Becher's Brook

*27:1839 Grand National – the story of Becher’s Brook

*28:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*29:Rudolf Popler

*30:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*31:1989 Grand National

*32:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*33:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*34:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*35:Brendan Powell Jr

*36:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*37:The BBC Grand National 1967 - Foinavon (Full Race)

*38:Foinavon’s sensational Grand National win 50 years on: 'It was like a battlefield’

*39:1911 Grand National

*40:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*41:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*42:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*43:2012 Grand National

*44:Easter Hero

*45:1928 Grand National

*46:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*47:1840 Grand National

*48:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*49:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*50:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*51:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*52:Becher Chase

*53:Grand National fence names: The stories behind every Aintree jump

*54:Aintree競馬場のホームページによると第12障害を"The Booth"と呼ぶそうですが、成書を含む複数の媒体で"The Booth"とは第11障害のことを指しており、同じく"Open Ditch"である第3障害との対比を踏まえると、第11障害を指す方が自然であると判断しました。ただし、いずれにせよあまり有名な名称ではありません。

*55:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*56:1935 Grand National

*57:Golden Miller

*58:21/12/30 2017年 Cheltenham Festival 旅行記 ③ - 競馬場 設備編 -

*59:1977 Grand National

*60:The first woman to ever ride in the Grand National now lives in Somerset

*61:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*62:The most fearsome fence in the world? How famous Pardubice hedge rivals Becher’s Brook

*63:Velký Taxisův příkop

*64:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*65:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*66:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*67:Anthony Bingham Mildmay, 2nd Baron Mildmay of Flete

*68:Fulke Walwyn

*69:元々は石造りだったようですが、現在は安全性を理由にプラスチックのレプリカに交換されています

*70:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*71:1862 Grand National

*72:George Ede

*73:秋のSeptember Steeplechaseでの落馬が原因とする説もあるようで、この記事で度々引用しているJohn Pinfold氏の成書では前述の記載となっています

*74:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*75:1979 Grand National

*76:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*77:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold

*78:Auteuil, terre de legendes

*79:48h de l’obstacle : du beau sport et de gros obstacles ! 

*80:1968 Grand National

*81:1955 Grand National

*82:Aintree, The History of the Racecourse. John Pinfold