にげうまメモ

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22/05/03 Aintree競馬場の"National Fence"の性質 ③

*Aintree競馬場の"National Fence"の性質

Figure 1 2000~2022年のGrand Nationalの各障害の落馬率

さて、ここまではGrand Nationalにおける各障害の落馬の発生傾向について考察してきました。さらに各障害における落馬傾向とその要因について考察することを目的として、National Courseを使用する他の4競走(Becher Chase、Grand Sefton Chase、Topham Chase、Foxhunter's Chase)における落馬の発生傾向を調べていきます。ただし、近年のレース傾向について考察することを目的として、他の4競走におけるデータは2010年以降のものを使用したことから、まずはGrand Nationalにおけるデータを2000~2009年と2010~2022年に分けて集計します。

障害の詳細は以下の記事を参照してください。

22/04/03 Grand National ③ - 障害 - (にげうまメモ)

 

Figure 6 2000~2022年のGrand Nationalの各障害の落馬率

2000~2009年と2010~2022年のGrand Nationalの各障害における落馬率を示したのがFigure 6です。青が2000~2009年、赤が2010~2022年の数値を示します。Figure 6において、第1障害、第3障害、第4障害、第22障害(Becher's Brook)及び第25障害(Valentine's Brook)では統計的に有意に落馬率が低下していますが、全体的に見ても2000~2009年と比較して2010~2022年では落馬率が低下していますね。レース全体としてはほぼ2000~2009年と2010~2022年では同様の傾向を示しているように見えますが、2000~2009年と2010~2022年における落馬率において若干の差異が生じた要因を考えてみましょう。

 

この要因として一つ考えられるのは、2012年には2011年における死亡事故を受け、コース全体の安全対策及び動物福祉が見直されていることでしょう*1。特に序盤の第1~4障害においては落馬率の低下が顕著で、第1障害の落馬率は2000~2009年では7.77%という非常に高い数値を叩き出していた一方で、2010~2022年は3.59%まで低下しています。上記の2012年の変更において、この第1/17障害は着地側が水平になるように修正されており、第1障害においてはこの修正が奏功したと考えたいところです。一方で第17障害の落馬率はほぼ変化はなく、これは前回記事において考察したとおり、この障害自体の難易度が低いことが原因でしょう。

第1障害と同様に、2000~2009年と比較して有意に2010~2022年の落馬率が低下している第3障害はOpen Ditchですが、この2012年の変更においては飛越側の目印となるボードが9インチから14インチへと変更されており、馬にとって飛越側の目印が認識しやすくなり、スタート直後のスピードが出ている位置に設置されている飛越の幅が求められる障害において、正確な飛越位置での飛越が比較的容易になったことが奏功したのかもしれません。

また、第4障害の落馬率も2.90%から0.90%、第20障害では4.17%から1.63%へと有意に低下又は低下傾向を示しておりますが、2012年の変更において、この障害の落馬率が高いことが問題視された結果、この障害の高さは5フィートから4フィート10インチに引き下げられています。必ずしも障害自体の大きさの低下は安全性の向上に繋がるものではないことはもはや言うまでもないことですが、この障害の高さの変更は直前の障害との流れを踏まえたものであり、出走馬がスムーズに障害に対応することを可能にすることを目的としたものであったようです。

さらに、Grand Nationalにおける最難関障害の一つとして名高いBecher's Brookの落馬率も有意な低下又は低下傾向を示しており、第6障害では5.47%から2.76%へ、第22障害では7.73%から3.13%へと低下していますが、2012年にはBecher's Brookの変更も大規模に行われており、着地側が4~5インチほど高くなるよう変更された他、コース内外における飛越地点と着地地点の高低差が修正されました。後者の修正により、馬群がコース全体に広がるようになったと言われています。第6障害における2000~2009年と2010~2022年の落馬率はp = 0.0559 > 0.05と統計学的に有意な差は付きませんでしたが、重複落馬のリスク自体は低下しているようで、2010~2022年の間に唯一の3頭以上の落馬が発生した2018年はこの障害でVirgilio、I Just Know及びHoublon Des Obeauxの3頭が落馬していますが、これらは独立した事象です。馬の疲労が蓄積している第22障害、すなわち2周目のBecher's Brookにおいて、顕著な落馬率の低下が認められているのは上記の障害自体の修正によるものでしょう。

なお、2周目のValentine's Brook、及びOpen Ditch(The Booth)における落馬率も有意な低下又は低下傾向を示していますが、2012年においてこれらの障害においては他の障害と同様に飛越側の目印となるボードが9インチから14インチへと変更されたのみであり、この落馬率の変化の理由は明らかではありません。Valentine's BrookはCanal Turnの後に設置されている障害で、1周目では十分なコーナーリングができる一方で、2周目で疲労が蓄積している状況では十分なコーナーリングが難しくなることで踏み切り地点の調整が難しくなっており、このボードの変更がこの問題を是正していた可能性も考えられますが、あくまで憶測の域を出ません。

 

Figure 7 2000~2022年のGrand Nationalの第8障害及び第15障害の飛越頭数

第8障害(Canal Turn)及び第15障害(The Chair)においては馬群が比較的密集していることから、他馬の煽りを食らった形での落馬リスクが高くなっています。Figure 6において、第8障害(Canal Turn)及び第15障害(The Chair)における2000~2009年の落馬率と2010~2022年の落馬率はほぼ同様か僅かに2010~2022年の方が高い数値を示していますが、これらの障害における平均飛越頭数を示したのがFigure 7です。エラーバーは標準誤差を示します。第8障害(Canal Turn)においては2000~2009年と比較して、2010~2022年で統計学的に有意な(p < 0.05)飛越頭数の増加が認められました。この20年間においてGrand Nationalの出走頭数はほぼ40頭と変化がないことを踏まえると、おそらく近年における前半の障害における落馬率の低下がこのような変化を生じたものと考えられます。第8障害(Canal Turn)において、2000~2009年において落馬した計12頭の半数は非常に特殊なGrand Nationalとなった2001年の6頭の重複落馬によるもので、それ以外の年は最大2頭の落馬に留まっていること、一方で2010年以降は2012年に5頭、2014年に4頭、2013年、2018年及び2022年に3頭の落馬が発生していることを踏まえると、前半の障害における落馬率の低下により第8障害の飛越頭数が増加し、第8障害(Canal Turn)における重複落馬のリスクは増加していることが推測されます。ただし、このCanal Turnは斜め方向に飛越することを強いられる障害であることを踏まえると、2012年における上記の踏み切り地点のボードの形状の変更が馬にとっての飛越位置の調節を容易にし、結果的に落馬率の変動をある程度相殺していた可能性があります。一方、第15障害(The Chair)における飛越頭数は2000~2009年と比較して2010~2022年の数値が上回っていますが、統計学的には有意ではなく(p = 0.081)、落馬率にも目立った差異はありません。ただし、The Chairもまた2012年に他の障害と同様に飛越側の目印となるボードが9インチから14インチへと変更されており、馬にとっては飛越位置の目測が立てやすくなっていることを踏まえると、この修正と若干の飛越頭数の増加傾向が落馬率の変動を相殺している可能性も考えられます。