にげうまメモ

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22/05/05 Aintree競馬場の"National Fence"の性質 ⑤

*Aintree競馬場の"National Fence"の性質

Figure 8 2010~2022年のNational Courseを使用する競走における落馬率

 

Table 1 2010~2022年のNational Courseを使用する競走における落馬率

前回記事に引き続き、National Courseを使用する他の4競走(Becher Chase、Grand Sefton Chase、Topham Chase、Foxhunter's Chase)を含めた落馬の発生傾向を考察します。障害の詳細は以下の記事を参照してください。

22/04/03 Grand National ③ - 障害 -  (にげうまメモ)

 

Figure 9 2010~2022年のNational Courseを使用する競走における落馬率

Figure 8の見せ方を変えたのがFigure 9です。ここでは、National Courseを使用する計5競走(Grand National、Becher Chase、Grand Sefton Chase、Topham Chase、Foxhunter's Chase)の1周目又は2周目に分けて、各障害における落馬率を集計しています。横軸はGrand Nationalにおける障害の飛越順に基づいて示しており、National Courseを使用する他の4競走(Becher Chase、Grand Sefton Chase、Topham Chase、Foxhunter's Chase)においては必ずしも各競走における飛越順を反映していないことに留意してください。また、Becher ChaseはGrand Nationalの第10障害地点から、Grand Sefton Chase、Topham Chase及びFoxhunters' ChaseはGrand Nationalの第13障害地点からスタートするため、必ずしも全ての障害において1周目及び2周目のデータが存在するわけではないことに留意してください。例えば、Grand Nationalにおいて第1/17障害として使用される障害は、Becher Chase、Grand Sefton Chase、Topham Chase及びFoxhunter's Chaseの2周目に飛越しますが(Becher Chaseでは第8障害、それ以外では第5障害)、その落馬率はそれぞれ0.52%、0.74%、0.94%及び0.74%となっています。上記Figure 9を表形式にしたのが以下のTableです。

Table 2 2010~2022年のNational Courseを使用する競走における落馬率

 

Grand Nationalにおいて第1/17障害として使用される障害は、Grand Nationalの2周目及び他のNational Courseを使用する競走と比較すると、Grand Nationalの第1障害においては特異に高い落馬率(3.59%)を示します。Grand Nationalの第1障害における落馬率は第17障害の落馬率(0.32%)と比較して有意に高く(p = 0.00270)、これは2000~2022年及び2000~2009年におけるデータと同様の特徴です。また、この障害はBecher Chaseにおける落馬率(1/193)及びTopham Chase、Grand Sefton Chase並びにFoxhunters' Chaseにおける合算値(6/724)と比較しても*1、Grand Nationalの第1障害においては有意に高い落馬率(p = 0.00067)を示しました。これまでにも何度も考察してきたとおり、"Grand National"の"第1障害"という特殊な状況がこの障害の難易度を引き上げていることは明らかであると考えてよいでしょう。Becher Chase、Topham Chase、Grand Sefton Chase並びにFoxhunters' Chaseにおいてこの障害は第8障害又は第5障害として使用されておりますが、この地点ではThe ChairやWaterをはじめとする障害を飛越し既にレース自体は落ち着いてくるフェーズに入っていることから、特段障害の形状に難易度を引き上げる要素のないこの障害は、これらの競争においては決して難易度の高い障害ではありません。

Grand Nationalにおいて第2/18障害として使用される障害は、Grand Sefton Chaseにおいては2.24%、Foxhunters' Chaseにおいては4.12%と、やや目立った落馬率を示しています。この理由は定かではないですが、2010年及び2016年のFoxhunters' Chaseにおいてはそれぞれ重複落馬を含む3頭が落馬しており、これはあくまで誤差の範囲であると考えてよいでしょう。Grand Nationalの第2障害及び第18障害、その他4競走におけるこの障害の落馬率において、Bonferroni補正を行ったカイ2乗検定による有意な差は認められません(p = 0.023)。また、少なくとも現段階の考察において、特段この障害において特異に重複落馬を引き起こす要因は見当たりません。

Grand Nationalにおいて第3/19障害、第4/20障害、第5/21障害として使用される障害において、Grand Nationalの1周目と比較してややGrand National以外の4競走における落馬率は高い傾向が見て取れますが、Bonferroni補正を行ったカイ2乗検定において有意な差(p < 0.003)はありません。これは次のBecher's Brook及びFoinavonにおいても同様です。ただし、第4/20障害におけるGrand Nationalの1周目と他の4競走及びBecher Chaseを除く3競走を合算した落馬率にはそれぞれ有意な差(p < 0.05)が認められました。また、第5/21障害におけるGrand Nationalの2周目と他の4競走及びBecher Chaseを除く3競走の落馬率の合算値にも同様の特徴が認められました。おそらく、各レース単独のデータを用いた場合はサンプル数が十分ではない可能性が考えられます。このような落馬率の差が生じた要因は明らかではありませんが、Grand Nationalの第4障害においてはスタート直後のスピードの高さ等に起因した混沌とした状況が落ち着いてくること、先の記事で考察したとおり、Grand Nationalの第21障害の飛越に際しては飛越に対して保守的に意識が向く可能性があることが比較的落馬率を押し下げている要因として考えられます。

Becher's Brook及びFoinavonにおいて、Grand Nationalの1周目及び2周目、並びにNational Courseを使用する他の4競走(Becher Chase、Grand Sefton Chase、Topham Chase、Foxhunter's Chase)における障害の落馬率について、Bonferroni補正を行ったカイ2乗検定において有意な差(p < 0.003)はありません。Grand Sefton ChaseにおいてBecher Chaseの落馬率が1.71%とやや低いのは気になりますが、あくまで誤差の範囲でしょう。

続くCanal Turnでは、前の記事で考察したとおり、Grand Nationalの1周目(第7障害)における落馬率は5.24%とかなり高く算出されている一方、2周目(第24障害)における落馬率は0.38%と最低レベルです。他の4競走(Becher Chase、Grand Sefton Chase、Topham Chase、Foxhunter's Chase)における落馬率は、3.07%、3.54%、4.38%及び4.21%と、いずれもGrand Nationalの1周目と同様の傾向を示しました。上記6サンプルにおいて、Bonferroni補正を行ったカイ2乗検定により有意な差(p < 0.003)が認められ、Grand Nationalの2周目における落馬率と、他の4競走及びBecher Chaseを除く3競走を合算した落馬率にはいずれも有意な差(p < 0.05)が認められました。Becher ChaseではこのCanal Turnは第15障害、残りの3競走ではいずれも第12障害として使用されますが、全てGrand Nationalの1周目と同様の数値となっていることは興味深い事象ですね。やはり"Grand National"の2周目というのはそのレース条件も相まって、他の競争にはない特異な状況が作り出されていると考えた方がよさそうです。

Figure 10 2010~2022年のNational Courseを使用する競走におけるCanal Turnの飛越頭数と落馬率

Figure 10にGrand Nationalの1周目、Becher Chase、Grand Sefton Chase、Topham Chase、Foxhunter's ChaseにおけるCanal Turnについて、横軸に飛越頭数、縦軸に落馬率をプロットしたものを示します。なお、Grand Nationalの2周目におけるCanal Turnのデータは上記5障害とは状況が大きく異なることから除外しました。回帰分析によりこの障害における落馬率と飛越頭数の線形近似直線を算出すると決定係数が0.87となり、飛越頭数の増加に伴って落馬率が増加する傾向があることがわかります。

Figure 10-2 2010~2022年のNational Courseを使用する競走におけるCanal Turnの飛越頭数と落馬頭数

同様に、2010~2022年のGrand Nationalの1周目、Becher Chase、Grand Sefton Chase、Topham Chase、Foxhunter's ChaseにおけるCanal Turnについて、横軸に飛越頭数、縦軸に落馬頭数をプロットしたものを示します。相関係数を算出すると0.4014となり、飛越頭数と落馬数には正の相関があることがわかります*2。このCanal Turnの落馬における支配的な要因は、以前から考察しているとおり馬群が内側に密集することによる重複落馬のリスクであり、当該リスクは飛越頭数が増加に伴って増加することが想定されることから、上記のデータもこの仮説を裏付けるものと考えられます。

 

Grand Nationalの第9/25障害として使用されるValentine's Brookは障害の着地側に"Brook"が存在する巨大な障害ですが、Grand Nationalにおける落馬率は決して高くはありません。Grand Nationalの第9障害及び第25障害として使用される際の落馬率と比較して、Becher Chase、Grand Sefton Chase、Topham Chase及びFoxhunter's Chaseにおける落馬率は若干高い傾向がありますが、Bonferroni補正を行ったカイ2乗検定により有意な差(p < 0.003)はありません。ただし、Grand Nationalの2周目、すなわち第25障害における落馬率と比較して、他の4競走及びBecher Chaseを除く3競走を合算した落馬率にはいずれも有意な高値(p < 0.05)が認められました。Grand Nationalの1周目、すなわち第9障害における落馬率との比較において有意な差は認められず、このような傾向が発生した理由は明らかではありませんが、このGrand Nationalにおける第25障害は第24障害と同様の落馬率を示しており、この障害が設置されている箇所はレース終盤に差し掛かる場面ではありますが、この地点では特段リスクを冒して前に出ていくことが少ないことがこのような落馬率を生じている要因なのかもしれません。Grand Nationalでは、ここから残り3障害地点となる第27障害をピークに落馬率が上がっていることを踏まえると、Canal TurnからValentine's Brookを通過する地点というのは最難関であるBecher's Brookを越え、レースの展開としてやや落ち着くタイミングなのかもしれません。これとは別に、落馬率を引き上げるなにかしらの要因が他の4競走(Becher Chase、Grand Sefton Chase、Topham Chase、Foxhunter's Chase)には存在することが想定されますが、この要因は明らかではありません。

 

Grand Nationalの第10/26障害として使用される障害はBecher Chaseの第1/17障害として使用される障害で、以前にも考察したとおりBecher Chaseの第1障害では際立って高い落馬率(4.57%)を示します。Grand Nationalの第10/26障害、Becher Chaseの第1/17障害、Grand Sefton Chase、Topham Chase、Foxhunter's Chaseの第14障害の落馬率について、Bonferroni補正を行ったカイ2乗検定により有意な差(p < 0.00238)が存在しますが、これはBecher Chaseの第1障害として飛越する際の落馬率によるものであることは明らかでしょう。Becher Chaseの第1障害を除くと、これらの5つの障害における落馬率について有意な差異は認められません。Foxhunters' Chaseの落馬率が微妙に高いのが気になりますが、この障害自体は5フィートの高さを誇るものの、特段それ以外に落馬率を引き上げるような要因はありません。

Grand Nationalの第11/27障害として使用される障害は"The Booth"とも呼ばれるOpen Ditchで、Grand Nationalにおいては終盤の難所として知られています。この障害の取り巻く環境は複雑で、Grand Nationalの1周目に存在する場合は1周目の終盤のレースが比較的落ち着いた箇所に存在することから特段の問題にはならないようですが、Grand Nationalの2周目の場合、疲労が蓄積した馬にとっては飛越の幅が求められる大型の障害という難所へと、大きくその表情を変貌させます。Becher Chaseの第2障害として使用される場合、スタート直後のスピードが出ている場面に待ち構えている大型障害となるようですが、一方でBecher ChaseやGrand Sefton Chase、Topham Chase、Foxhunter's Chaseといった競走でも終盤の残り4障害地点として使用される障害となります。これは落馬率にも表れており、Grand Nationalの第11障害における落馬率は0.78%である一方で、Grand Nationalの第27障害の落馬率は3.10%と、この落馬率の間には統計学的に有意な差(p = 0.026)が存在します。また、Becher Chaseの第2障害として使用される場合も2.87%と比較的高い落馬率を誇るようで、Grand Sefton Chase、Topham Chase及びFoxhunters' Chaseの残り4障害地点として使用される場合も、それぞれ1.96%、4.24%、2.16%と高い落馬率を示します。興味深いのがBecher Chaseで、この競走においては2010~2021年において1頭の落馬も発生していません。本来、残り4障害地点として使用される場合はこの辺りからスパートをかけていくことが多く、このOpen Ditchにおいてはリスクの高い飛越が要求されることが特徴なのですが、Grand Sefton Chase、Topham Chase及びFoxhunters' Chaseとは大きく違った傾向が認められた理由は定かではありません。Becher Chaseは3マイル超の競争である一方で、Grand Sefton Chase、Topham Chase及びFoxhunters' Chaseは2マイル5ハロンの競争であり、レースの性質や出走馬の特性の違いが存在する可能性もありますが、いずれにせよ更なる考察が必要です。

Grand Nationalの第12/28障害として使用される障害は、Becher Chaseの第3/19障害として使用される障害でもあり、この障害は着地側に空壕が設置された障害ではありますが、各競走における落馬率について統計学的な解析を踏まえても特段の特性の違いはありません。Grand Nationalの第13/29障害として使用される障害は、Grand Sefton Chase、Topham Chase及びFoxhunters' Chaseの第1障害として使用される障害でもあり、既に考察したとおりこれらの競争の第1障害として使用される場合、Grand Sefton Chaseを除きやや傾向が異なっています。Grand Nationalの第14/30障害として使用される障害は各競走における最終障害として使用されますが、興味深いことにこの障害での落馬は殆ど発生していません。以下の記事にて考察したとおり、National Fenceを使用する競走は一般的なChaseのハンデキャップ競走とは大きく性質が異なっていることから、おそらくそのようなレースの性質の違いが最終障害における落馬率の低下に繋がっているものと考えられます。要するに、最終障害に至るまでの障害において落馬の発生はほぼ頭打ちの状態になっているのでしょう。以下に記事中で使用したFigureを再掲します。

22/01/15 完走率に基づく各国主要障害競馬の性質 ④ - Cross Country / National Fence -  (にげうまメモ)

Figure 11 National Fenceを使用するレースの完走率・落馬率・途中棄権率

 

スタンド前に設置されたWater Jumpにおける落馬は非常に稀で、2010~2022年の各競走においても2019年のTopham ChaseにおけるMore Buck'sが他馬の煽りを食らった落馬が唯一のアクシデントとなっています。The Chairは飛越側に巨大な空壕を有する障害で、高さ・幅ともにNational Courseにおいて最大の巨大な障害です。この障害においてはGrand Nationalの第15障害として使用された場合の落馬率は3.78%と最も高い数値を叩き出している一方で、Becher Chaseでは2.97%、さらにTopham Chase、Grand Sefton Chase及びFoxhunters' Chaseでは第3障害として使用されるにも関わらず、それぞれ1.47%、1.53%、1.10%と目立った落馬率ではありません。この障害の落馬率について、Bonferroni補正を行ったカイ2乗検定により有意な差は認められず、回帰分析に基づくと特段の飛越頭数との相関もなさそうです(data not shown)。Grand Sefton Chase、Topham Chase及びFoxhunters' Chaseの合算値とGrand Nationalの落馬率についてはカイ2乗検定に基づく有意な差が存在するようですが(p = 0.0091)、この理由は明らかではありません。この障害は障害自体の難易度はもちろんのこと、多頭数が狭いコースに密集することによる多重落馬のリスク、各レースにおける設置場所付近のレース展開の差異、直前の連続する障害が難易度を下げる方向に並んでいること等、非常に多数の要因が複雑に絡み合っており、その落馬における支配的な要因を考察することは困難であると考えられます。

*1:これらの3競争において第5障害として使用されることから合算値を使用しました

*2:Excel(エクセル)の関数による相関係数の求め方とグラフの作り方