にげうまメモ

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2022/12/24 Japanese Racing - The Nakayama Daishogai / 中山大障害

Nakayama (JPN) Good to Firm

The Nakayama Daishogai / 中山大障害 (G1)

International, Special Weight, 3-Year-Olds & Up, Open Class, Value of race: 126,050,000 Yen 4100m (Replay)

1. ニシノデイジー J: 五十嵐雄祐 T: 高木登

6. オジュウチョウサン J: 石神深一 T: 和田正一郎

中山グランドジャンプの5連覇を含む計6勝(2016-2020、2022)、中山大障害の計3勝(2016-2017、2021)、JRAにおける日本調教馬最高齢(11歳)G1勝利など、前人未到の記録の数々を打ち立ててきたオジュウチョウサンの引退レースということで注目が集まっていた。一応、中山大障害に限っていえば2021年から連覇、さらには2022年は障害G1完全制覇がかかっていたのだが、あまりにも巨大過ぎる偉業を成し遂げてきたこの馬にとってその程度の記録はもはや言及するに値しないものであることは明白であった。新型コロナウイルス感染症の影響による厳しい入場制限の時代を乗り越え、2022年12月現在においてはJRAの競馬開催にも多くの観客を受け入れることができるようになっており、この日本競馬史に燦然と輝く歴史的名馬が走る最後の姿を見ようと多数の観客が中山競馬場に集まった。オジュウチョウサンのグッズがワゴンに山と積まれたターフィーショップには長蛇の列が作られたほか、至る所にオジュウチョウサンのぬいぐるみを手にしたファンが見られたこと、更には本馬場入場における出走馬紹介においてはこの馬だけに場内から大きな拍手が送られるなど、この日の競馬開催においてはこの馬の影響力の大きさを感じさせる光景が数多く作り出された。なお、この日の全レース終了後にはオジュウチョウサンの引退式も実施されたそうだ。

前評判としてはそのオジュウチョウサンが一番人気となっていた。対抗角として、2021年の中山大障害 (G1)、2022年の中山グランドジャンプ (G1)で連続で2着に入っているブラゾンダムール、さらには東京ハイジャンプ (G2)で快速馬ホッコーメヴィウスを退けて快勝した上がり馬ゼノヴァースが人気を集めていた。もともとはオジュウチョウサンがやや抜けた人気ではあったもののレース直前になってこのブラゾンダムール及びゼノヴァースが売れきたようで、結果的にはこの3頭でほぼ三つ巴といった印象の前評判であった。やや離れて2020年の中山大障害 (G1)及び2021年の中山グランドジャンプ (G1)の2着馬ケンホファヴァルト、もともとは札幌2歳ステークスなどを制した平地の活躍馬で、今年に入って障害戦へ転向してきた上がり馬のニシノデイジーが連下候補といった評価であった。

 

レースはスタート直後から大江原騎手のビレッジイーグルが例によって前に出ていく展開で、好位からアサクサゲンキ、ケンホファヴァルト。オジュウチョウサンは好スタートを切るも引いて2列目から進める。第3障害の生垣を越えたあたりで外からゼノヴァースが上がってきて好位につける。その後ろからオジュウチョウサン、アサクサゲンキ。中段からニシノデイジーマイネルレオーネ、テイエムの2頭など。例によってブラゾンダムールは最後方からのレースとなる。

難関障害とされる大竹柵は全馬特に問題なく突破。相変わらずビレッジイーグルがゆったりと逃げる展開で、後方にいたブラゾンダムールが何頭か交わすも前には肉薄せず。中段にいたニシノデイジーがやや位置を上げ、大生垣を越える地点では前のビレッジイーグル及びケンホファヴァルトに並んでいく。

二つ目の難関障害とされる大生垣は全馬特に問題なく突破。ここでケンホファヴァルトが前に出てくるも、直後の生垣を越えたあたりで内からニシノデイジーが先頭に代わり、ビレッジイーグルは好位に後退。オジュウチョウサンは特に動きなくその後ろ。ニシノデイジーはついてきたケンホファヴァルトを振り切ると、そのまま後続にリードをとって逃げ込み体制に入る。最終障害のあたりからゼノヴァース、さらにマイネルレオーネなどが進出。オジュウチョウサンも押し上げを試みるもなかなか前との差は詰まらない。ダートコースを横切る地点でも後続にリードを取っていたニシノデイジーの逃げ足は直線に入っても衰えず、そのままゼノヴァースに3馬身差をつけて勝利した。オジュウチョウサンは6着の入線となった。

 

大江原騎手が騎乗したビレッジイーグルは逃げる競馬で結果を残してきたタイプであり、2021年の中山大障害以降、この中山のG1に関しては皆勤賞となるこの路線の常連である。ただしどうやら気を抜いて走るところがあるようで、今回も例によって先手を取ったはいいものの、そこからはペースを落としてのんびりとレースを運んでいる。まだ5歳と可能性のある馬で、G1出走機会3戦全てで5着と頑張っているのは大したものなのだが、結果的にはこのビレッジイーグルと大江原騎手が作り出した前半のレース展開が後半における一気のペースアップを許すことになった。

ニシノデイジーは障害入り4戦目にも関わらず堂々たる競馬で頂点に立った。今年の6月の府中における障害未勝利戦で勝ち上がってきた馬で、初のオープンとなった前走の秋陽ジャンプステークスは2着であった。どうやら前走の敗戦を踏まえてオーナー及び調教師サイドとしては大障害参戦は念頭になかったそうで、今回の参戦は五十嵐騎手の進言によるものであったようだが*1、今回のレース運びも含めて五十嵐騎手のファインプレーが実る結果となった。中山は初参戦であることをはじめこの中では相対的に障害経験には乏しく、どうにも第1障害にて踏切位置が遠すぎたりと危なっかしいところはあるのだが、とはいえそれでも前半のスローペースを我慢しながらじわじわと進出し、大生垣のあたりから一気のロングスパートをかけて押し切るのだから大したものだろう。かなりの早仕掛けであったこともあってゴール直前はさすがに脚が上がり気味なのだが、とはいえこの馬の能力を信じて強気に出していった五十嵐騎手渾身の騎乗が実る結果となった。希代の絶対王者として君臨したオジュウチョウサンの引退レースにおいて、新たなチャンピオンがオジュウチョウサン顔負けのロングスパートという障害馬らしいレースをして勝ち切ったことはやはり喜ばしいことであるが、なによりもオジュウチョウサンが去ったあともまた、この中山の大障害コースをフルに走り切るだけの持久力と精神力を持った日本競馬屈指の強靭なステイヤーたちによる本格的で障害競馬が展開される未来を期待させるものであった。

ニシノデイジーの母方にはニシノフラワーニシノミライ、ニシノヒナギクという西山牧場に所縁のある馬たちが名を連ねており、特にニシノデイジーの母母父にはセイウンスカイの名前も存在する。現在は大きく衰退してしまったHyperionの直系であるセイウンスカイは障害種牡馬としてアイルランドに活動の場を移す話もあったようで、セイウンスカイを含めてこのオーナーには非常に縁の深い血統から、このような活躍馬が現れたことはやはり喜ばしいものである。父*ハービンジャーの産駒としてはケイティクレバー、ヨカグラに続く重賞勝ち馬でとなった。Danehill - DansiliのラインとしてはZacintoが2021年のGreat Northern Steeplechaseを制したTe Kahuを送り出した程度でまだ全体的に小粒なのだが、とはいえやはりDanehillの系統全体としてはさすがに役者が多く、イギリス・アイルランドで大きな存在感を誇るJeremyを筆頭に、MastercraftsmanTiger Hill、Westerner、Champ Elysees、Dylan Thomasなど成功した種牡馬は数多く存在する。ニシノデイジー自身には気性的な問題はありそうなのだが、とはいえこのような貴重な血統を有する馬である以上、その将来には多くの可能性を期待したいところである。

上がり馬ゼノヴァースは見せ場を作った。母Rhythm of Lightはイギリス、フランス、トルコ、アメリカ等で結果を残した平地の実績馬で、さらに父はディープインパクトとかなりの良血馬である。これが初めての大障害であったが、特段飛越に問題がある箇所はなく、ニシノデイジーの五十嵐騎手の好騎乗に屈したものの、この馬もまた安定したレース運びを見せていた。好位で淡々とリズムよく進めつつ、最後は追いかけてきた後続を完封する走りを見せており、内容的にはこの馬もまたチャンピオンに手が届く能力を持っていたと言えよう。まだ5歳と若い馬で、ディープインパクト産駒らしい緩さはありそうなのだがこれからが楽しみである。なお、ゼノヴァースの母父Beat HollowはSadler's Wellsの産駒で、障害種牡馬としてはMinella Indo、Wicklow Brave、Not So Sleepyといった活躍馬を送り出しており、父ディープインパクトとはいえ母系による裏付けもありそうだ。例によって最後だけ脚を延ばしてきたのが今年で引退となる植野騎手を乗せたマイネルレオーネで、ゼノヴァースから差のない3着に入った。ただし中山グランドジャンプでも同じように最後伸びてくるというレースで、今回は最終コーナーの地点で下がってくる馬を避けながら進路を探す不利もあり、決してレース運びとしては褒められたものではなかった。10歳と年齢は重ねているが馬は若いとの騎手の弁で、展開次第ではまだチャンスがありそうだ。

道中のレース運びからすると絶望的な位置から伸びてきたのがマッスルビーチで、前半はもたもたとレースを進めていたのだが、終盤では一気に進出して4着まで食い込んだ。前半がまともであればもう少しやれた可能性もあるが、6歳で重賞実績もなく、さらに初の大障害の馬としては上出来だろう。父メイショウサムソンとSadler's Wells - *オペラハウスの直系で、本来であれば欧州障害競馬で走っているべきであったような父系の出身だけになんとか頑張ってほしい。人気になっていたブラゾンダムールは全く何もできなかったが、例によって西谷騎手が進出していく地点で五十嵐騎手によるロングスパートが開始されており、さすがにこれではどうしようもない。このような後方から押し上げていくタイプの馬はラップの推移によってなにもできないことが往々にしてあるが、これは典型的な負け方であろう。ここまでのレース運びを見る限りでは西谷騎手にはより柔軟なレースに対応できるよう戦術を変えて乗ろうという感もなさそうで、これからも展開次第というところはありそうだ。小牧騎手の初の大障害ということで注目を集めたケンホファヴァルトは積極的に進めたが、最後は脚が上がって大敗に終わった。この馬の性質からするとニシノデイジーのスパートには付き合うべくして付き合ったといったところで、この馬の全盛期であればもう少し抵抗することができたように思うのだが、こればかりは9歳という年齢もあるかもしれない。今年は小倉サマージャンプ (G3)を連破して挑んだアサクサゲンキはじわじわと位置を下げ、最終障害で落馬に終わったようで、そもそも中山の大障害というのは馬の適正外のようだ。

 

オジュウチョウサンは例によって石神深一騎手とのコンビでいつも通りのレースをしたが、大生垣を越えるあたりから石神騎手がいつもとは飛越コースを変えたりと不穏な気配が漂い始め、石神騎手が馬を促していくも前に迫ることはできず、そのまま伸びずに6着に終わった。前走の東京ハイジャンプ (G2)でもやはり好位から進めるもそのままずるずると脱落するというレース運びであり、今回も同様のレースとなった。負け方としては典型的な高齢のG1馬のもので、すなわちイギリスかアイルランドであれば"needs a longer trip"とか言われたり、しれっと翌年1月のGrand NationalのEntriesの11st台に入っていたりするといったところで、馬自身は真面目に走っていたようだがさすがに11歳と年齢もあって瞬間的なスピード性能にはかなりの衰えがあったようだ。もともとは障害馬にとってはたったの2500メートルという短い距離を走る有馬記念でも差のない9着に入ったほどのスピードを持った馬だが、いくらなんでも11歳となったこの馬にとって、前半のスローペースから6歳のニシノデイジーのロングスパートについていくのは厳しかったものと思われる。希代のステイヤーであるこの馬にとって前半から積極的にレースの展開を握り緩みのないペースを作っていけばチャンスはあった可能性もあるのだが、とはいえ走り慣れたこのコースでの戦術をこの引退レースの大一番で変えよというのは酷な話である。それでもレース運びからするとまだチャンスはあっただろうと思わせる走りで、2014年から障害競馬で走り続け、長年チャンピオンとして君臨してきた11歳馬が引退レースに至るまでこれだけのレースをするというのはやはり驚異的である。この日はこの馬に率いられて大障害の出走馬が障害コース入りをしたシーンが象徴的であったように、この馬が日本障害競馬界を長年にわたって牽引してきた事実はもはや疑いようがなく、この日中山競馬場に集まった大観衆、オジュウチョウサンのぬいぐるみを持った多数の競馬ファン、この日の中山競馬場で作り出された日本障害競馬の人気と盛況ぶりを示すこれらの光景はひとえにこの馬と関係者による功績であったと言えよう。残念ながら一時代の終わりというものは常に来るものだが、この馬にとっても、日本競馬界にとっても、その先が明るいものであることを願いたい。

なお、中の人はアトリエReinaを見るために引退式はネット配信に切り替えて早々に中山を後にした*2。引退式では時代錯誤のオーナーが例によって余計なことを言って大多数のファンの不興を買ったようだが、もはや言及する価値もないことである。

 

東京スポーツ杯2歳ステークス当時のニシノデイジーの写真が出てきた*3。こうして見返すと馬の表情はずいぶん変わっている。

*1:https://news.netkeiba.com/?pid=news_view&no=217864

*2:放送中ではコメントを拾っていただいたのですがこんなのでほんとすみません。

*3:さらに言えば、2022年の障害初勝利を挙げた際も中の人は府中競馬場に行く予定があったのだが、日曜朝9時半の上田麗奈のひみつばこ(リピート放送)にすら起床できない程度の信仰心しか持たない中の人にとって、朝10時10分に府中競馬場に行くなど不可能であった。