以下、当記事ではイギリス・アイルランド以外の欧州各国における主要競馬場の概要を提示する。
*フランス
フランスには全国の競馬場の数は平地・障害・速歩を合わせて合計で240カ所以上が存在すると言われているが*1、その中にはAuteuilのような都市型の競馬場から、年間の開催数はごく僅かで地元のボランティアによって管理がされているような素朴な競馬場も存在し、その多様性は驚くべきものがある。生垣障害を中心に美しく多様な障害の数々が設置された緑溢れるコースはイギリス・アイルランドとは明らかに異なる性質を有しており、その多様性はCrystal CupやTrophée National du Crossの各競走から垣間見ることが可能である。
Auteuil競馬場(Jump, Left-handed)
〇 Auteuil Racecourse(France Galop)
- Grand Steeplechase de Paris(5月)
- Les 48 Heures de I'Obstacle(11月)
AuteuilはパリPorte d'Auteuilに設置されている競馬場で、フランスで行われる全てのG1競走と殆どのG3以上の競争を開催するフランス障害競馬の中心的な存在である。Auteuil競馬場は都市型の競馬場として1873年に開設され、そこにはスタンド前の巨大な生垣障害(Rivière des Tribunes)や"Juge De Paix"と呼ばれるOpen Ditchをはじめとする世界トップクラスの難関障害を備えた世界有数のSteeplechaseコースが存在する*2。コースは全体としては八の字状で、広い幅員、長い直線と緩やかなコーナーを備え、起伏は殆どなく平坦なコースであり、フランストップクラスの高水準のスピードの持続性能が要求される。競馬開催シーズンは春と秋であり、基本的にはフランス障害競馬の各路線において、春秋でそれぞれ1レースずつG1競走が行われている。なお、直線は左回りとなるが、コースによっては右回りのコーナーが含まれる場合もある。
*イタリア
Merano競馬場(Mixed, Right-handed)
- Grande Steeplechase D'Europa(6月)
- Gran Premio Merano(9月)
イタリアではMerano、Milano(San Siro)、Treviso、San Rossore等で障害競馬が行われている。基本的には年間を通じてどこかしらで開催が行われているが、その中心的な存在であるMerano競馬場は5~10月にかけて競馬開催が行われる。北イタリアのアルプスの麓に存在するMeranoは温泉保養地として知られており、1935年に設置されたMerano競馬場はアルプスの頂を見上げる緑溢れる美しい景観を誇る。その中心的な開催は9月末のGran Premio Merano Alto Adigeであり、土日の2日間に渡って行われるこの開催では、イタリアSteeplechaseの最高峰であるGran Premio Merano (G1)をメインレースに、イタリア障害競馬の主要競争の数々が行われ、地元イタリアのみならず、チェコ、フランス、スロバキア、ポーランド、スイス等から参戦馬を集める世界有数の国際的な障害競争が行われる。その障害コースは直線部分こそ右回りとなるものの日本等と比べると遥かに複雑怪奇であり、そこにはArginello Grande、Oxer Grande、Fence Grande、Doppio Travone、Siepone Verticaleといった高さ180cmを越える聳え立つ巨大な生垣障害が設置されている*3。さらに複雑怪奇なのはCross Countryで、その中にはDoppia Gabbia Di Siepiと呼ばれる3連続生垣障害はこのMerano競馬場にしか存在しないものである*4*5。
*チェコ
Pardubice競馬場(Mixed, Right-handed)
〇 Dostihový spolek, a.s(Pardubice Racecourse)
- I. kvalifikace na Velkou pardubickou se Slavia pojišťovnou(5月)
- II. kvalifikace na Velkou pardubickou se Slavia pojišťovnou(6月)
- III. kvalifikace na Velkou pardubickou se Slavia pojišťovnou(8月)
- IV. kvalifikace na Velkou pardubickou se Slavia pojišťovnou(9月)
- Velká pardubická se Slavia pojišťovnou(10月)
チェコではPardubice、Lysá nad Labem、Slušovice、Praha等で障害競争が行われているが、そのCross Countryにおける主要競争の殆どはPardubiceで行われる。Prahaから東に電車で1時間ほどの場所にあるPardubiceは競馬とジンジャーブレッド(Perník)で有名であり、馬はPardubiceの市章にも使われているほか、その形を模したジンジャーブレッドが売られている。Pardubice競馬場は10月にチェコ競馬最高峰の競争として行われるVelká Pardubickáで有名であり、この競走は世界一タフな競馬としてその名前を世界的に広く知られている。この開催はチェコにおいては高い人気を誇り、この開催においてはチェコ国内のみならず、ヨーロッパ各国から多数の観客を集める。緑溢れる美しいPardubice競馬場には多数の生垣障害を利用したCross Country Courseが設置されており、競馬場自体は長方形で起伏のない平坦なものだが、その複雑な走路は障害の難易度の高さも相まって世界トップクラスのCross Country Courseである。なお、スタンド前の直線走路及びHurdle / Steeplechaseは右回りとなる。
*ポーランド
Wrocław競馬場(Mixed, Right-handed)
〇 Wrocławski Tor Wyścigów Konnych - Partynice
- Wielka Wrocławska(9月)
- Crystal Cup(10月)
ポーランド障害競馬の中心はWrocławであり、Warszawaでも障害競争は行われているが、年に数回Hurdle競走が実施されている程度である。ポーランド西部のWojewództwo dolnośląskie(ドルヌィ・シロンスク県)、Warszawaから電車で5~6時間ほどの場所に位置するWrocławは歴史上、オーストリア帝国、ドイツ、ボヘミア等の一部となっていたが、第二次世界大戦以降はポーランド領であるようで、その文化的多様性に裏付けられた独特の文化が形成されているそうだ*6*7。スタンド前に設置されたSkok trybunowyは高さ220cm、幅220cmの生垣の後ろに、最大で深さ90cmの250cmの空壕をも誇る巨大な障害であり、この障害はWrocław競馬場で行われるSteeplechaseの2大競争であるWielka WrocławskaとCrystal Cupにおいてのみ使用される。緑豊かな美しい競馬場は平坦なコースであるが、Steeplechaseとして行われる競走ではCross Country的な性質を有する複雑なコースが設定されている。ポーランド障害競馬は主にチェコから多数の参戦馬を集めるが、スロバキア、イタリア、スウェーデン等の調教馬が参戦することもある。
*ベルギー
Waregem競馬場(Mixed, Right-handed)
- Waregem Koerse(8月)
ベルギーにおいて障害競馬は8月末に開催されるWaregem Koerseにて計3~4競走が行われるのみであり、その出走馬も殆どがフランス調教馬が占める。Waregemはベルギー北西部のWest-Vlaanderen州に位置する町であり、BrusselよりはむしろフランスLilleの方が近い位置にある。Waregem Koerseは2022年で175周年を迎えた歴史のある祭典であるが、毎年数多くの観客を集める熱気のある開催である。Waregemの障害コースには大型で本格的な生垣障害が多数設置されており、特に競馬場を横切る小川を利用する形でスタンド前に設置された"The Gaverbeek Brook"と呼ばれる水壕障害は世界最大の水壕障害とも言われている。
*ドイツ
Bad Harzburg競馬場(Mixed, Right-handed)
〇 Harzburger Rennverein e.V. 1880
- Bad Harzburger Galopp-Rennwoche(7月)
ドイツの年間の障害競馬は2022年現在では数える程度であり、Bad Harzburgの、Quakenbrück、及びHonzrathのAll Weather Steeplechase程度である。もともとはMannheim、Hamburg、Zweibrücken、Bremen、Hannover、Verden等で活発に障害競馬が行われていたが、特に新型コロナウイルス感染症の影響を大きく受けた2020年は年間2レースと、ここ10年程度でめっきりその数を減らしている。ドイツには"Seejagdrennen"と呼ばれるドイツ特有の障害競争が存在し、これはコースの途中で池を泳いで渡る必要があるもので、2022年においてはBad Harzburg競馬場及びQuakenbrück競馬場において行われた。ドイツ調教馬はかつてはイタリアやスウェーデンの大レースでも結果を残しており、ドイツ生産馬もまたイギリス・アイルランドを含む周辺各国で活躍しているように、競馬開催国としてドイツが障害競馬において高いポテンシャルを有していることは疑いようがない。その来るべき復活に向けて、上記Bad HarzburgやQuakenbrück等の障害競馬開催は貴重な砦である。
*スウェーデン
Strömsholm競馬場(Jump, Left-handed)
〇 Svenskt Grand National på Strömsholm(Svensk Galopp)
- Svenskt Grand National(6月)
スウェーデンの障害競争は近年新たにオープンした近代的な障害コースを有するBro Park*8で主に行われており、その他Göteborg、Strömsholmでも行われているが、その大半はBro Parkでの開催であり、Strömsholm競馬場の開催数は数える程度である。しかしながら、Svenskt Grand National及びSvenskt Champion Hurdleのスウェーデン最高峰の競争はいずれもStrömsholm競馬場で行われている。川のほとりの森の中を走るStrömsholm競馬場には大型で迫力のある生垣障害が設置されており*9*10、毎年チェコやドイツといったスウェーデン国外からの参戦馬も集める国際的な競争となる。森の中でピクニックを楽しみながら競馬を観戦するスタイルのこの開催には数多くの観客が参加する。なお、ゴール地点では左回りとなるが、コースは複雑で右回りのコーナーも多数存在する。
*1:フランス競馬の概要:フランス競馬 各国の競馬 海外競馬発売 JRA
*2:Hippodrome d'Auteuil — Wikipédia
*3:https://ippodromomerano.it/la-struttura/
*4:https://ippodromomerano.it/area-tecnica/
*5:フランスLe Pin Au Harasにも同様の障害が存在するが、Merano競馬場の障害はLe Pin Au Harasよりも遥かに狭い間隔で設置されたものである。
*8:https://galoppen.se/bro-parks-hinderbanor/
*9:https://galoppen.se/grand-national/
*10:Grand National-banan hinder för hinder - Svenskt Grand National - Svensk Galopp