にげうまメモ

障害競馬の個人用備忘録 ご意見等はtwitter(@_virgos2g)まで

23/08/11 イギリスの"All Weather Steeplechase"に関する覚書 ③

*イギリスの"All Weather Steeplechase"に関する覚書

イギリスAll Weather Steeplechaseの開催は、1994年2月24日におけるLingfield競馬場の開催が最後である*1。同開催の第1レースであるConditional Jockeys' Claiming Handicap Hurdleにおいて、先頭を走っていたWar Beatが最終障害で落馬した結果死亡した事故*2を踏まえ、British Horseracing Board(現British Horseracing Authority:BHA)が当該シーズンにおけるAll Weather Steeplechase開催の中止及びAll Weather Steeplechaseの将来的な実施可否の再検討を決定した*3。当該決定を踏まえて実施されたAll Weather Steeplechaseに関する調査の結果、同年5月にAll Weather Steeplechaseの無期限の中止が決定され*4、イギリスSouthwell競馬場及びLingfield競馬場においてはそれなりに盛んに開催されたAll Weather Steeplechaseの歴史は短期間で終焉を迎えることとなった*5。イギリスにおいて最後となったAll Weather Steeplechaseは同日Lingfield競馬場において4頭立てで行われたGreat Expectations Handicap Hurdle (0-125)であり*6、Royal Circusという馬がLyphを僅差で破って勝利している*7。同馬はLingfieldのAll Weather HurdleのSpecialistで、大レースの勝ち鞍こそなさそうだが、通算でHurdle8勝、Flat Turfで4勝、All Weather Flatで3勝を挙げている*8

War Beatの死亡事故は1994年におけるAll Weatherコースでの累計13頭目の死亡であった。1994年2月の記事によると、どうやら当時過去12カ月において芝コースのHurdle競走と比較してAll Weather Hurdleにおける死亡事故発生件数の増加及び完走率の低下が認められていたそうだ*9。これに関連して、All Weather Steeplechaseの開始及びそれに伴って導入された新型のHurdleの使用開始と同時に死亡事故の発生件数が増加していたことが指摘されているほか、Lingfield競馬場とSouthwell競馬場の"All Weather"の材質は異なっており(LingfieldはEquitrack、SouthwellはFibresand)、Southwell競馬場においてはLingfield競馬場における故障率の2倍であったとも言われている*10。これはFibresandとEquitrackの馬に対する負荷の差異に起因するとも言われているが定かではない*11

 

   89/90   90/91   91/92   92/93   93/94 
Southwell  89.19  89.15  84.83  75.26  73.71 
Lingfield  90.03  89.37  93.94  86.80  84.82 

Table.8 89/90~93/94シーズンのイギリスAll Weather Steeplechaseの各競馬場における完走率(%)

Table.8に89/90~93/94シーズンにおけるSouthwell競馬場及びLingfield競馬場の完走率を示す。All Weather Steeplechaseの導入当初はいずれの競馬場においても90%近い完走率を示していたものの、91/92シーズン以降はいずれの競馬場においても完走率が低下し、All Weather Steeplechaseの中止が決定される93/94シーズンにおいてはSouthwell競馬場は74%程度、Lingfield競馬場においても85%程度まで低下している。はんまー氏の調査によると、2021年のHurdle競走における完走率はイギリスで86.8%(競争中止率13.2%)、アイルランドで88.4%(競争中止率11.7%)(及びフランスHaiesで76.7%(競争中止率23.3%))であり*12、Independentの記事によれば当時の芝コースにおけるHurdle競走の完走率は82.77%(競争中止率17.23%)と記載されていることを踏まえると*13、さすがに30年前ということもあって現在は当時と比較して大いに安全性等への配慮が進んでいるとはいえ、特にSouthwell競馬場の完走率は低いと言わざるを得ないだろう。年々完走率が低下していた原因は出走馬の質の低下や経年による走路の質の変化等、様々な要因が考えられるが定かではない。ただし、当時は20%近い競争中止率を示していた芝コースにおけるHurdle競走に対してAll Weather Steeplechase導入当初の競争中止率は著しく低かったものの、年々競争中止率が増大していた背景には何かしらの要因の存在が想定される*14

なお、Southwell競馬場において91/92シーズンに僅かに行われたChase競走においては、合計で延べ85頭が出走し、完走頭数は延べ55頭、完走率は64.71%であった。上記の統計においてはSouthwell競馬場のAll Weather Chase競走も含んでいることに留意されたい。また、各競馬場における平均出走頭数は以下のとおりであり、完走率に影響を与えるような変化はなさそうだが、93/94シーズンにおいて平均出走頭数の落ち込みが認められるのは気になるところである。

   89/90   90/91   91/92   92/93   93/94 
Southwell  8.25  9.06  8.36  9.90  7.37 
Lingfield  6.78  7.87  7.07  7.71  7.53 

Table.9 89/90~93/94シーズンのイギリスAll Weather Steeplechaseの各競馬場における平均出走頭数

 

   89/90   90/91   91/92   92/93   93/94 
Southwell  1.78  1.31  2.35  6.97  6.85 
Lingfield  1.30  2.28  0.84  4.25  4.88 

Table.10 89/90~93/94シーズンのイギリスAll Weather Steeplechaseの各競馬場における落馬転倒(Fall及びUnseated Rider)率(%)

   89/90   90/91   91/92   92/93   93/94 
Southwell  8.79  8.98  12.07  17.60  18.88 
Lingfield  8.09  7.97  4.71  8.50  10.30 

Table.11 89/90~93/94シーズンのイギリスAll Weather Steeplechaseの各競馬場における途中棄権(Pull Up)率(%)

   89/90   90/91   91/92   92/93   93/94 
Southwell  16.48  12.07  15.49  28.17  26.06 
Lingfield  13.04  21.43  13.89  32.20  32.14 

Table.12 89/90~93/94シーズンのイギリスAll Weather Steeplechaseの各競馬場における競争中止全体に落馬転倒が占める割合(%)

Table.10~12に89/90~93/94シーズンのSouthwell競馬場及びLingfield競馬場のAll Weather Steeplechaseにおいて発生した競争中止の内訳に関する統計情報を提示した。出走頭数に対する落馬転倒・途中棄権の発生率は明らかに年々増加しており、特に全出走頭数に対する落馬転倒頭数の割合ははんまー氏による2021年の統計情報(イギリス:2.8%、アイルランド:3.6%)と比較してもかなり高い割合である*15。加えて特徴的であるのはTable.12で、特にAll Weather Steeplechase開催時期の後半(92/93シーズン及び93/94シーズン)においては、競争中止の理由として落馬転倒が占める割合が年々増加していることがわかる。しかしながら、意外にも競争中止理由としての落馬転倒の占める割合は上記はんまー氏による2021年の統計情報(イギリス:21.1%、アイルランド:30.5%、フランス:36.4%)と比較してもさほど著しく高い数値ではないようで、むしろこれは競争中止の発生における落馬転倒以外の要因の存在を示唆するものであろう。Table.11に示したとおり、年々途中棄権率も上がっていることにも留意すべきである。

上記のように、All Weather Steeplechaseにおける安全性上の懸念の原因として、新型障害の導入や走路による影響等、様々な要因が考えられる。1994年1月10日のSouthwell競馬場で行われたNational Hunt Flatでは(障害飛越とは関係なく、Flatにおける走行中の故障により)2頭の馬の死亡事故が発生している*16。また、All Weather Steeplechaseの開催に対して肯定的な関係者によると、騎手の騎乗速度(過剰なスピード)や出走馬の質の低さ、滑りやすい路面といった要因がAll Weather Steeplechaseの安全性上の懸念の要因として挙げられている*17。Philip Hobbs調教師は、SouthwellのFibresandの問題として過度の乾燥が頻発すること、Equitrackの問題としては過剰なスピードを挙げており、現代のPolytrackではそのような問題は解消されていると主張する*18*19。現在でもBrush TypeのHurdleを使用するWorcester競馬場では、2018年7月~2019年7月に競走中の死亡が7例発生したことで動物愛護団体から抗議を受けているようだが、当該コースはBHAの安全性上の基準をクリアしており*20、そもそもこのBrush Type Hurdleは2001年において通常のHurdleと比較して安全性上の懸念が低いというデータも存在する*21。ただ、いずれにせよ1994年のBritish Horseracing Boardの調査における見解では多数の複合的な要因の存在を示しており*22、安全性上の懸念を引き起こした要因を特定することは困難であろう。

 

なお、イギリスでは冬季の悪天候に対応することを目的として、All Weather Steeplechaseの再導入についてはその後もたびたび議論されてきたようだ*23*24。上記All Weather Steeplechaseに対して肯定的な関係者も存在するようで、2007年のRTEの記事によると、Nicky HendersonやPhilip Hobbs調教師のような一流トレーナーもこの中には含まれるようだ*25。2022年の冬季においても馬場の凍結は競馬開催においても大いに問題となっていたこと、既に当時Southwell競馬場やLingfield競馬場で使用されていたAll Weatherコースの材質は現在では改良された新しいものに代替されていること、All Weatherコースにおける障害飛越は競争馬の調教等で日常的に行われていること等を踏まえると、今後もこのAll Weather Steeplechaseが話題に上がる可能性はありそうだが*26、昨今の動物福祉*27の重要性等を踏まえると、All Weather Steeplechaseの末期となる1993~1994年頃に問題となった安全性上の懸念はその再導入において大きな障壁となるものと思われる。

*1:https://www.racingpost.com/results/1994-02-24

*2:https://www.racingpost.com/results/393/lingfield-aw/1994-02-24/56263

*3:https://www.independent.co.uk/sport/racing-war-fatality-ends-allweather-jumping-1396390.html

*4:https://www.independent.co.uk/sport/racing-ban-stays-on-allweather-jump-racing-1433636.html

*5:https://www.cheltenhambettingoffers.com/articles/all-weather-jump-racing/

*6:示唆的なレース名はなにかの皮肉だろうか。

*7:https://www.racingpost.com/results/393/lingfield-aw/1994-02-24/56267

*8:https://www.racingpost.com/profile/horse/71756/royal-circus/form

*9:https://www.independent.co.uk/sport/comment-the-needless-toll-of-death-1396698.html

*10:https://www.independent.co.uk/sport/comment-the-needless-toll-of-death-1396698.html

*11:https://www.independent.co.uk/sport/comment-the-needless-toll-of-death-1396698.html

*12:https://note.com/hammerpupe/n/nc77122b9acb4

*13:https://www.independent.co.uk/sport/comment-the-needless-toll-of-death-1396698.html

*14:https://www.independent.co.uk/sport/comment-the-needless-toll-of-death-1396698.html

*15:https://note.com/hammerpupe/n/nc77122b9acb4

*16:https://www.racingpost.com/results/394/southwell-aw/1994-01-10/55439

*17:https://www.theguardian.com/sport/2002/jan/04/horseracing.colinfleetwoodjones

*18:Issue of all-weather jumps racing resurfaces

*19:https://www.irishexaminer.com/sport/racing/arid-10087866.html

*20:https://www.worcesternews.co.uk/news/17789167.campaign-group-calls-hurdles-ban-seventh-horse-death-worcester-racecourse-year/

*21:https://www.britishhorseracing.com/press_releases/jockey-club-supports-brush-hurdle-initiative/

*22:https://www.independent.co.uk/sport/racing-ban-stays-on-allweather-jump-racing-1433636.html

*23:https://www.theguardian.com/sport/2009/jan/07/horse-racing

*24:https://www.theguardian.com/sport/2002/jan/04/horseracing.colinfleetwoodjones

*25:https://www.rte.ie/sport/racing/2003/0112/169821-racingweather/

*26:どこかのニュージーランドの競馬場等のように、凡庸で退屈なAll Weatherの平地競争に安直な発想で代替されないことを願いたい。

*27:この概念の意味するところとして、「動物愛護」との差異について競馬ファンは広く認識すべきである。