にげうまメモ

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23/08/09 イギリスの"All Weather Steeplechase"に関する覚書 ②

*イギリスの"All Weather Steeplechase"に関する覚書

以下、89/90~93/94シーズンにおいて行われたAll Weather Steeplechaseの内訳をTable.4に示す。

   89/90   90/91   91/92   92/93   93/94 
Juvenile 21 8 7 7 6
Juvenile Handicap 1 0 0 0 0
Juvenile Selling 1 0 0 0 0
Juvenile Claiming 2 0 0 0 0
Maiden 2 7 11 8 7
Maiden Claiming 0 4 3 3 2
Novice 44 33 34 17 21
Novice Handicap 16 14 15 13 17
Novice Selling 0 2 2 0 2
Novice Claiming 5 2 3 1 3
Mares Novice 0 2 2 1 1
Mares Novice Handicap 0 1 0 1 1
Selling 19 18 14 8 10
Selling Handicap 8 7 6 4 6
Claiming 7 12 21 11 14
Claiming Handicap 0 0 2 2 1
Handicap 78 74 75 40 54
Other 0 1 1 0 1
Total 204 185 196 116 146

Table.4 89/90~93/94シーズンにおけるイギリスLingfield競馬場のAll Weather Steeplechaseの内訳(競争数)

Conditional JockeyやAmateur Jockey等を対象とした競走も存在しているが、今般の統計には含めていない。当時のイギリス障害競馬全体のレースの内訳を集計していないことから、現時点のデータからAll Weather Steeplechaseのレース構成において特徴的な傾向を考察することは困難である。2023年現在よりもClaiming及びSelling競走が随分と多いような印象は受けるが、これがAll Weather Steeplechaseに特徴的な傾向であるかは定かでない。いずれにせよ、All Weather Steeplechase全体において、Listedクラス以上の主要な競争の開催がなかったことは確かであり、前回記事にも記載したとおりその競走は概ねがマイナーなものに限られていたと推定される。なお、上記の統計はHurdle / Chaseを区別することなくAll Weather Steeplechase全体について示しているが、91/92シーズンにSouthwell競馬場で行われたChase競走の内訳は、Handicap競走が8、Claiming競走が4であり、Novice競走等の比較的経験の少ない馬を対象とした競走は開催されていない。

 

   89/90   90/91   91/92   92/93   93/94 
~1500 32 7 134 18 19
1500~2000 155 161 57 91 123
2000~2500 13 17 3 6 0
2500~3000 1 0 0 1 1
3000~5000 1 0 1 0 3
5000~ 2 0 1 0 0
Total 204 185 196 116 146

Table.5 89/90~93/94シーズンにおけるイギリスAll Weather Steeplechaseの賞金額(競争数)

Table.5は89/90~93/94シーズンの1着賞金額に基づいてレース数をカウントしたものである。殆どの競争が1着賞金額£1,500~2,000の競争となっているが、特徴的であるのはそれ以上の比較的高い賞金額が設定されていたレース数で、All Weather Steeplechaseの導入直後は比較的そのような競争が開催されていた一方で、年々徐々に減少していることがわかる。ただし、当時は2023年現在のようなクラス1~6という分類がなされておらず、各競争のイギリス障害競馬における位置づけに関する考察には限界があることに留意されたい。また、89/90~90/91シーズンは主に£1,500~2,000程度の競争がメインであったようだが、91/92シーズンは全体的な賞金額の落ち込みが認められており、主に1着賞金額£1,500以下(ただし全て£1,000以上、£1,000を下回る賞金額の競争はAll WeatherのNational Hunt Flatのみに認められた。)の競争で構成されている。ただし、今回はイギリス(障害)競馬全体の傾向に関するデータを参照していないため、これがAll Weather Steeplechaseに特徴的な傾向であるのかは判断が困難である。なお、93/94シーズンには1着賞金額£3,000~5,000という比較的高額の賞金が用意された競走が3レース行われているが、これは全て1993年5月3日のSouthwell開催におけるものである*1。この日の開催は全ての競争において1着賞金額£3,000以上が用意されており、なにかしら主要な開催であったのかもしれない。

   89/90   90/91   91/92   92/93   93/94 
平均値 1743.6  1766.0  1511.0  1727.4  1730.3 
中央値 1618.0  1733.0  1411.0  1719.0  1722.0 

Table.6 89/90~93/94シーズンにおけるイギリスAll Weather Steeplechaseの1着賞金額の平均値及び中央値(£)

Table.6はTable.5のデータの平均値及び中央値を算出したもの。91/92シーズンは特に£1,500以下の競争が多く組まれていたことから平均値及び中央値の減少が認められる。92/93シーズンの賞金額としてはやや持ち直したようだが、一方で上記の通り1992年4月~12月にかけてAll Weather Steeplechaseの開催はなく、全体のレース数自体が大幅に減少している。

   89/90   90/91   91/92   92/93   93/94   平均値 
Juvenile 1582.8  1781.1  1402.6  1534.3  1623.2  1587.4 
Juvenile Handicap 1436.0  NA NA NA NA 1436.0 
Juvenile Selling 1576.0  NA NA NA NA 1576.0 
Juvenile Claiming 1576.0  NA NA NA NA 1576.0 
Maiden 1702.0  1845.9  1395.7  1687.6  1838.7  1658.6 
Maiden Claiming NA 1733.5  1390.7  1591.7  1637.5  1596.3 
Novice 1639.4  1681.1  1440.0  1620.9  1694.1  1608.7 
Novice Handicap 1632.9  1728.9  1349.4  1604.8  1614.8  1585.1 
Novice Selling NA 1755.5  1411.0  NA 1341.5  1502.7 
Novice Claiming 1567.6  1745.5  1548.3  1484.0  1515.7  1571.8 
Mares Novice NA 1814.5  1422.5  1660.0  1737.0  1645.2 
Mares Novice Handicap NA 1689.0  NA 1689.0  1630.0  1669.3 
Selling 1594.4  1765.1  1396.6  1748.1  1754.4  1639.8 
Selling Handicap 1609.3  1737.1  1422.7  1766.5  1677.7  1635.5 
Claiming 1634.0  1757.2  1527.3  1765.5  1854.6  1692.0 
Claiming Handicap NA NA 1407.0  1645.0  1722.0  1565.2 
Handicap 1951.2  1811.1  1638.1  1858.7  1784.0  1806.1 
Other NA 1572.0  1457.0  NA 1478.0  1502.3 

Table.7 89/90~93/94シーズンにおけるイギリスAll Weather Steeplechaseにおける各カテゴリーの1着賞金額の平均値(£)

Table.7にTable.4におけるそれぞれのカテゴリーの平均1着賞金額を示す。サンプル数が少ないカテゴリーも存在するが、やはり全体的に91/92シーズンは全体的に賞金額の落ち込みが認められる。

なお、91/92シーズンに一時的に行われたSouthwell競馬場のAll Weather Chase競走であるが、概ね£1,800~2,300程度の賞金額が設定されていた。最高賞金額が設定されていたのは1991年10月7日に行われたLa Traviata Handicap Chase (0-115)で、1着賞金額は£2,224.30であった*2。このレースを勝ったのはTorre Traderというイギリス生産馬だが、このレースがこの馬にとっては2勝目で、特段高いレーティングを持っていた馬ではなさそうだ。なお、このレースはSouthwell競馬場のAll WeatherコースでChase競走が行われた最初の競争だが、結局この試みは特別大きな競走を開催することなく、翌年3月4日のHandicap Chase*3を最後に早々に終わっている。同レースを勝利したのは12st0lbを背負っていたMiami Bearという馬で、これがこのSouthwellのAll Weather Chaseでは2勝目であったが、どうやらRacing Postによると"finished lame"と記載されているようで、すなわち入線時になにかしらのトラブルがあったものと推定される。同馬はその後311日間の休養に入っている。

 

All Weather Steeplechaseを経験した一流馬としてはRun For FreeやViking Flagship、Pridwell等が挙げられる*4。Run For Freeは1989年11月22日、All Weather Steeplechase黎明期のSouthwell競馬場で行われたNovice Hurdleに出走し、2着のSide Braceというニュージーランド生産馬に15馬身差をつけて圧勝した*5。同馬はその後Hurdle及びChaseのG1路線で活躍し、1993年のScottish Grand National (G3)を制すことになる。しかしながらSouthwellやLingfieldのAll Weather Steeplechaseに戻ってくることはなく、上記Novice Hurdleでの勝利がAll Weather Steeplechaseでの唯一の出走となった。

Viking Flagshipは元々平地競争を走っていた馬だが、その後Hurdleに転向。1991年にLingfieldのAll Weather Juvenile Hurdleを2勝した*6*7。その後Chaseへと転向した同馬は1994~1995年のQueen Mother Champion Chase (G1)の連覇等を含め、16f ChaseのG1競走を多数制し、1994~1996年頃の同路線の王者として君臨することになる。ただ、やはりこの馬もまたAll Weather Steeplechaseに戻ってくることはなく、上記Juvenile Hurdleでの2勝のみの出走となった。他にも1994年のSouthwell競馬場のJuvenile Hurdleで2勝したPridwellはその後16fのHurdle路線で活躍し、1998年のAintree Hurdle (G1)ではアイルランド競馬史を代表する名馬Istabraqを破って勝利した。なお、この馬はこのSouthwellのJuvenile Hurdleの直後にCheltenhamの重賞路線に参戦し、その年のCheltenham FestivalにおけるSupreme Novices' Hurdle (G1)ではArctic Kinsmanの2着に入った。この馬の場合は1994年の5月のSouthwellのNovice Hurdleになぜか出走があるようだが、その時点でAll Weather Hurdleは行われなくなっていた*8

どうやら上述のDisneyland (POL)をはじめ、現役生活を通じて79戦26勝、その殆どをSouthwellのAll Weather Hurdleで過ごしたSulukに代表されるように*9*10、All Weather SteeplechaseのSpecialistは存在していたようだ。特にSulukはAll Weather Hurdle Specialistの代表格として有名な馬である。もともとアイルランド平地競争でデビューした同馬は1989年からHurdle競走に参戦、SouthwellのAll Weather Hurdleを連勝して頭角を現した。この馬のの現役生活の後半となる1991年以降において、この馬が出走した計32戦のうち29戦はSouthwell競馬場であり、この馬のHurdle競走で挙げた通算18勝の全てがSouthwellのAll Weather Hurdleであるという、まさにAll Weatherの申し子といったところである*11。残念ながら1993年8月のSouthwellのAmateur Riders' Hurdleの入線時に故障があった影響か、このレースを最後に引退し、All Weather Hurdleが存続する1994年2月まで現役生活を続けることはできなかったようだが、まさにSouthwellのAll Weather Hurdleと共に活躍した馬であった。なお、Sulukは1993年2月17日にSouthwell競馬場で行われた3頭立てのClaiming Hurdleにて、1/14のオッズで2着に敗れているが、これはイギリスNational Hunt競走において最も低いオッズで敗れた記録の一つとしても有名である*12。また興味深いことに、上記の通りSouthwellのAll Weather Hurdleでは類稀なる活躍を見せた同馬であるが、Lingfield競馬場での出走は一度もない。

しかしながら上記のように高い能力を持った馬が早々にAll Weather Steeplechaseを離れたこと、上記のように殆どが比較的安い賞金額が設定されたマイナーなレースで占められていたことからもわかるとおり、All Weather Steeplechaseの出走馬の全体的な質の低下、更には賭博としての魅力の低下等が生じていたことが指摘されている*13。実際にキックバックによる後続馬への影響が大きく、逃げた馬がそのまま勝利することが多かったとの意見もあるようで、加えてBetfairの掲示板には一種の八百長を疑わせるような書き込みもあるようだ*14

 

なお、1990年代当時のイギリス障害競馬においてはニュージーランド生産馬は比較的一般的であり、このAll Weather Steeplechaseにおいても多く認められた。実際に1997年のGrand National (G3)勝ち馬のLord Gylleneはニュージーランド生産馬であり、当時のイギリス障害競馬においてニュージーランド生産馬は一定の存在感を示していたことが推測される。他にも前述のDisneyland (POL)をはじめ、Kingswoodというベルギー生産馬は1990年1月にLingfieldのAll Weather Hurdleを3戦している*15ほか、やはりAll Weather Hurdleを3戦したCarlitaというオランダ生産馬*16、1990年にLingfieldのNovice Hurdleを勝ったSeattle Prideというカナダ生産馬*17、1991年にSouthwellのAll Weather Hurdleを2戦したShahrayarというモロッコ生産馬*18など、殆どがイギリス・アイルランド・フランス(及びドイツ、アメリカ)生産馬が占める2023年のイギリス障害競馬ではほぼ認められないような出自の馬も数多く認められた。