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22/07/18 フランス障害競馬における非サラブレッド種牡馬 ③

*フランス障害競馬における非サラブレッド種牡馬

以下、1994年以降に産駒が障害競馬にて1勝以上を上げた個々の主要なSelle Français(SF)及びAutre Que Pur-Sang(AQPS)種牡馬について記載する。

 

*Italic (FR) (SF) 1974

産駒数:100 勝利数:187 獲得総賞金額:5,269,202€ (Pedigree)

Pharos (GB) 1920
 |Fastnet (FR) 1933
 | |Fast Fox (FR) 1947
 | | |Carnaval (FR) 1963
 | | | |Italic (FR) (SF) 1974
 | | | | |Soupe Au Lait II (FR) (SF) 1984 1990 Prix Laniste
 | | | | |Tudur Des Salines (FR) (SF) 1985 1995 Prix Gaston De Bataille
 | | | | |The Fellow (FR) (SF) 1985 1994 Cheltenham Gold Cup等
 | | | | |Tresor Du Renom (FR) (AC) (21.270%)
 | | | | |Al Capone II (FR) (SF) 1988 1993-1999 Prix La Haye Jousselin等

Pharosの産駒として有名なのはやはりNearcoなのだが、こちらはFastnetから発展した系統出身の馬である。例によってItalicはSelle Françaisの牝系にサラブレッドが代々交配されてきたパターンで、Italicの血統表の殆どはサラブレッドが占めており、非サラブレッドの種牡馬というとItalicの5代母Eliza(SF)の父IcareがTrotterというところまで遡らなければならない。Elizaは1918年生まれ、Icareは1908年生まれと、いずれも第一次世界大戦の前後を生きた馬であり、2022年と比べるともはや完全に別世界の事象である。Italic(SF)の父Carnavalの産駒にはSelle Françaisの種牡馬として他にはGrand Steeplechase Cross Country De Printempsの勝ち馬Diamant Babiere(SF)を送り出したOrival(SF)がいるのだが、種牡馬として成功したのは圧倒的にItalicである。Italic自身はフランス平地競争を3勝したのみの馬だが、種牡馬として複数のフランス競馬史を代表する名馬を送り出しており、なんといってもその代表産駒はThe FellowとAl Capone IIの兄弟である。The FellowはCheltenham Gold Cup、King George VI Chase、Grand Steeplechase De Paris、Prix La Haye Jousselin等のイギリス・アイルランドSteeplechaseの主要競走を悉くを制したフランス競馬を代表する名馬である。このフランス競馬史に燦然と輝く稀代の名馬が残した類稀なる功績を讃え、同馬はフランス競馬において殿堂入りを果たしている。さらにこのItalicの代表産駒として挙げなければいけないのが、The Fellowの全弟であり、1993年から1999年にかけてPrix La Haye Jousselinを7連覇したAl Capone IIである。このG1競走7連覇という意味の分からない記録は世界中のどこにも類を見ないものであり、それがこの層の厚いフランスSteeplechaseの頂点を決める競走というのだから、その価値の高さは計り知れないものである。その傑出した功績を讃え同馬のブロンズ像がフランス障害競馬において中心的な役割を果たしているAuteuil競馬場に設置されている。当然この馬もThe Fellowと同様にフランス競馬の殿堂入りを果たしており、この2頭の殿堂入りを果たした名馬を送り出した大種牡馬として、Italicが1990年代のヨーロッパ競馬に与えたインパクトは甚大なものである。1997年はこれらの産駒の活躍もあり、年間総賞金€661,534を獲得し、獲得賞金ベースのリーディングで5位に入っている。この年の出走頭数はたったの10頭、勝利をあげた頭数は3頭というごく少数での記録であり、1位のCadoudal(獲得賞金€993,810)の出走頭数延べ71頭と比べると、このItalicがいかに超大物の産駒を送り出しているかは一目瞭然だろう。Italicの後継種牡馬としては母にAnglo-Arabianを持つTresor Du Renom(AC)という馬がいるようで、その産駒であるKrack Du Frene(AC)という牝馬がフランス平地競争を2戦したようだが、勝利をあげることはできなかったようだ。ただ、Tresor Du Renom(AC)はInstitut français du cheval et de l'équitationのデータベースによると計180頭もの産駒がいるようで、どうやらそのほとんどが馬術競技用途等のようだ。もしかするとこれらのフランス競馬を代表する名馬を送り出した種牡馬の子孫が競馬ではない別の分野で今でも生き残っているのかもしれない。なお、The Fellow及びAl Capone IIの母L'Oranaiseは計10頭の産駒を送り出しているのだが、そのうちCountess Fellow(SF)という上記The Fellow及びAl Capone IIの全妹、及びFelle D'Oran(父Quart De Vin)という牝馬の子孫は現役競走馬として現存するようだ。

 

*Useful (FR) (SF) 1986

産駒数:463 勝利数:446 獲得総賞金額:6,342,441€ (Pedigree)

Bold Ruler (USA) 1954
 |Bold Bidder (USA) 1962
 | |Cannonade (USA) 1972
 | | |Vorias (USA) 1978
 | | | |Useful (FR) (SF) 1986 (Flat)
 | | | | |Eudipe (FR) (SF) 1992 1998 Scottish Grand National (G3) 2着
 | | | | |Juful Tennis (FR) (SF) 1997 2006 Grand Cross De Dieppe 2着
 | | | | |Luckyful Du Repas (FR) (SF) 1999 2008 Grand Cross De Compiegne
 | | | | |Montgermont (FR) (SF) 2000 2006 Reynoldstown Novices' Chase (G2)
 | | | | |Moskitos D'Isigny (FR) (SF) 2000 2009 Prix Journaliste (Listed)
 | | | | |Negus Des Mottes (FR) (SF) 2001 2010 Grosser Preis der Stadt Maienfeld 2着
 | | | | |Mister Ful (FR) (AA) (29,720%) 2004 (Flat)

Usefulの父Voriasはフランスとチュニジアで現役生活を送ったサラブレッドであり、Usefulの母Etoile Du Berger IIIがSelle Françaisとなる。ただ、例によってSelle Françaisの牝系にサラブレッドが交配されてきたというパターンで、Usefulの血統表の殆どはサラブレッドである。UsefulはBold Rulerに遡るCannonadeの系統の出身で、この系統自体はどうやら南米で繋がっているようだが、現代障害競馬でその子孫を見ることはもはや稀だろう。Usefulは平地競走を5勝した馬だが、Selle Français種牡馬として1990年代後半から2000年代前半頃において成功を収めており、特に2000年には産駒が年間で計18勝、総賞金€407,518を獲得し、獲得賞金ベースではリーディング17位にまで食い込んだ。その産駒には1998年のScottish Grand National (G3)で僅差に2着に敗れ、1999年にはAP McCoyを背にAintreeのGrand National (G3)にも挑んだEudipe(SF)、2009年のPrix Journaliste (Listed)などEnghien-Soisy競馬場のListed競走を4勝したMoskitos D'Isigny(SF)、Reynoldstown Novices' Chase (G2)を制したMontgermont(SF)、フランスCross Countryで5勝をあげたReventful(SF)、スイスCross Countryで活躍したNegus Des Mottes(SF)といった馬がいるようだ。また、フランスCross Countryで長年活躍したJuful Tennis(SF)という馬は2009年のVelka Pardubickaにも参戦しており(8着)、Usefulは種牡馬としてなかなかタフな障害馬を送り出すことには成功したようだ。Usefulの産駒の中にはMister Ful(AA)という平地競争で計11勝をあげたAnglo-Arabianの種牡馬がいるようで(母父Donald Duck、母母父Fayriland IIというのがなかなかこのシリーズ的には味わい深い)、France Galopによると少なくとも9頭の産駒がいるようだが、残念ながら今のところ勝ち星をあげることはできていないようだ。その中では2022年の6月に入ってMiss D'Orh(AA)という牝馬がAnglo-Arabian限定平地競争で連続して3着に入っているようで、もしかすると近々待望の初勝利をあげることができるかもしれない。

 

*Nidor (FR) (SF) 2001

産駒数:196 勝利数:144 獲得総賞金額:3,764,795€ (Pedigree)

Sadler's Wells (USA) 1981
 |*フレンチグローリー French Glory (IRE) 1986
 | |Nidor (FR) (SF) 2001 フランス障害4勝
 | | |Valtor (FR) (AQ) 2009 2016 Prix Montgomery (G3)
 | | |Blason D’Or (FR) (AQ) 2011 2020 Prix John Henry Wright
 | | |Corazones (FR) (AQ) 2012 2021 Prix Jean Granel
 | | |Bomari (FR) (OC) 2013 2020 Prix Super U Craon

Nidorの父*フレンチグローリーは日本でも繋養された種牡馬だが、*フレンチグローリーがフランスで繋養されていた頃の産駒にはAQPSやSelle Français、さらにはAnglo-Arabe De Complementも含まれており、Nidorはそのフランス時代の産駒である。Nidorはフランス障害競馬のSelle Français又はAQPSにはよくありがちな母方が非サラブレッドというタイプで、母Emeraude De LaigneがSelle Françaisである。ただ、Emeraude De LaigneもFrance Galopで血統を辿るとSelle Français又はDemi Sangの牝系にサラブレッドが交配されてきたというパターンのようで、Nidorの血統表の殆どはサラブレッドが占めている。Auteuilの若齢馬限定競走などを含む障害計4勝をあげたNidorはSelle Français種牡馬として頑張っており、2016年には年間で計16勝、総賞金€550,655を獲得し、総賞金ベースでリーディング28位に入っている。その代表産駒はCross Country SpecialistのBomari(OC)やBlason D'Or(AQ)といったなかなか味のあるメンバーだが、他にも長くフランスSteeplechaseで結果を残し、2018年にイギリスに移籍したValtor(AQ)はAscotのSilver Cup Handicap Chase (Listed)を勝ったのち、Tiger Rollが連覇を成し遂げた歴史的な競走となった2019年のGrand National (G3)にも参戦している。

 

*Haltea II (FR) (SF) 1973

産駒数:114 勝利数:144 獲得総賞金額:1,207,122€ (Pedigree)

Pharis (FR) 1936
 |Scratch (FR) 1947
 | |*ターキン Tarquin (FR) 1955
 | | |Laniste (FR) 1963
 | | | |Haltea II (FR) (SF) 1973
 | | | | |Matea Lambern (FR) (AC) (3.120%) 1978 1986, 1987, 1989 Cross De Craon
 | | | | |Uhel Aime (FR) (SF) 1986 1995 Grand Cross De Fontainebleau

Haltea IIの祖父*ターキンはどうやら日本でも繋養された馬のようだが、Haltea IIの父Lanisteは*ターキンのフランス時代の産駒である。おそらくこのHaltea IIの産駒を含め、Scratchの系統は競走馬として現代には残っていないだろうと思われる。Haltea IIは例によって牝系がSelle Françaisというパターンで、Haltea IIの母AnitineaがSelle Françaisである。Haltea IIの産駒には、1986~1989年にかけて現在のGrand Cross De Craon*1*2を3勝したMatea Lambern(AC)、当時5900メートルで行われていたGrand Steeplechase Cross Country Fontainebleuaを勝ったUhel Aime(SF)といったCross Country Specialistが含まれている。Haltea IIの獲得賞金ベースのリーディングでは1994年において112位という位置につけており、産駒が主に活躍していた時期を考えると、この種牡馬のフランス障害競馬における立ち位置はさらに年次を遡らないと正確なところを掴むのは困難だろう。

 

*Quitte Et Passe (FR) (SF) 1982

産駒数:116 勝利数:77 獲得総賞金額:1,111,297€ (Pedigree)

Son-In-Low (GB) 1911
 |Rustom Pasha (GB) 1927
 | |Moslem (ARG) 1942
 | | |Petare (ARG) 1951 
 | | | |Sadair (USA) 1962
 | | | | |Air Du Nord (USA) 1973
 | | | | | |Quitte Et Passe (FR) (SF) 1982
 | | | | | | |Carina Fast (FR) (SF) 1990 1999 Grand Steeple de Corlay
 | | | | | | |Duc De Laulne (FR) (SF) 1991 2002 Grand Cross De Lyon
 | | | | | | |Echo Des Mottes (FR) (SF) 2004 1998 Prix Des Drags 3着

Quitte Et PasseはSon-In-Low - Dark Ronaldに連なる系統の出身だが、どうやらRustom Pashaはフランスで繋養されたのちアルゼンチンに輸出されたようで、Quitte Et Passe自身はアルゼンチンやアメリカで繋がってきた系統の出身である。Quitte Et Passeは現役時代を通じてAuteuilのハンデ戦を含む計4勝をあげ、1988年のPrix La Haye Jousselinに参戦したのち種牡馬入りした。その産駒の中にはSelle FrancaisやAnglo-Arabe De Complementが存在するようだが、代表的な産駒としては2000年のGrand Steeplechase Cross Country De Fontainebleauや2002年のGrand Cross Country De Lyonなどを制し、長くCross Country Specialistとして活躍したDuc De Laulne(SF)や1999年のGrand Steeplechase De Corlayを制したCarina Fast(SF)など、なかなか障害馬として優秀なメンバーが含まれている。Quitte Et Passe自身は2004年に死亡しており、2000年まで種付けを行っていたようだが、おそらく(少なくとも競馬用途において)後継種牡馬は残っていないものと思われる。

 

*Lampon (FR) (SF) 1977

産駒数:101 勝利数:82 獲得総賞金額:860,981€ (Pedigree)

Blandford (IRE) 1919
 |Umidwar (GB) 1931
 | |Norseman (FR) 1940
 | | |Free Man (FR) 1948
 | | | |Furman (FR) 1960
 | | | | |Dirak Creiomin (FR) (SF) 1969
 | | | | | |Lampon (FR) (SF) 1977
 | | | | | | |Galibier II (FR) (SF) 1994 フランス障害7勝
 | | | | | | |Garde Joyau (FR) (SF) 1994 フランス障害11勝

Blandfordから連なる系統というと近年ではMonsunの系統が障害競馬でも頑張っているのだが、こちらはUmidwarに連なる父系である。Lamponは珍しく母Do Or Die IIがサラブレッドである一方で父Dirak CreiominがSelle Françaisというタイプだが、どうやらこれはDirak Creiominの母JeannetteがSelle Françaisのようだ。Lampon自身は障害では1勝をあげたのみで目立った成績を残したわけではなさそうだが、フランス障害競走で計11勝をあげたGarde Joyau(SF)を筆頭に、複数の活躍馬を送り出すことには成功したようで、現役時代からの成績から考えると大したものである。Selle Français種牡馬が3代続けば面白かったのだが、残念ながらFrance Galopにおいて後継種牡馬はいないようだ。

 

*Voiladenuo (FR) (AQ) 2009

産駒数:227 勝利数:28 獲得総賞金額:657,946€ (Pedigree)

Tamerlane (GB) 1952
 |Dschingis Khan (GER) 1961
 | |Konigsstuhl (GER) 1976
 | | |Monsun (GER) 1990
 | | | |Network (GER) 1997
 | | | | |Voiladenuo (FR) (SF) 2009

血統表はいつものサイトがNon-Thoroughbredに関しては扱いがいい加減で、この馬に関してはもはや完全に空欄になっているので、France Galopのサイトへ飛ぶように設定している。Voiladenuoの父Networkは成功した障害種牡馬で、その最高傑作はなんといっても2010年代のイギリス競馬を代表する名馬Sprinter Sacreだろう。Voiladenuoの母ParescaがSelle Françaisで、例によって脈々と続くSelle Françaisの牝系にサラブレッドが交配されてきたというパターンのようだ。Voiladenuo自身は2015年のPrix Leon Rambaud (G2)など障害9勝をあげたのちに種牡馬入りした。2017年生まれの産駒が初年度産駒ということもあってまだあまり活躍馬は出ていないのだが、とはいえ2021年の段階で獲得賞金ベースのリーディングで67位に入っており、新たなSelle Français種牡馬として期待されている。Networkのような偉大な障害種牡馬のAQPSの産駒が種牡馬としてのキャリアをスタートしたということで、障害競馬ファンとしてはなかなか楽しみな存在である。

*1:https://www.france-galop.com/fr/cheval/NmxMTE9tV3dlQmhMSitoM21qRldCQT09

*2:9月上旬の施行や6000メートルという条件から推定した