にげうまメモ

障害競馬の個人用備忘録 ご意見等はtwitter(@_virgos2g)まで

18/07/05 雑記

*雑記

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若干香ばしいニュース記事があったので。twitterでもつぶやいたのだが、こちらでも整理していくつか指摘しておく。流し読みしてなんとなくわかった気になるための文章で、趣旨が理解しにくい記事であるが、それはさておき。

 

>障害の人気が高い欧州では平地と障害を行き来する馬は少なくなく、「二刀流」はさほど珍しいことではありません。しかし、その多くは平地競走に軸足を置いた馬が、平地のオフシーズンに障害を跳ぶパターン。

平地・障害兼用の馬は"Dual Purpose Horse"といった表現を使う。平地と障害を行き来する馬は一定数存在するが、それは日本でも芝とダートを行き来する馬が存在するのと同じことである。"Dual Purpose Horse"はそれぞれの持つ性質によって、障害と平地の比重は異なっている。当然、障害競走のついでに平地を走る馬も数多く存在するし、障害競馬のために平地を走る馬も数多く存在する。

 

>日本でも有名なグランドナショナルのような高難度の「ステープルチェイス」の2つに大別されています。

ステープルチェイス is 何。Steeplechaseのことだと思うのだが、スティープルチェイスが正しい発音である。筆者は海外競馬スペシャリストとか書かれているのできっと誤植だろう。グランドナショナルは有名であり、確かにSteeplechaseのカテゴリーに属するのだが、Grand Nationalで使用されるNational FenceはAintree競馬場にのみ存在する特殊なものである(1枚目の写真)。正確にはCheltenhamのCross Country Courseにも一つだけ存在するが。イギリス・アイルランドSteeplechaseで使用される障害は2枚目の写真である。従ってGrand NationalをSteeplechaseの代表格のように扱うのはそもそも間違いである。なお、Steeplechaseで使用される障害には開催国の間で大きな差異が存在するが、中山競馬場に設置されている障害は無理やりカテゴリーわけすればSteeplechaseと考えて問題ないだろう(もっとも、欧州の障害と比較すれば小型ではあるが)。

障害の上部がトウヒの枝で覆われたNational Fence。ちなみにAintree競馬場はGrand Nationalに使用するコースの脇を歩けます

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こちらは通常のChase障害。日本のように上部を掻き分けて飛越するのは非常に困難。写真がしょぼいのは勘弁してください。

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>障害馬には通常は3200メートルで行われる専用の平地競走も用意されていて、それは「ナショナルハントフラット」という呼び名で区別されて独自のグレードもつけられています。

なぜNational Hunt Flatに言及されたのか理解しがたいのだが、障害馬も平地を走るということを主張する材料であればそれは間違いである。National Hunt Flatは障害馬を目指す若馬が、レースそれ自体に慣れるために走るレース。レース数は少なく、基本的に開催日の最終レースとして行われる。この時間になると競馬場もだいぶ閑散としてくる。障害馬はNational Hunt FlatからいずれHurdleやSteeplechaseへとステップアップしていくものであり、HurdleやSteeplechaseを走っている馬がNational Hunt Flatに戻ることはない。そもそもNational Hunt Flatは年齢制限がかけられている。

 

>最近ではアイルランドを本拠にしたハートブレークシティー(せん8、父ランド)が平地の途中に障害に挑んで酷量の74キロを背負って優勝。

この文章を読んでがっかりした人は多いのでは。イギリス・アイルランドの障害競馬において74kgは日常的に背負う斤量である。酷量でもなんでもない。事実、G1などの定量戦ではこのくらいの斤量に設定されていることが多い。もっとも、Velka Pardubickaは70kgの定量であったり、ニュージーランドは65kgがベースであったりと、他国ではもう少し軽いのだが、60kgそこそこの斤量で走るのは日本だけである。

 

>障害馬としてキャリアをスタートさせたウィックローブレーヴ(せん9、父ビートホロー)は(略

この馬の場合、もともと障害馬としてキャリアをスタートさせているのだが、2015年に平地の未勝利を走り快勝。Willie Mullins厩舎は平地でもやれる馬は平地で走らせるパターンが多く、その後はHurdleと平地兼用で走っている。Hurdleでもアイルランドトップクラスの活躍を見せており、2017年のPunchestown Champion Hurdle (G1)を勝利しているアイルランドの一流馬。2017年の平地シーズンで精力的に走っているため平地馬という印象は強いが、その後もChampion Hurdle (G1)、Punchestown Champion Hurdle (G1)と戦っている。むしろ平地参戦がいい方向に出たパターンかもしれない。

 

>日本競馬から本格的な「二刀流」が登場するかもしれません。

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基本的に"Dual Purpose Horse"は障害としてはHurdleを走る馬である(写真がイギリスのHurdle障害)。見ての通りHurdleはSteeplechaseに比べれば小さな障害であり、これは馬が蹴飛ばせば倒れるくらいのものである。Hurdleはある程度スピード能力が必要であり、そのため平地との共通点もある一方で、Steeplechaseは高い飛越能力と持久力を必要とするレースであり、平地競馬とはレースの質が大きく異なる。従って、Steeplechaseを走る馬が"Dual Purpose Horse"として平地を走る意味はほとんどない。オジュウチョウサンのように、本格的な障害を走る馬が平地兼用で走る例というのは非常に珍しいケースである。

 

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いずれにせよ、同じ「二刀流」と言ってもその性質は様々であり、おそらく想定されているオジュウチョウサンのケースとはやや異なるものである。平地競馬と障害競馬は競馬カテゴリーとして並列に存在しており、互いに重なり合う部分や補完しあう部分が存在するものである。平地競馬のために障害競馬が存在しているわけではないだろう。もちろん、その逆も然りである。文脈から考えて、障害でステップアップして平地へ、という話にしたいのだろうが、そのような浅薄な理解には違和感しか覚えないのだ。せめて日本の障害競馬の常識はわりと特殊であることくらいはわかっておいてほしい。

 

もうちょっとちゃんと知りたい方向け