*日本障害競馬における非サラブレッド競争馬について
今般の調査は、日本障害競馬における非サラブレッド競争馬(サラ系、アングロアラブ等)の立ち位置を考察することを目的としたpreliminaryな内容である。本調査に際して、netkeibaデータベースクラシック*1の情報に基づき調査対象馬の一覧を抽出したうえで、JBISサーチ*2に基づき各調査対象馬の品種を分類した。JBISサーチに調査対象馬が登録されていない場合、netkeibaデータベースクラシック等に記載された父馬及び母馬の血統及び品種から調査対象馬の品種を推定した。なお、本シリーズにおいて「サラ系」及び「サラブレッド系」という用語は広義の意図としてサラブレッドを含むサラブレッド系種*3を指す場合と、広義の意図のうちサラブレッドを含まない場合があることに留意されたい。用語としては紛らわしいため本来であれば正確に定義することが望ましいと考えるが、JRA競馬番組一般事項にてサラブレッドを含むサラブレッド系種を総称してサラブレッド系と表記しているため、このような文脈に依存した表記とした。
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Figure.1 日本障害競馬の年間競争数
Figure.1に日本中央競馬における年間障害競争数を示す。当該数値は今般のデータの抽出元を考慮してnetkeibaデータベースクラシック上に登録されている障害競争を集計しているが、1959~1966年(1965年を除く)についてはnetkeibaデータベースクラシックにおいて障害競争と思われる競走も含めて障害競争にカテゴライズされていないため*4、中央競馬年鑑昭和34~41年のデータを参照した*5。国立国会図書館サーチに昭和40年の中央競馬年鑑が登録されていないものの、中央競馬年鑑昭和42年に年間の競走回数が記載されていたため、1965年のデータは当該文献より引用している*6。ただし、おそらく中央競馬年鑑の方がデータとしては正確と思われる。日本障害競馬は戦後の復興に伴いレース数を増大し、1950年代には最大で年間350レース近くが行われており、1日に東西で計4競走が組まれることもあったようだ*7。当時はアラブ限定競走や繋駕速歩競走*8も行われており、平地競争がその殆どを占める2024年現在と比較するとそのレースプログラムの多様性には驚かされる。加えて1960年代までは浦和、船橋、大井、川崎等の地方競馬においても障害競争が盛んに実施されていたようで、一部の競馬場には障害専用コースが設置されていたうえ、特に川崎競馬場に存在した大水壕障害は難所と言われていたそうだ*9。従って、日本全体の年間障害競争開催数はここに提示した数値よりも遥かに大きいものと思われる。しかしその後は時代を経るごとに少しずつレース数を減らし、ここ10年程は概ね125~130競走程度で推移している。ただし、中央競馬年鑑によると1958年の障害競馬における1頭当たりの年間平均出走回数はサラブレッド系で7.8回及びアラブ系で11.8回、1競走あたりの平均出走頭数はサラブレッド系及びアラブ系でいずれも6.4頭とされており*10、2024年現在と比べて競争数については3倍近い差異が存在する一方で、障害競馬における競争馬のpopulation sizeとしては競争数ほどの差異は存在しないことが推測される。他の障害競馬開催国との比較の観点から考えると、2024年現在、日本障害競馬の競争数はアメリカと同程度、オセアニアの合算値と同程度であり、イギリス・アイルランド・フランスを除いて比較的主要な障害競馬開催国である欧州各国(チェコ、イタリア等)と比較しても豊かなレース数を誇っている。ただし、アメリカはHurdleとTimberで明確に路線が異なること、オーストラリア及びニュージーランド間の競争馬の交流は少なく、各々にHurdle及びSteeplechase路線が存在する一方で、日本障害競馬にそのような区分はないことに留意されたい。
サラ | サラ系 | アア | アラ系 | 軽半 | 不明 | 全体 | |
1958 | 149 | 26 | 121 | 42 | 12 | 0 | 350 |
1968 | 216 | 12 | 3 | 0 | 0 | 0 | 231 |
1978 | 178 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 182 |
1988 | 153 | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 158 |
1998 | 130 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 130 |
2008 | 132 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 132 |
2018 | 125 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 126 |
Table.1 1958~2018年日本障害競馬1着馬の各品種当たりの延べ頭数
サラ | サラ系 | アア | アラ系 | 軽半 | 不明 | 全体 | |
1958 | 443 | 81 | 315 | 165 | 45 | 1 | 1050 |
1968 | 613 | 63 | 15 | 0 | 0 | 2 | 693 |
1978 | 528 | 18 | 0 | 0 | 0 | 0 | 546 |
1988 | 459 | 15 | 0 | 0 | 0 | 0 | 474 |
1998 | 390 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 390 |
2008 | 396 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 396 |
2018 | 377 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 378 |
Table.2 1958~2018年日本障害競馬上位入線馬(1~3着)の各品種当たりの延べ頭数
サラ | サラ系 | アア | アラ系 | 軽半 | 不明 | 全体 | |
1958 | 96 | 13 | 56 | 29 | 7 | 1 | 202 |
1968 | 178 | 17 | 3 | 0 | 0 | 1 | 199 |
1978 | 165 | 9 | 0 | 0 | 0 | 0 | 174 |
1988 | 188 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 192 |
1998 | 167 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 167 |
2008 | 194 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 194 |
2018 | 177 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 178 |
Table.3 1958~2018年日本障害競馬上位入線馬(1~3着)の各品種当たりの総頭数
Table.1~3に1958~2018年の日本障害競争の上位馬における各品種当たりの延べ頭数及び総頭数を示す。Table.1は勝ち馬(1着馬)の延べ頭数、Table.2及び3は上位入線馬(1~3着馬)の延べ頭数及び総(実)頭数である。品種については上記のとおり、JBISサーチ*11の馬情報に示された分類に従った。なお、今般の調査対象集団のうち、1958年の阪神4歳以上にて3着に入ったブルーローズ*12、1968年の小倉障害ステークスにて3着に入ったグラスター*13の血統はいずれもnetkeibaデータベースクラシック及びJBISサーチにおいて不明であった。
1958年の段階では日本障害競馬においてもアラブ系競争馬が多数存在していたが、その後は1965年のアラブ大障害*14の廃止に代表されるようにアラブ系競争馬を対象とした競走の縮小・廃止に伴って1968年の時点では大きくその数を減らしている。1968年の日本障害競馬においてはタイチク*15という馬が100万下を含む計3勝を挙げたことが目立つ成績であるが、同馬の情報はJBISサーチに未登録であり、同馬の父Scotはサラブレッド、同馬の母でアングロアラブであるミスハタカゼのアラブ血量は不明であることから*16、上記統計においては暫定的にアングロアラブに分類したものの同馬のアングロアラブへの該当性は確かではなく、過去の登録規定及びアングロアラブの定義を踏まえると同馬は準サラブレッドに分類された可能性もある*17。1978年の段階で今般の調査対象集団にアラブ系競争馬は認められず、アラブ系競争馬は日本障害競馬からほぼ姿を消したものと思われる。その後アラブ系競争馬に遅れてサラ系競争馬の頭数も減少し、1998年の段階では今般の調査対象集団においてサラ系競争馬は認められなかった。1988年に認められたサラ系出走馬のうち、サンケイダイヤという馬が東京障害特別(秋)を制したことが目立つ成績である*18。2018年に唯一出走のあったサラ系出走馬はStorming Home産駒のサンマルホーム*19であるが、同馬の母母父キタノダイオーの母方が豪サラ*20であるバウアーストック系にルーツを有することから同馬はサラ系に分類されている。おそらく近年の日本障害競馬においては極めて異色の存在と考えられるが、同馬自身は2018年に障害未勝利戦を勝利するもその後は障害競争を10戦したものの2着が最高と勝ち星を上げられず、2020年に名古屋競馬に移籍となっている。なお、Table.3に示す通り1958~2018年の日本障害競馬における上位入線馬(1~3着)の総(実)頭数(すなわち、延べ頭数と異なり重複を含まない)は1958年と2018年とで大きな差異は認められず、上記障害競馬における競争馬のpopulation sizeとして競争数ほどの差異は存在しない旨の推測はそれなりに確からしいと思われる。
1958年の段階では日本障害競馬上位入線馬(1~3着)において計7頭の軽半種*21*22が認められた。その中でもエレガンスという馬は1957年のアラブ障害特別競走(中山、福島)を2度制したことに加え、1958年のみで障害競争計7勝をあげ、アラブ障害特別競走においても2着に2度入るなど活躍したようだ*23。上記軽半種7頭(エキスプレス、エレガンス、サルビヤ、ダイサンフクデン、トビツバサ、ミドリマル、ラツキー)は全てアラブ血量を含む軽半種のようで、アラブ系競争馬に混じってレースに出走したようだ。ラツキーは1957年に当時正月恒例のアラブ系のオープン特別として行われていた銀盃特別の2着馬で、障害でも計3勝(4勝?)、1959年のアラブ障害特別競走でも2着に入っている。それにしても上記エレガンスという牝馬は1958年だけで障害競争を計23戦もこなしており、その殆どでコンスタントに勝負圏内に加わるなど、2024年現在とは競馬の性質は大きく異なるとはいえ、そのタフネスは驚くべきものであろう。ただし、1959年の京都大障碍(秋)の勝ち馬ハルナサンはJBISサーチにおいては軽半種*24として登録されているが、その父シーマー及び母シンザンはいずれもサラブレッドであり、各馬の祖先も確認した限りではサラブレッドであったことから、ハルナサンは軽半種ではなくサラブレッドと思われる。従って、当該データベースの正確性には些かの疑問が残る。
*1:競馬データベースクラシック - netkeiba.com
*2:JBISサーチ(JBIS-Search):国内最大級の競馬情報データベース
*4:https://db.netkeiba.com/horse/1955z00316/
*5:中央競馬年鑑 昭和31-39,41-45年 | NDLサーチ | 国立国会図書館
*6:中央競馬年鑑 昭和42年 | NDLサーチ | 国立国会図書館
*7:https://db.netkeiba.com/race/list/19560505/
*9:川崎競馬倶楽部 川崎競馬 −伝えたい記憶 残したい記録ー
*10:中央競馬年鑑 昭和33年 | NDLサーチ | 国立国会図書館
*11:JBISサーチ(JBIS-Search):国内最大級の競馬情報データベース
*12:ブルーローズ | 競走馬データ - netkeiba.com
*13:グラスター | 競走馬データ - netkeiba.com
*15:タイチク | 競走馬データ - netkeiba.com
*16:ミスハタカゼ|JBISサーチ(JBIS-Search)
*18:サンケイダイヤ|JBISサーチ(JBIS-Search)
*19:サンマルホーム (Sammaru Home) | 競走馬データ - netkeiba.com
*21:財団法人 ジャパン・スタッドブック・インターナショナル -- FAQ --
*22:財団法人 ジャパン・スタッドブック・インターナショナル -- 軽種馬の登録のあゆみ --