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24/02/15 日本障害競馬における非サラブレッド競争馬に関する考察 ②

*日本障害競馬における非サラブレッド競争馬について

今般の調査では、以下の日本障害競馬主要競争に関する1950~2023年の全勝ち馬をリストアップしたうえで、その中から非サラブレッドと判断される競争馬を抽出した。対象馬の品種はJBISサーチ*1に記載されたものとした。対象集団はwikipedia(各競走の脚注参照)に記載されているものに限定した。一部の競争馬については上記データベースに登録されていないため、中央競馬年鑑*2等に基づいて血統及び品種等を判断した。アラブ系競争馬限定競争(アラブ大障害、中山アラブ障害特別、東京アラブ障害特別等)はアラブ系競争馬が勝利したことは自明であることから調査対象から除外した。上記対象集団における非サラブレッド競争馬は以下のとおりである。なお、当該集団においてアラブ系競争馬は認められなかった。加えて、前述のとおり、1959年の京都大障碍(秋)を制したハルナサンはJBISサーチにおいて軽半種*3*4と登録されているが、同馬の血統背景を鑑みるとサラブレッドであると考えられることからリストから除外した。

 

馬名 品種 生年 性別 主な勝ち鞍
アイビンクイン サラ系 1984 ウオロー (IRE) ミネノビクトリー (サラ系) 1989 小倉障害S
アシガラヤマ サラ系 1946 月友 バウアーヌソル (サラ系) 1950 中山大障碍(秋)
アラワシ サラ系 1950 トキノチカラ スズマサコ (サラ系 1954 中山大障碍(秋) 等
ケニイモア サラ系 1953 クモハタ 千鳥甲 (サラ系 1958 中山大障碍(春)、中山大障碍(秋)
サンケイダイヤ サラ系 1982 キタノダイオー (サラ系) キタノマサコ 1988 東京障害特別(秋)
シーロード サラ系 1970 ゴールデンパス シーエース (サラ系) 1975 阪神障害S(秋)
シマユキ サラ系 1950 セフト (IRE) 安俊 (サラ系) 1955 中山大障碍(秋)
ジュンブライド サラ系 1964 カリム (IRE) タマヒカリ (サラ系) 1968 京都大障碍(秋)
ダイニカツフジ サラ系 1950 セフト (IRE) 千鳥甲 (サラ系) 1955、1956 京都大障碍(秋)
タカライジン サラ系 1959 ライジングフレーム (IRE) ツキヤス (サラ系) 1963、1964 京都大障碍(秋) 等
ツキヤス サラ系 1947 月友 安華 (サラ系) 1951 中山大障碍(春)
ドウカンエース サラ系 1972 キタノダイオー (サラ系) ヤエヒカリ 1978 新潟障害S
マーブルエース サラ系 1977 ロータスイーター (IRE) コガネカシワ (サラ系) 1982 京都大障碍(春)
ヤマカブト サラ系 1952 クモハタ 千鳥甲 (サラ系) 1957 中山大障碍(秋)

Table.4 1950年以降の日本主要障害競争(アラブ系限定競走を除く)勝ち馬における非サラブレッド競争馬の一覧

前述のとおり、1950年代には比較的多数のサラ系競争馬が日本主要障害競争を制覇した。特に1958年には牝馬ケニイモアが中山大障碍の春秋連覇を成し遂げ、同年の最優秀障害馬に輝いたことを筆頭に*20、1957年には牝馬ヤマカブトが中山大障害(秋)及び東京障碍特別(秋)を制し、同年の最優秀障害馬に輝いている*21ほか、ダニカツフジという馬が1955年及び1956年の京都大障碍(秋)を連覇し、1955年には最優秀障害馬のタイトルを獲得したようだ*22。他にも、アシガラヤマ、ツキヤス、アラワシ、シマユキ*23*24が中山大障碍を制しており、サラ系競争馬は日本障害競馬において大きな存在感を示していたようだ。しかしながらその数は年を経るごとに減少し、1960年代中頃にはAintreeのGrand Nationalに挑戦した唯一の日本調教馬として有名なフジノオーとのライバル関係で広く知られるタカライジンが京都大障碍等を制し、1963年の最優秀障害馬に輝いたことが数少ない成功例である。サラ系競争馬として上記主要競争における最後の勝ち馬となっているのが1989年のアイビンクインによる小倉障害ステークスの勝利であり、1999年のグレード制導入以降、非サラブレッド競争馬が日本重賞競走を制した例は存在しない。

なお、国際招待競走として行われていた中山グランドジャンプには過去には国外調教馬が多数参戦したが*25、そのいずれもがサラブレッドであり、フランスを中心に欧州では数多く認められるAQPS及びSelle Françaisをはじめとする非サラブレッド競争馬の出走はなかったものと思われる。2022年にはアイルランドGordon Elliott調教馬でAQPSであるGevreyが中山グランドジャンプに予備登録を行ったが*26、参戦は実現しなかった。もっとも、不良馬場において異様な強さを発揮する産駒を数多く送り出すSaddler Makerの産駒である同馬はその後2023年のMunster National (G3)の勝利や同年のIrish Grand National (Grade A)での2着*27等、アイルランド24f超のChase路線で活躍しており、しかもSaddler Maker産駒の例に漏れず同馬もまた重馬場を得意とすることを考えると、中山の舞台は明らかに適性外であったと思われる。同馬はSelle Françaisの牝系に代々サラブレッドが交配されてきたパターンで、同馬の9代母で1935年生まれのNapolitaineの父CorymbeもHerodに連なるサラブレッドである。そのNapolitaineの母Arabetteは純血アラブとの記載もあるが定かではない*28。なお、中央競馬年鑑昭和45年にはフランス産Selle Français計4頭(ボウソレイユ、アリアンヌ、ウルヂヤン、アマベル)を輸入した旨が記載されているが*29、いずれも乗馬用途での購入のようだ。

 

アシガラヤマは1950年の中山大障碍(秋)の勝ち馬であるが、母母に豪サラ(豪洋)であるバウアーストックを有する。アシガラヤマ自身も兄弟にはキタノオー、キタノヒカリといった活躍馬を有する良血馬であるが、バウアーストックはその後も長きに渡ってサラ系としてアイテイオー、ヒカリデュール、キョウワサンダーといった多数の活躍馬を送り出した名牝系の祖となった牝馬である。ただし、豪サラとして扱われたバウアーストックは実際は"Brown Meg"というサラブレッドであるという説もあるようで*30、残念ながらサラ系ということでなにかと不遇の扱いを受けたと言われる一族であるが、同馬がサラブレッドであることが何らかの形で立証されていればその転帰は大きく変わったかもしれない。2024年現在既にバウアーストックの牝系は断絶したと言われるが、前述のとおり2018年にサラ系競争馬として障害未勝利戦を勝利したサンマルホームはその母母父にバウアーストックの末裔であるキタノダイオーを有している*31。キタノダイオーは父にサラブレッドであるDie Hardを有するサラ系競争馬で、平地競争で7戦7勝という良績を残して種牡馬入りした*32。その産駒としてサンケイダイヤが東京障害特別(秋)を、ドウカンエースが新潟障害ステークスを勝利し、すっかりサラ系競争馬の影が薄くなった1970年代後半以降の日本障害競馬における数少ないサラ系競争馬の成功例として存在感を示した。

ケニイモアは1958年に中山大障碍における史上初の連覇を達成した牝馬であるが*33、その兄弟には1955年及び1956年の京都大障碍(秋)を制したダイニカツフジ、1957年の中山大障碍(秋)及び東京障碍特別(秋)を制したヤマカブト、1954年の中京障碍特別及び1955年の東京障碍特別を制したカクセイ*34を有し、この兄弟から計3頭もの最優秀障害馬を輩出し当時の日本障害競馬を彩った有力な一族である。ケニイモア、ダイニカツフジ、ヤマカブト等の母である千鳥甲は現役競争馬としてはメイレキという名前で活躍した牝馬で、血統不明の天ノ川を祖先に有する牝系出身の馬である*35。この牝系出身の活躍馬としてヤマカブトの産駒で父にハクリョウを有するカブトヒカリは中山大障碍2着2回、3着1回という成績を残したが*36、やはり有名なのは岡田繫幸氏の持ち馬として1986年の東京優駿にて2着に入ったグランパズドリームであろう。ただし天ノ川を祖とする牝系としては既に途絶えているものと思われる。

ツキヤスは1951年の中山大障碍(春)をのちに東京優駿を制す古川良司騎手を背にレコードタイムで制した牝馬である。どうやらツキヤス自身は豪サラの横浜を祖とする牝系出身のようであるが*37、ツキヤスは繫殖牝馬としても成功し、その産駒であるタカライジンは計3度の京都大障碍の制覇をはじめ、1960年代半ばに日本障害競馬の一流馬として活躍した名馬となった。タカライジンはその強さのみならず2024年現在日本調教馬として唯一の海外障害競馬への挑戦を敢行したフジノオーとのライバル関係で広く知られており、残念ながら中山大障碍制覇こそ全てフジノオーに阻まれたものの、1963年中山大障碍(秋)、1964年中山大障碍(春)、1964年中山大障碍(秋)のいずれにおいてもフジノオーとのマッチレースを繰り広げ、3着以下を大きく突き放す素晴らしい熱戦を繰り広げた*38。父であるアイルランド生産馬Rising Flame譲りの美貌を有し、東京優駿皐月賞にも参戦し、障害競争としては類稀なスピードを生かして連勝街道を進んで来たとされるタカライジンに対して*39、外見上目立つところはなく、平地競争では未勝利勝ちを含む下級条件戦のみの実績に限られるフジノオーは、これらの状況とは逆にサラブレッドであった*40ということは意外な事実であろう*41。なお、ツキヤスの産駒として父にクモハタを有するタカヒロという馬もまた障害競争で活躍し、1958年の中山大障碍(秋)ではケニイモアの3着に入っている*42

アラワシは1954年の中山大障碍(秋)の勝ち馬で、他には同年の東京障碍特別及び阪神障碍特別を制し、1954年だけで24戦10勝2着6回3着3回という2024年現代から見ると驚くべき成績を残している*43。その母スズマサコはミラ - 第三ミラに連なる牝系の末裔であるが*44、この牝系の出身馬として、スズマサコの祖母第三ミラ四から分岐する牝系出身のジユンブライドが1968年に京都大障碍(秋)を制している*45。さらに、第三ミラの産駒である竜玉を母に持つ安俊(父:月友)*46の産駒として、シマユキが1955年の中山大障碍(秋)を制しているほか、同様に安俊の末裔である1967年の桜花賞の勝ち馬シーエースの産駒シーロードが1975年の阪神障害ステークス(秋)を、アイビンクインが1989年の小倉障害ステークスを制している。なお、アイビンクインは1989年の阪神障害ステークス(秋)の落馬ののちは1年ほどの休養を経て復帰するも3戦いずれも大敗に終わっており、もしこの落馬がなければもう少し活躍することが出来たかもしれない。また、第三ミラの産駒である竜玉を母に持ち、安俊の半姉となる光俊の末裔であるマーブルエースが1982年の京都大障碍(春)を制すなど、日本レース・倶楽部によって1899年にオーストラリアから導入された名牝ミラ*47の末裔は日本障害競馬においても数多くの活躍馬を送り出したようだ。

なお、今般の調査では対象外としたが、1950年以前の中山大障碍における非サラブレッド競争馬と思われる馬の勝利は以下のとおりである。記載は中央競馬年鑑 昭和31年に従った*48。馬齢は中央競馬年鑑の記載に従って数え年で表記しており、wikipediaの記載*49とは異なることに留意されたい。

  • 1935年秋 オーシス 牡5 父:トウルヌソル 母:瑞盛(準サラ)
  • 1936年秋 トーナメント 牡5 父:トウルヌソル 母:種博(アア)
  • 1937年春 フソウ 牡6 父:トウルヌソル 母:博元(準サラ)
  • 1938年春 トクタカ 牡6 父:ハクシヨウ 母:種高(準サラ)
  • 1940年秋 スタミナ 牝6 父:トウルヌソル 母:雲鶴(準サラ)
  • 1941年春 ライハルオン 牝7 父:ペリオン 母:ライフラー(サラ系
  • 1942年春 ホウカツピータ 牡6 父:ブラオンジヤツク 母:ホウカツ(軽半)
  • 1942年秋 バイエル 牝5 父:第六シアンモア 母:英馳(軽半)
  • 1949年春 カミカゼ 牡5 父:ブラオンジヤツク 母:エリースの五(軽半)

なお、1951年の中山大障碍(秋)を勝利したミツタヱは父が月友、母は村妙というサラブレッドであるが、勝ち馬から5馬身差の2着に入ったホウセイは父が方景、母が第二ナスというアングロアラブであることが確認できる*50。ホウセイは1950年の同競争でもアシガラヤマの4着に入ったようだ。同馬は当時のアラブ系障害競争では無敵を誇った馬だそうで、アラブ系障害競争に限っては16連勝という驚くべき成績を残したそうだ*51。アラブ系で抜きん出た強さを誇る最強馬がサラ系競争馬に挑むことは過去の日本競馬に存在したナラティブの一つであったものと思われる。

*1:JBISサーチ(JBIS-Search):国内最大級の競馬情報データベース

*2:中央競馬年鑑 昭和31年 | NDLサーチ | 国立国会図書館

*3:財団法人 ジャパン・スタッドブック・インターナショナル -- FAQ --

*4:財団法人 ジャパン・スタッドブック・インターナショナル -- 軽種馬の登録のあゆみ --

*5:中山大障害 - Wikipedia

*6:中山グランドジャンプ - Wikipedia

*7:京都大障害 - Wikipedia

*8:京都ジャンプステークス - Wikipedia

*9:京都ハイジャンプ - Wikipedia

*10:小倉障害ステークス - Wikipedia

*11:小倉サマージャンプ - Wikipedia

*12:東京障害特別 - Wikipedia

*13:東京ハイジャンプ - Wikipedia

*14:東京ジャンプステークス - Wikipedia

*15:新潟障害ステークス - Wikipedia

*16:新潟ジャンプステークス - Wikipedia

*17:阪神障害ステークス - Wikipedia

*18:阪神スプリングジャンプ - Wikipedia

*19:阪神ジャンプステークス - Wikipedia

*20:ケニイモア|JBISサーチ(JBIS-Search)

*21:ヤマカブト|JBISサーチ(JBIS-Search)

*22:ダイニカツフジ|JBISサーチ(JBIS-Search)

*23:https://twitter.com/Yuki_Nakashim/status/1751525667743858924

*24:プロセカアフタートーク Little Bravers!編 - YouTube

*25:21/12/14 中山グランドジャンプ 海外からの参戦馬一覧 - にげうまメモ

*26:22/02/26 中山グランドジャンプ 予備登録馬 - にげうまメモ

*27:I AM MAXIMUS powers to victory in the BoyleSports Irish Grand National - Racing TV - YouTube

*28:https://sporthorse-data.com/pedigree/arabette?mode=d

*29:中央競馬年鑑 昭和45年 - 国立国会図書館デジタルコレクション

*30:キタノオー | アイケー血統研究所

*31:サンマルホーム (Sammaru Home)の血統表 | 競走馬データ - netkeiba.com

*32:キタノダイオー - Wikipedia

*33:ケニイモア - Wikipedia

*34:カクセイ|JBISサーチ(JBIS-Search)

*35:メイレキ

*36:カブトヒカリ (Kabuto Hikari) | 競走馬データ - netkeiba.com

*37:Family Line half-bred

*38:タカライジン | 競走馬データ - netkeiba.com

*39:そしてフジノオーは「世界」を飛んだの通販/辻谷 秋人 - 紙の本:honto本の通販ストア

*40:フジノオー|JBISサーチ(JBIS-Search)

*41:思想への望郷 : 寺山修司全評論集 下

*42:タカヒロ | 競走馬データ - netkeiba.com

*43:アラワシ|JBISサーチ(JBIS-Search)

*44:凪的電脳賽馬−血統系統図(ミラ系)

*45:ジユンブライド|JBISサーチ(JBIS-Search)

*46:安俊|JBISサーチ(JBIS-Search)

*47:ミラ (競走馬) - Wikipedia

*48:中央競馬年鑑 昭和31年 - 国立国会図書館デジタルコレクション

*49:中山大障害 - Wikipedia

*50:ホウセイ|JBISサーチ(JBIS-Search)

*51:ホウセイ - Wikipedia