にげうまメモ

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15/7/25 Journal Club

*Journal Club

今回は馬の心疾患のお話。何度も言うがわたしの専門とは関係ない。あくまで専門外のポンコツ獣医が趣味で読んだまとめと思って読んで頂きたいところ。読む人いるか知らんが。

 

[Paper]

Prevalence and Risk Facters for Cardiac Diseases in a Hospital-Based Population of 3434 Horses (1994-2011)

A.A. Leroux et al. J. Vet. Inter. Med. 2013

 

[Summary]

心疾患は馬においても重要な分野の一つである。特に体力の極限まで激しい運動を行う競走馬においては、心疾患の発生はそのパフォーマンスを低下させる大きな問題である。かつて英国短距離Chase路線において無敵を誇ったSprinter Sacreが心疾患により長期離脱を余儀なくされ、その後のパフォーマンスが全盛期のものと比べて冴えないことからも、その悪影響が如何に大きいものか分かるだろう。本論文は馬専門動物病院に来院した馬を対象にして、各心疾患の発生頻度とリスク因子を調査した観察研究である。なお当然の如く疾患名は獣医学用語を用いるのでご了承を。

 

[Introduction]

心雑音や不整脈を初めとする心疾患は馬において頻発するが、その普及率やリスク因子を探索した大規模研究は比較的少ない。獣医学的に重要な心雑音は主に弁の閉鎖不全、感染性弁膜障害、先天性心奇形等によって生じる。中でも僧帽弁閉鎖不全と大動脈弁閉鎖不全は最も多く報告されている一方、競走馬においては三尖弁閉鎖不全が最も多く報告されている。心室中隔欠損は馬における先天性心奇形としては最も多く報告されている。

心房細動は競走馬が初期にパフォーマンスを低下させる不整脈であり、心房拡張を伴う僧帽弁閉鎖不全を続発し、うっ血性心不全へと至る可能性がある。しかし心房細動は単なる発作性のものであり、他の心疾患を続発することなく強度の運動の直後に発生することが多い。心室細動に関しての調査報告は少なく、その発生頻度は不明である。

動物病院に来院した馬を対象にして行われた心疾患に関する大規模な疫学的調査は存在しない。本研究は比較的多く発生するとされる心疾患の発生率を調べるとともに、そのリスク因子を調査することである。

 

[Materials and Methods]

Internal Medicine Department of the Equine Teaching Clinic of Liegeに来院した馬を対象に行った。各馬の観察期間は2年間で、調査期間は1994年8月26日から2011年12月31日である。

詳細な診断方法と統計処理に関しては論文参照のこと。要するに獣医師による心エコー検査とドップラー検査で心疾患を診断した。

 

[Results]

観察した3434頭中492頭にて心エコーとECGを行い、その中の284頭にて心疾患が認められた。年齢、体重、性別、品種ごとに各心疾患をまとめたのがTable.1である。最も多く認められた心疾患は僧帽弁閉鎖不全(4.4%)、次いで心房細動(2.3%)、大動脈弁閉鎖不全(2.1%)、三尖弁閉鎖不全(1.7%)である。温血種(Warmblood)が品種の中では最も多く(n=2382)、続いてポニー(n=527)、サラブレッドは1割以下であった(n=206)。心エコーを行った馬では有意に体重が大きいという結果であった。また、僧帽弁閉鎖不全、三尖弁閉鎖不全、心房細動、心室不整脈、及びうっ血性心不全を起こした群はコントロール群に比べて有意に体重が大きかった。温血種では僧帽弁閉鎖不全、大動脈弁閉鎖不全、心房細動、うっ血性心不全が、トロッター種では僧帽弁閉鎖不全、三尖弁閉鎖不全、心房細動が、サラブレッドでは大動脈弁閉鎖不全(n=7)と三尖弁閉鎖不全(n=8)がコントロールと比べて有意に発生頻度が増加していた。

以下のオッズ比の解析は温血種のみを用いて行う。性別は大動脈弁閉鎖不全においてのみリスクファクターであり、牡馬はセン馬や牝馬と比べて有意に大動脈弁閉鎖不全のリスクが増加していた。加齢は大動脈弁閉鎖不全と三尖弁閉鎖不全のリスク因子であり、特に大動脈弁閉鎖不全は2-5yoに対して5-15yoの馬においてリスクが増加していた。一方で三尖弁閉鎖不全のリスクは5-15yoに対する15-25yoの馬においてのみ増加していた。馬体重は心房細動と三尖弁閉鎖不全におけるリスク因子であり、550kg以上の馬では有意に三尖弁閉鎖不全のリスクが低下していたのに対し、心房細動のリスクは増加していた。また、心疾患は同じ馬において頻発することが多く、ある心疾患を抱えた馬は他の心疾患を起こすことが頻発していた(85/232)。

 

[Discussion]

本研究で判明した心疾患の発生頻度は過去の文献と一致していた。加えて、心疾患同士の関連も明らかとなった。例えば僧帽弁閉鎖不全は最も頻発する心疾患であり、心房細動、心室不整脈、肺動脈弁閉鎖不全、及びうっ血性心不全と関連があった。また三尖弁閉鎖不全は心房細動、肺動脈弁閉鎖不全、及びうっ血性心不全と関連が合った。大動脈弁閉鎖不全はうっ血性心不全と関連がなかった(Table.3)。

僧帽弁閉鎖不全は最も発生頻度が高い心疾患(4.4%)であった。これは過去の文献のデータよりも若干高い数値であるが、若齢のサラブレッドのみを対象とした文献(6%)よりは若干低い。これは本研究では僧帽弁閉鎖不全の頻度が高い温血種とトロッター種が主であり、サラブレッドは高齢(9.5±5.5yo)の個体が多く、そのほとんどが競走馬生活を終えていることに起因するだろう。他の理由としては、温血種やトロッター種はサラブレッドよりも体重が大きいことが挙げられるかもしれない。

本研究での心房細動の発生頻度は2.3%であった。過去の文献では0.3-2.4%と非常に振れ幅が大きいが、これは母集団の構成によるものであろう。また、本研究では他の心疾患との関連を考察していることも大きい。心房細動は温血種とトロッター種において多く認められた。温血種に関してはこれは体重による影響が大きいだろう。実際に550kg以上の温血種では心房細動のリスクが増加することが判明している。

大動脈弁閉鎖不全の発生頻度は2.1%と、過去の文献とほぼ一致していた。サラブレッドと温血種は大動脈弁閉鎖不全のリスクが比較的高かったが、本研究のサラブレッドはあくまでキャリアを終えた高齢(9.5±5.5yo)の馬であり、これに対してトロッター種は調教中の比較的若齢(7.0±6.2yo)のものが多かったことに起因するだろう。実際、大動脈弁閉鎖不全のリスク因子は加齢であることが知られている。

三尖弁閉鎖不全の発生頻度は1.7%であった。三尖弁閉鎖不全の発生頻度はサラブレッドやトロッター種で広く調べられており、特に英国障害馬においては13%にも達するといわれている。実際、本研究においてもサラブレッドとトロッター種では比較的発生頻度が高かったが、他の研究に比べてこの数値が低いのは、本研究におけるサラブレッドはほとんどが引退後の馬であることに起因しているだろう。また、過去の文献ではより軽度な三尖弁閉鎖不全を含めている場合があり、これも同疾患の発生頻度を高く見積もる原因となっている可能性がある。

肺動脈弁閉鎖不全の結果に関してはやや疑わしい。これは肺動脈弁閉鎖不全では頻繁に心雑音が聴取できないことがあり、従って同疾患がある馬がコントロール群に含まれてしまっている可能性があるからである。しかし、同疾患は肺高血圧症を続発する重要なものであり、より詳細な解析が待たれる。

動物病院に来院した馬におけるうっ血性心不全の発生率は1%以下であったが、他の心疾患を持つ馬では10%にも及んだ。うっ血性心不全についての文献は乏しく、中高齢の馬における死因の7.9%が心疾患によるものであるということが分かっている程度である。本研究でうっ血性心不全を起こした馬は殆ど(28/29)が温血種であり、この発生頻度は他の品種よりも高かった。また、うっ血性心不全を起こした馬はコントロール群よりも馬体重が重く、また高齢であった。ただし統計解析上は馬体重と加齢はうっ血性心不全のリスクとならないことが判明している。実際に他の文献では、幅広い品種や年齢層においてうっ血性心不全が発生することが分かっている。これに対して、大動脈弁閉鎖不全を除く弁膜症と心房細動はうっ血性心不全のリスク要因になることがわかった。これはうっ血性心不全を起こす原因を検討した過去の文献と一致する。これらは全て左心室の拡張を引き起こし、肺高血圧を続発し、心拍出障害を生ずるだろう。三尖弁閉鎖不全はうっ血性心不全と心房細動の主要なリスク因子であることが判明した。これに対して、大動脈弁閉鎖不全はうっ血性心不全のリスク因子とならない一方、僧帽弁閉鎖不全とは関連があった。また、心室中隔欠損は三尖弁閉鎖不全と大動脈弁閉鎖不全のリスク因子であった。

この研究には限界もある。例えばこの研究は17年間もの間行っており、獣医師は代わっているし超音波装置も異なる。もちろん熟練した獣医師が診察を行っているが、疾患のグレードなどは各人によって違う。そういった理由で今回は弁膜症に関しては軽度なものは含まれていない。なお、診察年度による統計的に有意な違いは存在しなかったことを追記しておく。加えて、コントロール群では心エコーやECGを行っていない点にも問題がある。Grade 3以上の心雑音が認められなかったとはいえ、コントロール群に軽度な弁膜症が存在していた可能性は否めない。

本研究における心房細動、心室不整脈心室中隔欠損、及びうっ血性心不全の発生頻度は過去の文献と一致していた。大動脈弁閉鎖不全においては加齢や牡馬といったリスク因子が明らかとなったほか、三尖弁閉鎖不全においては中齢以上の加齢がリスク因子であること、また心房細動が大型馬で増加することが明らかとなった。また、複数の心疾患を持つ馬が多く存在することが明らかとなり、心疾患同士がそれぞれのリスク因子であることがわかった。心雑音や不整脈がある場合や、本研究で明らかとなったようなリスク因子がある場合、ECGやカラードップラーなどによる詳細な診断とうっ血性心不全へ進行するリスクの評価を強く推奨する。

 

[Discussion2]

そこ、笑ってはいけない。笑っては。

清清しいまでに力押しの論文である。さぞかしサンプルを集めるのには一苦労だっただろう。この動物病院17年間の苦労の結晶である。論文としては動物病院に来院した馬が母集団であり、しかも温血種がほとんど、サラブレッドは引退して高齢馬のみと、母集団としては非常に問題があるが、これも臨床研究の限界であろう。臨床検体を集めたり患者を追跡するのにも一苦労なのである。この母集団ではある傾向が見られたのに対して、この母集団では違う傾向が見られた、そういうやり取りをしなければいけないのが臨床研究である。いずれにせよ、競走馬を考えるのならば調教中の競走馬を母集団にした臨床研究を選ばなければいけない。従って、競走馬に関する知見はここから外挿するのはちと苦しい。

しかし、弁膜症同士の相関を考えるのには少々興味深い。大動脈弁閉鎖不全は左心室拡大を引き起こさないため肺高血圧症を続発しない一方、他の弁膜症、例えば僧帽弁閉鎖不全は左心房から左心室への流出量を増大、三尖弁閉鎖不全は右心室からの拍出量を増大させ、肺高血圧症のリスクを増大させるだろう。また、三尖弁閉鎖不全は心房細動のリスクを増大するそうだが、これは右心房内容量の低下を招き、いわゆる「空打ち」状態になるというのだろうか。さらに、心室中隔欠損は右心室から左心室へのシャントが出来た形になるが、これは左心室拡大による左心室からの拍出量増大により大動脈弁閉鎖不全を、さらに右心室内容量の低下による三尖弁閉鎖不全を招くのだろうか。心臓の動きを想像しながら各疾患の関連を考えるのは中々に興味深い。

なおサラブレッドも温血種(軽種)に属するが、ここの論文である"Warmbloods"は乗馬用の馬か何かだと思う。

そんなわけで競走馬における参考文献となりそうなものを幾つかReferenceからピックアップしたので次はそれで。