にげうまメモ

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21/09/16 障害競馬入門① - Introduction -

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日本において競馬といえばダービーや有馬記念をはじめとする平地競争を指し、障害競馬の存在は一般にはさほど知られておりません。しかし、世界の巨大な競馬産業において、障害競馬は平地競争及び繋駕速歩競走と並んで非常に重要な地位を占めており、特にヨーロッパを中心に数多くの障害競争が行われています。

 

*イギリス・アイルランド・フランス

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イギリス・アイルランド・フランスにおいて、障害競走は一般的に"National Hunt Racing"と呼ばれます。イギリス・アイルランドにおける障害競走の規模は平地競争に匹敵するか、もしくはそれ以上のものを持っており、競走馬が長く活躍すること、Point-to-Point Racing等の存在により比較的身近であること等、様々な理由からイギリス、アイルランドでは平地競争と比べると障害競走の方が人気があるとすら言われています。例えばイギリスAintree競馬場で行われる"Grand National Meeting"や、Cheltenham競馬場で行われる"Cheltenham Festival"は、イギリス国内において平地競争を遥かに凌駕する高い人気を誇っており、特に人気のエリアのチケットは発売開始直後に完売御礼、そして当日の競馬場には数多くの熱狂的な競馬ファンが詰めかけます。Cheltenham Festival初日の第1レースのスタート時点において、一年間この開催を心待ちにしていた競馬ファンが上げる大歓声は、"The Roar"と呼ばれる有名なものですね。さらにイギリスGrand Nationalについては、世界各国にそれを模範とする競争が創設され、各国の障害競走において中心的な役割を果たしているように、"Grand National"はイギリス国内のみならず、もはや世界的な障害競馬の中心となっています。

また、世界を代表する競走馬のブリーダーであるクールモアスタッドの存在で知られる競馬大国・アイルランドは、年間開催される障害競馬の競争数は平地競馬を上回っており、"Leopardstown Christmas Festival"、"Dublin Festival"、"Punchestown Festival"等、主要障害競走が集中的に行われる祭典が多数開催され、主要平地競馬開催を上回る数多くの競馬ファンを集めます。上記の通り、この2か国における障害競走の人気は平地競争のそれを凌駕していますが、この2か国におけるトップクラスの競走の水準の高さはもちろんのこと、"Point to Point Racing"と呼ばれるアマチュア騎手のみで行われる競馬が各地で活発に行われており、その競馬の裾野は広く存在しています。

さらに、国内に非常に数多くの競馬場を擁するフランスでは、人馬の技術、美しく整備された競馬場の障害コース等におけるスポーツ文化としての高い水準はもちろんのこと、障害馬の多様性においてもその裾野も大きく広がっており、サラブレッドだけではなく、AQPS(Autre Que Pur-Sang:Other than Thoroughbred、 すなわち"Anglo-Arabians"、"Selle Français"(French Riding Horse)、"French Trotters"、さらにそれらの交雑種が含まれる)を含む馬が障害競馬に出走し、サラブレットと同等に活躍しています。これらの国では強靭な障害馬を血統面からも生産しようという試みが盛んであり、イギリス・アイルランド・フランスにおいては、障害競馬専用の種牡馬繁殖牝馬が多数存在し、世界的な障害馬生産の中心となっています。

 
*ヨーロッパ諸国

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ヨーロッパにおける障害競馬は、イギリス・アイルランド・フランスのみではなく、イタリア、チェコスロバキアポーランド、ドイツ、スイス、ハンガリー、ベルギー、スウェーデンノルウェー、ロシア等、多数の国で開催されています。

例えば、チェコ競馬産業は確かに他国と比較すると小規模であり、特に平地競争の面からは決して目立つ競馬開催国ではありませんし、チェコ国内においても競馬自体は決してメジャーなスポーツではありません。しかし、その障害競馬の水準はヨーロッパ随一のものを誇ります。特に、チェコ障害競馬の頂点である"Velká Pardubická"(ヴェルカ・パルドゥビツカ)は、欧州障害競馬ファンを中心に熱狂的な人気を集めており、"Velká Pardubická"が行われる10月のPardubice競馬場にはヨーロッパ各地から多数の観光客を集める上に、非常に白熱した、ハイレベルで激しくも美しい障害競走を見ることが出来ます。特に、"Velká Pardubická"の第4障害として使用される"Taxis Ditch"は、高さ150cm、幅180cmの生垣障害の着地側に、深さ最大100cm、幅400cmもの巨大な空壕が設置されており、馬の運動能力の限界に近い幅8~10m近い飛越を要求する世界的な難関障害となっています。

また、イタリア北部に存在するMerano競馬場には、"Oxer Grande"と呼ばれる高さ110cmの生垣と高さ150cmの生垣が90cmの空壕を挟んで並べられた全長400cm近い巨大な生垣障害や、"Fence Grande"と呼ばれる高さ190cm、幅300cmの生垣障害を始め、多数の巨大で難易度の高い生垣障害が設置されており、イタリア障害競馬の中心地となっています。そんなMerano競馬場で9月末に実施される"Gran Premio Merano"が最高峰として存在するイタリア障害競馬は、その賞金額の高さからチェコポーランド、スイス、ハンガリー、更にはフランスといった周辺諸国から多数の参戦馬を集めており、イギリス・アイルランド・フランス以外のヨーロッパ障害競馬の中心的な存在となっています。

 

オセアニアアメリカ・日本

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ヨーロッパ以外でも、オーストラリア、ニュージーランド、日本、アメリカでも障害競走が行われています。オーストラリア、ニュージーランド、日本ではどちらかというと平地競争の競走馬を障害競走に転用することが多いものの、いずれの国においても高度に整備された障害競走体系が存在しており、白熱した障害競走が行われています。

オーストラリアではSteeplechase競走においては歴史的な経緯から人工材料の障害を使用しており、生垣障害は唯一Casterton競馬場に残るのみですが、"The Bool"と呼ばれるWarrnambool競馬場のMay Carnivalではたくさんの観客を集め、素晴らしい盛り上がりを見せます。また、オーストラリア競馬にはヨーロッパからの移籍馬が数多く存在する関係で、オーストラリア障害競走にはかつてヨーロッパ等の平地競争で活躍した競走馬が参戦することが多いほか、ニュージーランド障害競走からの移籍馬も数多く存在し、その出走馬の多様性は注目に値します。

一方で、オーストラリアとは異なり生垣障害を主に使用するニュージーランド障害競馬について、特にEllerslie競馬場の障害コースには言及すべきでしょう。同競馬場の障害コースには"Ellerslie Hill"と呼ばれる丘が存在し、ニュージーランド障害競走の最高峰であるGreat Northern Steeplechaseでは、このEllerslie Hillを3回昇り降りする全長6400メートルのタフなコースが設定されています。

アメリカにはヨーロッパの競馬場を彷彿とさせる緑豊かな競馬場も存在しますが、特にTimberと呼ばれる木製の障害を使用した障害競走が盛んに行われています。この木製の障害の飛越難度は高く、非常に高度な飛越技術を要求される競走が行われることが特徴です。特に4月末にワシントン近郊で行われるMaryland Hunt Cupは4マイル(約6400メートル)の長距離に22の障害の障害を飛越するコースが設定されておりますが、特にその最大4フィート10インチ(約1.47メートル)にも達する障害の高さで知られており、同レースは世界的にも最もタフな障害競走の1つと言われています。一方で、"National Fence"と呼ばれる小型の障害を使用するHurdle競走では、夏のSaratoga競馬場におけるG1競走を始め、レース体系が非常に整備された障害競馬が実施されています。

日本においても障害競馬は活発に行われており、その賞金額は世界的には破格のものが設定されているほか、平地競争の水準の高さから世界的な血統馬が多数集結する日本競馬産業の特色もあり、障害競走においても平地競争における著名な血統馬を見ることが出来ます。また、中山競馬場の障害コースには深さ最大5.3メートルの深い谷が設定されており、このような独特なコースは世界的に見ても現時点では中山競馬場にしか存在しません。

 

このように、障害競走はヨーロッパを中心に、平地競争以上に多様な発展を遂げており、各国において独特で巨大な産業を形成しています。

 

*障害競馬の差異とこのシリーズについて

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これらの障害競馬開催国の間では、障害競馬の形態に大きな差異があることもまた特徴です。例えば使用する障害の形態にも大きな差異が存在します。日本障害競走には比較的小型の障害を使用するHurdle競走、及び比較的大型の障害を使用するSteeplechase競走の区別こそ存在しませんが、障害競馬開催国においては基本的にHurdle競走とSteeplechase競走の区分が存在します。小型の障害を使用するHurdle競走ではある程度共通点もありますが、大型の障害を使用するChase(Steeplechase)競争で使用する障害は多様です。例えばイギリス・アイルランドのChase競争では馬が掻き分けることがほぼ不可能なほど密な障害を使用する一方で、フランスSteeplechaseでは生垣障害、水壕障害、石垣、竹柵障害など、非常に多様な障害を使用します。上記の通り、オーストラリアSteeplechaseでは歴史的な経緯から人工材料を使用した障害を使用している一方で、ニュージーランドSteeplechaseは生垣障害が殆どを占めます。アメリカではTimberと呼ばれる木製の障害を使用しており、このような障害はオセアニア・日本には存在せず、ヨーロッパでもCross Country競争において使用されるのみです。

上記の写真はPardubice競馬場に存在する"Dry Ditch"と呼ばれる障害。空壕だけの障害ですね。このような障害はヨーロッパCross Country競走において多用されます。

 

このシリーズでは、各国の障害競馬を見る上で基礎となる競馬のシステムについて簡単に記載していきます。障害競馬を見る上での一助となれば幸いです。