にげうまメモ

障害競馬の個人用備忘録 ご意見等はtwitter(@_virgos2g)まで

22/09/29 オーストラリア障害競馬 ① - 概要 -

*オーストラリア障害競馬

オーストラリアの障害競馬の歴史は19世紀初頭の植民地時代にまで遡る。オーストラリア最初の障害競走は1832年にSydneyのFive Dockで行われ*1、かつてはQueensland、New South Wales(NSW)、Western Australia、Tasmania、Victoria(VIC)及びSouth Australia(SA)において広く行われていた。しかしながらQueenslandの障害競走は経済不況等の理由から20世紀初頭には消滅すると*2、そもそも試験的に"Perth Steeplechase"を開催していた程度で非常に小規模であったWestern Australia、及びトラック数に乏しくVIC州と比して低水準であったと言われるNSW州の障害競走も第二次世界大戦の頃には消滅している*3第二次世界大戦以降、上記の障害競馬が廃止となった州における散発的かつごく小規模な復活も含めると長期間に渡って活発に障害競馬が開催されており、特にSA州Oakbank競馬場におけるGreat Eastern SteeplechaseやVIC州Warrnambool競馬場のMay Carnivalは数万人規模の観客を集めていた。さらに、元々はオーストラリアで"The Black Kangaroo"とすら呼ばれた名障害馬で、その後イギリスに移籍しAintree競馬場のGrand NationalにてRed Rumと死闘を演じたCrispをはじめ、第二次世界大戦以前から引き続き、多数の傑出したタレントを生み出していた。

しかしながら21世紀に入ってからは暗いニュースが相次いでおり、2005~2007年にかけて中山グランドジャンプを3連覇したKarasiが現れた一方でオーストラリア障害競馬は苦しい時代を迎え、2007年に地元調教馬の数が乏しい等の経済的な理由からTasmania州の障害競馬は廃止となり、2010年頃にVIC州の障害競馬は廃止の危機を経験し、さらにVIC州と比較して低迷していたSA州で2022年に障害競馬自体が非合法となったことから、2022年現在において、オーストラリア国内で障害競馬を開催しているのはVIC州のみとなっている。

Brief history of Jumps Racing in Australia(Jenny Barnes Photography)

The History of Jumps Racing in the States of Australia (The Virtual Form Guide) / National / 12 May, 2009(Australian Trainers Association)

The History of Jumps Racing in Australia(AJRA)

SA州の障害競馬の非合法化の経緯に関しては以下の記事を参考にされたい。経緯は複雑だが、要約すると元々Racing SA(及びORC)側のアクションとして2022年に障害競馬を開催しないことを決定し、これを受けてThe Greensが障害競走を非合法化する法案を提出、州議会で当該法案が可決されたものである。この一連のアクションには多数の問題点が指摘されているが、その中でも最大の問題点としては、動物愛護思想に基づきオーストラリア全土から競馬産業自体を撲滅することを目的としたキャンペーンを行う政党であるThe GreensとRacing SAが水面下で協力関係にあったことだろう。

22/07/13 南オーストラリア州の障害競馬を巡る経緯(にげうまメモ)

オーストラリア障害競馬は狂信的な動物愛護団体による抗議行動の影響を強く受けており、1997年にThe GreensはNSW州で障害競馬を非合法化する法案を提出しているほか、上記のとおり2022年のSA州の障害競馬を非合法化した法案を提出したのもまたThe Greensである。このような抗議行動からVIC州では21世紀の初頭に安全性の向上を目的として小型の障害が導入されたが、かえって飛越時のスピードが上がったことにより落馬事故のリスクが高くなったと言われており、オーストラリア2008-2009年シーズンにおいて発生した計14頭の死亡事故はVIC州における障害競馬の廃止に関する強い議論を呼び起こし、VIC州の障害競馬は廃止の危機に追い込まれたものの、フランスから新たな障害を導入するといった徹底した安全対策を講じたうえで開催は継続された。

このように苦しい時代が続いたオーストラリアの障害競馬であるが、しかしながら近年のVIC州における障害競馬の再興は著しく、イギリスで馬の色相に関する獣医学的知見を踏まえて開発された"One Fit Hurdle"がオーストラリアにも導入されるなど、最新の科学的知見に基づく最先端の安全対策が導入された結果、落馬率の低下等の安全性の向上は勿論のこと、出走馬や賞金額の増加、有力な調教師の参戦、さらにWarrnambool May Carnival等の主要開催の歴史的な大成功を実現し、オーストラリア障害競馬は安全性を担保した最先端のスポーツとして復活の兆しを見せている。

JUMPS RACING CONTINUES TO GROW IN VICTORIA(AJRA)

Green paper to guide discussion on Victorian racing infrastructure(Racing Victoria)

Jump racing has leapt forward. Where to now?(RSN)

 

オーストラリア障害競馬はHurdle及びSteeplechaseに分類され、欧州で行われているCross Countryタイプの障害競走は行われていない。VIC州における2022年の競争数は以下のとおりである(管理人集計)。

  • Hurdle:49
  • Steeplechase:24
  • Total:73

なお、VIC州において2019年及び2020年の当初は合計61の障害競走(Hurdleが計39競走、Steeplechaseが計22競走)を開催又は開催予定であり*4*5、2019年及び2020年と比較すると若干競争数自体は増加しているが、これは2022年にSA州の障害競走が行われないことが決定されたことを受けた措置であることに留意されたい。ちなみに、2020年のCOVID-19以前にSA州で予定されていた障害競走数は計22である*6

写真は2019年にVIC州Ballarat競馬場のGrand National Meetingで撮影したものであり、上がHurdle、下がSteeplechaseで使用される障害である。Hurdleは小型でイギリス・アイルランドで使用されているものと同様であり、馬が蹴飛ばせば倒れる程度のものである。なお、その後オーストラリアではイギリスで開発された"One Fit Hurdle"が導入されたことから、2022年のレースで使用された障害は写真のものとは微妙に異なっていることに留意されたい。一方のSteeplechaseは飛越側に白い目印をつけた人工素材で作られた障害が使用されており、オーストラリアVIC州の殆どの競馬場で同様の障害が使用されている。ただし、現存するオーストラリア最古の障害競走であるGreat Western Steeplechaseを行っていたCasterton競馬場においては唯一生垣障害が現存しており、Casterton競馬場のSteeplechase Courseはその生垣障害で有名である*7

AJRA and Racing Victoria trial the British Authority Approved One Fit Hurdle(AJRA)

Steeplechaseにおいて障害を設置する風景。オーストラリアにはWarrnamboolやCastertonのように専用の障害コースが設置されている競馬場も存在するが、平地コースに障害を設置する場合もある。なお、しばしばHurdleを「置き障害」、Steeplechaseを「固定障害」と訳す向きがあるが、この写真からわかるように誤訳である。

 

オーストラリア障害競馬シーズンは南半球における冬季(3月~8月)であり、2022年は以下の競馬場において計19開催が行われた。その内訳を以下に示す(管理人集計)。

競馬場 開催数 Hurdle Steeple レース合計
Ballarat 1 4 2 6
Casterton 3 7 3 10
Coleraine 1 3 1 4
Hamilton 2 6 3 9
Ladbrokes Park Lakeside 2 4 2 6
Pakenham 2 8 4 12
Sale 1 2 1 3
Terang 1 2 1 3
Warrnambool 6 13 7 20
合計 19 49 24 73

特に開催数が多いのが、5月上旬のGrand Annual Steeplechaseをメインレースとする大規模な3日間の開催、"The Bool"を主宰するWarrnambool競馬場である。同競馬場には激しい起伏を有するSteeplechase Courseが存在し、同競馬場で行われるオーストラリアSteeplechaseの主要競走であるGrand Annual Steeplechaseは5500メートルの距離に計33もの障害を飛越するという、オセアニア随一のタフな障害競走である。障害競走数としては上記の生垣障害が設置されたCasterton競馬場、Pakenham競馬場等が続く。Pakenham競馬場自体は平坦なコースを有するが、Pakenham Racing Clubは障害競馬開催に協力的であり、2022年にはSA州の騒動を受けて障害競馬開催を支持する声明を発表したほか*8、OakbankのEaster Carnivalの代替開催を行うレーシングクラブとして名乗り出た経緯もある。なお、この計19開催の中のうちPakenham、Hamilton、Ballaratにおいては平地競争を含まず障害競走のみで構成される開催日も含まれており、これはニュージーランド障害競馬や日本障害競馬とは一線を画すオーストラリア障害競馬特有のイベントとなっている。オーストラリアにおいて障害競馬を開催する競馬場はかなりの変遷があり、今後も流動的であると思われるが、障害競馬の開催地に関する論考は以下の記事を参考にされたい

Jump racing has leapt forward. Where to now?(RSN)

 

*1:Heyday of jumps racing now a distant memory

*2:1980年代から1990年代に一時的に復活していた時期もある

*3:NSW州のRosehillで1985年頃に一時的に復活していたが、VIC州から騎手や馬等を輸送するコストが大きく、結果的に長くは続かなかった

*4:https://www.racingvictoria.com.au/news/2019-01-09/2019-victorian-jumps-racing-program

*5:https://www.racingandsports.com.au/news/racing/news/2019-12-16/rv-releases-2020-jumps-racing-program/504727

*6:2020 SA Jumps Racing Calendar

*7:Casterton Racing Club

*8:https://twitter.com/PakenhamRacing/status/1447409152930713605