にげうまメモ

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23/07/19 各国障害競馬の状況(2023年時点)④

*各国障害競馬の状況(2023年時点)

本記事では引き続き、各国障害競馬の状況について概説する。指標は以下のとおり。

  • ★★★★★(比較的安泰)
  • ★★★★☆(懸念あり)
  • ★★★☆☆(心配)
  • ★★☆☆☆(危険)
  • ★☆☆☆☆(危機的)
  • ☆☆☆☆☆(消滅又は近年開催なし)

 

17. オーストラリア (AUS) ★★★★☆(懸念あり)

オーストラリア障害競馬①~⑤ (にげうまメモ)

22/07/13 南オーストラリア州の障害競馬を巡る経緯 (にげうまメモ)

2023年現在、オーストラリアで障害競馬が行われているのはVIC州のみである。2010年頃には廃止の危機すら経験したオーストラリアVIC州の障害競馬であるが、その後の様々な安全対策等の関係者の尽力が奏功し、20世紀の全盛期と比べるとレース数やシーズン期間の長さ等では大きく及ばないものの、安全性等に十分配慮された最先端の科学的知見に基づく新たなスポーツとして復活を遂げている。特にWarrnambool競馬場のMay Carnivalである"The Bool"の成功は目覚ましく、その観客数や馬券の売り上げは年々増加し*1、同開催はオーストラリアでも有数の名物開催となっている。同開催には若い競馬ファンも多数訪れていたようで、20世紀の黄金時代を知る年配のファンのみならず、新規の競馬ファンの獲得に成功していることが期待される。Warrnambool競馬場にはその激しい起伏を生かした本格的なSteeplechase Courseが設置されているが、Warrnambool競馬場の丘の上から"The Bool"のメインレースであるGrand Annual Steeplechaseを観戦する大観衆はその開催のハイライトとなっているようだ。VIC州障害競馬は賞金額の大幅な増加に加え、日本でもKarasiで有名なEric Musgrove等のベテランの調教師のみならず、Ciaron Maher、Gai WaterhouseといったVIC州全体のリーディングでも上位にランクインする調教師も積極的に障害競馬に参入していることは特筆すべきであり、さらに平地競馬で高い能力を示した実績馬の参戦も目立つことは、オーストラリア競馬全体における障害競馬の重要性及び障害競馬への関心の高さを示すものであろう。これらの平地競争の実績馬に加え、近年はGrand Annual Steeplechaseを勝利したRockstar RonnieやCheltenham FestivalのFred Winter Juvenile Hurdle (G3)で3着に入ったBell Ex Oneをはじめとする実績ある欧州障害馬の輸入例もある。欧州障害馬の輸入元としてはイギリス・アイルランドがメインであるが、一方でフランスAuteuilでも出走経験のあるStern Idolもオーストラリアに移籍し、2022年にはその類稀なるスピードを生かした競馬で圧倒的なパフォーマンスを示した。このように、もともと数多く存在していたニュージーランドからの移籍馬や生え抜きのオーストラリア出身馬も相まって、オーストラリア障害競馬の出走馬のラインナップは非常に多様なものとなっている。一方で、上記のようなVIC州の復活から取り残され、OakbankのEaster Festivalを除いて全体的なレース水準や競争馬頭数等で低迷していたSA州では、オーストラリアの過激な動物愛護団体である"The Greens"の活動により2022年に障害競馬の開催を禁止する法案が可決され、同州の障害競馬はその長い歴史に幕を下ろした。一連の動向にはRacing SAが過激な動物愛護団体である"The Greens"と共謀していたことが指摘されており、もともとVIC州の危機にも過激な動物愛護活動が大いに影響していたことを踏まえると、引き続きその影響が懸念されるところである。現時点でVIC州障害競馬の状況は全体的に上向きであり、その社会的位置づけを確実なものとしたいところであろう。Australian Jumping Racing Association*2は障害競馬の安全性を含め科学的かつ精力的な情報発信を行っており、その活動及びコミュニケーション手法等は日本を含め各国の競馬界隈にとって有益かつ手本となるものである。

 

18. ニュージーランド (NZ) ★★☆☆☆(危険)

ニュージーランド障害競馬①~⑤ (にげうまメモ)

過去、Ellerslie競馬場のGreat Northern Meetingは6月の女王陛下の誕生日に行われていたものの現在は9月に移動していることが象徴するように、ニュージーランド障害競馬を取り巻く状況は芳しくない*3。そのレース数は年々減少し、過去には夏季にも広く行われていた既に障害競馬シーズンは冬季のみへと縮小している。近年でもAuckland Racing Clubの経済的な問題により、その大きな丘を含む本格的なSteeplechase Courseを利用したGreat Northern Steeplechase等の主要競争を開催していたEllerslie競馬場の障害コースが消失したほか、さらにニュージーランド南島に存在する現役の障害馬が存在しないことにより、南島の障害競馬開催はRiccarton ParkのGrand National Meetingのみ、さらに同開催も北島からの出走馬の確保に苦労しているといった状況である*4*5。近年でもSea KingやTallyho Twinkletoeをはじめニュージーランド出身の障害馬がオーストラリアの一流競争で結果を残すことは多々あったが、残念ながらVIC州障害競馬全体の隆盛による馬の流入経路の多様化やニュージーランド障害競馬自体の競争力の低下により、そのプレゼンスも低下しているのが現状である。2022年にはニュージーランドHurdle路線で現存する全てのHurdle競走におけるPrestige Jumping Raceを勝利したThe Cossackがオーストラリアに遠征し、VIC州Grand National Steeplechaseで僅差の2着に入ったことはニュージーランド競馬のポテンシャルの高さを示す結果であり、業界にとっての希望であろう。さらに、ニュージーランド障害競馬に参入する陣営も、Kevin MyersをはじめJohn Wheeler、Paul Nelsonといったごく少数の調教師によって支えられている状況で、多数の有力な調教師が参戦するオーストラリアとは様相を異にしている。Ellerslie競馬場のGreat Northern Meetingが消失した現状、競馬場の改修工事等も相まってVIC州のWarrnamboolのような象徴的な開催を持たないことも懸念材料だろう。しかしながら、安全性に配慮した新型の障害を使用し、生垣障害はCasterton競馬場にしか残らないオーストラリアと異なり、ニュージーランドは未だに古き良き本格的な生垣障害を多用する障害コースを有している。その迫力は欧州のSteeplechaseにも劣らない素晴らしいもので、特に上記Riccarton競馬場には多数の固有の名称を有する障害が設置されている。レース条件としても6000メートルを超えるGreat Northern Steeplechaseを筆頭に、5000メートルクラスの主要競争が多く存在しており、そのタフで本格的な障害競馬は欧州外では随一のものを誇る非常に貴重なものである。その復活に期待したい。John Wheeler調教師をはじめ障害競馬の業界における重要性は関係者から強く強調されているところで、2023年には平地においてリーディングを独走するMark Walker調教師が障害競馬への参戦を表明していること、さらに近年では賞金額の大幅な増額も行われていること等はニュージーランド障害競馬にとって大きな希望である。

 

19. アメリカ (USA) ★★★★★(比較的安泰)

アメリカ全体の巨大な競馬産業規模を考えると、アメリカの障害競馬の規模は決して満足の行くものではないが、一方で各競馬場において活発かつ人気のある障害競馬開催が行われている。障害競馬の開催競馬場としても、SaratogaやColonial Downs、Belmont Parkといったアメリカの主要開催が行われる競馬場から、Grand National Timber StakesやMaryland Hunt Cupが行われるようなスタンドすら存在しない「競馬場」らしからぬ競馬場まで幅広く存在する。伝統的なNational Fenceを使用するHurdle競走、木製の柵を用いるTimber競走、さらに生垣障害や水壕障害を使用するCross Countryに類似した競走(Steeplethon)も存在し、その多様性も魅力であろう*6。その競馬場もまた緑豊かな美しく整備されたもので、多数の観客が見守る中で行われる競走の熱気は素晴らしいものがある。このような多様性を有するアメリカ競馬であるが、特筆すべきはその賞金額の高さであり、関係者にとっても魅力ある競走の場として近年でもFootpad、Song For Someone、Belfast Banter、さらにはHigh Definitionといったイギリス・アイルランド障害競馬の実績馬がアメリカに移籍した例は数多く存在する*7。さらに昨年のGrand National (G1)を勝ったHewickや、今年のIroquois Hurdle (G1)を勝利したScaramangaなど、アメリカ障害競馬に対する欧州の関心も高く、近年でもアメリカ主要競争にはイギリス・アイルランドから多数の有力馬が遠征している。上記のように欧州からの活躍馬をも集めるHurdle競走に加え、一方のTimber競走においても、Andi'amuMystic Strikeといった経験豊富なベテランが非常に息の長い活躍を見せている。Timberにおいては他国ではベテランといわれるような10歳を超えるような競争馬でも長く一線級で戦っており、その年齢層の高さは世界的に見ても頭一つ抜けたものである。まさに生涯に渡り長く競争馬として現役生活を続けることができるという障害競馬の魅力を存分に生かすことができる舞台が整っていると言えよう。競馬関係者としてもKeri BrionやLeslie Youngを筆頭に、なかなかアクティブで意欲的な調教師も多く、今後の挑戦に期待したい。近年では長年使用されてきたNational Fenceに代わり最先端のEasyFix Fenceの使用が検討されていることをはじめ*8、競馬場の灌漑システムの整備等、障害コースの近代化に努めていることも競馬産業にとっては大きなプラス材料であろう。ただし、昨年はEclipse Awardの有権者がSteeplechase部門の棄権を表明した例もあったようで*9、同氏のスタンスはEclipse Awardの価値を貶める単なる職務怠慢とはいえ、障害競馬としてより一層の知名度の向上が期待される。最近はアメリカ障害競馬関係者もSNSを中心とした情報発信も精力的に行っていることに加え、National Steeplechase Associationによる競馬中継が2023年には無料に戻ったことは喜ばしいことであろう。日本では時差のためリアルタイムで観戦することはなかなか厳しいのだが、とはいえ情報源へのアクセス可能性の面ではありがたい話である。なお、近年は欧州からの移籍馬や輸入馬が多く、地元生産馬として近年目立つのはEclipse WinnerのSnap Decisionくらいで、アメリカの巨大な馬資源の恩恵をフルに生かしてほしいというのは過剰な要求だろうか。

 

20. 日本 (JPN) ★★★★★(比較的安泰)

日本競馬史を代表する名馬となったオジュウチョウサンの活躍等により、多数の競馬ファンを獲得した日本障害競馬は完全に新たな時代を迎えたと言っていいだろう。近年は障害騎手の確保、第三場を中心とした開催競馬場の変更、暑熱対策による発走時間の変更等、多数の影響を受けている日本障害競馬であるが、一方で日本障害競馬には数多くの熱心なファンが存在し、一般的なメディアへの露出以上に本邦の競馬ファンにおける障害競馬への注目度は非常に高いものがある。加えて、障害競馬関係者による積極的かつ多様な情報発信も非常に盛んであり、障害競馬関連の情報源へのアクセスは容易であろう。これらの多種多様な情報は馬券購入に際して有益なものも数多く含まれており、日本競馬において非常に重要となる障害競馬の賭博としての魅力もまた大幅に引き上げている。「障害競馬は馬券を当てやすい」といった言説はよく耳にするものであろう。加えて特筆すべきはその出走馬の質の高さであり、市場で1億円を超える価格で取引された世界的な良血馬を含め、平地競争において高い能力を示した競争馬までもが障害競馬に出走する。これは日本の障害競馬の競馬界全体における重要性を示す現象として喜ばしいものであるが、それにしてもここまでの良血馬・高額馬が揃う障害競馬は世界にも類を見ない。日本障害競馬の出走馬は平地競争からの転向馬ばかりであるが、地方競馬を含めた日本平地競馬の多様性ゆえに、障害競馬に出走する競争馬の出自もなかなか多様であり、この多様性は馬の身体能力の差異によって生み出される障害競馬のスポーツとしての複雑性の向上にもまた貢献している。さらに出走馬は障害競馬へと転向するに際してしっかりと飛越技術に関する調教を行ってきた馬が多く、未勝利戦とはいえなかなかに洗練されたレースが展開されるように、出走馬の技術の高さもまた強調すべき観点であろう。加えて障害競馬に参戦する調教師の数も多いようで、一部の(有力な)調教師によってのみ支えられている諸外国の障害競馬と比較すると非常に良好な状態といえる。日本競馬全体の好調ぶりを考えると、日本障害競馬の更なる発展には大いに期待できそうで、近年は擬人化コンテンツの流行等の恩恵も受けて更なる発展を遂げつつある日本競馬の中での更なるプレゼンスの向上に期待したい。ただし、ここまで一時代を築き上げたオジュウチョウサンの引退に伴い、オジュウチョウサンのブーム等によって獲得したファンの維持及び引き続きの発展を望みたいところである。また、令和5年度において中山グランドジャンプ及び中山大障害の1着賞金額は6,600万円と国際的に見るとかなりの高額だが、これは平地G1と比較するとジュベナイルフィリーズの6,500万円をわずかに上回る程度と、2歳平地G1とほぼ同額で、国内最高賞金額を誇るジャパンカップ及び有馬記念の5億円と比べるとだいぶ寂しいものがある*10。加えて、近年でも相変わらず精力的に外国馬の誘致に努めるジャパンカップとは対照的に、過去には国際招待競走として行われていた中山グランドジャンプは一介の凡庸な国際競争に変更されて既に久しく、それ以降も予備登録馬こそちらほらと認められるものの、アイルランドのBlackstairmountain以来海外からの参戦は実現していない。国外に遠征や武者修行に出かける騎手(及び競争馬)も存在せず、国内の注目度及び出走馬の質の高さとは裏腹に、その国際的な位置づけとしてほぼ他国との関連性を失っているのはオールドファンとして寂しいところである。