障害競馬は飛越する障害のタイプに基づき、大きく2つのカテゴリー、すなわちHurdle及びSteeplechase(Chase)に分けられます。ここではHurdle及びSteeplechaseという概念、及びそれに付随するカテゴリーについて解説します。なお、Steeplechaseというと障害競走全般を指す場合もあり、国によってはChaseということもあります。これら2つのカテゴリーに加え、ヨーロッパ諸国(例えば、フランス、イタリア、チェコ、スイス等)においては別箇にCross Country競走が存在する場合もありますし、イギリスやアイルランドのように比較的若齢の障害馬又はこれから障害馬を目指す競走馬専用の平地競馬(National Hunt Flat Race = Bumper)が実施される国もあります。一方で、日本障害競馬にはこのようなカテゴリーは存在せず、各競馬場に特有の障害コース(又は平地芝コースに置き障害を設置したコース)を使用しています。
*Hurdle(ハードル)競走
Hurdle競争においては、どの国も比較的小型で均一な障害を使用します。例えば、写真はイギリスのAintree競馬場に存在するHurdleであり、動画はイギリスのHurdle競走です。イギリスにおけるHurdleの大きさは3½ feet(= 約107cm)のものと小型であり、馬が足を引っ掛けた際には倒れるように設定されています。Hurdle競走は、フランスでは"Haies"、チェコでは"Proutky"、イタリアでは"Siepi"、ノルウェーやスウェーデンでは"Häck"と呼ばれています。なお、アメリカではHurdle競走で使用する障害のことを"National Fence"と呼んでおり、Hurdle競走でもレース名に"Hurdle"ではなく"Steeplechase"という単語が付いていることがありますが、要はHurdle競走です。
障害の形態は国や競馬場によって若干異なります。例えばイギリス、アイルランドのHurdleは二カ国間でほぼ同様であるものの、フランスの障害はイギリス・アイルランドとは異なり、比較的大型で確実な飛越技術を要求するものが使用されています。イタリアのSiepiはMerano競馬場のように、日本における生垣障害に近いものを使用する競馬場も存在します。
どの国でも出走馬は比較的障害馬としては若い馬が多いことは共通しており、障害の難易度の低さも併せて、馬のスピード能力を存分に生かしたレースが行われています。また、平地競争と兼用で走る"Dual Purpose Horse"が比較的多く存在するのもHurdle競争です。
こちらはオーストラリアBallarat競馬場のHurdle。最近ではより倒れやすく、柔軟な素材を使用したHurdleが導入されているようです。
写真はニュージーランドEllerslie競馬場のHurdle。オセアニアではいずれも置き障害であることは共通していますが、若干ニュージーランドの方が武骨な印象がありますね。
こちらは中山競馬場で使用されている置き障害。
*Chase(チェイス)競走
Chase競争においては、どの国でも比較的大型で多様性に富んだ障害を用います。例えば、写真はイギリスCheltenham競馬場のChase障害(Plain Fence)であり、動画はイギリスのChase競走です。イギリスにおいては障害の高さは4½ feet(= 約135cm)以上と決められています。なお、ChaseはSteeplechaseと表記することもありますが、Steeplechaseというと障害競走全般を指す場合もあるので注意してください。また、"Steeplechase"又は"Chase"を「固定障害」と訳す向きもありますが、下記オーストラリアのように必ずしも固定障害を用いるわけではないので、この訳は不正確であることに留意してください。
各国ともに、Hurdleで使用される障害は一様である一方で、Chase競走で使用される障害にはある程度の多様性が存在することが特徴です。例えばイギリス・アイルランドにおいては、障害の手前に空壕が設けられているものや(Open Ditch)、障害の直後に水壕が設置されているもの(Water Jump)も存在します。さらに、障害の形態は国によって大きく異なっており、イギリスやアイルランドにおいては写真のように掻き分けて飛越することのできないほど密に枝を束ねた障害を用いる一方で、フランスではHurdle競走で使用される障害を含め、非常に大型の生垣障害、石垣障害、竹柵障害等、多種多様な障害を使用します。イタリアでは主に生垣障害を使用しますが、それ以外にもフランスと同様に土塁、石垣、水壕障害など、イタリアSteeplechaseで使用される障害も非常に多様です。チェコSteeplechaseではほぼ人工素材を使用した障害を使用しますが、一部で水壕障害等も使用します。
写真はオーストラリアBallarat競馬場のSteeplechaseで使用される障害。このようにコース脇に準備しておき、レースの際には係員が手作業で並べます。このように、オーストラリアSteeplechaseでは唯一生垣障害が現存するCasterton競馬場を除き、人工素材を使用した障害を使用しています。
一方で、ニュージーランドSteeplechaseでは主に生垣障害を使用します。写真はニュージーランドEllerslie競馬場の生垣障害。
中山競馬場の大生垣障害。やはりこうして見ると、日本の障害というのは非常によく手入れがされており、美しいですね。
なお、いわゆる「海外障害競馬」として思い起こされることが多いイギリスAintree競馬場のGrand Nationalですが、ここで使用される障害は非常に特殊です。このレース等で使用されるのはAintree競馬場のNational Courseに設置された障害(National Fence)ですが、写真のとおり障害の上部約35cmの高さまでトウヒの枝が積み上げられています。この種類の障害は、世界的にもAintree競馬場(及びCheltenham競馬場のCross Countryコース)にのみ存在する特殊なもので、Aintreeの"National Course"を用いた競走は年にGrand Nationalを含め、計5レースのみしか行われていません。
また、ドイツBad Harzburg競馬場にて開催されている池の中を泳ぐコースが設定された障害競馬は、"Seejagdrennen"と呼ばれています。非常に特殊なレースですが、カテゴリーとしてはSteeplechaseに属します。動画はドイツHamburg競馬場で行われていたAlpine Motorenöl Seejagdrennen。 フランスやポーランド、イタリア、チェコにも池を渡るコースが設定された障害競馬は存在しますが、基本的にはドイツと異なり非常に浅い水たまりのような水壕となっています。なお、このような池を渡る障害は主にCross Country競走(後述)で使用されます。
なお、アメリカの障害競走はHurdle競走とTimber競走に分かれます。Timberは木製の柵を使用する障害競走で、正確な飛越が要求される競走が行われています。動画はアメリカのMaryland Hunt Cup。4月に開催される主要なTimber競走の1つです。Timber障害の中には145cmほどの高さを誇るものもあり、非常に難易度の高い競走となっています。
このように、Chase(Steeplechase)競走ではいずれも比較的大型で難易度の高い障害を使用することが特色であり、そのため出走馬はどちらかというとHurdleを走って飛越技術を磨いてから出走してくる比較的ベテランの馬が多く、飛越技術や持久力を生かしたレースが展開されます。
*Cross Country(クロスカントリー)競走
Cross Country競走ではChase(Steeplechase)競走よりもさらに多様な種類の障害を使用しており、障害は通常のHurdleやSteeplechaseのほか、飛び乗り台や飛び降り台、巨大な塚、石垣障害や連続障害、池、急激な坂道など、多様な障害を用います。競馬場ごとの独自色が非常に強く、特定の競馬場のみを専門に使っている馬もいるようです。 その障害の多様性から、非常に高く正確な飛越技術が求められることが特徴となります。例えば写真はチェコPardubice競馬場に設置されている塚(Irish Bank)であり、この塚を素早く登って降りるという動作が求められます。写真には騎手が滑り落ちそうになっている馬もいますね。
写真はPardubice競馬場のTimber Rail。アメリカTimber競走で使用される木製の柵に類似した障害ですね。Cross Country競走はほぼ欧州で行われており、オセアニアや日本には存在せず、アメリカにおいて類似した競争がわずかにあるのみとなっています。Cross Country競走はヨーロッパの中では特にフランスやチェコ、イタリアで盛んに行われており、チェコの"Velká Pardubická"(ヴェルカ・パルドゥビツカ)もカテゴリーとしてはCross Country競走に属します。欧州の主要なCross Country競争はヨーロッパCross Country SeriesであるCrystal Cupのメンバーとなっており、上述のチェコ"Velká Pardubická"もCrystal Cupの中の1つの競争として行われています。
フランスCorlay競馬場のCross Country競争。この美しい競馬場の雰囲気を感じるためにも、あえてドローン映像をご紹介します。Crystal Cupについては後日ご紹介したいと思います。