計4回続いたこのシリーズもこれで最終回。今回は10~12月における障害競馬主要開催を見ていきましょう。全世界を巡る夏の障害競馬シーズンも終わり、いよいよ障害競馬の舞台はイギリス・アイルランドへと戻って行きます。
例によって、この記事で記載していることは概ね上記のラジオで話しています。
*10~12月の主要障害競走イベント一覧
月 | 国 | イベント・レース等 |
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10月 | フランス | Auteuil開催 |
チェコ | Velka Pardubicka | |
アメリカ | Grand National Hurdle Stakes (G1) | |
11月 | イギリス | Betfair Chase (G1)等 |
アイルランド | Champion Chase (G1)、Morgiana Hurdle (G1)等 | |
フランス | Prix La Haye Jousselin (G1)等 | |
12月 | イギリス | Becher Chase (G3) Tingle Creek Chase (G1) Long Walk Hurdle (G1) King George VI Chase (G1)、Christmas Hurdle (G1) Welsh Grand National (G3) |
アイルランド | John Durkan Memorial Punchestown Chase (G1) Leopardstown Christmas Festival |
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日本 | 中山大障害 |
*10月
10月はなんと言ってもチェコのVelka Pardubickaでしょう。チェコ障害競馬の最高峰として行われるこの競走は、地元Pardubiceの街のお祭りの最終日の競馬開催に行われ、地元ファンのみならずチェコ全国から、むしろ欧州各国から熱心な競馬ファンを多数集めます。普段チェコ語しか聞こえてこないバスの中も、この日ばかりはたくさんの英語が飛び交いますね。チェコ障害競馬においてCross Country競走は他国と比較すると非常に重要な立ち位置を占めておりますが、そのCross Country競走を戦ってきた精鋭たちがこのVelka Pardubickaに集結し、フランスやイギリス・アイルランドといった障害競馬大国からやってきた勇敢なチャレンジャーと共に激しい戦いを繰り広げます。チェコダービー馬ですら障害競走を走る国、チェコ競馬におけるその重要性はもはや言うまでもありません。
10月のフランスでは、引き続きAuteuil開催が継続され、11月のG1競走に向けて多数の重賞競走が行われます。また、アメリカFar Hills競馬場ではHurdleのG1競走であるGrand National Hurdle Stakesが行われます。このレースにはしばしばイギリス・アイルランドからの遠征馬が参戦し、これまでにも多くの実績を残しています。アメリカ障害競馬において、イギリス・アイルランドからの移籍馬はかなりの割合を占めており、G1勝ち馬もまた多数輩出しています。
Velka Pardubickaは10月の上旬~中旬に行われますが、それが終わったくらいの時期からイギリス・アイルランドにおいて重賞競走がちらほらと始まります。Cheltenhamのシーズン最初の開催である"The Showcase"、Aintree競馬場のOld Roan Chase (G2)、Wetherby競馬場のCharlie Hall Chase (G2)など、少しずつ有力馬が始動するのがこの季節です。
*11月
11月に入ると、いよいよイギリス・アイルランド障害競馬も本格化してきます。11月中旬には24ハロンChaseのG1競走であるBetfair Chase (G1)がHaydock競馬場で行われ、24ハロンChase路線における多くの有力馬がシーズン初戦を走ります。この時期は全体的にシーズン初戦ということもあってのんびりとしたレースが多いですが、場合によっては夏に力をつけてきた馬と実績馬が相まみえることもあります。イギリスにおいて、24ハロンChaseのG1競走はシーズンに4レース組まれており、3月のCheltenham Gold Cup (G1)を頂点に、11月のHaydock競馬場のBetfari Chase (G1)、12月のKempton競馬場のKing George VI Chase (G1)、及び4月のAintree競馬場のBowl Chase (G1)が存在します。なお、これらのG1競走は定量戦として行われており、G1クラスに出走するとどうしてもレーティングが高く算出され負担重量が増えるため、いわゆるGrand National等のハンデキャップ競走と比較すると、出走してくる馬の層が若干異なります。
また、Newcastle競馬場では11月末~12月上旬に16ハロンのHurdle競走であるFighting Fifth Hurdle (G1)が行われ、こちらにも16ハロンHurdle路線の有力馬が出走します。なお、イギリスの16ハロンHurdleにおけるG1競走はシーズンに3レース存在し、3月のChampion Hurdle (G1)を頂点に、Newcastle競馬場のFighting Fifth Hurdle (G1)、及び12月のKempton競馬場のChristmas Hurdle (G1)が存在します。
一方のアイルランドでも重賞戦線が本格化し、11月上旬には北アイルランドに位置するDown Royal競馬場で24ハロンChase競走であるChampion Chase (G1)や、11月中旬にはPunchestown競馬場で16ハロンHurdle競走であるMorgiana Hurdle (G1)が行われ、有力馬が続々と始動します。なお、アイルランド24ハロンChaseにおけるG1競走は、4~5月のPunchestown Gold Cup (G1)を頂点に、11月のChampion Chase (G1)、12月のLeopardstown Christmas FestivalにおけるSavills Chase (G1)、2月のDublin FestivalにおけるIrish Gold Cup (G1)の計4レースが存在し、このChampion Chase (G1)はシーズン最初のG1競走になります。また、アイルランド16ハロンにおけるG1競走として、11月のMorgiana Hurdle (G1)のほか、12月のLeopardstown競馬場のDecember Hurdle (G1)、2月のDublin FestivalにおけるIrish Champion Hurdle (G1)、及び4~5月のPunchestown Champion Hurdle (G1)が存在します。Punchestown競馬場は4月末~5月頭にかけて、アイルランド障害競走の祭典であるPunchestown Festivalを開催する、アイルランド障害競走における主要な競馬場ですね。
また、11月はフランスAuteuilのG1シーズンとなります。フランスSteeplechaseのG1競走としてPrix La Haye Jousselin (G1)、HurdleのG1競走としてGrand Prix D'Automne (G1)が行われます。いずれも春のG1競走と比較すると若干距離が短いですが、フランス障害競走における一流馬が鎬を削る、白熱したレースが展開されます。また、春と同様に年齢指定G1競走も充実しており、4歳SteeplechaseとしてPrix Maurice Gillos (G1)、3歳HurdleとしてPrix Cambaceres (G1)、及び4歳HurdleとしてPrix Renaud Du Vivier (G1)が行われます。いずれも若馬とは思えないほど障害馬として完成された才能溢れる障害馬が集う競走で、フランス障害競馬というスポーツの水準の高さを感じることができます。
*12月
言うまでもなく日本では中山大障害の季節ですが、12月はイギリス・アイルランド障害競馬における主要競走が集中する期間です。12月上旬にはAintree競馬場で、"National Course"を使用するBecher Chase (G3)が行われます。Aintree競馬場のGrand Nationalが行われるNational Courseには、通常の障害の上部にトウヒの枝を重ねた独特の障害(National Fence)が設置されていますが、12月上旬にはこのコースを使用する年に5回のレースのうちの一つ、Becher Chase (G3)で行われます。このレースには多数の"National Specialist"と呼ばれる、このNational Courseの経験豊富な馬たちが集まります。また、12月上旬にはSandown競馬場にて、シーズン最初の16ハロンChaseのG1競走であるTingle Creek Chase (G1)が行われます。なお、イギリス16ハロンChaseのG1競走はシーズンに4回行われ、3月のQueen Mother Champion Chase (G1)を頂点に、上述のTingle Creek Chase (G1)、1月のAscot競馬場におけるClarence House Chase (G1)、それから4月のSandown競馬場のCelebration Chase (G1)が存在します。また、アイルランドでは、12月上旬にPunchestwon競馬場にて20ハロンのG1競走であるJohn Durkan Memorial Punchestown Chase (G1)が行われます。20ハロン路線というのはどうしても16ハロンや24ハロンと比べると出走する層が流動的で、アイルランド20ハロンSenior ChaseにおけるG1競走は、このJohn Durkan Memorial Punchestown Chase (G1)のみとなっています。
12月中旬も主要な開催が連続します。12月中旬のイギリスAscot競馬場では、24ハロンのHurdle競走であるLong Walk Hurdle (G1)が行われます。イギリスにおける24ハロンHurdleのG1競走はシーズンに3回行われており、3月のCheltenham FestivalにおけるStayers' Hurdle (G1)を頂点に、Long Walk Hurdle (G1)、4月のAintree競馬場におけるLiverpool Hurdle (G1)があります。Ascot競馬場は平地競争で有名な競馬場ですが、障害競馬シーズンにはこのLong Walk Hurdle (G1)やClarence House Chase (G1)といった主要障害競走を多数開催しており、障害競馬においても大きな存在感を放っています。また、12月中旬にはCheltenham競馬場で"International Meeting"が開催され、初日にはCrystal Cupの最終戦となるGlenfarclas Cross Countryも行われます。このレースには例によって、イギリス・アイルランド調教馬のみならず、フランスからも多数のCross Country Specialistの参戦があります。
しかし、12月のイギリス・アイルランド障害競馬の本番は、クリスマスが明けた12月26日"Boxing Day"から始まります。クリスマス期間中、完全にイギリス・アイルランド障害競馬はお休みとなりますが、12月26日からは大レースが目白押し、特に12月26日にはイギリス・アイルランド併せると全9競馬場で障害競走が開催され(2019年)、競馬中継はレース時間がバッティングしたことによる評判の悪い"Split Screen"(二分割画面)を連発、もはや息をつく暇さえありません。
12月26日のKempton Park競馬場では、24ハロンのG1競走であるKing George VI Chase (G1)、さらに16ハロンのG1競走であるChristmas Hurdle (G1)が行われます。Kempton Parkのコースは平坦でスピードの活きる形態であるため、異様に直線が長くて消耗戦になりやすいBetfair Chase (G1)が行われるHaydock Parkや、起伏の多いCheltenham競馬場とは全く異質なレースが展開されます。この日のKempton競馬場では、24ハロンNovice ChaseであるKauto Star Novices' Chase (G1)も含め、G1競走が計3レース行われます。Kauto Starとは2000年台に活躍したイギリスの障害馬で、King George VI Chase (G1)は5勝、Cheltenham Gold Cup (G1)は2勝、Betfair Chase (G1)を4勝など、伝説的な活躍を残した名馬ですね。
また、その翌日にはChepstow競馬場にて、ウェールズ地方の"Grand National"であるWelsh Grand National (G3)が行われます。3マイル5ハロンもの長距離を走るこの競走では、起伏の多いChepstow競馬場のコース形態や、どうにも重馬場になりやすい気候も相まって、非常にタフなレースが展開されることが特徴です。レース前にはウェールズ国家"Hen Wlad Fy Nhadau"が歌唱され、その独特で情熱的な曲調により、競馬場は大変な熱狂に包まれます。
なお、いわゆる"Grand National"と呼ばれるレースは各地に存在し、例えばスコットランドの"Grand National"(Scottish Grand National)は4月にAyr競馬場でG3競走として行われるほか、ミッドランズ地方の"Grand National"(Midlands Grand National)は3月にUttoxeter競馬場でListed競走として開催されます。その他にも、"National"との名前が付いたレースは各地に存在し、例えばFakenham競馬場のNorfolk National、Kelso競馬場のScottish Borders National、Plumpton競馬場のSussex National、Ffos Las競馬場のWest Wales National、Listowel競馬場のKerry National、Downpatrick競馬場のUlster Nationalなど、たくさんのレースが存在します。必ずしも全てが重賞競走ではありませんが、いずれも長距離を走るハンデキャップChase競走であり、各競馬場において重要な競走となっています。
一方のアイルランドでは、12月26日から4日間に渡ってLeopardstown Christmas Festivalが行われます。4日間の間に計7レースのG1競走が行われるこの開催では、24ハロンのHurdle競走であるChristmas Hurdle (G1)、24ハロンのChase競走であるSavills Chase (G1)、16ハロンのHurdle競走であるMatheson Hurdle (G1)など、各路線における主要競走が集中的に行われており、この開催における主要競走はアイルランド調教馬にとってはシーズン最初の大目標となっています。この期間はイギリスでも主要開催が連続するので基本的に出走馬はアイルランド調教馬が殆どを占めますが、この開催ではアイルランド調教馬における超一流馬が多数集結し、非常に激しいレースが展開されます。
*その他
今回のシリーズで、競馬開催が最近流動的である等の理由により触れなかった競馬開催国が存在します。ドイツでは例年、ドイツダービーが行われるHamburg競馬場の開催においてAlpine Motorenöl-Seejagdrennenと呼ばれるSeejagdrennen(一部池の中を泳ぐコースが設定された障害競走)が行われていましたが、2019年を最後に行われていません。2021年において、7月のBad Harzburg競馬場においてHurdleのListed競走とSeejagdrennenの1競走を含む、計3競走の障害競走が開催されています。また、10月の頭にはHonzrath競馬場にてGrosser Hindernispreis des Saarlandesと呼ばれる障害競走が行われますが、このレースは走路としてダートコースを使用する障害競走となっており、過去イギリスやロシアでダートコースを使用する障害競走は行われていましたが、現在ではダートコースを使用する障害競走は、このHonzrath競馬場のレースのみとなっています。
スロバキアの障害競走は比較的小規模で、Bratislava競馬場やTopolčianky競馬場で障害競走が開催されています。スロバキア最大の障害競走であるVeľká starohájska steeplechaseは9月にBratislava競馬場で行われるほか、Topolčianky競馬場最大のSteeplechaseであるVeľká topoľčianska steeplechaseは6~7月に開催されます。スロバキア調教馬はときどきチェコ、ポーランド、イタリアといった周辺国に遠征し、一定の良績を残しているようです。
ハンガリーではKinscem Park競馬場にて、毎月1レースのHurdle競走が行われています。ハンガリー調教馬はごく稀にイタリアでも見ますね。ノルウェーでは例年Øvrevoll競馬場にて、ノルウェー最大の障害競走であるTarje Dahl Champion Hurdleが10月に開催されています。ただし2020年は新型コロナウイルス感染症の影響で同レースは行われず、2021年も不透明な状況です。ノルウェー調教馬はスウェーデンにも遠征し、2カ国間での馬の交流は盛んなようです。ロシアではRostov-on-Don競馬場においてEpigraph Steeplechaseや、Moscow競馬場にてRadio Monte-Carlo Grand Prix Hurdleが行われていましたが、2020年から2021年に掛けて障害競走が行われたのはKrasnodar競馬場のみであり、2021年はKrasnodar競馬場の1競走のみとなっています。