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22/01/04 2017年 Cheltenham Festival 旅行記 ⑧ - St. Patrick's Thursday -

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*2017年 Cheltenham Festival 旅行記

Cheltenham Festival3日目。この日はSt. Patrick's Thursdayと呼ばれ、競馬場には緑色の何某かを身につけた人がたくさん現れます。元ネタとなった"St. Patrick's Day"とはアイルランドの祝日で、アイルランドキリスト教を広めた聖人聖パトリックの命日だそうですね*1。この日は20ハロンChase路線の頂上決戦であるRyanair Chase (G1)と24ハロンHurdle路線の頂上決戦であるStayers' Hurdle (G1)を含む、計7レースが行われます。不慣れな異郷の地で、この人混みの中に突っ込んでいって3日目となるとさすがに疲労が溜まってくるのですが、頑張って行きましょう。

 

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第1レースはJLT Novices' Chase (G1)。20ハロンのNovice ChaseのG1競走です。人気になっていたのは写真のYorkhill。Ruby Walsh騎手とWillie Mullins厩舎のいつものコンビで、ここまでPoint to Pointを含め11戦9勝、HurdleではG1を3勝という素晴らしい成績を残していた天才です。Chaseはこれが3戦目ですが、ここまで3戦無敗。成績だけ見ればどう見ても人気の中心ですね。ただ、実はこの年のCheltenham Festival、Ruby Walsh騎手は2日目を終えた時点で未勝利と異例の事態でした。第1レースで一番人気のMelonに騎乗していながら人気薄のLabaikに負けたせいでリズムでも狂ったのでしょうか。おそらく鉄板と思われたQueen Mother Champion Chase (G1)のDouvanもまさかの大敗を喫していますし。

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対するはイギリスのTop Notch。Nicky Henderson厩舎の管理馬です。SandownのScilly Isles Novices' Chase (G1)を含む4連勝をあげてここに挑んできました。イギリス代表対アイルランド代表、といった構図でわくわくしますね。

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なんかちょっと面白い感じに撮れた葦毛のPolitologue。Paul Nicholls厩舎の馬です。

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おっさんのシャツの柄がいい味を出しているBalko Des Flos。アイルランドの馬ですが、ChaseではここまでBeginners Chaseを勝ったのみで、さほど人気にはなっていなかったようです。

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本馬場に向かう各馬。7番は先ほどのTop Notch。2番はBalko Des Flos。

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レースはそのYorkhillとTop Notchのマッチレースになりましたが、YorkhillがTop Notchを凌いで勝利しました。ようやくRuby Walsh騎手にも笑みが戻ります。

ただし、これが強いYorkhillが挙げた最後の勝利となりました。次走のRyanair Gold Cup Novice Chase (G1)では僅差でRoad to Respectに敗れると、2017/2018シーズンはすっかり不振に陥り、飛越がいまいちということでHurdleに戻すも良いところはなく、2019年に8月のChaseの平場戦を勝利したのみと、Novice時代の活躍から考えるとまるで別馬のようなレースばかりを続けました。2020年の秋にはイギリスのSandy Thomson厩舎に移籍、11月にはNewcastleのRehearsal Handicap Chase (Listed)において単勝67倍で衝撃的な復活勝利を上げましたが、その後故障もあり引退となったそうです*2

一方のTop Notchはその後も活躍を続け、G1こそ勝てなかったものの重賞を5勝、長く20ハロンChase路線の重賞競走の常連として頑張りました。残念ながら2021年の5月に胃破裂で亡くなったそうですが*3、ここで接戦を繰り広げた2頭はそれぞれ人々の記憶に深く刻まれる競走馬となりました。

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ここでは下馬評も高くはなく、4着と特に目立たない成績だったPolitologue。しかしながら翌2017/2018シーズンからは一気に頭角を現し、2017/2018シーズンはTingle Creek Chase (G1)及びMelling Chase (G1)を勝利。その後もQueen Mother Champion Chase (G1)を制すなど活躍を続け、2022年1月現在、G1競走4勝の実績を持つ16~20ハロンChase路線の中心的な一頭として頑張っています。さすがに11歳とかなり年齢を重ねている部類ではあるのですが、2021年11月のShloer Chase (G2)も2着に頑張っており、もう少しその元気な姿を見せてくれるでしょう。

なお、残り4障害で落馬に終わったBalko Des Flosですが、2017年の夏にはGalway Plate (Grade A)を勝利。そこからG1路線に殴り込みをかけると、2018年のRyanair Chase (G1)では圧倒的人気を背負ったUn De Sceauxを下して勝利します。ただしその後はG1路線では頭打ち状態になり、2021年にはGigginstown House Studからセリに出されますが、その直後のAintreeのGrand National (G3)ではMinella Timesから6馬身差の2着に入り、古豪健在ぶりをアピールしました。その後はCheltenhamのCross Countryを使ってGrand National (G3)に備えているようです。

 

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第2レースはPertemps Network Final Handicap Hurdle (Listed)。24ハロンのHurdleハンデキャップ競走です。様々な競馬場でこのシリーズの予選を行っており、その最終決戦がこのレースとなります。勝ったのはPresenting Percy。11st11lbとほぼトップハンデに近い斤量を背負っての勝利でした。その後はChaseに挑戦すると、2017年の冬にはNoviceの身ながらPorterstown Handicap Chase (Grade B)を勝利、翌年のRSA Chase (G1)も勝利しその高い素質をアピールします。しかしながらその後はどうにも故障がちで順調に使えておらず、2020年11月にThurlesのListed Chaseを勝ったのみに留まっています。

 

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いよいよ第3レース、Ryanair Chase (G1)。20ハロンChaseの頂上決定戦ですね。ただしこの20ハロンという距離、16ハロンや24ハロンのようにスペシャリストがいるわけではなく、他の距離からの転戦組が多い路線でもあります。人気になっていたのはアイルランドのUn De Sceaux。ここまでG1を6勝している名馬ですが、本来この馬は16ハロンChaseでスピードを生かして押し切るタイプの馬。同厩舎及び同じ主戦騎手のDouvanがQueen Mother Champion Chase (G1)に出走することからここに回ってきました。フランスAuteuilでは20ハロン戦でも勝利しているのですが、イギリス・アイルランドにおいてはこれが初の20ハロン戦でした。

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対するはGordon Elliott厩舎のEmpire of Dirt。ここまでLeopardstown Handicap Chase (Grade A)等の重賞勝ち鞍がある馬ですが、どちらかというと実績的にはハンデ戦での勝利が多かったようです。2016年にGordon Elliott厩舎に転厩し、2017年の2月にはIrish Gold Cup (G1)にてSizing Johnの2着に入り、一躍G1路線における有力馬として台頭してきました。

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イギリスのAlary。Prix La Haye Jousselin (G1)にてMilord Thomas相手に僅差の2着など、フランスSteeplechaseにおいては一線級で活躍した馬ですが、2017年からイギリスColin Tizzard厩舎に移籍し、移籍当初はCheltenham Gold Cup (G1)に向けたDark Horseとして話題になっていました。しかし初戦のPeter Marsh Handicap Chase (G2)は途中棄権、その後のGraduation Chaseも落馬と案外な結果に終わり、ここでは人気を落としていたようです。

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レースはほぼUn De Sceaux劇場で終わりました。当初はイギリスのUxizandreが前に行こうと試みますが、ゆったりとスタートを出して行ったUn De Sceauxが途中から先頭に。そこから快調に飛ばすと、最後追いこんできたSub Lieutenantを凌いで勝利しました。このときのCheltenham競馬場全てがUn De SceauxとRuby Walsh騎手の魅せる芸術を中心に回っていたと言っても過言ではありません。

嬉しそうなUn De Sceauxの陣営。

Un De Sceauxはこの翌年もRyanair Chase (G1)に出走し連覇を狙いますが、やはり本質的に20ハロンは長かったようで、Balko Des Flosの2着に敗れます。しかしながら16ハロンに戻ればその強さは圧巻の一言で、12歳となった2020年まで現役を続け、通算でG1は10勝という圧倒的な成績を残しました。Altior、Min、Douvan、Sire De Grugy、Sprinter Sacreといった歴代の名馬たちと鎬を削ったアイルランドの名馬です。現在はフランスで余生を過ごしているとのことです*4

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2着にはアイルランドのSub Lieutenantが入りました。このシーズンはJohn Durkan Memorial Chase (G1)でDjakadamの3着に入るなどG1路線では健闘していた馬で、ここでもその調子の良さを見せる結果となりました。その後も重賞戦線に精力的に出走を続け、2020年までに重賞を5勝と、20~24ハロンChase重賞戦線における常連として長く活躍しました。2020年からは調教師兼馬主のGeorgie Howellの元に移籍し、その娘であるTabitha Worsley騎手を背に2021年のGrand Nationalに参戦*5、前からは大きく遅れるものの見事完走を果たしました。

 

いよいよ第4レース、Stayers' Hurdle (G1)の出走馬がパドックに出てきます。24ハロンHurdle路線の頂上決定戦。人気を背負っていたのはUnowhatimeanharryという馬。発音としては"You know what I mean Harry"ですね。父Sir Harry Lewisから名前を取ったものと思いますが、厩舎はまさかのHarry Fryというジョークみたいな馬でした。元々下級条件戦で全くぱっとしない馬だったのですが、ここであえてのHarry Fry厩舎に移籍すると馬が一変。ここまでLong Walk Hurdle (G1)を含む8連勝をあげここに挑んできました。

曇っていて光量が足りないせいでパドックの写真がブレまくりなので、早々に次に行きます。本馬場入場。写真はJezki。2014年のChampion Hurdle (G1)の勝ち馬ですね。ここまでG1は8勝しているアイルランドの名馬。昨シーズンはややFaugheenを相手に水を変えられていましたが、4月にはAintree Hurdle (G1)、さらにWorld Series Hurdle (G1)と連勝し、距離を延長して結果を残しました。

それにしても、もはやこうして書いて行くとG1勝利数がおかしなことになっていますが、Cheltenham Festivalとはそういった名馬が続々とイギリス・アイルランド全体から集結する巨大イベントなのです。

2015年のこのレースの勝ち馬で、復権を狙うCole Harden。ただしこの年はChaseに挑戦するもうまくいかず、Hurdleに戻したRelkeel Hurdle (G2)では3着に敗れていたこともあり、ここではやや人気を落としていました。

名牝Zarkavaの半弟Zarkandar。2014年のGrand Prix D'Automne (G1)や2013年のAintree Hurdle (G1)を勝った名馬ですが、2017年時点で既に10歳。近年はややパフォーマンスを落としていたこともあり、ここでは人気を落としていました。

前年の勝ち馬Thistlecrackの半弟West Approach。2016年のLong Walk Hurdle (G1)では人気薄ながら勝負に加わるもいいところで落馬、その後のCleeve Hurdle (G2)ではUnowhatimeanharryから3馬身ほど離れた3着に入っていました。どうにも気性的に信頼できなさそうなのと、実績的には格下感があったので人気にはなっていませんでしたが。

レース前の各馬。輪になって周回します。

Hurdleコースに入り、1コーナー辺りまで走って身体をほぐしたのち、すぐにスタート地点に戻ります。

スタート直前の様子。ゲートもないですし、どうにもレースが始まるという実感がありません。馬の様子をちゃんと見ていないと、大歓声で実況音声がかき消されてスタートしているかどうかも気が付かない場合もあります。

レースは復権を目指したCole Hardenが元気に逃げますが、勝負所からUnowhatimeanharryが接近。しかしそれに襲い掛かったLil RockerfellerとNichols Canyonとの叩き合いはNichols Canyonに軍配が上がりました。Nichols Canyonは例によってRuby WalshとWillie Mullinsの黄金コンビの馬。これでここまでの不振はどこへやら、この陣営はこの日G1を3勝の固め打ちとなりました。

水を掛けられるNichols Canyon。

勝った陣営は嬉しそうですね。

Nichols CanyonはこれでG1は8勝目。元々平地でもListed勝ちがあったりと頑張っていたようですが、Hurdleに転向してからは2015年のMorgiana Hurdle (G1)でそこまで無敗の怪物Faugheenに初めて土をつけたりと、素晴らしい成績を残していました。どうしても同時期にAnnie PowerやFaugheenがいたため目立たないところもあり、2017年のChristmas Hurdle (G1)の落馬で亡くなってしまうのですが、それでもこの馬もまたこの時期のHurdle路線で暴れまわった馬であることは間違いありません。

惜しい2着に入ったLil Rockerfeller。瞬間的なスピード能力よりはスピードの持続性能に優れたタイプで、どうしても惜敗も多かったのですが、多数の重賞勝ちや2018年のGoodwood Handicapの勝利、2016年のLong Walk Hurdle (G1)ではUnowhatimeanharryの2着に入るなど、そのしぶといレース振りは多数のファンを集めました。晩年はフランスでも頑張っていましたが、2021年のAuteuilのListed競走の直後に心臓発作で亡くなったそうです*6

 

メインレースが終わり、やや場内の混雑もピークを過ぎてきます。夕方になって少しずつ寒くなってきます。第5レースはBrown Advisory & Merriebelle Stable Plate Handicap Chase (G3)。勝ったのはアイルランドのRoad To Respect。当時は目立たないNovice馬だったのですが、この後4月のRyanair Gold Cup Novice Chase (G1)を制してG1馬の仲間入りを果たすと、2017年12月のLeopardstown Christmas Chase (G1)、さらに2018年及び2019年のDown RoyalのChampion Chase (G1)を連覇し、イギリス・アイルランド20~24ハロンChaseのG1路線における有力馬の一頭として活躍しました。2019年のSavills Chase (G1)でDelta Workの3着に入って以降、故障により休養しているようですが、引退したという報道はなく復帰を模索しているようなので、またその姿をレースで見ることが出来る日を楽しみにしたいところですね。

5着に入ったStarchitect。Hurdleでは障害手前で立ち止まってようやく飛越しているような馬ったのですが、そこからじわじわと力をつけ、ここではNovice馬ながら経験馬に交じって5着に頑張りました。同年12月のCaspian Caviar Gold Cup (G3)では11st5lbの厳しい斤量を背負いながら直線抜け出し、初の重賞勝利も目前というところで故障を発生、安楽死処置となり、残念ながら悲願の重賞勝利は叶いませんでした。

 

第6レースのTrull House Stud Mares' Novices' Hurdle (G2)を勝ったLet's Danceの陣営。例によってRuby WalshとWillie Mullins、そして見慣れたサングラスのおっさんがいますね。もともとJuvenile HurdleではTriumph Hurdle (G1)にて4着など良いところに来ていた馬ですが、Juvenile Hurdleでは勝ち星はあげられず、2016/2017シーズンからMaidenを含め5連勝でここを制しました。その後も牝馬限定戦を使っていたようで、2017年の12月にはG3勝ちを上げました。すでに繁殖牝馬となっており、2022年1月現在、Let's SwayというAuthorizedの産駒がHurdleで2勝を挙げているようです。

僅差の4着に入ったVerdana Blue。当時は単勝26倍で目立たない馬だったのですが、のちに2018年のKemptonのChristmas Hurdle (G1)で王者Buveur D'Airを退ける大金星を挙げました。一躍16ハロンHurdleの新星かと期待され、その後も平地とHurdleを兼用で走っていたようですが、良馬場のスローペースで瞬発力を生かすタイプだったようで、上記G1勝ちの後はScottish Champion Hurdle (G2)勝ちのみに留まりました。

特に良いところなく7着に終わったLa Bague Au Roiですが、もしかすると後にこのレースから出世した馬としてはこの馬が一番かもしれません。Hurdleでは牝馬限定戦の重賞勝ちのみに留まりましたが、Chaseに転向すると牡馬・セン馬相手にKauto Star Novices' Chase (G1)やFlogas Novice Chase (G1)を含む4連勝。その後は不振に陥り勝ち星を挙げられませんでしたが、Novice Chaseで見せた一瞬の輝きはまさに天才少女そのものといった走りでした。

 

最終レースのFulke Walwyn Kim Muir Challenge Cup Amateur Riders' Handicap Chase。アマチュア騎手限定のクラス2のハンデ戦です。勝ったのはDomesday Bookという単勝41倍の馬。ここまでLimerickのBeginners Chase勝ちのみ、前走もLeicesterのクラス3で3着に敗れており、さっぱり人気はなかったようです。その後は2戦するも良いところなく途中棄権、これがこの馬にとって一番の勝ち星となったようです。