にげうまメモ

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22/05/02 Aintree競馬場の"National Fence"の性質 ②

*Aintree競馬場の"National Fence"の性質

まずはAintree競馬場の"Grand National"における各障害の落馬率を比較してみましょう。画像はクリックで拡大します。障害の詳細は以下の記事を参照してください。

22/04/03 Grand National ③ - 障害 -  (にげうまメモ)

 

Figure 1 2000~2022年のGrand Nationalの各障害の落馬率

Figure 1に2000~2022年のGrand Nationalにおける各障害の落馬率を示します。Grand Nationalで使用される各障害のうち最も高い落馬率を誇るのが第1障害の5.50%で、続いて2周目のBecher's Brookが5.11%、1周目のCanal Turnが4.71%、1周目のBecher's Brookが3.93%、2周目のOpen Ditch(The Booth)が3.65%、The Chairが3.61%と続きます。やはり難関障害として有名なBecher's Brook、Canal Turn、The Chairは予想通り高い落馬率を誇りますが、それらと同等以上に第1障害での落馬が多発していることは特筆すべきでしょう。

なお、大生垣及び大竹柵、並びにTaxis Ditchの落馬率も参考までにFigure 1に示しました。大生垣はわずかに大竹柵の落馬率よりも高い数値を示していますが(統計的な有意差なし、カイ2乗検定でp = 0.414)、年に2回のみ使用される難関障害としてはどちらも目立つような落馬率ではありません。そもそも、中山グランドジャンプ中山大障害という競走は落馬の発生傾向に基づくレースの性質として海外のHurdle競走に近い旨は過去に考察しています*1。一方、年に1度の大一番のみ使用されるPardubice競馬場のTaxis Ditchは驚異的なまでの落馬率を示しており、9.42%という数字はGrand Nationalのどの障害に対しても圧倒的です。

 

Figure 2 2000~2022年のGrand Nationalの各障害の落馬率(1周目と2周目の比較版)

1周目と2周目の落馬率を比較すべく、Figure 1の見せ方を少し変えたのがFigure 2です。青が1周目の落馬率、赤が2周目の落馬率を示します。スタンド前に位置するThe Chair、Waterはいずれも1周目のみ飛越することから2周目のデータはありません。また、Figure 2では1周目の落馬率と2周目の落馬率の間でカイ2乗検定を行っています。Figure 1及びFigure 2を踏まえると、1周目と2周目で落馬率が大きく異なる障害と類似している障害があることがわかりますね。以下、各障害について考察していきます。

 

1周目と2周目で統計学的な有意差(p < 0.05)をもって顕著な違いが生じているのは第1障害及び第17障害(以下、「第1/17障害」などと記載します)として使用される障害で、第1障害として使用される際には5.5%と最も高い落馬率を誇る一方で、第17障害での落馬は殆ど発生していません。2000年から2022年において特にこの第1障害が猛威を振るったのは2000年と2006年で、2000年にはMicko's Dream、Royal Predica、Senor El Betrutti、Art Prince、さらにノルウェーのTrinitroの5頭、2006年には重複落馬を含むRoyal Auclair、Innox、Juveigneur、Tyneandthyneagain及びWhispered Secretの5頭がこの障害で落馬しています。それ以外の年も2013年と2008年を除けば概ね1~2頭程度の落馬がコンスタントに発生しています。一方で、第17障害として使用される際の落馬は非常に稀で、2000~2022年にかけて計559頭が飛越していますが、2012年にQuiscover Fontaineが落馬したのが唯一のアクシデントとなっています。第1障害地点はスタートの直後でスピードが出ていること、馬群が密集していること、さらにNational Fenceの飛越に慣れない馬が多数存在していること等が第1障害の落馬率を際立たせている要因として考えられます。1999年には第1障害の落馬を減らすべくコースが約2メートル程度広げられたそうで*2、更に年代を遡ってみると面白いデータが得られるかもしれません。

統計学的な有意差こそつかなかったものの(p = 0.0515 > 0.05)、第1/17障害と同様の傾向を示すのが第2/18障害です。1周目に第2障害として使用される際の落馬率は2.42%と、さすがに第1障害と比較すると低値を示しているものの、それでもGrand Nationalで使用される障害全体の落馬率(全体で331/17966 = 1.84%)と比較すると比較的高い値を示します。2周目に第18障害と使用される際の落馬率は1.02%と低いことを踏まえると、やはり第1障害と同様の要因により落馬率が上がっていると考えてよいでしょう。

Figure 3 2000~2022年のGrand Nationalの各障害直後の途中棄権数

Figure 3は各障害の飛越後に途中棄権した馬の頭数を表示しています。例えば、最終障害である第30障害のあとには計5頭(例えば、2018年のChildrens List及びCarlingford Lough)が最終障害飛越後にゴールすることなく途中棄権していることを示しています。

 

第3障害(Open Ditch)、第4障害、第5障害となると、少しずつ第1~2障害で認められた傾向は落ち着いてくる一方で、第3/19障害及び第4/20障害においては1周目の落馬率を2周目が逆転しています。第3/19障害はOpen Ditch、第4/20障害は2011年までは5フィートと高さのある障害であったことを踏まえると、第1~2障害において支配的であった落馬要因よりも2周目における疲労と障害自体の難易度の高さが落馬率を引き上げているのかもしれません。Figure 3は各障害飛越後の途中棄権の発生数を示しており、主に2周目に入る手前、すなわちWaterを飛越してから2周目の前半においては多くの途中棄権が発生しています。特にBecher's Brookの難易度が高いことから、2周目の前半で馬に疲労が蓄積し競走の継続が難しくなってきたと思われる場合は、比較的落馬リスクの高い障害における飛越を行わずに途中棄権を選択していることが推測されます。この傾向は、2周目の入り口となるWaterの直後、Open Ditchの手前の第18障害のあと、及びBecher's Brookを回避するための第20障害並びに第21障害直後における途中棄権の発生が顕著です。ただし、第19及び第20障害の落馬率と比較して第21障害の落馬率の低さは目立っており、第21障害においては延べ498頭が飛越を試みるも、2005年にDouble Honourが落馬したのが唯一のアクシデントとなっています。第5/21障害自体は5フィートと高さのある障害ですが、第3/19障害は5フィートのOpen Ditch、第4/20障害は5フィート又は4フィート10インチの障害であり、この第5/21障害に向けて少しずつ高さを上げてきていることが結果的にこの障害での落馬率の抑制に繋がっているのかもしれません。また、特に馬の疲労が問題となってくる2周目においては直後にBecher's Brookが存在することもあり、この障害の飛越可否の判断においては保守的に意識が向く傾向があるのかもしれません。これが2周目のこの障害の落馬率を引き下げている要因の一つとして考えられます。

 

Aintree競馬場のNational Fenceの中でも最難関障害として名高いのが第6/22障害のBecher's Brookです。第6障害として使用される1周目は3.93%、第22障害として使用される2周目は5.11%と、いずれも全体の平均値(全体で331/17966 = 1.84%)を大きく上回る高い落馬率を誇ります。

Figure 4 2000~2022年のGrand NationalにおけるBecher's Brookへの飛越挑戦頭数

Figure 4には2000~2022年のGrand NationalにおけるBecher's Brookへの挑戦頭数の平均を示しています。なお、2001年は不良馬場とアクシデントの続発により、2周目のBecher's Brookへの挑戦頭数が4頭と異例の少数となりましたが、これを除いても第22障害への挑戦頭数は平均23.4頭となります。やはり1周目と比べると2周目では約10頭ほど飛越を試みる馬が少なくなること、及び2周目で馬群がばらけてくることから、第6障害と比較して第22障害では重複落馬のリスクは下がることが想定されますが、それでも第22障害における落馬率が第6障害と同等以上の数値を示していることは、障害自体の難易度に加えて上記のとおり2周目の疲労が落馬における支配的な要因となっていることが推測されます。これは実際に各年の落馬の発生状況を鑑みると明瞭であり、特に第6障害が猛威を振るったのは2004年ですが、ここでは重複落馬を含む計7頭が落馬しています。その他、2011年は重複落馬を含む4頭、2018年、2007年及び2001年にはそれぞれ3頭が落馬しています。一方で、第22障害では2009年に他馬の煽りを食らったBlack Apalachiを含む3頭が落馬していますが、第6障害と異なり1つの年に多数の落馬が発生したのは2009年くらいで、基本的には独立した事象として落馬事故が発生しています。

第7/23障害(Foinavon)及び第9/25障害(Valentine's Brook)はいずれも難易度の高い障害ですが、どちらも落馬率としては平均値以下で、1周目と比較して2周目の方が僅かに高い落馬率を示しています。Foinavonはコーナーの途中にある障害で、比較的馬群がコーナーの内側に密集しやすい傾向にありますが、少なくとも2000~2022年の間においては重複落馬の類のアクシデントは発生していないようです。Valentine's Brookは古き時代の面影を残した巨大な障害ですが、こちらも目立ったアクシデントは発生しておらず、Becher's Brookと異なり障害の変更に関する議論の対象となってこなかったこともこのデータが裏付けています。

 

さて、Figure 2において際立った特徴を示す障害として、第8/24障害(Canal Turn)が挙げられます。この障害の1周目における落馬率は4.71%と、1周目においては第1障害の5.50%に次ぐ第2位の数値を叩き出している一方で、2周目における落馬率はたったの0.92%です。この落馬率にはカイ2乗検定に基づく統計的に有意な差(p < 0.05)が存在します。

Figure 5 2000~2022年のGrand NationalにおけるCanal Turnへの飛越挑戦頭数

Figure 5にはFigure 4と同様に2000~2022年のGrand NationalにおけるCanal Turnへの挑戦頭数の平均を示しています。Canal Turnはその独特の形状により重複落馬のリスクが非常に高くなっていることがその難易度を上げている支配的な要因であり、これは過去の落馬の発生状況からも読み取れます。2001年にはこの障害で6頭が落馬していますが、うち5頭(General Wolfe、Mely Moss、Moral Support、Amberleigh House、You're Agoodun)は他の馬の煽りを食らったものです。また、この数値には含まれていませんが、Feels Like Goldはこの障害で大きな不利を受けたことで飛越拒否を生じています。他にも2012年には重複落馬を含む5頭、2014年にも重複落馬を含む4頭が落馬するなど、複数の落馬が他の事象に依存して発生していることがこの障害の最大の特徴でしょう。一方で第24障害においてはこの傾向は全く認められず、2000~2022年においては各年1頭の落馬のみに留まっています。2周目はどうしても途中棄権や落馬等により1周目と比較して障害飛越を試みる頭数が減少し、かつ馬群に付いていけなくなった馬が現れることで馬群が1周目と比較して縦長となる傾向がありますが、この馬群の形状の傾向が1周目と2周目で大きな差異を生んでいる要因でしょう。

 

第10/26障害及び第12/28障害はほぼ1周目と2周目で同様の落馬率を示しています。この辺りの障害の難易度自体はそれなりに高いものの、ここまでの難関障害を乗り越えてきてNational Fenceにおける飛越に慣れてきた馬にとっては比較的与しやすいものなのかもしれません。一方で、第11/27障害(Open Ditch / The Booth)では1周目の落馬率こそ0.75%と目立ったものではないものの、2周目においては3.65%と第22障害(Becher's Brook)の5.11%に次ぐ高い数値を示しており、統計学的に有意な差(p < 0.05)が存在します。この障害は飛越側に空壕が設けられた障害で、Grand Nationalにおいては残り4障害地点に相当する場所に設置されています。1周目の比較的余力があり、かつここまでの障害を突破してきた馬にとっては難易度の高い障害ではなさそうですが、やはりレース終盤で疲労が高度に蓄積されてきた馬にとって、飛越の幅が求められるこの障害の難易度はかなり高いようです。Figure 3に示したとおり、終盤の残り26障害地点の直後は計22頭の途中棄権が発生しており、この辺りで疲労の蓄積で競走の継続が困難となった場合や、勝負圏内から大きく脱落しリカバリーが望めない場合等は、リスクの高いOpen Ditchの飛越を試みずに途中棄権という選択肢を選ぶことが多いようです。

 

第13/29障害及び第14/30障害の難易度は控えめで、1周目においては第10障害以降からほぼ同様の落馬率で推移しています。第29障害は2000~2022年において計353頭が飛越を行っていますが、2016年にBallycaseyが落馬したのが唯一のアクシデントです。Grand Nationalにおける最終障害となる第30障害は1周目と比較すると落馬がやや多く発生しているようですが、おそらくこれは疲労した馬が強引に飛越を試みた結果によるものでしょう。最近では2013年にはSunnyhillboyとRoberto Goldbackの2頭が落馬していますが、いずれも先頭集団から脱落した馬のようです。一般的な障害競馬において、最終障害のリスクの高さというのは広く認識されているものですが、この"Grand National"という競走の競争中止の傾向は他の障害競走とは一線を画していることは以前考察したとおりであり*3、高い落馬リスクを孕んだ障害飛越を多数求められることがこのような傾向を生んでいる可能性も考えられます。

 

スタンド前に存在する第15障害(The Chair)はNational Courseにおける難関障害の一つとして有名ですが、当該障害の落馬率は1周目の中でも際立っており、これは第1障害、第8障害(Canal Turn)、第6障害(Becher's Brook)に次ぐ第4位となっています。2022年にはKildisart、Burrows Saint、Domaine De L'Isleの3頭の落馬、2006年にもSilver Birch、Jack High及びHeroes Collongesの3頭の落馬が発生しています。この障害地点でのコースの幅員はNational Courseにおいては最も狭く、障害の難易度の高さは勿論のこと、他馬の煽りを食らった形での落馬が頻発しているようです。ただし、The Chairと同様の幅員であるThe Waterにおける落馬は非常に少なく、これは障害自体の難易度が非常に低いことによるものと考えられます。