にげうまメモ

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22/05/04 Aintree競馬場の"National Fence"の性質 ④

*Aintree競馬場の"National Fence"の性質

Figure 1 2000~2022年のGrand Nationalの各障害の落馬率

さて、ここからはGrand Nationalに加えて、Aintree競馬場のNational Courseを使用する他の4競走(Becher Chase、Grand Sefton Chase、Topham Chase、Foxhunter's Chase)を含めた落馬の発生傾向及びその要因を考察します。

障害の詳細は以下の記事を参照してください。

22/04/03 Grand National ③ - 障害 -  (にげうまメモ)

 

Figure 8 2010~2022年のNational Courseを使用する競走における落馬率

ややビジーなFigureで恐縮ですが、2010~2022年におけるGrand National、Becher Chase、Grand Sefton Chase、Topham Chase及びFoxhunter's Chaseの各障害での落馬率を示したのがFigure 8です。

このFigureは、あくまでNational Courseに設置された各障害における落馬率を各競走について比較することを目的として作成していることに留意してください。Figure 8の元となった表はTable 1ですが、Table 1のとおり、例えばBecher ChaseはGrand Nationalにおける第10障害からレースを開始していると解釈するとFigure 8は読解しやすいかもしれません。Figure 8の横軸は例によって各障害を示していますが、Grand Nationalにおける飛越順に基づいて名称を提示しています。例えばGrand Nationalにおける第10障害、すなわち"10th"と記載された障害はBecher Chaseの第1障害として使用されており、Grand Nationalの第10障害として使用される場合の落馬率は1.02%、Becher Chaseの第1障害として使用される際の落馬率は4.57%であることを示します。また、Grand Nationalにおける第22障害は2周目のBecher Chaseですが、この障害はBecher Chaseの第13障害、Grand Sefton Chase、Topham Chase及びFoxhunter's Chaseにおける第10障害として使用されます。この障害、すなわちFigure中で"22th"と記載された障害の落馬率は、Grand National、Becher Chase、Grand Sefton Chase、Topham Chase及びFoxhunter's Chaseにおいて、それぞれ3.13%、2.33%、1.71%、2.11%、3.54%であることを示しています。

Table 1 2010~2022年のNational Courseを使用する競走における落馬率

 

Becher Chaseにおける第1障害はGrand Nationalでは第10/26障害として使用される障害で、Grand Nationalにおける第10障害の落馬率は1.02%である一方、Becher Chaseの第1障害として使用される場合は4.57%と、Grand Nationalにおける第10障害として使用される場合と比較して有意に(p = 0.027 < 0.05)高い落馬率を示しています。この障害はGrand Nationalの第10障害として使用される場合は、Open DicthやBecher's Brook、直前のValentine's Brookを含め難易度の高い障害を既に突破してきた位置に設置されていることから落馬率自体は控えめなものとなっていますが、本来は高さ5フィートを誇る大型の障害で、Becher Chaseにおいて第1障害として使用される場合はかなり難易度が高いものとなるようです。Becher Chaseの2010~2021年における平均出走数は18頭と(Figure 9)、Grand Nationalと比較するとその半分以下であるにも関わらずこれだけの高い落馬率を叩き出しているというのは驚異的でしょう。Becher Chaseは12月に行われるG3競走であり、多数の"National Specialist"を含むGrand Nationalを目標とした馬を集めることが特徴であり、やはりある程度リスクを冒してスタートを掛けていくのかもしれません。なお、この障害がGrand Nationalにおける第26障害として使用される場合と、Becher Chaseの第1障害として使用される場合を比較すると、前者で1.45%、後者で4.57%と、Becher Chaseの第1障害として使用される場合の方が高い落馬率を示していますが、統計的な有意差はありません(p = 0.129)。やはりGrand Nationalにおける第26障害として使用される場合、当該障害はレースの終盤に設置されており、馬に蓄積した高度の疲労が相対的に落馬率を引き上げている可能性が考えられそうです。

Grand Sefton Chase、Topham Chase及びFoxhunter's Chaseにおける第1障害はGrand Nationalでは第13/29障害として使用される障害です。Grand Nationalにおける第13障害として使用される場合の落馬率は0.27%と、2010~2022年にかけては2011年にGrand Slam Heroが落馬したのが唯一のアクシデントとなっていますが、Grand Sefton Chase、Topham Chase及びFoxhunter's Chaseにおける第1障害として使用される際の落馬率はそれぞれ0.60&、2.64%及び3.86%と、Grand Nationalにおける第13障害として使用される場合と比較してTopham Chase及びFoxhunter's Chaseでは有意に(p = 0.0065及び0.00059 < 0.05)高い落馬率を示しています。この障害は高さ4フィート7インチと特段大型の障害ではなく、実際にGrand Nationalにおいては決して難関障害の類ではありませんが、やはりTopham Chase (G3)やアマチュア騎手限定競走であるFoxhunter's Chaseといった名誉ある競走の第1障害ということで、スタート直後は前掛かりにレースを進行することが落馬率を引き上げているものと考えられます。特にFoxhunter's Chaseはアマチュア騎手にとっては共にHunters' ChaseやPoint to Point Racingを戦ってきた愛馬と共に挑む大一番であり、毎年のように並みのG1競走を遥かに凌駕する激しい競走が行われることが特徴で、その第1障害ともなると相当なスピードを出して勝負を掛けて行くものと考えられます。

Becher Chase、Topham Chase及びFoxhunter's Chaseとはやや第1障害として使用される障害において異なった傾向を示したのがGrand Sefton Chaseです。Becher Chase、Topham Chase及びFoxhunter's Chaseではいずれも第1障害として使用される障害の落馬率は、Grand Nationalの1周目の障害として使用される際と比較して有意に高い落馬率を示していましたが、Grand Sefton Chaseではそのような差異は認められていません。

Figure 9 2010~2022年のNational Courseを使用する競走における第1障害の飛越を試みた頭数

Figure 9に2010~2022年におけるGrand National、Becher Chase、Grand Sefton Chase、Topham Chase及びFoxhunter's Chaseの第1障害の飛越を試みた頭数を示しています。エラーバーは標準誤差を示します。Grand Sefton Chaseは他の競争と比較しても平均頭数は14頭と小頭数であり(Grand Nationalを除く4競走における一元配置分散分析*1で有意差あり)、Topham Chase、Foxhunters' Chaseと比べて小頭数となるBecher Chaseと比較してもGrand Sefton Chaseにおける頭数は少数であることがわかります(p = 0.003 < 0.05)。ただし、National CourseはThe Chair及びThe Waterの付近を除けば非常に幅員が広く、Becher Chase及びGrand Sefton Chaseの第1障害の設置位置も例外ではないことから、この程度の飛越頭数の差異が落馬率に大きな影響を及ぼしていた可能性は低いと考えられます。一方で、Grand Sefton ChaseはClass2の競争であり、1着賞金は約4万ポンドとClass2のChase競争としては破格のものを誇りますが、特段アマチュア騎手に限定されているというわけでもなく、Becher ChaseやTopham Chaseといった重賞競走、Foxhunters' Chaseのようなアマチュア騎手にとっての大舞台と比較して、第1障害においてそこまでリスクを冒して前に出ていかないというレースの性質の違いがこのような第1障害の落馬率に差異を生んだ可能性が考えられます。ただし、この仮説を検証するためには、スタートから第1障害の飛越までに要した時間の計測等、追加のデータが必要です。