にげうまメモ

障害競馬の個人用備忘録 ご意見等はtwitter(@_virgos2g)まで

23/12/12 アメリカ障害競馬 ② - 概要 -

アメリカ障害競馬

2023年のアメリカ障害競馬は3~11月に掛けて計26の競馬場にて合計で148競走(National Fence(Hurdle):109、Timber:39)が行われた(Training Flat及びBumper等を除く)。アメリカ障害競馬は大別すると3~5月の春シーズン、7~9月の夏シーズン、10~11月の秋シーズンに分かれており、春及び秋には各地方の競馬場におけるNational Fence及びTimberの主要競争が行われる一方で、夏にはSaratoga及びColonial Downs等にてNational Fenceの主要競争が行われる。春及び秋に競馬開催を行う各地方の競馬場の開催は夏には行われず、従って夏にはTimber競走は行われていない。なお、JAIRSのデータによると2010年でのアメリカ障害競馬数は合計で159であり*1、ここ10年程で競争数の変動は殆どないようだ。ちなみに、2022年にはFloridaで久しぶりにSteeplechaseが行われたそうで*2、National Steeplechase Association公認のイベントへの拡大を目指している旨が報道されたが*3、2023年の動向は不明である。

なお、今般のシリーズにおけるデータはNational Steeplechase AssociationのScheduleをもとに*4、National Steeplechase Associationのデータとequibaseのデータベースを照合することで管理人が集計したものであり、不正確な値である可能性があることに留意されたい。

Racecourse Location
Aiken Aiken South Carolina 
Belmont At The Big A Elmont New York
Camden Camden South Carolina
Charleston Hollywood South Carolina
Charlotte Mineral Springs North Carolina
Cheshire Unionville Pennsylvania
Colonial Downs New Kent Virginia
Far Hills Far Hills New Jersey
Foxfield Charlottesville Virginia
Genesee Valley Geneseo New York
Glenwood Park at Middleburg Middleburg Virginia
Glyndon Glyndon Maryland
Grand National Butler Maryland
Great Meadow The Plains Virginia
Malvern Malvern Pennsylvania
Monkton Monkton Maryland
Montpelier Montpelier Station  Virginia
Old Dominion Hounds Washington Virginia
Pennsylvania Hunt Cup Unionville Pennsylvania
Percy Warner Nashville Tennessee
Pine Mountain - Callaway Garden  Pine Mountain Georgia
Saratoga Saratoga Springs New York
Shawan Downs Hunt Valley Maryland
Tryon Columbus North Carolina
Willowdale Steeplechase Kennett Square Pennsylvania
Winterthur Winterthur Delaware

2023年にアメリカ障害競馬が行われた競馬場は上記のとおりであり、全てが東海岸側に集中していることがわかる。アメリカ障害競馬中継はNational Steeplechase Associationにより2023年においては喜ばしいことに無料で行われたが、残念ながら日本から中継をリアルタイムで視聴しようとすると24時を回った深夜以降で、睡眠時間が8~9時間を切ると健康を損ねる当ブログの管理人にとっては厳しい時間帯である。なお、これらの競馬場名はequibaseの表記に基づくものであり、正式な競馬場名ではない場合があることに留意されたい。例えばGrand National Timber Stakesが行われる競馬場はequibaseでは"Grand National"と表記されているが*5、この競馬開催が行われるのはMaryland州のButlerに位置する場所であり*6、この競馬開催自体は非営利団体であるGrand National Steeplechase Associationによって運営されている*7。上記非営利団体のホームページには競馬開催が行われる場所が掲載されているが、当該場所のGoogleマップを踏まえると正式な競馬場名はないものと思われる*8

 

Month Racecourse Race Condition Distance Purse
March Aiken Imperial Cup 4yo 2 1/16 35000
April Camden Carolina Cup 4yo+ Novice 2 1/8 50000
April Glenwood Park  Temple Gwathmey (G2) 4yo+ 2 1/2 100000
April Foxfield Daniel Van Clief Memorial 4yo+ rated < 130  2 1/8 60000
April Charlotte Queen's Cup MPC Steeplechase 4yo+ Novice 2 3/8 50000
May Great Meadow David Semmes Memorial (G2) 4yo+ 2 1/8 100000
May Great Meadow Speedy Smithwick Memorial 4yo 2 1/8 50000
May Percy Warner Green Pastures Stakes 4yo+ Novice 2 1/4 75000
May Percy Warner Calvin Houghland Iroquois (G1) 4yo+ 3 200000
May Percy Warner Margaret Currey Henley  4yo+ Mare 2 1/4 50000
July Saratoga A.P. Smithwick Memorial (G1) 4yo+ 2 1/16  150000 
August Saratoga Jonathan Kiser Novice Stakes 4yo+ Novice 2 1/16 75000
August Colonial Downs Randolph D. Rouse 4yo+ Mare 2 1/4 75000
August Saratoga Jonathan Sheppard (G1) 4yo+ 2 3/8 150000
September Colonial Downs Life's Illusion 4yo+ Mare 2 1/4 100000
September  Belmont Lonesome Glory (G1) 4yo+ 2 1/2 150000
October Far Hills Gladstone 3yo 2 1/8 50000
October Far Hills Harry E Harris 4yo 2 1/8 50000
October Far Hills Foxbrook Champion Hurdle 4yo+ Novice 2 1/2 100000
October Far Hills Peapack 4yo+ Mare 2 1/8 75000
October Far Hills Appleton 4yo+ rated < 130 2 5/8 50000
October Far Hills American Grand National (G1) 4yo+ 2 5/8 250000
October Great Meadow David L. Zeke Ferguson Memorial (G2)  4yo+ 2 1/8 75000
November Pine Mountain AFLAC Supreme Hurdle 4yo+ Novice 2 3/8 75000
November Montpelier Marion Dupont Scott Memorial 4yo+ Mare 2 3/8 50000
November Montpelier Noel Laing (G2) 4yo+ 2 1/2 75000
November Charleston Alston Cup 3yo 2 1/16 35000
November Aiken Holiday Cup 3/4yo 2 1/8 35000

2023年にアメリカ障害競馬で行われた"Stakes"は計40競走であり、内訳はNational Fence(Hurdle)が28競走、Timberが12競走(Steeplethonを含む)であった。上の表にNational Fence(Hurdle)競走におけるStakes競走を示す。最も高額な賞金額が設定されていたのが10月にFar Hills競馬場で行われたGrand National Hurdle Stakes (G1)であり、1着賞金額は$150,000(約2200万円)であった*9。2023年のIrish Gold Cup (G1)の1着賞金は€140,000(約2285万円)であり*10アメリカ障害競馬の規模を考えればこの賞金額の高さはなかなかインパクトがある。このレースは2 5/8マイル(=約4225メートル)で行われており、アメリカ障害競馬の中では比較的長い距離を走る競走であった。10月にFar Hills競馬場で行われるAmerican Grand National Meetingはアメリカ障害競馬の1年のハイライトであり、National Fence(Hurdle)のStakes競走が多数行われ、この開催にはイギリス・アイルランドからも多数の調教馬もまた参戦する*11。一方、春の主要競争であるIroquois Hurdle Stakes (G1)は3マイルの距離で行われ*12、この競走は2023年にアメリカで行われたHurdle競走の中では最も長い距離が設定された競走となった。なお、2023年アメリカHurdle(National Fence)競走の殆どは2~2.5マイル程度の距離で行われており、夏場にSaratogaで行われるG1計3競走はいずれもその距離の範疇にある。上記Iroquois Hurdle (G1)はやや特異に長い距離が設定されていたようだ。G1競走が行われるSaratogaやColonial Downs、Belmont Park等は平坦な小回りのコースが設定されているが、一方で競馬場によっては自然の地形として存在する起伏に富んだコースが設定されており、その美しさと起伏の激しさは一見の価値がある。レース体形や障害形態の類似性等を踏まえると、中山グランドジャンプが国際招待競走に変更された当時、アメリカ障害競馬界の同競争への関心が高かったことも理解可能であろう。

アメリカ障害競馬ではMaiden及びMaiden Starter、Novice競走、年齢指定競争や牝馬限定戦といった出走条件に制限を設けた競走も多く行われている。特にNovice戦線は年間数競走のStakesが組まれており、比較的障害経験の浅い馬にとって重要なステップアップの機会が設けられている。Novice競走や牝馬競走においてもアメリカ障害競馬のトップホースが出走するG2競走と遜色ない賞金額が設定された競争が組まれており、業界としてこのような競争の重要性を担保していることは特徴的と言える。ドイツ障害競馬の衰退とそれに伴うこのような機会の喪失の経緯は過去に記載した通りだが*13、このような競争馬の新規参入の機会が業界として保たれていることはアメリカ障害競馬のスポーツの健全性を示す証左の一つと言えよう。なお、"Novice"の指し示すところはイギリスやアイルランド等とは微妙に異なっており、例えばFar Hills競馬場で行われたFoxbrook Champion Hurdle Stakesの出走条件は以下のように記載されている*14。各"Novice"競走における細かい出走条件はequibase等の公式データベースを確認されたい。

FOR FOUR YEAR OLDS AND UPWARD WHICH HAVE NOT WON OVER HURDLES
PRIOR TO SEPTEMBER 1, 2022 OR WHICH HAVE NEVER WON THREE RACES, OTHER THAN THREE-YEAR-OLD.

アメリカのHurdle競走では"National Fence"と呼ばれる人工的な障害を使用する。これは元々アマチュア騎手であるRandy Rouseによって開発された障害であるが、1972年以来長年に渡り使用されてきた歴史あるもので、高さは52インチ(約1.3メートル)と比較的小型の障害である。上部は馬がかき分けて飛越できるようになっている*15。この障害の設置は簡易で、当時開催に際してかかる負担の影響で縮小傾向にあった障害競馬の開催負担を軽減させたそうだ*16。一方で近年、National Fenceを改良し、安全性等に関する最新の科学的知見を踏まえて設計されたEasyFix Fenceを導入する動きも存在し、実際に既に一部のPoint-to-Pointでは使用されているようだ*17。なお、比較的一様な障害を使用する各国のHurdle競走と異なり、一部のアメリカの競馬場のHurdle競走には"National Fence"以外の障害も僅かに使用される。例えば、Queen's Cup MPC Steeplechaseが行われるCharlotte競馬場には水壕障害が設置されているほか*18、David Semmes Memorial (G2)が行われるGreat Meadow競馬場やPine Mountain競馬場のHurdle競走では水壕が付属した生垣障害を飛越する。また、Willowdale SteeplechaseにおけるHurdle競走では小型の生垣障害が設置されたコースを使用するほか、Montpelier競馬場のNoel Laing Stakes (G2)は比較的大型の生垣障害が設置されたコースを使用して行われる*19