にげうまメモ

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23/07/07 各国障害競馬の状況(2023年時点)②

*各国障害競馬の状況(2023年時点)

本記事では引き続き、各国障害競馬の状況について概説する。指標は以下のとおり。

  • ★★★★★(比較的安泰)
  • ★★★★☆(懸念あり)
  • ★★★☆☆(心配)
  • ★★☆☆☆(危険)
  • ★☆☆☆☆(危機的)
  • ☆☆☆☆☆(消滅又は近年開催なし)

 

4. チェコ (CZE) ★★★★☆(懸念あり)

Pardubice競馬場のVelká Pardubickáを頂点とするチェコ競馬であるが、Velká Pardubickáは世界最難関の障害競馬の一つとして大いに名声を博しているのみならず、当該開催のチェコ国内外における人気は素晴らしく、Velká Pardubická当日はチェコのみならず欧州各国から多数の観光客を集めている。COVID-19による影響が懸念されたもののその馬券の売り上げもまた順調に伸びており*1、Velká Pardubickáの賞金額も既にCOVID-19以前のものに回復したほか、Velká Pardubickáに向けたQualification Raceの一部は国外調教馬や国外で活躍するチェコ調教馬の誘致等を目的として2023年から賞金額を大幅に増加させており、Velká Pardubickáを頂点としたPardubice競馬場のCross Countryの国際的な競争力の向上も期待される。チェコ調教馬の欧州での活躍は目覚ましく、イタリア、ポーランドといった周辺国の障害競馬においては地元調教馬を圧倒しているほか、ドイツ、スイス、さらにはスウェーデン等の主要競争でも結果を残し、さらに今年はチェコとは比べものにならないほど巨大な障害競馬大国であるフランス競馬の頂点であるGrand Steeplechase De Paris (G1)において、チェコ調教馬のSuriotが5着に入るという快挙を成し遂げている。この着順はフランスと肩を並べる障害競馬大国であるイギリス・アイルランド調教馬ですら近年では成し遂げられなかったものであり、同レースではAintreeのGrand Nationalの勝ち馬Noble Yeatsにすら先着したことも踏まえると、その価値の高さは疑いようがない。チェコ調教馬がチェコ国外で獲得した賞金額は毎年のように過去最高記録を更新しており*2、平地競争においてはパート3国に過ぎない小国のチェコであるが、障害競馬においてはイギリス・アイルランド・フランスに次ぐ4番手の地位を不動のものとしている。なにかと安全性の観点から標的となるVelká Pardubickáであるが、近年はその安全性の向上を目的として安易な障害の縮小に頼らない科学的エビデンスに基づいた安全対策が入念かつ慎重に検討されており、人馬の技術の高さも相まって、結果として完成度の高い美しいCross Country競走が展開されている。同レースについて度々表現される「完走馬がいなかったことすらあるカオスなサバイバルレース」といったイメージはもはや過去のものであろう。一方で、Pardubiceを除く競馬場の開催という観点では空洞化の傾向があり、近年でも複数の競馬場が消滅・開催数の減少といった現象が生じているほか、賞金額の問題もあってかチェコ国内のHurdle (Proutky) / Steeplechase路線に国外から有力な競争馬が参戦することは殆どなく、チェコ調教馬であってもPardubiceのCross Country路線以外では殆どがチェコ国外に活躍の場を求めるしかないというのが現状である。また、Cross Country路線の主要競争はほぼPardubice競馬場のみに集中しており、年間の開催数としてもPardubice競馬場が圧倒的である。加えて、チェコ国内の競争馬生産頭数は年々減少しており*3チェコの歴史ある生産牧場であるHřebčín Napajedlaが財政的な問題により閉鎖されるなど*4*5、独特かつ貴重な血統を有してきた国内の競争馬生産は失速気味で、その長期的な影響は大きな懸念材料である。

 

5. イタリア (ITA) ★★☆☆☆(危険)

北イタリアのアルプスの麓に存在するMerano競馬場は緑あふれる美しい景観を誇り、主に5~10月ごろにかけてイタリア競馬の中心的な競馬場としてハイレベルな開催が行われる。6月頃と9月の末に複数のG1競走を中心とする主要開催が行われる同競馬場であるが、そのコースには高さ2メートル近い巨大で本格的な生垣障害が多数設置され、Aintree競馬場のNational Fenceの数々にすら匹敵するほどの大迫力を有するこれらの障害は世界最難関障害の一つとして勇敢な人馬の前に立ちふさがり、Merano競馬場の障害競争を世界有数の高水準まで大きく引き上げている。イタリア障害競馬の賞金額はやはりチェコポーランド等の周辺諸国と比べると非常に高額なものが設定されており、チェコ調教馬をはじめとして多数のイタリア国外からの参戦馬を集める国際的な障害競争が展開される。さらにMeranoの開催の中継をみると、競馬場においては多数の華やかなイベントも開催されているようで、地元での人気はもちろん、その文化的な重要性は疑いようがないだろう。一方で、主に春と秋にGrande Steeplechase Di Milano (G1)等を含む複数の主要競争を開催していたイタリアMilano(San Siro)競馬場は2022年から改修工事が行われているが、どうにもその改修後のコースに障害コースが含まれていない可能性がありそうで、少なくとも2023年の春においてMilano競馬場で本来存在していた主要競争は行われなかった*6。このままMilano競馬場の障害コースが消滅し、その代替開催が行われなかった場合、イタリア障害競馬はレース数及び主要競争等の大幅な削減を強いられることになる。加えて上記Merano競馬場も財政難の問題で2020年頃には閉鎖の可能性が議論されており*7、ひとまず2023年においても無事に開催は継続されているが、やはり近年のイタリア競馬全体の状況も踏まえるとその財政状況には懸念が残る。どうやら最近になって州がMerano競馬場の株式の60%を所得したようで、州による競馬場の改良プロジェクトが開始されるらしく、その効果に期待したいところである。加えて、イタリア障害競馬においてイタリア調教馬はチェコ調教馬をはじめとする国外からの参戦馬に圧倒されており、特にSteeplechase路線の主要競争においてイタリア調教馬は殆ど勝負にすら加わることができないというのが現状である。昨今はイタリア調教馬をイタリア国外で見かけることは殆どなく、その国際的な競争力の低下も懸念される。最近になって一部の競争は出走馬をイタリア調教馬(等)に限定する変更を行ったようで*8、これが少しでもイタリア調教馬の水準の向上に寄与すればよいのだが。

なお、これはイタリアのみならずチェコポーランド等にも共通する問題であるが、障害騎手の確保にはだいぶ苦労しているようで、チェコやイタリアにおけるトップジョッキーはこの辺りの障害競馬開催を転々として騎乗することは少なくない。開催日程の調整も行われた経緯もあるそうだ。ただしPardubiceやMeranoといった主要競馬場はフランスやアイルランドからの関心も高いようで、上記のような障害競馬大国から有力な騎手が遠征することもあるようだ。実際に、近年でもLeighton Aspell、Noel Fehily、Patrick Mullinsといった実力ある騎手が参戦しているほか、現在ではオーストラリアの一流騎手として活躍するSteven PatemanもPardubiceでの騎乗経験がある*9。つい先日はBryony FrostもPardubiceを訪れていたようで、急遽騎乗を打診されたもののPardubiceでの騎乗経験を踏まえて断ったという話もあるそうだ*10

 

6. ポーランド (POL) ★★★★☆(懸念あり)

ポーランドはWroclaw競馬場で主に障害競馬が開催され、主に平地競争の主要開催を行うWarszawa競馬場でもHurdle競走がちらほらと行われている。全体の開催規模は大きくはなく、出走馬の半数ほどをチェコ調教馬が占めるとともに地元調教馬はチェコ調教馬の勢いに押され気味ではあるのだが、とはいえ近年はHaad Rinをはじめとするポーランドのトップホースがイタリアやフランスに遠征するなど、なかなか意欲的な挑戦も見せている。Pardubiceでもなかなか結果は出してはいないのだが、ポーランド国内の競馬規模にも関わらずPardubiceにてポーランド調教馬を見かけることもある。また、Wroclaw競馬場でトップホースとして活躍した馬がPardubiceやMerano、さらにはフランスCross Country等で活躍することも多く、Wroclawは欧州障害競馬における重要な拠点として機能しているようだ。Wroclaw競馬場を含めポーランド競馬はYoutubeによる無料の競馬中継やFacebook等を活用した情報発信に力を入れており、無料とは思えないクオリティの競馬中継を行っているのみならず、多数の観客を集める熱気のある開催が行われているようだ。開催自体は小規模で現状のレース水準は決して高いものではないが、Wroclaw競馬場は小型ながらもよく手入れの行き届いた美しいコースを有しており、近年になってWroclaw競馬場もCrystal Cupのメンバー入りを果たし、その競走はポーランドSteeplechaseの主要競争として機能している。今後発展の可能性を秘めた障害競馬開催国である。

 

8. スロバキア (SVK) ★★★☆☆(心配)

スロバキアの競馬開催規模は大きくはなく、Bratislava競馬場を中心としてTopolčianky等で障害競馬が行われている。その出走頭数は全体的に5頭前後と少なく、設置されている障害としても比較的簡易で、国内のレース水準としてもチェコと比較すると全体的に下回る。とはいえスロバキア調教馬はチェコにも積極的に遠征し一定の結果を残しているほか、Velká Pardubickáにも毎年のように精力的に参戦馬を送り込んでいる。2020年にはスロバキア調教馬で12歳のVandualが3着に食い込んだことは大いに驚きをもたらした*11。国内の競馬規模とは裏腹にスロバキア調教馬は国外でもなかなか頑張っているようで、少し前にはスロバキア牝馬Meny BayはイタリアSiepiでも活躍し、2017年のGran Corsa Siepi D'Italia (G1)をイギリスのGrand National勝利騎手として有名なLeighton Aspellとのコンビで制した。最近は2022年のGrand Steeplechase De Paris (G1)にも参戦したSaddler Maker産駒のEnjeu D'Arthelがスロバキアに移籍しており、引き続きスロバキア国内の障害競馬の活性化とともに、スロバキアから国外でも活躍する有力な障害馬が現れることを期待したいものである。

 

9. スイス (SWI) ★★★☆☆(心配)

スイスではAarau競馬場をはじめMaienfeld、Dielsdorf等で障害競馬が行われている。各競馬場は緑溢れる美しいコースを有し、特にそのテクニカルなCross Country Courseは一見の価値がある。競馬場にも多数の観客が集まっており、なかなか温かい雰囲気の中で競馬開催が行われているようだ。ただ、その競馬開催規模は大きくはなく、出走頭数としても基本的に5頭前後と少ない。技術的にも成熟しコンスタントに活躍する馬が多い一方でその殆どがリピーターで構成され、スイス国内全体としての競争馬数のサイズとしてもあまり大きくはなさそうだ。また、スイス調教馬を国外で見かけることは多くはなく、スイス調教馬の殆どがフランス障害競馬からの移籍馬で構成されている。ただし、主要競争にはフランスやチェコからの参戦もあるようで、その美しいコースを生かしたスイス国内の競馬の活性化及びスイス調教馬の活躍が期待される。なお、日本でも有名なSt. MoritzやArosaの氷上競馬において過去にはHurdle競走が行われていたが、気候的な問題もあって開催自体が近年は順調にはいかず、St. Moritzは未だに開催が継続されているがHurdle競走は2023年現在では既に消滅して久しい*12。気候的な問題から氷上競馬自体の安全性が疑問視されている現状、St. MoritzにてHurdle競走が復活する見込みはほぼなさそうだ。