にげうまメモ

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23/07/08 各国障害競馬の状況(2023年時点)③

*各国障害競馬の状況(2023年時点)

本記事では引き続き、各国障害競馬の状況について概説する。指標は以下のとおり。

  • ★★★★★(比較的安泰)
  • ★★★★☆(懸念あり)
  • ★★★☆☆(心配)
  • ★★☆☆☆(危険)
  • ★☆☆☆☆(危機的)
  • ☆☆☆☆☆(消滅又は近年開催なし)

 

10. ドイツ (GER) ★☆☆☆☆(危機的)

ドイツ障害競馬の詳細については当ブログにおける各国障害競馬の概要を参照されたい。1990年代初めには年間200を超える障害競馬を開催していたドイツであるが、20世紀終盤及び21世紀初めにかけてその数を急激に減らし、COVID-19による影響を受けた2020年における年間の競争数はたったの2と、もはやかつての障害競馬大国は見る影もないまでの壊滅的な状況である。しかも2020年はそれまでHamburgやBad Harzburg等で開催されていた人気のあるSeejagdrennenは開催されず、HonzrathのGrosser Hindernispreis des Saarlandesに加え、11月のBerlin-HoppegartenにてHürdenrennenが1レース開催されたのみであったが、その貴重なHürdenrennenも極端な重馬場の影響により完走したのは出走馬13頭中3頭のみと、なんともそのクオリティとしては残念なレース内容であった。2021年においてはBad Harzburg等でのSeejagdrennenの開催が復活し、なんとか首の皮一枚繋がった状況ではあるが、まともに現役馬として競争力のあるドイツ調教馬の数もごく僅かであり、状況が危機的であることには変わりはない。ドイツ調教馬として近年の最強馬として君臨するWutzlemannは既に13歳と高齢で、しかも同馬は2010年後半に年間の競争数が20前後を保っていた頃の数少ない生き残りであることを踏まえると、ドイツ障害競馬における新たな役者が強く求められる。しかしながら現在の開催状況を踏まえるとドイツ調教馬がドイツ国内でコンスタントに障害競馬に出走することは困難であり、フランス等をはじめとする国外に活躍の場を求めることを強いられている。ただし、2020年以降も一部の熱意ある関係者によって国外からの障害馬の導入が行われているようで、幸いにしてドイツ国内に障害馬が存在しないという事態は避けられている。2023年のSvenskt Champion HurdleではドイツのCabot Cliffsがチェコ調教馬等を破って勝利、Svenskt Grand Nationalでは13歳となったWutzlemannが積極的に逃げて差のない3着と、現状のドイツ障害競馬の開催状況を鑑みるとその活躍ぶりは驚異的である。Hamburgでも大いに人気を集めていたSeejagdrennenがBad Harzburg等で生き残ったことは一縷の希望であろう。その競争馬のポテンシャルの高さは疑いようがなく、かつての障害競馬大国の復活を期待したいところである。

 

11. ハンガリー (HUN) ★★☆☆☆(危険)

ハンガリーではKinscem Park競馬場にて、春~秋にかけて毎月1レースのHurdle競走が行われているのみである。出走頭数としても5頭をわずかに超える程度であまり多くはなく、イタリア等の周辺国の障害競馬にハンガリー調教馬が参戦することは殆どない。Kinscem Park自体はTrotも含めると毎週のように活発に競馬開催を行っているようだが、その中で障害競馬の占める立ち位置としてはやや疑問であり、ハンガリー調教馬を国外で見かけることもほとんどなく、その水準としても微妙なところである。本格的なSteeplechase競走が消失し、簡易なHurdle競走のみとなって縮小していったノルウェーの経緯等も踏まえると、どうにもその将来性という点では懸念がある状況である。

 

12. ベルギー (BEL) ★★★☆☆(心配)

過去には中山競馬場と同様の深い谷を有するSterrebeek競馬場*1*2も存在したベルギーの障害競馬であるが、現在は年に一度、8月末にWaregem競馬場で行われるWaregem Koerseにて障害競馬が数レース行われるのみとなっている。ベルギー調教馬としてWaregem Koerseの障害競馬に出走する馬は殆ど存在せず、その出走馬の大部分はフランス等の周辺国からの遠征馬となる。実質的にベルギー国内では開催を維持するための競争馬を賄うことは不可能であり、ほぼフランス等に頼っている状況と考えてよいだろう。しかしながら、このWaregem Koerseは現在でも数万人近くの観客が訪れる非常に人気のある開催であり、毎年真夏のベルギーの熱気の中で素晴らしい雰囲気の祭典となる。特にWaregem競馬場のSteeplechase Courseにはもともと競馬場中央を流れていた小川を利用した世界最大の水壕障害とすら言われるスタンド前の障害を筆頭に、巨大で本格的な生垣障害の数々が設置されており、その大迫力で行われる障害競争は欧州随一のスポーツとして一見の価値がある。

 

13. スウェーデン (SWE) ★★★★☆(懸念あり)

スウェーデン障害競馬の開催規模は大きくはなく、主に最近建設されたBro Park*3の障害コースを利用して障害競馬が行われている。スウェーデンの障害競馬開催のハイライトとなるのはStrömsholm競馬場のSvesnkt Grand Nationalであるが、同競馬場には緑豊かな森の中を走る美しいコースが存在しており、障害としても大型な生垣障害が存在するハイレベルな障害競馬が展開される*4。多数の観客を集めるこの開催は近年では国王も訪れたそうだ*5。一方の新設されたBro Parkには安全性に配慮した最先端の障害が設置されており*6、なかなか研究熱心な関係者の尽力が伺える開催が行われている。Svenskt Grand Nationalは歴史的にドイツやチェコといった強力な遠征馬を集めることが多く、競馬開催規模自体が大きくない地元調教馬にとっては苦しい戦いを強いられているようだが、なかなか先進的な試みを行うスウェーデン障害競馬の関係者の努力が実を結ぶことを願いたい。なお、2023年のSvenskt Grand Nationalは地元のMutadaffeqがスイスの主要競争を制してきたチェコのMolly Powerを破って勝利したが、Mutadaffeqに騎乗していたのはスウェーデンで長い経験のあるトップジョッキーNiklas Lovenで、地元関係者にとっては大変嬉しい結果となった。

 

14. ノルウェー (NOR) ★☆☆☆☆(危機的)

過去には1999年のNorwegian (Norsk) Grand Nationalの勝ち馬で2000年の英Grand Nationalにも挑戦したTrinitro*7、2010年のØvrevoll Champion Hurdleにて北欧の怪物Omoto Sandoを破って勝利し、同年のアメリカGrand National Hurdle (G1)を制したPercussionistなど*8、数々の名馬を輩出してきたノルウェーの障害競馬であるが、Øvrevoll競馬場で行われていたSteeplechase競走は2002年を最後に行われていない*9。Steeplechaseの廃止後もØvrevoll競馬場ではHurdle競走が行われていたが、そのレース数は年々減少し、2022年においては元々年間3レースが予定されていたものの出走頭数が揃わないといった理由でうち2レースは中止になり、10月上旬に1レースが唯一開催されたのみであった*10。2023年の開催状況は不透明であるが、少なくとも2022年の開催状況やノルウェー国内の現役障害馬の頭数等を踏まえると年間開催数ゼロの可能性も十二分にありそうで、その存在はもはや風前の灯火である。Øvrevoll競馬場の航空写真を見ると未だに障害の名残のようなものは確認できるのだが、もはや過去のものだろう。なお、2019年のTerje Dahl Champion Hurdleの勝ち馬Ajasはその後フランスに戻り、フランスでSteeplechase重賞を3勝している。故障の影響で2021年のGrand Steeplechase De Paris以来出走はないが、現在も現役のようだ。

 

15. オーストリア (AUT) ☆☆☆☆☆(消滅又は近年開催なし)

オーストリアFreudenau競馬場では少なくとも2017年にPreis vom Kahlenbergという3600メートルのHurdle競走が行われたそうだ*11*12*13*14。"Vienna Ascot"を主宰するグループの協力により行われたこの開催は、Lady's Dayということで場内はなかなか華やかな様子で*15、レースはハンガリースロバキアチェコから計7頭を集めたようだが、この国際的な競馬開催自体は9年ぶりということで*16、残念ながらその後は続かなかったものと思われる。2023年には資金不足の影響でオーストリアダービーすら行われなくなったオーストリア競馬自体の状況を鑑みると*17、ここから障害競馬が復活するシナリオは考えにくいというのが現状だろう。

 

16. ロシア (RUS) ☆☆☆☆☆(消滅又は近年開催なし)

旧ソ連及びロシアの障害競馬に関しては過去記事を参照されたい。旧ソ連時代には活発に障害競馬が行われ、旧ソ連調教馬はVelká Pardubickáにおいても大きな存在感を放っていたようだ。しかしながらその後はモスクワにてHurdle競走がわずかに行われる程度まで大きく衰退し、2010年代の後半には関係者の尽力によりKrasnodar競馬場やRostov-on-Don競馬場等でCross Countryに類似した障害競争が行われる程度までわずかに復活するも、2021年には年間1レースまでに減少し、2022年にロシアにおいて障害競馬は行われなかった。2023年も6月時点でもロシアにおいて障害競馬の開催は確認できておらず、このまま消滅する可能性も十二分に考えられる。ただし、それ以上に昨今の情勢が情勢であるだけに、残念ながらロシア競馬自体がここから持ち直す可能性はまず考えにくいというのが現状だろう。