にげうまメモ

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23/12/09 アメリカ障害競馬 ① - 概要 -

アメリカ障害競馬

以前の記事*1と同様、サムネ画像があまりにも適当過ぎるがご容赦。アメリカ障害競馬の歴史は長く、古くは南北戦争以前の1800年代にまで遡る。イギリスからFox-huntingを通じてアメリカに伝わった障害競馬はLong Island、Maryland、Virginia、東Pennsylvaniaから始まり、すぐにCarolina、Georgia、Massachusetts等に広がった。アメリカ最古の障害競争は定かではないが、1834年にはワシントンD.C.で障害競争が開催されていたという記録が残っている*2。Jerome ParkやPimlico、Saratoga等で始まったこのスポーツを統括するため、1895年にはNational Steeplechase and Hunt Associationが設立されたそうだ。現代でもアメリカTimber最大の競争の一つとされるMaryland Hunt Cupは1894年に始まったとされ、現存する最古のアメリカ障害競争と言われる*3。障害競馬がアメリカ競馬の歴史において果たした役割は大きく、1905年にBelmont Parkが開かれた直後に賭博禁止法が設立されたことによりNew York各地の競馬場は閉鎖されたが、ギャンブルに依存しない障害競馬によりBelmont ParkやPimlico等の競馬開催が継続され、これらの競馬場の存続が実現したと言われている*4。1930年代の大恐慌時代には黄金時代に至ったと言われるアメリカ障害競馬であるが、第二次世界大戦中の競馬開催の縮小、1960年代のNew York主要都市競馬場からの撤退及び賞金額の減少等の逆境を経験するも、1980年代以降は再度賞金額の増額を実現し現代に至っている。一部の主要競馬場で行われる競争を除いて主に自然の地形を生かした緑豊かな美しい競馬場で行われるアメリカの障害競馬の多くは非営利団体によって運営され、レースの収益は慈善活動に寄付されており、年間の寄付総額は数百万ドルに至ると言われている。このように、長い伝統と美しい景観、そして本格的なスポーツとしての成熟性を兼ね備えたアメリカ障害競馬は、英国のホースマンであるJohn Hislopにより以下のように記述されている。

“Steeplechasing has about it rather more glamour and excitement than the flat, a trace of chivalry, a spice of danger, and a refreshing vigor that the smooth urbanity of flat-racing lacks. The atmosphere is less restrained, more friendly, more intimate and more sympathetic. It gives the impression of being a sport and not primarily a business, for though it seems impossible to preserve any present-day pastime from the tarnishing influence of Mammon, the majority of those who patronize steeplechasing do so from a true love of its qualities, rather from what it yields materially"

この障害競馬開催のアメリカ国内での人気は高く、アメリカ障害競馬では自然の地形を生かした緑豊かで美しい競馬場に多数の観客が集まっているようで*5、例えばアメリカ主要競争であるIroquois Steeplechaseが行われるNashvilleにあるPercy Warner Parkには25000人以上の観客が詰めかけるとすら言われている*6。巨大な産業を形成するアメリカ競馬の中で障害競馬は決して大きな存在ではないが、それでもこれほどまでの人気を誇ることは驚異的であろう。チェコ国内の人気のみならず欧州各地から観客を集めるVelká Pardubická当日の観客数は20000~35000人、2022年の中山大障害の入場者数は約28000人と言われており*7*8*9、競馬場の大小等の差異こそあれ、その熱気は素晴らしいものがある。

上記のアメリカ障害競馬の歴史は以下の記事に詳しい。

History of Jump Racing (pdf) (National Steeplechase Association)

1929年のBelmont Parkの障害競馬。大型の生垣障害や水壕障害が確認できる*10。当時のBelmont Parkで有名なストーリーとして、1923年に当時22歳であったFrank Hayes騎手はSweet Kissという馬に騎乗してレースを勝利したが、入線直後に鞍から転げ落ち、その時点で心臓発作により死亡していたことが確認されたそうだ*11

アメリカ障害競馬は古くより卓越した才能を送り出している。1908年のAintree Grand Nationalを制したRubioはアメリカ生産馬として初めて同レースを制した馬として知られているが、同馬には面白いエピソードがあり、故障からの体力回復を目的に駅とホテルの間で宿泊客を乗せた乗り合いバスを牽引していたというもので、この活動が奏功し31マイルもの距離を一気に駆け抜けたとの逸話すらあるようだ*12*13。加えて、Man O'Warの産駒で"American Pony"と呼ばれる小さな馬体の持ち主であったBattleshipは1934年のAmerican Grand nationalの勝ち馬であるが、その後1938年にイギリスAintreeのGrand Nationalを勝利し*14、イギリス・アメリカGrand Nationalを完全制覇した歴史上唯一の競争馬となった。Battleshipは引退後はアメリカVirginia州にて種牡馬として活躍し、それぞれ1947年及び1956年のSteeplechase ChampionであるWar BattleとShipboard、並びに1952年のAmerican Grand Nationalの勝ち馬Sea Legsを送り出している。1950年代後半に活躍したNejiはアメリカ障害競馬最大の名馬の一頭として数えられており、もともとはMarian duPont Scottにより生産された馬であるが、1955年に自身初のAmerican Grand Nationalを制覇すると、増え続ける斤量にも関わらず素晴らしい成績を残し続け、1958年に3度目のGrand Nationalを制覇した際の斤量は173lb(=12st5lb、78.5kg)もの酷量であったそうだ。1960年に引退するまでにNejiが獲得した賞金は$271,956で、3度のAmerican Steeplechase Championに輝いた同馬は1967年に殿堂入りを果たしている*15*16

1964年にはMaryland Cup Cup、My Lady's Manor、Grand National TimberのTimber三冠競争制覇を成し遂げたうえ、1963年、1964年、及び1966年のMaryland Hunt Cupで優勝したJay Trumpは1965年のAintreeのGrand NationalをTommy Smith騎手とともに制し、アメリカ生産馬、アメリカ人所有馬、アメリカ人騎乗馬として初のAintree Grand National制覇を成し遂げた*17。同馬は英Grand Nationalの勝利ののちはAuteuilのGrand Steeplechase De Parisにも遠征し、3着に入っている*18。Jay Trumpの出自はなかなかユニークで、母Be Trumpは不妊症と考えられていたものの、種牡馬であるTonga Princeとともに放牧されていたことで意図せず生まれたそうだ。さらにそのデビュー戦は散々で、鞭が目に当たったことで馬がポストに激突し、馬と騎手が負傷したそうで*19、このような出自の馬がこれほどの名馬となるとは面白いものである。同様に1977-1978年とMaryland Hunt Cupを連覇し、同時期のアメリカTimberでは無敵を誇ったBen Nevisはその後イギリスに遠征、1979年のGrand NationalこそThe Chairにて落馬したものの、翌年の1980年のGrand Nationalは後続に20馬身もの大差をつけて制覇した*20。Jay Trump及びBen Nevisはいずれもアメリカ競馬殿堂入りを果たしている。

1980年代において、アメリカ障害競馬はアメリカ競馬史を代表する名馬の一頭であるFlattererの出現を目にすることになる。1983年にGrand National、Temple Gwathmey、Colonial Cupの3冠競走を完全制覇した初の競争馬となった同馬は、アメリカを代表する名伯楽として広く知られるJonathan Sheppardにより管理され、現役生活を通じて51戦24勝、4度ものColonial Cupの制覇をはじめとする数々の大レース制覇を成しとげ、4度ものEclipse Winnerに輝いている。同馬は国内での活躍のみならず、1986年にはフランスGrande Course de Haies D'Auteuil、1987年にはイギリスChampion Hurtdleでもそれぞれ2着に入っており、35歳というサラブレッドとしては稀に見る長寿であった同馬はアメリカ競馬殿堂入りを果たしている*21*22*23。さらに1990年代に活躍したLonesome Gloryは、3度のColonial Cup制覇を含む当時のアメリカ主要競争のほぼ全てで勝利したと言われており、賞金額として100万ドル以上を獲得した初のアメリカ障害競争馬となった。同馬は現役生活を通じて5度ものElipse Winnerに輝き、2005年にアメリカ競馬の殿堂入りを果たしている*24。同馬の偉業を讃え、Camdenに存在するNational Steeplechase Museumには同馬のブロンズ像が設置されているほか、同馬の名を冠した競走は現在でもG1競走としてアメリカ障害競馬の主要競争として機能している。

L'Escargotは1970-1971年とCheltenham Gold Cupを勝利し、さらに1975年のAintreeのGrand Nationalを制した馬で、Cheltenham Gold CupとGrand Nationalの双方を制した馬としてGolden Millerとともに現代でもその名前は広く知られている*25*26。特に、3度に渡ってAintree Grand Nationalを制覇した名馬Red Rumのライバルの一頭として、Grand NationalでのRed RumやCrispとの激戦は今でも語り継がれている。同馬のオーナーであるRaymond Richard Guestは駐アイルランド米国大使も務めたアメリカの実業家であるが*27、L'Escargotは1969年にアメリカに遠征、Belmont ParkのMeadow Brook Steeplechaseを含む計3勝を挙げ、同年のAmerican Champion Steeplechase Horseに選ばれているほか、イギリスでの快挙を記念してか1977年にアメリカ競馬の殿堂入りを成し遂げている*28。上記のようにその国内における隆盛に留まらず、世界の競馬シーンにおいてもその重要性を強く示してきたアメリカ障害競馬であるが、1986年に初めてBreeders Cup Associationの協賛の元で行われた"Breeders' Cup Steeplechase"にはイギリス、アイルランド、フランス、ニュージーランドから参戦馬を集めるという非常に国際的な競争が行われている*29。1988年の同レースにはポーランドGreg Wróblewski調教師のChyszowという馬が参戦したこともあるそうで*30、同馬は旧共産圏の馬による同レースへの初の参戦ということでなかなかに話題を集めたそうだ。その後Breeders Cup Associationのスポンサーからの撤退を経験した同レースであるが、2023年現在もAmerican Grand Nationalはイギリスやアイルランドから多数の有力な参戦馬を集め、欧州外では随一の国際色豊かな競馬が行われている。2022年にはわずか850ユーロで取引されたアイルランドのHewickが並み居る地元の強豪を破って圧勝したことは記憶に新しいだろう*31

アメリカ障害馬は日本にとっても馴染みのある存在で、過去には国際招待競走として行われていた中山グランドジャンプにも、2000年にはNinepins(9着)、2001年にはCampanile(5着)、2002年のAll Gong(11着)と、当時のアメリカ障害競馬を代表する名馬が参戦した*32。殿堂入りトレーナーであるJonathan Sheppardが管理するNinepinesは1999年のBreeders' Cup Grand National (G1)及びColonial Cup (G1)等の勝ち馬、同時期に活躍したCampanileは1999年のNew York Turf Writers Cup (G1)の勝ち馬、All Gongは2000年のAtlanta Cup (G1)及びBreeders' Cup Steeplechase (G1)並びに2002年のIroquois Hurdle (G1)の勝ち馬と、いずれも当時のアメリカにおけるトップホースの参戦であった。過去には欧州・オセアニアアメリカと世界各地の調教馬を集め、更には各国の有力馬のみならず、現代においては障害種牡馬として活躍する馬、既に障害競馬が廃止された地域の有力馬等も参戦し、歴史的にも非常に興味深い競走を実現した中山グランドジャンプは既に国際的には一介の凡庸な国際競争に格下げされて久しく、アメリカ調教馬を含む国外調教馬の参戦もここ10年程は一切実現していないが、近年ではJonathan Sheppard及びその後継となったKeri BrionがCheltenham Festivalへの出走を目指してEclipse WinnerのWinston Cを含めアイルランドに遠征している。アメリカ調教馬の更なる国外での活躍もまた期待したいところである。

*1:https://virgos2g.hatenablog.com/entry/2022/08/21/111408

*2:https://steeplechasemuseum.org/history/

*3:https://www.queenscup.org/steeplechasing/history/

*4:https://www.newyorkalmanack.com/2021/06/belmonts-terminal-course-survived-dark-days-of-horse-racing/

*5:https://www.mycentraljersey.com/picture-gallery/things-to-do/2019/10/14/far-hills-race-meeting/3918675002/

*6:https://www.iroquoissteeplechase.org/history

*7:https://www.dostihy.cz/pardubice-en

*8:https://www.dostihovy-svet.cz/en/node/8285

*9:https://tospo-keiba.jp/breaking_news/25382

*10:https://brooklynbackstretch.com/2017/06/10/the-first-belmont-at-the-worlds-finest-race-course/

*11:https://edition.cnn.com/2018/12/10/sport/frank-hayes-sweet-kiss-belmont-park-intl-spt/index.html

*12:https://www.grand-national-guide.co.uk/articles/rubio

*13:https://www.dailymail.co.uk/sport/racing/article-557408/The-horse-pulled-bus-wins-Grand-National--Rubio-defied-odds-100-years-ago.html

*14:https://thevaulthorseracing.wordpress.com/2012/09/06/battleship-the-pony-who-conquered-aintree/

*15:https://en.wikipedia.org/wiki/Neji_(horse)

*16:http://www.americanclassicpedigrees.com/neji.html

*17:https://en.wikipedia.org/wiki/Jay_Trump

*18:https://mdthoroughbredhalloffame.com/index.php/the-horses/class-of-2013/jay-trump

*19:https://indianhill.org/history/historic-subjects/jay-trump-steeplechase/

*20:https://en.wikipedia.org/wiki/Ben_Nevis_(horse)

*21:https://en.wikipedia.org/wiki/Flatterer_(horse)

*22:https://www.racingmuseum.org/hall-of-fame/horse/flatterer-pa

*23:https://thisishorseracing.com/news/steeplechase-champion-flatterer-dies/

*24:https://en.wikipedia.org/wiki/Lonesome_Glory

*25:https://en.wikipedia.org/wiki/L%27Escargot_(horse)

*26:https://www.theirishfield.ie/book-review-l-escargot-still-jumps-off-the-page-751143

*27:https://en.wikipedia.org/wiki/Raymond_R._Guest

*28:https://www.racingmuseum.org/hall-of-fame/horse/lescargot-ire

*29:https://virgos2g.hatenablog.com/entry/2022/08/21/111408

*30:https://trafnews.pl/2023/11/16/greg-wroblewski-ambasador-polskich-wyscigow-ktory-podrozowal-pociagiem-w-towarzystwie-osiolka/

*31:https://www.irishtimes.com/sport/racing/2022/10/16/irish-trained-horse-hewick-wins-the-american-grand-national/

*32:https://virgos2g.hatenablog.com/entry/2021/12/14/002615