にげうまメモ

障害競馬の個人用備忘録 ご意見等はtwitter(@_virgos2g)まで

23/07/01 各国障害競馬の状況(2023年時点)①

*各国障害競馬の状況(2023年時点)

当該シリーズでは各国障害競馬の状況について簡単に概説する。当該シリーズの記載は中の人の個人的な印象等に基づく主観的な内容であり、客観的かつ相対的な指標に基づくものではなく、かつ統一的な見解を提示することを目的としたものではないことに留意されたい。また、今後の動向や得られる情報等によって中の人の判断は変わり得ることに留意されたい。ちなみに、いちいち中の人の駄文を読まなくていいように簡便な指標として便宜的に以下のランク付けを行った。

  • ★★★★★(比較的安泰)
  • ★★★★☆(懸念あり)
  • ★★★☆☆(心配)
  • ★★☆☆☆(危険)
  • ★☆☆☆☆(危機的)
  • ☆☆☆☆☆(消滅又は近年開催なし)

 

1. イギリス (UK) ★★★★☆(懸念あり)

23/04/15 National Hunt Racing - Grand National Result (にげうまメモ)

Aintree競馬場の"Grand National"やCheltenham Festivalに代表されるように、世界的にも大いに人気を集める世界トップクラスの障害競馬の祭典を擁す障害競馬大国であり、それらの開催は比較的障害競馬がマイナーな存在である日本においてすら広く知られている。特に、Aintree競馬場の"Grand National"については、過去には旧ソ連や北欧、更には日本からの参戦もあったように世界各国から注目を集めていることに加え、この競走が唯一知っている海外障害競争であるという日本の競馬ファンも多いようで、実際に「グランドナショナル」といえばほぼこの競走を指している。近年ではWelsh Grand Nationalを勝利したDream Alliance及びその関係者をモチーフとした映画「ドリーム・ホース」が本邦でも上映され、イギリス障害競馬の知名度の向上等に貢献した*1。当然、欧州においてこれらの主要開催の人気は非常に高く、Grand NationalやCheltenham Festivalについては毎年のように主要なチケットは発売が開始されるや否や瞬時に完売している。特にCheltenham Festivalの熱狂は凄まじく、この開催にはイギリス・アイルランドのトップホースが集結するとともに、一流騎手からアマチュア騎手に至るまで全てのイギリス・アイルランド競馬関係者にとっては夢の舞台となっており、この開催で展開されるレースの白熱ぶりはすさまじい。その人気は宿泊施設の問題すら引き起こしており、本来はコッツウォルズ地方の小さな町であり宿泊施設に乏しいCheltenhamにおいて、Festival期間中の宿泊費は年々高騰している*2。Cheltenham Festivalの熱狂が過熱する一方、イギリス障害競馬はCheltenham Festival以外の主要競争の空洞化、全般的な出走頭数の減少等といった複数の深刻な問題を抱えており*3、2024年においてはこれらのレースの競争力を向上させること等を目的として障害競争数の削減や重賞競走の再編を含む大規模な競馬開催プログラムの修正が予定されている*4*5。さらにCheltenham Festival等の主要競争において、近年イギリス調教馬はアイルランド調教馬に対して劣勢を強いられており、フランスと比較した際の賞金額等の問題も鑑みると、オーナーサイドや調教師、騎手等の競馬関係者にとってのイギリス障害競馬の魅力の低下も懸念される。近年の欧州障害競馬におけるフランス生産馬のポテンシャルの高さや、フランスから優秀な障害馬を輸入することで結果を残してきたイギリス・アイルランド競馬関係者が多数存在すること等を鑑みるとこの問題は深刻であり、イギリスへの優秀なフランス生産馬の導入が少なくなることは競馬全体の水準の低下につながることが懸念される。近年はCOVID-19の流行による競馬開催へのインパクトや、インフレによる物価の上昇等の悪影響もあり、これらの要因が小規模な厩舎や競馬場等の財政面に対して与えてきた打撃は大きい。加えて近年では気候に起因したシーズン初期の馬場の極度の乾燥や*6、冬季の馬場の凍結*7といった問題も生じているほか、今年のAintreeのGrand National MeetingやScottish Grand Nationalでも発生したように、イギリス競馬の主要開催は過激な動物愛護団体の標的にもなっており、単に競馬場入り口付近で負け犬の如く侘しく騒いでいるに留まらなくなった活動家によるコース内への進入やレースの妨害等により円滑な競馬開催に支障をきたしている。これらの活動はあくまでごく一部の極めて過激かつ極端な思想を有する活動家によるものであるが、とはいえなにかと物議を醸すGrand Nationalを含め、競馬の社会的な位置づけへの影響は無視できないだろう。特に、過激な動物愛護団体への対応についてはBHAも再三対話を試みているように苦慮しているようで、競馬関係者を中心に、競馬文化及び動物福祉に関する適切な情報発信を目的とした"StandUpForRacing"という試みが始まっている*8。CheltenhamやAintreeのような華やかな大舞台から下記Point-to-Point Racingに至るまで、重層的な広大な馬事文化を有するイギリス競馬であり、障害競馬の国民的な人気は世界トップクラスである。特にその中心となるCheltenham競馬場のメインスタンドに書かれた"The Home of Jump Racing"という文言にはイギリス人の誇りを感じさせる。状況的になにかと問題は多いが、良い方向に進んでくれることを願いたいばかりである。

 

2. アイルランド (IRE) ★★★★★(比較的安泰)

Punchestown Festival、Dublin Racing Festival、Leopardstown Christmas Festival等のアイルランド主要開催は日本でこそイギリスの主要開催と比べると知名度に劣るが、一方でそのアイルランド国内の人気は疑いようがなく、むしろその人気は日本でも比較的よく知られている平地主要開催を凌駕している。アイルランド調教馬の障害競馬における水準は非常に高く、そのトップホースはCheltenham Festivalをはじめとするイギリスの主要開催でもイギリス調教馬に対して優勢以上に渡り合っているほか、さらに障害の形態が異なるはずのフランスの一流競争においても常に上位争いを繰り広げている。アイルランド障害競馬にはRicci Rich、JP McManus、Gigginstown House Stud、Cheveley Park Stud等の巨大で資本力のある馬主が多数参入しており、これらの馬主がアイルランド国内外で良質な競争馬を多数購入し、アイルランドに拠点を置く厩舎に委託することでアイルランド障害競馬の競争力を大いに高めていることは特筆すべきだろう。アイルランドの障害馬生産国としてのポテンシャルも非常に高いことは言うまでもないが、アイルランドPoint-to-Pointは才能ある障害馬にとってのスタート地点としても機能しており、実際にPoint-to-Point出身の馬(ex-Pointer)は欧州障害競馬において非常に大きな存在感を放っている。さらに、Point-to-Point Racingは長年の経験を積んだ高齢馬が戻ってくる場としても機能しているうえに、アマチュア騎手の活躍の場としても重要であり、その馬事文化の広大さと一般社会の馬への接触機会の多さは日本とは比べものにならないものがある。実際に、小学校の先生がPoint-to-Pointで騎手として参戦するために大いなる減量(9ストーン半)に挑み、自身が所有する馬に騎乗して勝利をあげたという話題もある*9。上記のように重層的で幅広い馬事文化を有するアイルランド障害競馬であるが、一方でWillie Mullins、Gordon Elliottをはじめとする極めて少数の巨大厩舎により一流競争の出走馬が占められていることは懸念材料だろう。Willie Mullinsはフランス、アメリカ、日本といった国外に加え、障害のみならずRoyal Ascotをはじめとする平地競争ですら結果を残しているアイルランドの一大巨頭であるが、G1等の一流競争の出走馬がWillie Mullins及びGordon Elliottの2厩舎(+α)から構成されるということもアイルランドでは頻繁に見る光景である。

なお、イギリス・アイルランドに共通する問題であるが、障害種牡馬として繋養される馬は平地競争出身のステイヤーが殆どであり、一部の種牡馬に種付け数が極端に集中するうえ、その産駒は殆どが障害競争への出走を目的として去勢されるため、成功した障害種牡馬であっても後継種牡馬が残らないという問題がある。平地兼用種牡馬であれば後継種牡馬が残る可能性は考え得るが、残念ながらそのような産駒は概ねが平地競争馬であり、障害競馬出身の競争馬が種牡馬として活躍する例は極めて少ない。昨今の平地競争におけるステイヤー苦難の時代を踏まえると、中長期的に障害競馬に耐えうる強靭なステイヤーの確保に関する持続可能性という点では疑問が残る。具体的な障害競馬出身の種牡馬例としては、今年の英Grand Nationalに出走したGabbys Crossの父Frammassoneはイタリア障害競馬の一流馬であったが*10、現状のイタリアとイギリス競馬の水準の格差を鑑みると、この馬は極めて異色の存在である。また、近年ではイギリス障害競馬にも出走したドイツ平地G1馬のKhanが種牡馬入りしたが、繋養先はフランスである*11。現役馬としてはアイルランドダービーの勝ち馬Capriの全弟であるBrazilは障害競馬に出走しているが、どうやら2023年時点でも未去勢のようで、その動向には注目したい*12

 

3. フランス (FR) ★★★★★(比較的安泰)

日本での知名度こそ劣るが、フランスはイギリス及びアイルランドと並ぶ世界三大障害競馬大国の一つである。特筆すべきがその馬産のポテンシャルであり、フランス生産馬はイギリス、アイルランドをはじめとする欧州各国の障害競馬を席巻しているほか、フランス生産馬が一定の割合を占めるイギリス・アイルランドと異なり、フランス障害競馬における出走馬の殆どはフランス生産馬が占める。加えて、平地のステイヤーを障害種牡馬に転用するイギリス・アイルランドと異なり、フランスにおいては世界で(牡馬を未去勢のまま障害競馬に転用する日本を除けば*13)唯一Steeplechase出走馬を含む障害馬を積極的に種牡馬入りさせており、AQPSやアラブ血統を有する馬を含め、単純に平地競争馬を転用するのではなく血統面から強靭な障害馬を障害馬から生産しようという試みが盛んである。特にAQPSや(アングロ)アラブ限定の障害競争も活発に行われており、血統面に対する競馬界のサポートは非常に手厚い。その中でも選りすぐりの馬が集まるのがフランスの一流競争であり、その水準は世界トップクラスであることはもはや疑いようがない。実際に今年のGrande Course De Haies D'Auteuil (G1)でもアイルランドから大挙して遠征してきたアイルランドの並み居るトップホースをフランス調教馬が返り討ちにしたことに加え、AuteuilのGrand Steeplechase de Paris (G1)には近年も多数のイギリス・アイルランド調教馬が参戦していたが、フランス調教馬の分厚い壁に阻まれて一向に成果を上げることができていない。パリに位置するAuteuil競馬場で開催される一流競争のみならず、フランスには多数の小規模な競馬場が点在し、PauのGrand CrossやLion D'AngersのAnjou-Loire Challengeをはじめ、地元では大いに人気を集めているようだ*14。その中には年に1~2日間程度しか競馬開催を行わないような競馬場や、地元のボランティアによってメンテナンスされているような競馬場すらも含まれているが、それらの競馬場にも緑豊かな美しいコースが整備されており、その裾野の広さには恐れ入るばかりである。賞金額の面でもイギリス・アイルランドに対して優勢のようで、近年ではイギリスに加えてフランスにサテライト拠点を構えてフランス障害競馬に挑戦する調教師も存在する*15。美しく緑溢れる豊かな(障害)競馬文化が存在するフランスであるが、その情報の少なさや言語的な問題もあってか日本ではこれらの素晴らしい開催の数々はあまり知られていないようで、フランス障害競馬界にはより一層の情報発信が期待される。近年はFrance GalopをはじめようやくSNSYoutube等を利用したプロモーション活動に取り組み始めたようで、中継映像においても障害の形態等を表示するなど、競馬ファンにとってわかりやすい施策を打ち出している。

*1:https://virgos2g.hatenablog.com/entry/2023/01/17/231245

*2:簡易な即席の宿泊施設を提供する試みもあったが、2023年は不人気だったので中止となったらしい。ただ、どうやら日本でもコンテナホテルなるサービスはあるようだ...。

*3:SNSには2頭立ての競走や"Walkover"、路面の凍結等をお気楽に愉快がる向きもあるが、出走馬の確保に向けた施策や馬場コンディションの調整等、関係者の多大なる苦心を慮るべきである。

*4:https://www.britishhorseracing.com/press_releases/package-of-changes-agreed-to-help-strengthen-performance-of-british-jump-racing/

*5:https://www.britishhorseracing.com/press_releases/bha-board-approves-core-principles-for-innovation-and-improvement-in-the-2024-fixture-list/

*6:https://virgos2g.hatenablog.com/entry/2022/11/20/000000

*7:https://virgos2g.hatenablog.com/entry/2022/12/11/233300

*8:https://twitter.com/StandUp4Racing

*9:Anna Hylands:teacher who lost 9 ½ stone to become a winning jockey

*10:https://virgos2g.hatenablog.com/entry/2023/04/15/000000

*11:https://www.racingpost.com/bloodstock/bloodstock-latest/smart-dual-purpose-performer-khan-set-for-stud-career-in-france/531032

*12:https://virgos2g.hatenablog.com/entry/2022/06/09/184546

*13:日本でも近年はオジュウチョウサンを筆頭に障害(競馬経験)馬を種牡馬入りさせた例はあるが、それらは基本的にマイナーな存在である。

*14:Le BEST OF VIDEO du France Sire Anjou Loire Challenge avec Shawinigan devant 17.000 personnes - France sire

*15:Amanda Zetterholm joins Noel George on training licence as exciting Il Est Francais gears up for seasonal return | Racing Post