にげうまメモ

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24/05/25 ノルウェーØvrevoll競馬場の障害競馬に関する覚書 ①

ノルウェーØvrevoll競馬場の障害競馬に関する覚書

本稿ではノルウェーØvrevoll競馬場の障害競馬の開催状況に関して記載する。ここ約20年程に渡り、年間Hurdle競走10レース程度の規模で行われていたノルウェーØvrevoll競馬場の障害競馬は2023年にひっそりと消滅した。ノルウェーにおいて繋駕速歩競走は複数の競馬場で活発に開催されている一方で、平地及び障害競馬が行われているのはØvrevoll競馬場のみであり*1*2*3、すなわちノルウェーの障害競馬は2023年に終焉を迎えたことを意味する。2020年以降に障害競馬が消滅した国及び地域として他にロシア及び南オーストラリア州が挙げられるが、これらの経緯等については以下の記事を参照されたい。

22/11/22 旧ソ連の障害競馬に関する覚書 (にげうまメモ)

22/07/13 南オーストラリア州の障害競馬を巡る経緯 (にげうまメモ)

本稿の執筆にあたり、Øvrevoll競馬場のデータベース*4に基づき、Øvrevoll競馬場における1983年から2023年の障害競馬開催状況を調査した。本調査では障害競走として"Hekkeløp"(Hurdle競走)及び"Steeplechase"を抽出しているが、当該調査は手作業によるものであり、統計情報として不正確な値である可能性があることに留意されたい。

上記グラフに1983年から2023年のØvrevoll競馬場において行われた障害競走数を示す。1980年代では最大で年間50競走にも達したØvrevoll競馬場の障害競馬は2000年代初頭のSteeplechaseの廃止もあってその後大幅に減少し、21世紀に入ると概ね年間10以下の競走数で推移していた。2010年代後半からさらにその数を減らし、2022年は元々3競走が予定されていたものの出走頭数が揃わないことからうち2競走は中止となり*5、3競走中最後に予定されていた2022年10月2日の競走においてようやく開催にこぎつけたという厳しい状況であった。スウェーデン調教馬のLast Referenceが勝利したこの競走*6が2024年5月現在、ノルウェーØvrevoll競馬場で行われた最後の障害競走となっている。2024年5月現在、Googleの航空写真においてØvrevoll競馬場のSteeplechaseコースに設置されていたと思しき生垣障害の名残を確認することは可能であるが、その大半は既に消失しており、隣国スウェーデンの状況も踏まえるとØvrevoll競馬場において今後障害競馬が復活する可能性は低いだろう。なお、上記グラフにおいて"Hekkeløp"(Hurdle)として、主に1980年代の後半に行われたダートコースを使用するHurdle競走をそのレース名に基づき含んでいる。この経緯に関しては本稿にて後述する。

 

Jubileumsbok, Øvrevoll 1932-2012 (Øvrevoll Galopp)

上記リンク先は2012年に制作されたØvrevoll競馬場創設80周年を記念した小冊子(pdf)である。

〇 Historiske tilbakeblikk (1932-1934) (1935-1937) (1938-1940) (1941-1943) (1944-1946) (1947-1949) (1950-1952) (1953-1955) (1956-1958) (1959-1961) (1962-1964) (1965-1967) (1968-1970) (1971-1973) (1974-1976) (1977-1979) (1980-1982) (1983-1985) (1986-1988) (1989-1991) (1992-1994) (1995-1997) (1998-2000) (2001-2003) (2004-2006) (2007-2009) (2010-2012) (2013-2015) (2016-2018) (2019-2021) (Øvrevoll Galopp)

また、2022年に創設90周年を記念してその歴史を振り返る一連の記事が執筆されている。本稿の記載は主に当該文書及び一連の記事から引用する。

Øvrevoll競馬場は1932年に建設された。元々は牧場であった土地に競馬場を建設する案が浮上したのは1927年だったそうだが、建設当時からメインのコースに加えて障害コースが含まれていることが1928年2月20日付の"Våre Hester"にて確認可能であるそうだ*7。従って当時からØvrevoll競馬場にて障害競走が行われており、その開催規模として1935年にはEssex Petという牝馬が年間7レースのHurdle競走で勝利したそうだが、これは年間のHurdle競走の半分の競走で勝利したことを意味する旨がØvrevoll競馬場の回顧記事に記載されていることは示唆的であろう*8

Sesongen på Øvrevoll begynte 17. mai (Oslofilmer)

Veddeløpene på Øvrevoll 30.05.1935 (Oslofilmer)

Åpningsdag for galoppløpene på Øvrevoll (Oslofilmer)

上記3つのリンク先は1934~1940年頃のØvrevoll競馬開催の映像である。コースの遠景も映っており、なかなかに起伏のあるコース形状を確認することが可能である。内側のコースには障害が確認できる。映像の後半ではHurdle競走の様子も確認することが可能である。Hurdle競走が芝コースで行われていたのか、内馬場に設置された障害コースを使用して実施されていたのかは定かではない*9*10

1940年代には第二次世界大戦におけるドイツによる占領もあり、Øvrevollの競馬開催はイギリスからの競争馬の輸入の断絶に起因する競争馬及び飼料の不足や競争馬の品質低下等の苦しい時期を経験した*11。1944年に登録された2歳馬はノルウェー全体で僅か7頭、それらの内国産馬の品質は著しく劣っており、一部の競争馬は"kaniner"(ウサギ)と呼ばれ、内国産馬外国産馬に混ざって出走した若齢馬限定競走は当時のジョッキークラブ年鑑においてSverre S. Grøndahlによれば"Treårsløpene hadde mer karakter av en prosesjon enn en kamp"(競走というよりは行列に近い)とすら表現される状況であったようだが、とはいえこのような馬が精力的に出走し戦時中・占領下の競馬開催を支えていたそうで、娯楽が少なかった当時は10000人以上の大観衆を集めていたようだ*12。戦後の競争馬の確保にも苦労し、その一例として上記Øvrevoll競馬場の回顧記事には30年代後半にHurdle競走を2~3勝したMoonflawという馬が14歳となった1945年のシーズン開幕時に復帰し、3頭立ての競走を勝利した旨が記載されている。この時代にイギリスからノルウェーへの馬の販売に大きな貢献をしたのがイギリスのJohn Hislopであり、同氏はイギリスアマチュア騎手チャンピオンに計12回君臨した他、1947年のAintreeのGrand NationalにてKamiに騎乗して3着に入ったことに加え、ブリーダー、作家、ジャーナリスト等として多数の輝かしい足跡を残した*13*14*15

戦後の復興や1950年代のOslo Cupの成功等を経験したØvrevoll競馬場では障害競馬の開催も継続され、ダービーデーにおいては"Vat 69 Steeplechase"という競走が行われ、1966年にはFlying Venusという馬が勝利したことが確認できる*16。Øvrevoll競馬場創設80周年を記念した小冊子には1960年代の障害競走の逸話として以下のような記載がある*17*18*19

  • 1962年8月13日、3頭立てで行われたSteeplechase競走の1位入線馬Free As Air及び2位入線馬Necessaryがいずれも失格となり、1位入線馬から400メートル近く遅れて入線したChadwick's Wellが勝利した。Free As Airは当時Hurdle競走で活躍した馬だそうで、2013年のスウェーデンTäby競馬場では同馬の名前を冠したSteeplechase競走の存在を確認することが可能である。
  • 1963年8月8日、Terje Dhalが騎乗したMythical Queenが勝利したSteeplechase競走にて、Big Chiefに騎乗したJohn Mooreの鐙が第一障害で破損したにも関わらず同騎手は諦めず、レースの大半を先頭で進めた。John Mooreは最終障害で落馬に終わったが、この勇気ある騎乗はマスコミにより大いに注目された。
  • イギリスから輸入されたPatient BoyはOslo Cupで優勝した実績馬であるが、1969年7月には1600メートルの平地競争を、8月にはHurdle競走を、9月にはOslo Cupを勝利してた。

なお、同小冊子には道中の"store engelske spranget"と記載されている障害にてBig Chiefにミスがあり、John Moore騎手が前方に投げ出されたものの、驚異的なリカバリーにより競走を継続した旨の記載もある。同障害の詳細については不明であり、Øvrevoll競馬場Steeplechase Courseに設置されていた障害の詳細については更なる調査課題である。